学位論文要旨



No 114748
著者(漢字) 高相,哲
著者(英字)
著者(カナ) コサン,チョル
標題(和) 一般座標系による燃焼器内乱流場のLES数値解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 114748
報告番号 甲14748
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4518号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 近年の数値解析において乱流研究の課題は、複雑な挙動をしている非定常性、3次元性が強い乱流場をいかにして計算上で再現して,その物理現象を精度よく捕らえるかという問題と工業上応用性が高い複雑な流れ場の計算を可能にすることであり、いわゆる乱流モデルに関する研究と複雑流れ場への適用性に関する研究に大きく分けられる.乱流モデルに関しては、今まで多くの研究者によって数値解析手法に関する研究が行われ、新しい手法の開発、計算精度の検証、モデルの改良などの研究が行われてきた。また、複雑形状への適用のため、格子生成法に関する研究も活発に行われ、今までの計算の大半を占めていた構造格子である直交座標系格子に対して、有限要素法などで代表される非構造格子や一般座標系格子などに関する研究も盛んに行われている.

 Large Eddy Simulation(LES)手法は流れ場に対して空間平均操作を行うことによって乱流の非定常性、3次元性を精度よく捕らえる手法として最近注目を集めている。今までLESに関する研究は、従来より等方性乱流とチャンネル乱流に対して数多くの研究結果が報告され、モデルの改良と計算精度を上げるための研究が行われてきた。特に、最近にはSubgrid-scaleモデルのモデル係数に対して計算を行う際に動的に求める手法であるダイナミックSGSモデルが提案され、その応用に関する研究も活発に行われている。

 LES計算の応用例としては、建築物周りの流れ、バックステップ流れ、乱流噴流などが挙げられるが、最近、計算機の発達と熱流動の数値シミュレーション技術の発達によって複雑な現象を近似した、模型実験に匹敵する数値シミュレーション実験も可能になった。また、乱流研究にも大きな進展が見られ、様々な乱流現象に対して数値モデルが提案され検証されている。特に、自動車、航空機、製鉄など一部の工学対象では数値シミュレーションに基づく設計の合理化が成功を収めつつある。これらの状況から、工業上応用性の高い燃焼器内乱流場に対して形状設計も含めた最適化を行うためには、数値シミュレーション実験を積極的に導入することが合理的であると考えられ、本研究においては、LESによる燃焼流れの有効性をより詳細に検討する目的で燃焼器内流れ場の数値解析を行った。

 計算は3段階に分けて行われ、まず、LES数値計算コードを構築し、その計算精度を検証するため円管内乱流に対して検証計算を行った後、燃焼器内乱流場の解析を行い、その乱流挙動に関する詳細な検討を行った。また、燃焼器内乱流場の流動特性を決定する重要な設計パラメータである保炎器形状の違いによる検討を行った。最後には、燃焼器内乱流場に対するLagrangianダイナミックSGSモデルによる乱流モデル評価と実際の燃焼流れに対応する高レイノルズ数流れ場の解析を行った。計算は急拡大部を持つ燃焼室の中に保炎器が設けられている予混合燃焼器を対象として、化学反応や旋回などを含めていない非燃焼流れ場に対して行った。

 本研究の全般的な流れは次のようになる。

 第1章は序論であり、本研究の背景と研究目的、およびその研究の概要について述べている。

 第2章はLESの概念とLESの基礎式ならびにSGSモデルの近年の動向について述べ、複雑乱流場への適用を考慮した場合SGSモデルの現在の問題点とその解決策について述べる。また、一般座標系による基礎方程式の導出および一般曲線座標系格子の生成法について述べている。本研究では一般座標系として物理反変速度成分による方法を用いている。その方法を用いた場合、基礎方程式が弱保存形になってしまうが、スタガード格子が使用可能であり、壁関数などの壁面境界条件が与えやすい上、圧力解法としてHSMAC法が使えるという利点を有していることが特徴である。

