審査要旨 | | 社会基盤施設の耐久性確保に資する合理的な材料と構造の設計法の確立と,既存構造物の維持管理補修は,社会基盤の長寿命化を果たすための不可欠な技術として,今日,その重要性が再認識されている。コンクリート構造は社会基盤施設を構成する主要要素であり,既存技術の範囲内でも,適切な施工と品質管理を行えば,少なくとも1世紀に渡って維持補修を特に施すことなく供することが可能である事は,明治期に建設された社会基盤施設が実証している。一方,施工品質管理を怠ると,早期劣化が発生する現実がある。したがって,材料設計,施工計画の段階では,任意環境下の長期に渡る構造物の機能と構成材料の品質の変遷を的確に事前評価し,その情報から耐久的な材料・構造設計が求められるのである。数十年にわたる材料・構造の変化の予測には,コンクリートに導入されるひび割れを考慮することが不可欠である。特に,材料の体積変化に伴う自己応力によってひび割れが発生する場合は,鉄筋周辺のコンクリートに多くの分散したひび割れが導入されるため,美観景観並びに機能低下,鉄筋腐食が問題となる。セメントの反応に伴う体積変化,硬化体中の水分の移動に伴う体積変化,温度変化に伴う体積変化の3者は共に連成しながら,コンクリートに自己応力を発生させ,ひいては構造体に巨視的なひび割れを導入するのである。これらを数量科学的に事前解析することが,耐久性能の確保において必要なのである。 以上の背景を踏まえて,本研究は水和反応初期から長期にわたるスパンで,コンクリート複合体の体積変化をセメント硬化体の物理化学的考察から導き,骨材による自己拘束を考慮の上でクリープ変形を予測する方法を提示しようとするものである。さらに非弾性構造解析に組み入れることで,構造物のひび割れ解析に適用し,初期水和段階から養生期間を経て供用に至るまでの材料品質と構造機能性を同時に予測する新たなシステムの構築に挑んだものである。 第一章は序論であり,本研究の目的,意義並びに研究が求められる社会状況について纏めている。第二章は,本研究に関連のある既存技術を,本研究の目的に従って概括し,既往のモデル化や理論の限界,適用範囲を,水和初期段階を中心に検討している。乾燥収縮,自己収縮,温度収縮,クリープがこれまで,独立して研究され,それぞれ限定された条件の元に論理構築されてきた状況に言及している。コンクリート複合体の構成則は,水和初期から養生期間においては,これらの単純組み合わせでは定式化され得ないことを示している。そして,見かけの体積変化と見かけのクリープ挙動の統合を図ることが,若材齢時の力学モデル構築の鍵となることを明確にし,研究の方向づけを行っている。 第3章では,本研究の主題である,セメントの非定常複合硬化モデルの提案を行っている。コンクリート自体は,水和や水分移動によって大きく体積変化するセメント硬化体と,常に弾性挙動を呈する骨材相の複合体である。その特質を体積成分と偏差成分に対して直列・並列分散の様態で記述するとともに,セメント硬化体が水和によって逐次成長を続ける仮定を,殼厚成長モデルで表現する方法を提示している。セメント粒子の表面から成長する結晶組織相を微小球殻で現し,それぞれの微小殻に時間依存性を規定し,これを全体で加算積分する方法としている。これにより,任意の水和履歴を受けるコンクリートの平均応力ひずみ関係を得る事が可能となった。また,複合体境界面に形成される遷移体の構造が,それの上に形成される硬化体の細孔組織と異なることも,このモデルによれば考慮が可能となり,実際に低い剛性が考慮されている。 第4章において,既に構築されている水和反応過程モデル,水分移動モデル,温度変化モデルと,第5章の若材齢モデルとの統合を図り,水分量,水和度,温度に関する非定常硬化コンクリートの一般化材料モデルを構築ている。 第5章は,実験結果との比較検討により,モデル化の検証を報告するものである。任意のコンクリート配合とセメントの鉱物組成,そして養生環境条件に対して,コンクリート単体の体積変化とクリープ特性を計算し,室内実験結果との比較を行っている。水分逸散が起こる乾燥状態で持続載荷を受けるコンクリートの時間依存変形は,水分逸散のみの変形と,水分逸散を防いだ上での持続載荷時の変形との重ね合わせにならないことが明確に示されている。また,これらの見かけの変形特性が,体積によって変化するという構造特性を有することを,解析で十分に追跡できていることを示している。これまでコンクリート自体の乾燥収縮や基本クリープは材料特性値として扱われてきたが,これまで相互連関の上で限界があった。本研究で提示した若材齢モデルは,セメント硬化体から構築し,有限の体積を有するコンクリートでは,常に水分状態が一様でないことを,陽に表現している。これでこの壁を突破しているのである。 第6章では無筋および鉄筋コンクリートの梁,ならびにトンネルライニングを想定した拘束体構造を対象に,適用性を検証している。乾燥収縮挙動は梁の撓みには直接関与しないが,持続載荷時の撓みのクリープには乾燥状態が大きく関与してくることが,Pickette効果として認知されてきた。この機構上の説明には多くの定性的な説明が試みられて来たが,いずれも定量化に至らず,定説をまだ得ていない状況であった。本研究の成果の一部は,この長年の問題に一つの明確な定性的裏付けをもった説明を提供するものとして,注目されている。 第7章は結論であって,全体の成果を総括している。 本論文で得られた成果は,既往の乾燥収縮,硬化収縮,クリープ,微細ひび割れによるコンクリート複合体の時間依存変形に対して,統一した概念を提供するものであり,材料科学観点に大きな貢献をなすものと評価される。また,既往の構造解析システムに直接導入することが簡単な形態となっており,構造挙動予測の精度向上に資する広がりを有する点で,工学的にも今後の展開が大いに期待されるものである。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |