学位論文要旨



No 114746
著者(漢字) 陳,紅
著者(英字) Chen,Hong
著者(カナ) チェン,ホン
標題(和) 活性汚泥法微生物群集解析への変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法の適用
標題(洋) APPLICATION OF DENATURING GRADIENT GEL ELECTROPHERESIS TECHNIQUE TO PROFILE MICROBIAL COMMUNITY IN ACTIVATED SLUDGE SYSTEMS
報告番号 114746
報告番号 甲14746
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4516号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
内容要旨

 生物学的廃水処理において活性汚泥を形成する微生物は廃水中の有機汚濁物質を分解除去する中心的役割を果たしている。しかし、既存の研究方法では避けられない決定的なバイアスのために活性汚泥微生物相に対する理解が妨げられていたということが、近年になって培養によらない方法の発展にともなってわかってきた。本研究においては、新しく開発された手法であるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)-変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)法を、純粋培養系から実験室規模、さらには実規模のシステムに至るまでの活性汚泥システムに適用し、その中の微生物群集構造解析をおこなうことをを試みた。また、この手法の環境工学分野への応用の可否について検討した。

 DGGEは環境サンプル中から抽出されたDNAのPCR産物に対して適用される。そこで、まず、抽出DNA中の共存物質がPCRに与える影響を検討した。その結果、テンプレートの希釈によりそのような影響が軽減できることがわかった。不純物としてのタンパク質はあまり大きな影響は無いようであった。最適なテンプレート濃度は、V9領域のプライマーに対してはPCR反応液100lあたり5-10ng程度であるが、V3領域のプライマーでは同じ量のテンプレートからもより強いバンドが得られた。

 PCR産物のDGGEによる分離パターンをV3とV9の2つの領域を増幅対象とした場合について比較検討した結果、DGGEの分離能はV3領域のほうが優れており、以後の分析にはV3領域のプライマーを用いることとした。

 一般的には、混合培養系である活性汚泥に由来するDGGEバンドはDNAシーケンスを読む目的には適していない。そこで、より純粋なDNA断片を得るために、バンドを切り出した上で同じプライマーにより再増幅をかけることを試みた。しかし、一つのバンドから再増幅したPCR産物でも、もとの活性汚泥微生物相中に存在したバンドパターンによく似たパターンを示し、複数のバンドが残ることが避けられなかった。シーケンスを確定するには、バンドの切り出しと再増幅を何回か繰り返すようなことが必要と考えら,そのための手順は非常に複雑になってしまうであろう。

 混合培養系を用いた研究により生物学的リン除去(EBPR)法における代謝経路が明らかにされてきた。しかし、リン蓄積微生物の単離・同定に成功していないために提案されている代謝機構の検証はいまだに重要課題として残されている。本研究では、PCR-DGGE法を用いて実験室規模のEBPRリアクターの微生物群集構造を解析し、主要微生物群を同定することを試みた。また、単離方法の改善を目的に非常に単純なリアクターを作り、複雑なものと単純なものの2とおりのEBPRシステムの微生物多様性をPCR-DGGE法により比較した。16S rDNAのV3領域を含むDNA断片をPCR増幅したもののDGGEバンドから2つの主要なバンドについてシーケンスを決定することが出来た。両者とも未同定細菌であった。実験室内の活性汚泥に比べ実処理場の汚泥ははるかに多様な微生物群集構造を持つことも明らかになった。

 回分式リアクター(SBR)においても嫌気・好気条件を繰り返すことによりEBPRが可能になる。SBRにおけるEBPRの最適運転条件を見つけるためには微生物群集の動態とプロセスの運転状況との関係を評価することが重要である。そこで都市下水により運転されているEBPRパイロットプラントを用いた解析をおこなった。微生物群集の変化とその多様性を見るために、汚泥サンプルを好気工程の終わりで採取しキノンプロファイル法およびPCR-DGGE法による分析をおこなった。EBPR汚泥サンプルからは10以上の明らかなバンドが検出されEBPRに携わる微生物群集の複雑さが示唆された。事故により温度低下があったときにわずかな微生物群集構造の変化がDGGEバンドパターン上に生じたのが見て取れた。この変化はクラスター分析によっても定量的に検出された。PCR-DGGE法は廃水処理プロセスのモニタリングに適した強力なツールであることが示された。

 日本各地の廃水処理施設の調査もおこなった。16種類の異なった活性汚泥の微生物群集構造をPCR-DGGE法により解析した。実処理場の汚泥からはより多様性の高い群集構造が観察された。同じ処理形式の処理場は共通の細菌種をより多く持っている傾向があった。また同一の流入水を受け入れている処理場も似通った群集構造を持つ例が見られた。ある処理場では低GC群プロテオバクテリアが多く存在しているのが確認された。このグループに対しては現在適当なプローブが存在せず、ハイブリダイゼーション法などでは簡単には検出できないグループである。DGGEとシーケンスを組み合わせれば、群集全体の構造に関しても個々の構成種に関してもより簡便に解析できると言える。ただし、群集構造の複雑さのためにDGGEゲルによるDNAの分画を完全に行うのがむずかしい場合もある点は留意が必要である。