 第3章では、第2章で述べた知見を基にして工業上頻繁に現れる流れ場である円管内乱流のLES数値解析を試みた。数値計算は摩擦速度と円管直径Dで定義されるレイノルズ数を=360で行われ、中心の特異点については180°反対側の物理量との内挿による補間を行うことで処理した円筒座標系格子を用いてLES数値計算コードを構築し、格子数の異なる3つのケースに対して検証計算を行った。計算結果に対してはEggelsらのDNSの結果と一般曲線座標系格子と円筒座標系格子を併用した組み合わせ格子を用いた場合の計算結果との比較を行い、構築した計算コードの有効性を確認した。

 検証計算の結果、EggelsらのDNSの結果でも指摘したように、円管内乱流の場合は円管の壁面に曲率が存在するため壁面に垂直な速度変動成分が衝突噴流のように間欠的に壁に働き、いわゆるejectionとsweepのような現象が間欠的に存在する乱流挙動をしているため、平行平板間乱流の流れ場とは異なる流れパータンを持つようになる。そのため、円管内乱流の対数速度分布はチャンネル乱流の対数速度分布よりやや大きくなり、チャンネル乱流の対数速度分布式に修正を行う必要がある。その結果から円管内乱流の数値解析を行う際には、円管の壁面近傍領域での乱流構造を十分捕らえるような周方向の格子解像度が必要になり、周方向の格子設計に注意を要する必要があることがわかった。

 また、乱流モデルのモデル係数を流れ場を計算する際に動的に求めるダイナミックSGSモデルに対する検討も行い、ダイナミックSGSモデルの円管内乱流への有用性を確認した。

 第4章では、複雑乱流場である燃焼器内乱流場の数値シミュレーションを行った。対象としている燃焼器の形状は実際の燃焼器の形状を単純化した急拡大部を持つ燃焼室の中に保炎器が設けられている形状で、円盤型の保炎器を計算対象にして数値解析を行った。計算はまず、構築した計算コードの健全性と解析精度を保証するため、層流条件(Re=100,500)のもとで行い、構築した計算コードの有効性を確認した上、燃焼器内乱流場のLES数値解析を行った。乱流計算は入口部の直径と平均速度で無次元化したレイノルズ数Re=5000で行った。

 解析の結果、予混合燃焼器内の乱流挙動は保炎器より後方において内側の逆流領域と高速領域および外側の低速領域が存在し、逆方向の回転を持つ2つのリング状の渦が生成される。その2つのリング状の渦は下流に行くに連れ、せん断の影響を受け崩れて複雑になる。特に、2つのリング状の渦のうち、内側の方のせん断層からリング状の渦が崩れて流れ方向の縦渦が発生し始め、下流側はその縦渦が支配的になっていることがわかった。

 第5章では、燃焼器の設計において大変重要な設計変数である保炎器の形状変化が燃焼器内乱流場に及ばす影響を調べるため、保炎器の形状変化による検討を行った。計算で対象とした保炎器の形状は、円盤型の保炎器、円盤の前面に45°の切断面がある場合の保炎器、切断面と中心軸がある形の総3つケースの保炎器を対象として解析を行った。また、非燃焼流れ場に対する実験計測も行い、保炎器背面から20mm,40mm,60mm,80mm,100mm,140mm下流の6ヶ所の断面でLDVによる流速の測定を行い、計算結果について評価を行った。その結果、切断面を持つ保炎器の場合は、噴流が当たる衝突面が小さくなるため、円盤型の保炎器を用いた場合より流れ場の広がりが小さくなり、保炎器後ろの再循環領域もやや小さくなる。切断面と中心軸を持つ保炎器の場合は、中心軸の境界面に境界層が発達するため、流れ場はそれほど広がらずに比較的高速で下流に流れて行くので保炎器後ろの再循環領域が最も小さくなる。また、円盤型の保炎器、切断面を持つ保炎器、切断面と中心軸を持つ保炎器の順に流れ場の広がりが小さくなるため、その分主流方向の速度が大きくなる反面、半径方向と周方向の速度は小さくなる傾向が現れた。

 また、瞬時の乱流挙動分布によると、保炎器形状の違いによりその円形渦の崩れ様子にも差が現れ、円盤型保炎器を用いた場合は大きく広がって急に崩れてしまうことに対して、切断面と中心軸を持つ保炎器の場合は小さく広がって保炎器後ろの再循環領域が完全に閉じるまで長くその形が維持していることがわかった。

 第6章では、燃焼器内乱流場に対して、LagrangianダイナミックSGSモデルを用いて解析を行い、Smagorinskyモデルによる結果との比較により乱流モデルの評価を行った。また、実際の燃焼流れ場に対応する流れ場であるRe=50000の計算を行い、高レイノルズ数効果の評価も行った。

 LagrangianダイナミックSGSモデルを用いた場合の解析結果はSmagorinskyモデルによる結果とそれほど差は現れなかった。ただ、LagrangianダイナミックSGSモデルを用いた場合の結果がSmagorinskyモデルによる結果より、保炎器後ろの逆流領域の評価においてやや過大評価している。乱流モデル係数に対する評価は、LagrangianダイナミックSGSモデルを用いた場合がモデル係数の局所的な空間変化をよく捕らえていることがわかり、空間と時間的に変動するモデル係数を流れ場の状態に応じて瞬時局所的に求めるダイナミックSGSモデルの複雑流れ場への適用の有効性を確認した。LagrangianダイナミックSGSモデルを適用する理由は、Smagorinskyモデルが持つ問題点である様々な乱流場に対してモデル係数を最適化する必要性を排除するためであり、今回の計算でSmagorinskyモデルによる結果との比較により、その有用性を示した。

 また、実際の燃焼流れに対応する高レイノルズ数流れ場に対する解析を行った結果、LagrangianダイナミックSGSモデルを用いた場合とSmagorinskyモデルによる場合、両方とも、その平均速度分布において、実験結果とよく一致する傾向が現れ、実際の高レイノルズ数燃焼流れ場に対するLES数値解析の有用性を示した。

 第7章では本研究の結論について述べている。

審査要旨

 本論文は、「一般座標系による燃焼器内乱流場のLES数値解析に関する研究」と題して、複雑乱流場であるガスタービンなどの燃焼器を対象として、Large Eddy Simulation(LES)による数値解析方法を構築し、その燃焼流れ場への有効性を検証することを目的として行ったものである。論文提出者は、動力エネルギー機器に関する環境問題や石油代替燃料への転換などが模索されている最近の認識に応じ、その代表的な動力エネルギー機器の一つであるガスタービン燃焼器に着目し、燃焼器流れ場に対する実用的なレベルの数値シミュレーション法を構築し、その支援によるエネルギー動力機器の設計の合理化を目指すための基礎研究として本研究を位置づけている。

 全体的な研究の流れとしては、まず物理反変速度成分を用いた一般座標系定式化によりLES数値解析コードを構築し、過去に直接計算法(DNS)による標準データが存在する円管内乱流の検証計算を行い構築した計算法の有効性を確認した上で、対象とする複雑乱流場である燃焼器内非燃焼乱流場の解析を行っている。

 第1章において、序論として研究の背景、目的および概要について述べられている。

 第2章においてはLESの概念とLESの基礎式ならびに複雑乱流場への適用を考慮した場合のサブグリッド(SGS)モデルの現在の問題点とその対応策について論じている。また、一般座標系による基礎方程式の導出および円筒座標系格子、一般曲線座標系格子の格子生成法について述べている。

