学位論文要旨



No 114739
著者(漢字) 鄭,培喜
著者(英字)
著者(カナ) ツェン,パイシ
標題(和) Boussinesq方程式に基づく波・流れの高次数値モデル
標題(洋) A High-order Numerical Model for Waves and Currents Based on Boussinesq Equations
報告番号 114739
報告番号 甲14739
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4509号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 助教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 黄,光偉
内容要旨

 本研究では沿岸域における波・流れ場を記述する基礎方程式としてBoussinesq方程式を採用し,差分法による高次精度数値モデルの開発を行った.多くの研究で採用されている2次精度の差分スキームには分散項と同オーダーの打ち切り誤差項が現れるが,これを打ち消すために4次のAdams-Bashforth-Mouton予測子・修正子法を採用することとした.

 本研究は以下に述べる4つの部分から構成される.第一に様々な波動理論の背景にある基本概念を明確化するために,非線形緩勾配方程式およびBoussinesq方程式の再導出を行った.第二には高次精度差分スキームを系統的に開発し,深海から浅海に至るまでの波の伝播に関する様々な計算を通じて検証した.さらに本モデルの適用範囲と精度に関する考察を行った.第三に汀線移動に関する近似的な取り扱い方法を提案し,海浜における波の遡上・流下の計算手法を確立した.最後に浅海域における砕波減衰や砕波帯内における波・流れ場を扱うためにBoussinesq方程式の拡張に関する検討を行った.

 本研究により得られた結論は以下のとおりである.

 1.鉛直分布関数として,偶数次べき乗多項式を採用すると,線形化された非線形緩勾配方程式の分散関係式は微小振幅波理論から得られる分散関係式のPade展開と一致することが示された.よって,非線形緩勾配方程式においては,分散関係式,流速の鉛直分布,群速度,および浅水変形が,鉛直分布関数を数項とるだけで,微小振幅波理論から得られるものとよく一致することが明らかとなった.

 2.Nwogu(1993)により導かれたブシネスク方程式は,理論的には鉛直分布関数に現れる係数をその線形分散関係式が微小振幅波理論から得られる分散関係式のPade[2,2]展開と一致するように決定して導かれたものである.そのため,位相速度の誤差を5%以内に保つためには,相対水深h/L0を0.5以下とすればよいことがわかる.

 3.本研究で開発した高次精度数値モデルは,基本的には安定で効率的なものであり,浅水変形,屈折,回折,反射,底面摩擦等の沿岸における波動現象を概ね表現することが可能である.

 4.保存波の波速や波形について,本モデルによる計算値と流れ関数法による厳密な数値解とを比較したところ,相対水深h/L0≦0.5においてはよく一致しており,本モデルか有限振幅波に対しても同様に精度良く計算可能であることが示された.

 5.不透過性の海浜における遡上・流下を表現するために,汀線移動の取り扱い法を新たに提案した.本手法は効率的で安定であるだけでなく汎用性の高いもので,平面2次元問題への拡張も容易に行えるのが特徴である,また,透過性の海浜における遡上・流下を扱えるよう拡張することも容易であると考えられる.

 6.Watanabe・Dibajnia(1988)により用いられた摩擦型の砕波モデルは全般的にはよい結果を与えるが,wave setupを過小評価する傾向があった.これに対し,surface rollerモデルは時間依存であるため,wave setupを大幅に改善することが可能であることが判明した.さらに,波形の時系列変化も極めてよく再現されている.一方,流速場に関しては,本モデルにより戻り流れやラディエーションストレスのおおよその値についてはよく再現可能であることが示された.

審査要旨

 浅海域における波浪変形を精度よく予測し、波浪場を把握することは、海岸における諸問題を取り扱う上で必須である。このためには、波浪の浅水変形、屈折、回折、反射、透過、砕波、遡上、などの波浪変形要素をすべて取り入れた解析を行う必要がある。その際、浅海域では波浪の非線形性が顕著になるため、非線形解析が必要である。この問題に関しては、従来から多くの研究がなされてきた。特に、緩勾配方程式と呼ばれる波動方程式が提案されて以降は、屈折・回折を含む波浪変形解析が可能となった。しかし、この方程式は線形理論に基づいたものであり、エネルギーや波高などの代表的諸量を予測するためには有用であるものの、非対称な波形など、波力や漂砂問題などで必要となる情報を予測することができない。波浪の非線形性を取り入れた波動方程式としてはBoussinesq方程式が導かれている。この方程式は非線形性に加えて分散性を含む方程式であり、ある程度浅い水深の条件で適用可能なものである。この方程式は近年様々な改良がなされている。そこで、それらの改良形を合理的に評価した上で、波動方程式の特性を考慮した数値計算手法を提案し、数値モデルを開発することは工学的に有用である。また、原方程式には含まれない、砕波や遡上の取り扱いが可能となるように拡張することにより、一般的な問題に適用可能な浅海域における波浪変形モデルとすることができる。本研究は、このような現状において、Boussinesq方程式に基づく波浪変形の高次数値計算モデルを提案したものである。

 第1章は序論であり、この問題点が抽出され、研究の目的が述べられている。また、第2章にはBoussinesq方程式とその改良形、砕波モデル、および遡上に関する既往の研究成果がとりまとめられている。

 第3章では、波動理論に関する理論的考察がなされている。自由表面を含む完全流体の運動方程式および境界条件式から、非線形緩勾配方程式およびBoussinesq方程式を導いた。さらに線形化した場合の分散関係式を理論的に導いた結果、線形理論による分散関係式を有理式によって近似したものとなっていることを示し、それによって分散関係式の精度が向上していることを明らかにした。また、分散関係式における非線形緩勾配方程式とBoussinesq方程式の関係を明らかにし、成分数を一致させることにより、両者が同等なものとなることを示した。さらに非線形波に対する分散関係式に関しても、保存波に対して数値的に厳密な流れ関数法によるものと比較することにより、その精度が高いことを示した。これらの結果、様々な改良形の中で最適なBoussinesq方程式を選択している。

 第5章は選択されたBoussinesq方程式に対して、各項の数学的特性を勘案した上で高い精度が保証される差分式を導き、数値モデルを提案している。第6章では、数値モデルの有効性を検証するための適用結果が紹介されている。1次元問題では、深海条件での波浪伝播、潜提による波浪変形、一様水深中の孤立波の伝播に適用され、2次元問題では、円筒波の分散、浅瀬周辺の波浪場に適用され、妥当性を確認している。また、平面波浪変形計算に必要となる、斜め入射波の入力が妥当に行われることも確認している。

 第6章は波浪の遡上問題に対する数値モデルの拡張を行っている。固定床での遡上問題を解くのに、空隙率の小さな仮想的透水層を付加することにより、移動境界条件なしに汀線位置を予測できるようにしている。これに基づく計算結果を、特殊な場合に得られている解析解や実験結果と比較し、空隙率を適切に設定することによって、妥当な解が求められることが明らかにされた。第7章は砕波モデルに関する考察と提案を行っている。2種類の砕波モデルによる計算を行った結果、Surface Rollerタイプのものが、波形、平均水位ともに精度よく予測できることを示した。

 第8章は結論であり、研究成果をとりまとめて結論を述べている。

 以上のように,本論文はBoussinesq方程式に基づく高精度の波浪変形数値計算モデルを開発したものであり、浅水変形、屈折、回折、反射、透過、砕波、遡上を含む波浪変形を同時に精度よく解析するためのモデルとして有用なものとなっている。この成果は海岸工学において貴重な成果であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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