学位論文要旨



No 114747
著者(漢字) 華,誠
著者(英字)
著者(カナ) カ,セイ
標題(和) CEDの新たな径路独立積分表示とそれによるCED評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 114747
報告番号 甲14747
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4517号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨

 破壊力学は,き裂を含む機械や構造物の破壊防止の観点から研究が進められ,今日までに飛躍的な発展を遂げてきている.これまでの多くの理論的研究の積み重ねの成果として,種々の破壊問題へ,その適用範囲の拡大が図れてきており,工学的手法として定着してきている.現在では,き裂エネルギ密度(Crack Energy Density,以下CEDを呼ぶ)なる概念の導入によって,より現実的な破壊条件を考慮することが可能となり,破壊問題を一般的に取り扱うためのパラメータとしての位置付けがなされてきた.このCEDは,混合モードき裂問題を取り扱う場合に重要となり,き裂の直進方向以外の任意方向に対しても定義することができ,最近の研究では,混合モードき裂や界面き髪問題に対して,どのような条件が満たされたとき,どの破壊モードで,どの方向に破壊が進行するかというより完全な形での破壊条件力CEDによって表現できることが示されてきている.一方,CEDによる混合モードき裂問題の定量的な評価においては,任意方向CEDの評価法を確立することが一つの重要な課題とされている,

 本研究はこのような要請に応えるために,CEDの新たな径路独立積分表示の提案とそれを基にしたCEDの評価法の確立に向けての研究を行ったものであり,序論と結論を含めて計8章および付録から構成されている,

 第1章は序論であり,破壊力学の方法論についてその歴史的背景と現状を簡単に振り返りながら,CEDの概念を導入することによるき裂の強度評価法について,これまでの研究成果を簡単にまとめるとともに,異種鋼溶接線中のき裂およびBNS試験片による界面き裂の破壊拳動評価の実例を通じて,CEDによる混合モードき裂および界面き裂の挙動評価の有用性を指摘する.また,CED評価手法に関する現状を述べ,任意方向CED評価法の確立の重要性について触れ,本論文の目的と概要ならびにその構成について簡潔に述べてある.

 第2章では,本研究を展開する上で必要となる基礎的知識をまとめる.はじめに,通常の破壊力学の方法論における重要な部分についての議論を行うとともに,これまで用いられてきた破壊条件には,その適用限界が存在する点を指摘する.次に,本研究の対象となるCEDの概念および性質について,直進方向CEDと任意方向CEDに分けて具体的説明を行っている.これまで用いられているCEDの評価方法について,径路独立な領域積分(J)と荷重-荷重点変位曲線に基づく方法について,それぞれの利点と克服すべき点を指摘し,本研究の目的をより鮮明にする.

 第3章以後は,CEDの新たな径路独立積分の提案を行い,そこで用いられる表示式の性質とその役割の検討が行われる.すなわち,CEDの新たな評価法についての理論的考察とともに数値的検証を行った研究成果について述べるものである.任意方向CEDの評価にあたっては,もし切欠き端における特異応力・ひずみ場の評価を避けることができるならば,精度上非常に意味のあることであり,この点,荷重-荷重点変位曲線による評価法はそれを満足するものとなっており,一般にこれに類するようたき裂から離れた場所に取られた径路上の量によってCEDを表現するという形での評価方法が望ましいものとなる.

 そこで第3章では,CEDを評価する新たな手段として(L)積分と名付けたき裂端から遠方の径路上での積分表示式を導き,それとともに,その積分の径路独立性についての検討を加える.これにより,(L)積分はCEDと荷重-荷重点変位の間の関係を一般化したものとして位置づけられることが分かり,また積分がき裂端から離れた径路上の量だけを用いて評価でき,従ってその評価においては初めからシャープなき裂端を持つき裂モデルを用いることができることから,切り欠きモデルを用い,き裂端近傍の量も評価する必要がある径路独立な領域積分に比べて,実用上極めて優れた評価法となる.第3章は,この新しい径路独立積分の提案を行うことによって,CEDの新たな評価法としての有用性を検討するものである.

 第4章では,前章で新たに提案された評価法に関して行われた理論的な解析を数値解析的に実証するためには,この新しい評価法と一体になった数値解析システムが不可欠であると考え,その提案と開発を一つの重要な柱として位置付けたので,それについて述べている.新たな評価法の特徴の一つは,"き裂長さの違いによる変化率"に注目した量を用いていることであり,この評価法に基づいた評価を実際に行うには,き裂長さだけが微小に異なるいくつかのモデル対して解析を行うことが必要となる.そのため,有限要素解析で特に要素分割上の工夫が必要とたる.そこで本章では,き裂長さだけが異たる複数の解析モデルのメッシュを自動的に生成することができ,数値評価に用いられる任意の積分径路の情報とメッシュの要素データをそれぞれグループで管理し,ソルバーに効率よく送り込む機能を有するプリプロセッサとともに,ソルバーからの解析結果を受け取り,そこからCEDの評価に必要な諸量を抽出し,本研究における評価値を希望する形式や装置に出力する機能を備えたポストプロセッサの開発を行った.また,新たに開発した数値評価プリポスト処理システムは,特にメッシュ自動生成プログラム部分の汎用性が高いことふら,種々のき裂問題に適用することができ,その有用性は大きいものと考えられる.

 第5章では,基本となるモードI型き裂の直進方向CEDのL積分による評価を対象として,新たに導いた方法の妥当性,問題点について,切欠き状き裂とシャープなき裂に対し,弾塑性有限要素解析を通して,新たたCEDの評価法として確立して行く上での基本的な検討を行う.特に,L積分の積分径路の独立性といった基本性質を数値的に検証し,全断面降伏する付近までL積分の良好な径路独立性が認められ,またその評価値は弾塑性き裂パラメータJ積分と良く一致し,このことより塑性変形が進んだところでもL積分が実用上十分な精度で評価できることが示される.また,予想されたとおり,切り欠き状き裂モデルによる結果とシャープなき裂モデルによる結果にはほとんど差がなく,L()積分によるとき,CEDはシャープなき裂モデルを用いて評価できるという第3章で行った理論的な予測を裏付けるものとなっていることも明らかにされる.

 第6章では,第5章の検討結果を踏まえて,引き続いて弾塑性有限要素解析により均質材混合モードき裂および異材界面に存在するき裂の問題に対して任意方向CEDを本研究の径路独立積分評価法に基づいて,数値的評価,検討を行っている.混合モードき裂においては,モードII成分の割合が増すにつれて,積分の評価値に与える方向へのき裂の屈折部長さ0の影響が大きくなることから,積分の決定には0をゼロに向けて外挿することが必要となる.モードIき裂の場合と同様,径路独立性はかなり塑性変形が進むまで保たれている.これより,弾性変形の領域において,積分の評価値は任意方向CEDの応力拡大係数による表示,すなわち理論値と良く一致することが分かる.弾塑性状態においては比較する対象はないが,径路独立性が保たれている間は,積分により任意方向CEDが十分妥当た精度を持って評価できるものと考えることができる.

 異材界面き裂については,弾性状態における応力の振動特異性が余り大きくならない材料の組合せのもとでの弾塑性有限要素解析を行って積分を評価した.弾性状態におけるその評価値は,応力の振動特異性が生じない条件の下での界面き裂における任意方向CEDと応力拡大係数との間の関係から得られる理論解の値とほぼ満足できる一致を示す.これより,理論解の結果は振動特異性が生じない条件の下で得られたものではあるが,振動特異性が存在する場合であっても,それが余り大きくない場合には近似的に有効であること,また同時に積分による評価値が妥当なものであることを示すものとなっている.塑性領域の拡大とともに振動特異性は急速に消失していくことから,弾塑性状態になっても,積分による評価値はパラメータとして有効なものであることが期待できる.

 第7章では,弾塑性問題と定常クリープ問題におけるアナロジーから,定常クリープ問題における修正径路積分とも呼ぶべき径路独立積分積分を提案し,直進方向に対するであるが,いわゆる修正J積分J’と一致し,また積分は任意方向CEDの時間微分値と一対一対応にあることを明らかにするとともに,定常クリープ状態下の混合モードき裂問題を扱う場合に対しても任意方向CEDを弾塑性の場合と同様な手法を用いて評価することを目指し,主として理論的な側面での検討を行った.また,モードI型き裂の有限要素弾性クリープ解析を行い,理論から得られた定常クリープ状態における径路独立性等,L積分の性質を確認すると共に,修正J積分J’と一致することを数値的に確認する.これより,修正J積分では混合モード問題は扱えないが,積分を用いることによりクリープ問題でも混合モード問題を扱える可能性の手がかりとなるような結果を得ることができた.

 第8章は結論であり,本研究の成果と役割を簡潔にまとめ,今後の研究課題について述べてある.

 本論文の付録においては,第6章,第2節の異材界面き裂問題に対する径路独立積分評価法の適用にあたって,本研究の方法で得られる結果の妥当性評価の必要性から,弾性界面き裂CEDの理論解を用い,数値解との比較,確認を行ったことに関連し,その理論解の由来についての説明を記してある.これは,応力の振動特異性が生じない条件の下での,弾性問題における界面き裂の任意方向CEDと応力拡大係数との関係式であり,この関係を弾性状態における界面き裂CEDの理論解として本研究に使用している.

審査要旨

 本論文は「CEDの新たな径路独立積分表示とそれによるCED評価に関する研究」と題し、全8章と付録からなる。

 CED(Orack Energy Density)は、き裂の挙動を評価する工学的方法論として発達してきた破壊力学において主要な役割を果たすパラメータとして提案されたものである。これにより各種き裂挙動が統一的に記述できることが示されてきており、特に最近では均質材中混合モードき裂に対し、どのような条件が満たされたとき、どのようなモードでどの方向にき裂が進展するかという完全な形での破壊条件がCEDによりはじめて与えられることが示され、さらにこの方法の有効性が一般に混合モードき裂となる界面き裂に対しても示され始めている。本研究はこのCEDによる方法論を確立していく上で一つの重要課題となるパラメータCEDの評価手法に関するものであり、CEDの径路独立積分による新たな表示を導き、これによるCEDの数値解析による評価を行って、各種問題、特に他の方法では評価が困難な混合モードき裂や界面き裂における任意方向CEDの評価における有効性を示したものである。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

 第2章「本研究に関連する基礎事項」では、本研究を展開する上で必要となるCEDを中心とした破壤学に関わる基礎的な事項をまとめている。

 第3章「任意方向CEDの新たな径路独立積分表示とその役割」は本論文の中心となる部分であり、き裂長さの異なることだけが相違点である二つのき裂材のエネルギ・バランスを考えることにより、任意方向CEDを評価する新たな手段となりうる、積分と名付けたき裂端から離れた径路に対する径路積分を導き、その基本的性質についての理論的検討を行っている。具体的には、先ず積分によるCED評価は従来の荷重-荷重点変位によるものを一般化した意味を持つこと、また、全ひずみ理論、ひずみ増分理論のもとでそれが持つ意味を明らかにしている。さらに、この方法によるとき、たとえば従来の積分によるときその評価には十分小さな切欠き曲率半径を有する切欠きき裂モデルを用い、き裂端近傍の量も評価する必要があるが、積分ではシャープなき裂モデルを用い、き裂端から離れた位置の量を評価するだけで任意方向のCEDを評価でき、この点が数値解析により評価するときの、他の方法では評価が困難な界面き裂における任意方向CED評価において大きな利点となることを指摘している。

 第4章「有限要素解析による積分評価プリポスト処理システムの開発」では、前章で提案した積分によるCED評価を有限要素法により効率的に行うための、新しい評価法で必要となるメッシュパターンを自動生成するための工夫、得られた結果より積分を合理的に評価するための処置をプリポスト処理システムに組み込んだ数値解析システムの開発を行っており、以下の各章における各種問題に対する数値解析はこれを活用したものとなっている。

 第5章は「有限要素解析に基づく積分評価のための基礎的検討」であり、ここでは積分により均質材中モードIき裂のき裂直進方向のCEDを切欠きき裂モデルとシャープなき裂モデルにより有限要素解析し、第3章で得られた理論的結果を数値的に実証すると共に、他の方法で得られるCED値との比較を通じて、積分によりCEDを数値的に評価するための基礎となる検討を行っている。

 第6章「混合モードき裂における任意方向CEDの積分による評価」は前章での基本的な検討を受け、積分の混合モードき裂問題への適用性の検討を行った部分であり、均質材中斜向き裂の問題、異材界面き裂の問題を扱っている。何れも弾性状態においては理論解と良く一致すること、弾塑性状態に入ると比較するものがないが、その状態に入っても積分の良好な径路独立性が得られることから弾塑性問題に対しても適切な解が得られるものと位置づけており、本研究における成果は特に異材界面き裂問題において有効なものになるとしている。

 第7章は「積分の定常クリープき裂問題への拡張」であり、先ずn乗則に従う弾塑性全ひずみ理論における弾塑性問題とNorton則に従う弾性クリープ問題における周知のアナロジー関係より、クリープ問題における、弾塑性問題における積分に対応する積分と名付けた新たな径路積分を導いている。続いて有限要素弾性クリープ解析を行って、積分の定常クリープ状態における径路独立性、直進方向に対する積分の定常クリープき裂パラメータとして受け入れられているC*パラメータへの一致を確認すると共に、任意方向が扱える積分の直進方向しか扱えないC*パラメータに比べての優位性を指摘している。

 第8章は「結論」であり、本論文の成果がまとめられている。

 付録「弾性界面き裂の任意方向CED」では、第6章における界面き裂の任意方向CEDの積分による評価において結果の妥当性を比較検討する対象がないことから、積分を巧みに適用し、弾性界面き裂における任意方向CEDと応力拡大係数との間の関係を導いている。

 以上要するに本論文は、破壊力学をより一般性・汎用性あるき裂強度・挙動評価の工学的方法論として確立していく上で有用なものとなるき裂パラメータCEDの新たな径路独立積分表示を導き、それによるCED評価法を提案すると共に各種問題に対する数値解析例を通じてその有効性を実証したものである。特に混合モードき裂、界面き裂問題における任意方向CEDの評価に威力があることが示されており、今後多くの問題が残されているこれらのき裂の強度・挙動評価法を研究開発していく上で寄与するところが大きいものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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