内容要旨 | | 沸騰現象は小さな温度差で高い熱伝達が得られることから応用上重要であり,これまで多くの研究がなされてきた.しかし相変化が介在した複雑な熱流体現象であるため,今日においても不明の事柄が少なくない. 限界熱流束(CHF)あるいは高熱流束核沸騰熱伝達を説明する考えは幾つか提案されて来ているが,流体力学不安定モデル,マクロ液膜モデル,固液接触モデルが主要なものとしてよく知られている.すなわち,Zuber(1959)はTaylor不安定とHelmholdz不安定に基づき,CHFの理論モデルを提案した,このモデルでは,伝熱面から発生する蒸気を垂直方向に上昇する連続的かつ定常的な蒸気柱内の流れとして捉え,蒸気と液体の相対速度がHelmholdz不安定を生じる限界速度を越えるとCHFを発生するとした.このZuberのモデルは理論的に美しいものであるが,限界熱流束だけを説明するもので,核沸騰熱伝達は説明しない.一方,甲藤と横谷(1983)はマクロ液膜モデルを提案している.すなわち,加熱面上の合体蒸気塊の底部にはマクロ液膜と称される液膜があり,この液膜の消耗時間と蒸気塊の滞留時間のかねあいでCHFが決まるとした.このモデルは高熱流束核沸騰のみならず遷移沸騰熱伝達についても適用できる.他方,ミクロ液の蒸発と孤立乾き点の面積の広がることは核沸騰熱伝達では重要であるとの考えもある.DhirとLiaw(1989)は加熱面上の熱流動挙動を時間平均的にとらえ,加熱面からマクロ液膜,ミクロ液層を通し熱エネルギーがどのように伝達されるかを解析した.また.永井と西尾(1997)は超平滑単結晶サファイア沸騰面を用いてR113の飽和沸騰実験を行い、固液接触の動的な状況を観察し,三相界線の長さ密度の変化が高熱流束領域の沸騰曲線に似ていることから三相界線での伝熱こそが最重要であると指摘した.趙ら(1996)はミクロ液膜モデルに立場して同様の主張をしている.上記のいずれのモデルも核沸騰や遷移沸騰の熱伝達,CHFなどをそれなりに説明するものであるが,モデルの間で整合しない事項も少なくない. 以上のモデルはいわば理論モデルと呼べるものであるが,これに対し丸山ら(1992)はマクロ液膜モデルに基づいた数値シミュレーションモデルを提案している.このモデルでは、マクロ液膜内に一定の接触角度で蒸気茎が存在し,蒸気茎およびマクロ液膜表面から蒸発が生じると仮定している.丸山らのモデルは,甲藤らの空間平均的モデルとDhirらの時間平均的モデルの考えを総合して,数値的取り扱いを行ったものと位置づけられる.この丸山らの研究は,沸騰の数値シミュレーションモデルとしては始めてのものであるが,モデル自体にはまだ不完全な部分も含まれている.たとえば,初期マクロ液膜の厚さは加熱度によるとしているが,このことの実験的確証は従来少ない.また,実際には重要な加熱面の粗さと発泡核,蒸気茎の関係などが考慮されておらず,加熱面の粗さの影響などが評価できない.さらには,加熱面の温度は一様と仮定されているため,過渡沸騰や加熱面熱容量の影響も評価できない.沸騰における気泡の発生,生長,離脱のプロセスに関する数値解析は幾つか行われている.すなわち,Pasamehmetoglu(1994)は三次元熱伝導方程式によって低熱流束領域での気泡力学のシミュレーションをした.この解析では、ヒーターが八角形と正方形のコントロールボリュームに分割され、各セルには一つキャビティが置かれ、沸騰熱伝達率は境界条件として導入され、孤立気泡の形成と離脱がシミュレートされている.また,流体の運動方程式とエネルギー方程式を用い単一気泡の流体力学と伝熱特性について数値シミュレーションしたもの,CML(Coupled Mapping Lattice)とかLGA(Lattice Gas Automata)といった特殊なシミュレーション法を沸騰現象に適用しようとした研究もなされている.要するに,沸騰の研究にあっては数値シミュレーションの研究が近年やっと始まったと言うことができる. 本論文では、マクロ液膜モデルに基礎を置き,従来の知見を取り込んだ形の数値シミュレーションモデルを構築し,このモデルによって沸騰曲線がどの程度再現できるか、加熱面粗さなどのパラメタの影響を評価しうるかどうかを検討している. 数値シミュレーションモデル1.支配方程式 モデルで想定した加熱面上のマクロ液膜の概要を図1に示す.蒸発はマクロ液膜表面のみならず蒸気茎の界面からも生じるとした.蒸気塊が生成して,初期にマクロ液膜が構成されてより,時間の経過と共に液膜の厚さは減少し,蒸気茎は大きくなると考えてシミュレーションした. Figure 1.Schematic of Macrolayer Model まず,加熱面温度は一様の場合を考えると,熱は加熱面からマクロ液膜に伝わり,マクロ液膜表面から合体気泡内蒸気中へと蒸発が生じる.このときの熱バランスは 式(1)を積分し,初期液膜厚さを0とすれば,マクロ液膜厚さは次のように与えられる. なお、蒸気茎界面での蒸発は蒸気茎の半径を増加させ,熱を消費する.この熱バランスの式は ここに,は接触角である.また,蒸気茎半径の成長率は次のように定まる. ここに、mは飽和プール沸騰で考えられる最大の熱流束に対応する液膜厚さであり,この量を導入することで固気液界面の熱流束は無限大とならない.最大の熱流束は分子の蒸発と凝縮から次のように定まる. したがって、mは次のように表される. ところで,瞬間熱流束は と表される.ここに,wは当量厚さであり,加熱面に残った液体の量である.熱流束は2つの成分,とからなるが,それぞれ液膜の消耗と蒸気茎半径の成長に伴う伝熱への寄与成分である.なお, 平均熱流束は合体気泡離脱周期での熱流束の時間平均値である. 本モデルでは、これまでの研究でしられる幾つかの関係式を使っている.まず蒸気茎と発泡点密度の関係については,Gaertnerの経験式を採用している.また,初期マクロ液膜厚さは熱流束によって決まるとして,Rajavanshiの式を用いている.すなわち, ただし、この式は核沸騰(CHFを含む)でしか用いることができない.遷移沸騰の領域では,(8)式を外挿する形で0を定めている.合体蒸気塊の離脱周期は高熱流束域ではほぼ一定との甲藤らの実験結果を採用し,甲藤と横谷(1975)の次式を用いて計算している. 図2は沸騰曲線を予測する際の計算プロセスの流れである.表面熱流束は過熱度の関数としているので、核沸騰から限界熱流束にわたる過熱度の数値解が二分法を用いて求めている.具体的にいえば、まず、初期液膜厚さを式(8)から求め,次に一定区間で適切な過熱度を探し,本シミュレーションモデルによって平均熱流束を求める.次に,始めに仮定した熱流束をシミュレーションモデルによる計算値と比べ,解の精度が所期範囲に入れば,仮定した過熱度はその熱流束に対応したモデル解と決める.解の精度が所期の値に達しないと,繰り返し過熱度を探し,希望する精度になるまで計算するを続ける. 図3は以上の方法で予測された水の沸騰曲線である.加熱面の大きさは10mmとして計算した.図に示したように,高熱流束領域では予測値は実験値とほぼ一致する.しかし、低熱流束領域では,熱流束を高く予測する傾向が認められる.したがって,本モデルは高熱流束領域のシミュレーションに適していることが分かる. 図表Figure 2.Flow Chart for Predicting Boiling Curves / Figure 3.Comparison of the model prediction with The experimental data 各熱流束の総熱流束に対する割合を検討した.その結果によると,熱伝達の主要部分は蒸気茎からの蒸発にあることがわかった.しかし,熱流束が高くなるにつれ,マクロ液膜の消耗に基づく熱流束成分が増加する. 図4は初期マクロ液膜厚さと過熱度の関係を示したものである.マクロ液膜の変化は単純な直線変化とはならない. 2.表面粗さの影響 発泡点密度に関する量的な研究は従来わずかであるが,本モデルではWangとDhir(1993)の提唱した関係式を用い,次の方法でキャビティをシミュレートした.(1)キャビティの数は150〜600の間に設定する.(2)5.8〜7.0m,3.5〜5.8mと3.5m以下の相対キャビティ数はそれぞれ1〜5%,9〜20%と75〜90%である.(3)キャビティは乱数で与えられる.(4)キャビティは21×21のメッシュに分配されるが,一つのメッシュ内に分配された最大サイズのキャビティをそのメッのキャビティと考え,キャビティが活性化される過熱度を次式で計算する. 図5は表面粗さが違った場合の沸騰曲線の違いである.表面が粗くなるほど沸騰曲線は低過熱度側へ移るが,CHFの値自体はさほど変化しない. 図表Figure 4. Simulated Initial Macrolayer Thickness / Figure 5.Predicted Boiling Curves for Different Surface Conditions数値シミュレーション法1.空間と時間の温度分布 加熱面内の温度を三次元非定常熱伝導方程式から求める.ここでは,沸騰熱伝達は境界条件として与えられる.デカルト座標を採用すると,方程式系は 境界条件 最初の四つはヒーターの両側で温度が対称であることを示している.式(14)はヒーター底部の境界条件であり,内部発熱は0である.式(15)はヒーターの上の境界条件であり,沸騰熱伝達の局所熱流束が与えられる.なお加熱面の初期温度は沸騰曲線から得られるものである.初期の内部温度分布は一次元定常熱伝導で定まると仮定する.沸騰熱伝達が導入されると,計算の安定条件が異なってくる.すなわち 図6aは熱流束が1.57MW/m2のときの加熱面の瞬間パタンーであり,図7bは図6aに示された点の温度変化を表している.気体と液体は同時に一つメッシュに存在するとき、温度が低くなる.これに対し,一つメッシュに気相あるいは液相しか存在しないとき、温度が高い.図7は加熱面全体の瞬間温度である.合体気泡形成された直後、乾燥面が少なく,表面温度がほぼ同じである.温度の低いところは固気液界面のところである.合体気泡の離脱直前、乾燥面はかなり増え,温度の変動は激しくなった.温度の変化は加熱面の気液接触とよく関係しているとわかった. Figure 6(a)Instantaneous Surface Dry Pattern(b)Temporal Variations of Instantaneous Wall Temperatures For Different Positions(q=1.57MW/m2,H=1mm)Figure 7.Local Instantaneous Temperatures On the Heated Surface(a=1.57MW/m2.H=1mm)2.過渡沸騰シミュレーションの結果 加熱面直径,厚さが厚さを10mm,10mmであるとして計算した.液体として水とFC-72を選んだ.熱入力は直線的,あるいは指数関数的に増加させる.水とFC-72の沸騰開始点はそれぞれ10Kと15Kとし,合体気泡の離脱周期は定常状態のときと同じであると仮定した.すなわち,水とFC-72の周期はそれぞれ40msと30msである. まず,熱流束の上昇率が0の時(定常状態)の表面温度の変化を調べた.核沸騰領域では加熱面の温度変化はわずかであり,遷移沸騰領域に入ると温度変化が激しくなり,変動は最大で数度に達した.これは,マクロ液膜が非常に薄くなったためと考えられる. 熱流束が直線的に上昇する時の沸騰曲線を図9と図10に示した.図9は水の沸騰曲線であり,図10はFC-72の沸騰曲線である.両図からわかるように,熱流束の上昇率が低い時,過渡沸騰曲線は定常状態とほとんど変化ない.しかし,上昇率が非常に高くなると沸騰曲線は定常状態から離れ,過度沸騰のCHFも高くなる.図10には、Hohlら(1996)の実験値も載せて比較している.シミュレーションの結果は実験値と同じ傾向を示す.しかし,Hohlらの実験における加熱面の直径は34mmであることから,実験ではより高いCHFが得られたと考えている. 熱流束が指数関数的に与えられる時の沸騰曲線が図10(a)である.熱流束を上昇させる方法はSakurai と Shiotsu(1977)の方法と同じとした.熱入力の区間は5s〜50msで変化させた.沸騰曲線の遷移の傾向は図9の結果と同じであった.図10(b)に過渡沸騰のCHFとt0の関係を示した.これより,過渡沸騰のCHFはt0の減少により増加することはわかる.また,過渡沸騰域において,マクロ液膜とボイドの変化を調べた.その結果,マクロ液膜厚さは定常状態より厚いものの,ボイド率はそれほど変わらないことがわかった. 図表Figure 8.Predicted transient boiling curves of water / Figure 9.Simulated transient boiling curves of FC-72 for different heating rates Figure 10.Predicted results by exponentially heating increase(a)transient boiling curves (b)relationship between transient CHF and exponential period結言 本研究では、高熱流束核沸騰,遷移沸騰の伝熱特性を説明できる数値シミュレーションモデルを構築し,シミュレーション結果を従来の実験結果と比較検討し,次のことがわかった. (1)本モデルによって飽和沸騰曲線がよく予測できた. (2)加熱面が粗くなると,沸騰曲線は低熱流束領城に移る.しかし,CHFの値には変化が少ない.これらの結果は従来知られる知識に一致する. (3)加熱面の二次元温度分布と温度変動を解析した結果,固気液三相界面での温度は常に低い値となることわかった. (4)CHFは,加熱面の熱容量が小さくなるにつれ,小さな値となる傾向にある. (5)本モデルで過渡沸騰の特性をシミュレートできた.その結果,マクロ液膜の過渡沸騰に対する影響はきわめて重要であることがわかった. |