 第3章では、円管内乱流のLES数値解析を行い、複雑形状を持つ流れ場が対象になった場合、解決すべき問題である格子系の影響評価と乱流モデルに関する評価を行っている。格子系の影響に関しては、中心の特異点を180゜反対測の物理量との内挿補間を行うことで処理した円筒座標系格子(O型格子)を用いた場合と、一般曲線座標系格子(B.F.C格子)を用いた場合に対して評価を行い、円筒座標系格子を用いた場合が計算時間と精度の面でより効果的であることを示している。次に、格子数の影響を調べ、円管の壁面近傍領域での乱流構造を十分捕らえるために特に周方向の高い格子解像度が必要であること、その格子解像度の目安として90分割以上の周方向の格子設計が必要であることを示している。さらに、乱流モデルのモデル係数を計算の過程で動的に求めるダイナミックSGSモデルとLagrangianダイナミックSGSモデルに対する検討を行い、平均速度や乱流の統計量についてSmagorinskyモデルを用いた場合と同程度の精度の解析結果が得られることを示している。

 第4章では、複雑乱流場である燃焼器内非燃焼乱流場を対象としてLES数値計算を行っている。燃焼器の形状は実際の燃焼器を単純化した急拡大部を持つ燃焼室の中に保炎器が設けられている予混合燃焼器を対象として、入口部の直径と平均速度で無次元化したレイノルズ数Re=5000で解析を行っている。ここで、論文提出者は、複雑形状を持つ燃焼器内乱流場を対象として構築した計算コードの健全性と乱流計算の初期値を求めるため、まず層流条件(Re=100,500)のもとで解析を行い、得られた層流解を初期値として用い、燃焼器内乱流場のLES数値解析を行っている。その結果、予混合燃焼器内の乱流挙動を理解するとともに各種乱流統計量を得ている。

 第5章では、保炎器の形状変化が燃焼器内乱流場に及ばす影響を調べている。保炎器の形状として、円盤型の保炎器、円盤の前面に切断面がある場合の保炎器、切断面と中心軸がある形の3つのケースを対象としてLES数値解析を行い、LDVによる実験計測の結果との比較により数値解析法の評価を行っている。その結果、保炎器形状変化により保炎器背面の再循環須域に差が現れると共に瞬時の円形渦の崩れの様子にも差が現れることを示し、予混合燃焼流れ場の火炎安定化と深く関係がある保炎器の形状に関する情報を提供している。

 第6章では、燃焼器内乱流場に対して、LagrangianダイナミックSGSモデルの評価、および実際の燃焼器内乱流場に対応する高レイノルズ数流れ場であるRe=50000の解析を行い、高レイノルズ数効果の評価を行っている。高レイノルズ数の解析結果は実際の燃焼器内乱流場を対象としたLDV実験計測結果との比較により、その流速分布などにおいて良い一致が得られていることを示している。また、Lagrangianダイナミックモデルを用いた場合、Smagorinsky定数に相当するモデル係数が、保炎器後方の2つのせん断領域で周辺の値より小さく捕らえていること、再循環領域で大きく評価されていることなど、既存のダイナミックモデル研究を裏付ける結果が得られている。特に、Lagrangianダイナミックモデルを用いた場合がモデル係数の瞬時局所的な空間変化をよく捕らえていることがわかり、空間的、時間的に変動するモデル係数を流れ場の状態に応じて瞬時局所的に求めるダイナミックSGSモデルの複雑流れ場への適用の有望性を示している。

 第7章では本研究の結論について述べられている。

 以上を要約すると、本論文において一般座標系定式化により燃焼器内非燃焼乱流場のLES数値解析法を構築するとともに、その数値解析法によって保炎器背後の剥離場の非定常流れの特徴が再現されること、保炎器形状の影響やレイノルズ数効果を相対的には捕らえられること、複雑乱流場に対するLagrangianダイナミックモデルが有望であることなどが示され、燃焼器流れLESの実用化のための基礎データを与えられている。従って、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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