審査要旨

 活性汚泥法は下水処理技術の中心的な技術として100年近い歴史を持ち、日本では大部分の下水処理場で利用されている技術である。本来、排水中の有機物を除去することが主目的で開発された技術であったが、近年の水環境問題の多様化に伴い、下水処理プロセスも多様で高度な機能を求められるようになってきた。しかし、活性汚泥法中の微生物はその9割以上が単離不能と言われ、実際に廃水処理に携わる個々の微主物や微生物群集の構成と機能についてはこれまで調べる手段が限られてしまっていたため十分な解析がなされてこなかった。微生物学的なあるいは微生物生態学的な視点に基づく活性汚泥法の管理というのは現実にはバルキング制御など非常に限られたケースにのみ適用されるに過ぎなかった。これに対し、近年、分子生物学的な微生物群集構造解析手法が急速に発展し、微生物を単離することなくその遺伝子を見ることによりそこに存在する微生物の特性を解析できるようになってきた。すなわち、分子生物学的な手法を用いて遺伝子を見ることにより、微生物群集構造に関するこれまでにない知見を得られる道が開けたと言える。

 このような現状にあって、本研究は、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis、以下、DGGE法)と呼ばれる、塩基配列に基づくDNA断片の物理的分離法を活性汚泥法の微生物群集解析に適用するための手法の確立を試みた。さらに、具体的にいくつかのケースについてDGGE法を活性汚泥の微生物群集構造解析に応用し、その利点と限界について検討をおこなった。

 本研究は、「APPLICATION OF DENATURING GRADIENT GEL ELECTROPHORESIS TECHNIQUE TO PROFILE MICROBIAL COMMUNITY IN ACTIVATED SLUDGE SYSTEMS(活性汚泥法微生物群集解析への変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法の適用)」と題し9章より構成されている。

 第1章は「はじめに」であり、本研究の背景、その目的と構成が記されている。

 第2章は「既往の研究」であり、活性汚泥法の微生物群集構造に関する過去の研究例およびDGGE法の原理・応用例がまとめられている。

 第3章は「研究手法」であり、DGGE法の基本的手順、そのデータの解析のための各種法について説明している。

 第4章は「手法の開発と最適化」と題し、DGGE法を活性汚泥微生物群集解析に適用するための諸問題について検討した結果を述べている。活性汚泥からのDNAの抽出方法、解析の対象とすべきDNA断片の決定(PCRでの増幅に用いるプライマーの比較検討)、DNAの分離精度向上のための再PCRの可否などについて検討した。その結果、本研究では、DNA抽出法としてベンジルクロライド法を、解析対象とするDNA断片として16SrDNA中のV3と呼ばれる200bp程度の長さを持つ部分を用いることとした。

 第5章から第7章までに各種活性汚泥を対象にしてDGGE法の適用を試みた結果がまとめられている。第5章では、生物学的リン除去の2つのリアクターの微生物群集を解析した。実験室内でリン除去を目的として運転されていた回分式嫌気好気活性汚泥法およびリン蓄積微生物の集積のために運転されていた膜分離嫌気好気リアクターの2つから活性汚泥サンプルを採取し、また単離培養後のコロニーを分離してDGGEによる解析を行った結果、DGGEによる微生物群集構造の追跡が可能であることが確かめられ、一方、対象DNAの塩基配列の解読はその純度が必ずしも良くないので一般にはにむずかしく、回収したDNA断片の精製が必要であることがわかった。

 第6章では、実下水を処理する回分式嫌気好気活性汚泥法のパイロットプラントの立ち上げ時における微生物群集構造の変化をDGGE法で解析する事を試みた。その結果、微生物群集の微細な変動もDGGE法で鋭敏に検出することができ、ある一つのプロセスの微生物群集構造のモニターにはDGGE法が威力を発揮する事が確認された。

 第7章では、実際の活性汚泥プロセスを日本全国から選び、その微生物群集構造の比較をDGGE法により試みた。DGGEにより得られたDNAのバンドパターンのクラスター解析により、活性汚泥の群集構造の類似度を評価する手法を確立した。この手法で解析した結果、地理的な差違・活性汚泥法の変法の違いにより微生物構造のある程度のグルービングが可能であったが、多くのファクターがその構造の決定には影響しており今後より詳細な検討が必要である。

 第8章はDGGEで得られた結果を評価する上での問題点を総括して議論している。DGGEで得られたDNAバンドの純度が低かった点についてその原因を考察した上で、複雑な構造の微生物群集から純度の高いバンドを得るのは手間が多くかかるが、構造が比較的単純な場合は何回かPCRを繰り返すことで純化が可能だろうとしている。また2つの代表的クラスター解析の手法を比較し両者に大きな差はないことを確認した。

 第9章は「結論および提言」であり、活性汚泥法の微生物群集解析にDGGE法を応用した本研究の結果を総括し、今後行うべき研究について提言したものである。

 本論文の最大の功績は、DGGE法という微生物群集解析手法としては利用されてきた歴史の浅い手法を活性汚泥の微生物群集解析に用いることの有効性を具体的・実証的に示したこと、また一方で、その限界点を併せて示し、今後、同様の研究を積み重ねることの意義を明らかにしたことにある。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク