学位論文要旨



No 114750
著者(漢字) 張,群
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,グン
標題(和) 構造座屈と領域大変動を伴う構造・流体連成問題のALE有限要素解析
標題(洋)
報告番号 114750
報告番号 甲14750
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4520号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 谷口,伸行
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 1序論

 近年,体内埋め込み型人工心臓の開発が進められており,合理的設計のための数値シミュレーションが必要とされている.心臓の心室に当たる人工心臓の血液ポンプは,油圧によりダイアフラムを押し込むことにより血液を排出させ,また引き戻すことにより吸引する構造になっている.このような流体領域の大幅な変動,ダイアフラムの曲率が反転するような大変形構造座屈及び乱流を伴う構造・流体連成問題を解析するには,より高度の力学理論及び解析手法が要求されるが,これに応える手法は現在のところなく,また力学的現象も解明されていない.

 本研究では領域大変動と構造の極端な座屈を伴う構造・流体連成問題に対する一般的な有限要素解析手法を提案する.流体解析にはALE有限要素法,構造解析には動的total Lagrangian 法を適用し,流体・構造連成系に対して強連成解析を行うための有限要素方程式を導く。またこれと比較するために改良型弱連成法を導入する.時間積分法については,流体解析の分野で広く使われているPMA法をNewmark‐法に基づいて連成系の動的解析に拡張する.また構造にMITCシェル要素,流体に六面体混合要素を使う場合の境界面での連続の式と平衡方程式の幾何学的,力学的意味を検討する.さらにALE有限要素方程式との整合性を考慮したメッシュ制御法を提案する.そして構造,流体及び動的解析手法の3つの観点から,構造の大変形と極端な座屈を伴う流体・構造連成解析に適切な数値安定化手法を検討する.最後に2Dと3D連成問題の解析を通じて,本論文で提案した解析方法,つまり,メッシュ制御法,連成解析法,時間積分法及び数値安定化手法の有効性を検証する.

2流体・構造連成解析の定式化2.1ALE 表記法を用いた流体の定式化

 Barotropic流体(圧力pは質量密度の関数となる)における連続の式(質量保存則)と平衡方程式のALE表記は次のようになる.

 

 ただし,ciは参照座標系に対する物質点の相対連度を表す.

 重みつき残差法(Galerkin 法)により連続の式と平衡方程式を離散化すると,それぞれ,次の式(3)と(4)が得られる.

 

 記号・は変数のALE座標系における時間微分を表す.

2.2構造の有限要素定式化

 Total-Lagrange 法に基づく仮想仕事の原理と,有限要素方程式の増分形は次式で与えられる.

 

3流体と構造の境界面での制御方法

 本研究では流体・構造境界面に固着条件を導入する.幾何学的連続条件と力学的平衡条件は式(7)、(8)で与えられる.

 

 ただし右肩符号fは流体の,sは構造の諸量であることを示す.また,nは境界面での流体外向き単位法線ベクトルである.

4ALE有限要素解析のメッシュの制御法

 移動境界問題のメッシュ制御に関するポイントは次のようにまとめられる.

 1.メッシュ移動は変動する領域の境界を正しく追跡できる

 2.最大限にメッシュのゆがみを回避できる

 3.メッシュの速度と変位の関係は支配方程式の中で要求される節点移動関係を満足する.

 流体・構造連成問題におけるメッシュ制御は次のようになる.

 固定壁境界及びオープン境界では

 

 流体・構造境界面では

 

 で与えられる.ただし,は節点速度,sは構造の速度を表わす.なお,内部節点の制御は境界値問題のアナロジーを応用して行われる.

5連成系方程式の生成と動的解析手法5.1連成系方程式の生成

 本論文では流体・構造の強連成解折法を提案する.流体の変数ベクトル,構造の変数ベクトルを互に独立部分と共通部分に分割して一つの連成系変数ベクトルfsを作り,次式のように有限要素方程式を生成する.

 

 ただし,tMfsは連成系質量マトリクス,Cfは流体の粘性,発散,対流項を含むマトリクス,tKsは構造接線剛性マトリクス,Fは連成系に対する等価節点外力ベクトル、tQfsは連成系等価節点力ベクトル(内力と慣性力を含む)である.

5.2連成系の動的解析手法

 本研究ではNewmark-法に加えて,新たにNewmark-法に基づくPMA法を開発し、実際に連成解折に適用する.

5.3改良型弱連成法

 単純な弱連成法では収束上の問題を生じることが多いので、反復ステップで構造応答に緩和係数を乗じる改良型弱連成法を導入し強連成法と比較する.

5.4時間増分ステップの制御法

 連成系の解の収束状況により,解析過程で時間増分ステップを自動的に調節し,収束性と計算精度を保証した上で計算効率も改善する手法を提案する.

6構造座屈を伴う連成問題に対する数値安定化手法

 構造の力学特性(剛性マトリックスの特性や構造の内力など)が急激に変化する流体・構造連成問題の数値解析では解の不安定性が引き起こされる.本論文では構造,流体及び動的解析手法のそれぞれについて,数値安定化手法を検討する.即ち,シェル構造には修正質量マトリックスを用いた安定化手法を,流体にはSU(PG)及びPSPG法を導入する。また動的解析に関しては数値減衰のパラメータ設定について検討を行う。

7乱流解析手法

 LES(Large Eddy Simulation)乱流モデルを導入し,Smagorinsky モデル とdynamic SGSモデルに基づきALE有限要素法の定式化を行う.

8数値解析8.1拍動型人工心臓血液ポンプ2次元解析

 解析モデルを図1に示す.ダイアフラムにかける圧力,流入・流出口の開閉条件と圧力履歴を境界条件として与える.解析結果の流速分布を図2に示す.

図表図1:人工心臓血液ポンプの2Dモデル / 図2:人工心臓2Dモデルの変形状態と流速分布図
8.2連成アルゴリズムの検討

 空中に吊された膜の対風挙動の解析モデル(野村[4])を図3に示す.上流風速を0〜2m/sまで1.0s掛けて上昇させ,その後一定に保つ.本研究で提案した強連成法と改良型弱連成法で得られた結果の比較を図4に示す.

図表図3:膜の対風挙動解析モデル / 図4:膜中央点の変位の比較
8.33D流体・構造連成解析(検証モデル)

 解析モデル(円筒部,ダイアフラム)の幾何形状と寸法を図5に示す.上部口,下部口に流速或は圧力境界条件を与える.図6,図7に示されるように構造座屈の発生する段階で,構造の剛性マトリックスの成分及び構造内力の振動が発生し,これにより解の振動が引き起こされる(図8).また,2種類のメッシュ分割に対する着目点のy方向の変位履歴を図9に示す.

 図10は変形と流速分布の推移を示すものである.

図5:3D流体・構造連成問題の検証モデル図表図6:構造剛性マトリックスの対角成分 / 図7:シェル節点力に占める内力(予測,2回反復後) / 図8:粗いメッシュ分割の場合の加速度履歴 / 図9:二種類メッシュ分割の変位履歴比較 / 図10:3D解析の変形状態と流速分布
9結論

 2次元的に模擬した人工心臓モデルの解析の成功により,本論文で提案したALEメッシュ制御法は不規則な領域大変動問題に対して有効であることが分かった.

 本論文で提案した改良型弱連成アルゴリズムは単純な弱連成法の収束上の問題を解決するが,緩和係数の使用により各時間増分ステップにおける反復回数が大きくなり,特に,構造座屈を伴う連成問題においては計算効率が悪くなることが明らかとなった.

 構造座屈により引き起こされた連成系の数値不安定性の原因を力学的に解明した.また3D連成問題の解析の成功により,本論文で提案する強連成法,数値安定化手法及び自動的な時間増分ステップの制御法が有効であることが検証された.そして二種類のメッシュ分割で得られた解が一致していることから,本手法の連成問題への適用可能性が示された.また構造の座屈により引き起こされる流速場の乱れの状況を調べ,Smagorinsky乱流モデルを導入して,3D人工心臓の検証モデルを実際に解析した.

参考文献[1]Antonio Huerta and Wing Kam Liu,Comp.Meth.in Appl.Mech.and Eng.,Vol.69,(1988),pp277-324.[2]K.J.Bathe,H.Zhang and M.H.Wang,Computers and Structures,Vol.56,No.2/3,1997,pp193‐213.[3]Zhang,Q.and Hisada,T.,Theoretical and Applied Mechanics,Vol.47,pp.167-174(1998).[4]野村卓史,新明正人,応用力学論文集(日本土木学会),Vol.1,pp.241-251(1998,8).
審査要旨

 本論文は「構造座屈と領域大変動を伴う構造・流体連成問題のALE有限要素解析」と題し,9章よりなる.

 近年,体内埋め込み型人工心臓の開発が進められており,最適設計のための数値シミュレーションが必要とされている.心臓の心室に当たる人工心臓の血液ポンプは,油圧によりダイアフラムを押し込むことにより血液を排出させ,また引き戻すことで吸引する構造になっている.このような流体領域の大幅な変動,ダイアフラムの曲率が反転するような大変形構造座屈及び乱流を伴う構造・流体連成問題を解析するには,より高度の力学理論及び解析手法が要求される.しかし,これに応える解析手法は現在のところなく,また力学的現象も解明されていない.

 本研究は,ALE(Arbitrary Lagrangian Eulerian)法に基づく非線形有限要素法により,流体領域の大変動と極端な構造座屈を伴う構造・流体連成問題に対する解析手法の開発を行うことを目的として,次のように構成されている。

 第1章では,本研究の背景,目的および関連分野における従来の研究を述べている.

 第2章ではALE法によるNavier-Stokes方程式の定式化を行い,非線型方程式の解法に必要な線形化を行う.また,構造に対しては2次元はり要素及び3次元シェル要素を用いた有限要素法の定式化を示す。

 第3章では連成解析における構造・流体境界上の連続条件及び平衡条件の制御法を示す.構造にMITCシェル要素,流体に六面体の混合要素を使う場合の流体・構造境界面での連続式と平衡式の幾何学的及び力学上的意味を検討する.

 第4章ではALE有限要素解析におけるメッシュ制御法が満たすべき三つの条件,即ち,変動領域境界の追従性、メッシュのゆがみの抑制及び運動方程式との整合性,を指摘したうえ,Total Submerged 型構造・流体連成問題におけるメッシュ制御法を提案する。さらに,Laplace方程式及び弾性体の方程式を応用したメッシュ移動の制御方程式を導く。

 第5章では,第2章に導入したALE法の基礎式及び有限要素解析の定式化に基づき,強連成法を適用した構造・流体連成問題に対する基本方程式を導く。さらに,構造解析における代表的陰解法であるNewmark-法及び流体解析における PMA(Predictor-Multicorrector-Algorithm)法を動的解析に適用し,メッシュ制御を含めた連成方程式の時間積分手法を具体的に示す。なお,強連成法との比較のために,単純な弱連成法及び改良型弱連成法を導入する.更に,解の収束性と計算効率の両者を考慮した時間増分ステップの自動制御法を提案する.

 第6章では数値解析安定化手法について論じる。Hughesらが提案した修正質量マトリックスを用いた安定化手法を構造解析に導入し,流体解析に関してはSU(PG)及びPSPG法を導入する。動的解析に関しては数値減衰のパラメータ設定について検討を行う。

 第7章ではSmagorinskyモデルとdynamic SGSモデルに基づくLES(Large Eddy Simulation)乱流モデルのALE有限要素定式化を行う.

 第8章では,本研究で開発したプログラムにより2次元と3次元の流体構造連成問題を解析する.まず,2次元的に模擬した人工心臓モデルの解析を通じて,本論文で提案したメッシュ制御法は不規則な領域大変動問題に対して有効であることを示す.また改良型弱連成法は単純な弱連成法の収束上の問題を解決するが,緩和係数の使用により各時間増分ステップにおける反復回数が大きくなり,特に,構造座屈を伴う連成問題に対しては計算効率が悪くなることを指摘する.また3次元人工心臓血液ポンプ検証モデルの強連成法に基づく数値解析を通じて,構造座屈により引き起こされる連成系の数値不安定性の原因を力学的に解明する.そして流体領域の大変動と構造の極端な座屈を伴う連成問題への本手法の有効性,及び解析結果の妥当性を検証する.

 第9章「結論」では,以上の成果を総括している.

 以上を要するに、本研究は、流体領域の大変動と構造座屈、座屈後大変形を含む高度な連成力学問題に対して有効な有限要素解析理論ならびに計算プログラムの開発を新たに行い、これにより従来解析が困難であった人工心臓血液ポンプの解析を可能とすると共に、連成力学及び数値解析の観点から多数の関連する知見を得たものであって、工学上、工業上寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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