審査要旨 | | 本論文は,"Numerical Simulation of High Heat Flux Pool Boiling Heat Transfer"(高熱流束プール沸騰熱伝達の数値シミュレーション)と題し、これまで行われることの少なかった沸騰の数値シミュレーションに関し,マクロ液膜消耗理論に基づいたモデルを提案し,そのモデルによって飽和沸騰の特性曲線やパラメトリックな現象特性がどの程度まで説明しうるかを明らかにしたものであり,論文は全6章よりなり、英文で記述されている. 第1章は"Introduction"(序論)であり,沸騰に関する従来の理論,数値計算を概観し,本研究の背景と目的について記している.すなわち,本研究ではマクロ液膜の消耗の基づいた数値シミュレーションモデルを構築すると述べている. 第2章は"Numerical Simulation Model"(数値シミュレーションモデル)であり,提案するモデルの物理的構造,支配方程式,現象要素の相関式などについて説明している.マクロ液膜消耗理論では,合体蒸気塊生成時のマクロ液膜の初期厚さ,加熱面の初期乾き割合,および蒸気塊の離脱周期に関する情報が必要になるが,それぞれ原村と甲藤のモデルの修正式,Gaertnerの観察結果,甲藤と横谷の理論を採用すること,加熱面の乾き割合や発泡特性に関連して,WangとDhirの加熱面粗さに関する整理式を援用すると述べている. 第3章は"Numerical Solution Method"(数値計算法)であり,本計算で用いられた数値解析手法について記されている.モデル計算は大別して,加熱面の温度を一様とみなしたときの沸騰曲線の予測計算と,加熱面の温度が時間的,空間的に変動するとしたときの伝熱特性(熱流束と表面温度の変動分布)の計算に分けられる.そして前者の計算の場合を例に,熱流束が与えられたときに加熱面の温度を決定する二分法について先ず説明し,次に加熱面の2次元温度分布を計算するための支配方程式,境界条件と離散化について述べ,最後にそれらの計算の安定性について議論している. 第4章は"Results and Discussion"(結言)であり,本モデルによって飽和沸騰の伝熱特性(沸騰曲線)がどの程度よく再現できるか,パラメトリックな計算で従来知られる実験事実がどの程度説明できるかを検討した結果について記している.すなわち先ず,加熱面の温度は一様との前提の基で水とFC-72の飽和沸騰の沸騰曲線を求め,従来の実験データと比較しているが,高熱流束の核及び遷移沸騰熱伝達特性をよく再現(予測)できることを示している.次に,接触角(液体と加熱面の塗れ性)が変化した場合,および加熱表面の粗さが異なった場合の影響についてパラメトリックな計算を行い,本モデルは従来実験的に知られる傾向をよく説明することを示している.ここでは特に,加熱面粗さが限界熱流束の値にあまり影響を与えないこと(従来の実験,本モデル計算)について数値的に検討を加え,その理由として,粗さが増すと蒸気茎数が多くなり,蒸気茎周囲部からの伝熱量が増すのに反し,マクロ液膜表面からの蒸発による伝熱量が減少するためであることを明らかにしている.また次に,加熱面の温度が一様でなく空間的に変動する場合の,温度変動幅や熱伝達への影響について計算し,気固液3相界線が通過した加熱面部分の温度が低くなること,加熱面の温度変動の空間分布は著しいため,理論モデル構築の際に一様温度を仮定する(従来の多くのモデル)のは危険であることを指摘すると共に,加熱面の厚さ(熱容量)の影響について,それが限界熱流束に及ぼす効果を計算して従来の実験データと比較し,本モデルの有効性を明らかにしている. 第5章は"Simulation of Transient Boiling"(過渡沸騰のシミュレーション)であり,本数値モデルを加熱面の温度が時間と共に上昇していく過渡加熱の問題に適用し,本モデルの応用可能性と妥当性の問題について検討している.すなわち,加熱面の温度が直線的に上昇する場合について計算し,FC-72に関する最近の実験結果と対比して,本モデルは定性的ながら実験の傾向を良く説明することを示し,過渡沸騰における液膜蒸発や加熱面の乾き率の時間的変化など,実験では明確とできない諸特性について調べ,過渡沸騰の伝熱特性を議論している. 第6章は"Summary and Conclusions"(まとめと結論)であり,上記の研究結果をまとめたものである. 以上要するに,本論文は従来研究の少なかった沸騰の数値シミュレーションに関し,マクロ液膜消耗理論に基づいたモデルを提案,その有効性を明らかにしたものであり,沸騰伝熱の研究と応用に新しい知見を加えたもので,熱工学あるいは伝熱工学の発展に寄与するところ大と考えられる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |