材料あるいは構造内部の損傷・破断のような内部欠陥に対する力学的メカニズムに関する研究は、その対象として、有限個の巨視的亀裂とそれらに先行する微視的空隙の発生とに分けられている。このうち、前者に相当する学問分野は破壊力学(Fracture Mechanics)と呼ばれ、亀裂先端近傍の応力・ひずみや変位の分布、亀裂成長に従うエネルギー解放率などと亀裂進展の関係に対する研究であり、過去数十年の間、著しい発展とともに様々な工学問題において大きく寄与してきた. 一方、後者に対しては連続体損傷力学(Continuum Damage Mechanics:以下、損傷力学と称する)と呼ばれ、材料内部に分布する多数の微視的空隙を、巨視的亀裂の発生および最終的な破断を起こすものだけではなく、材料内部の強度、じん性、剛性の低下のような材料の劣化と見なし、このような多数の微視的空隙の力学的効果を連続的な変数場として把握する学問分野である。 本論文では、前述のような材料あるいは構造内部の損傷・破断の力学的メカニズム解明手法の開発に関する研究として、機械構造物の高温損傷問題に対する予測手段としての、損傷力学と有限要素法の連成による統一的解析ツールの有用性を実証し、また可能性を試みる。そこで、古典的クリープ損傷理論からはじめ、連続体におけるすべての現象に対して一貫したアプローチができる熱力学的アプローチに基づく損傷理論を用いた弾塑性損傷解析を行う。 最初に,ボルト孔を有する鉄塔用山形鋼の溶融亜鉛めっき時における割れ発生メカニズムの力学的解明を行った。熱伝導理論解および一体型粘塑性構成式を利用した熱弾塑性解析と、Bodner-Chanのクリープ損傷理論を組み込んだ損傷解析を実施し、以下のようなことを明らかとした。 溶融亜鉛めっきを受ける孔付き山形鋼において、不均一な温度勾配によって発生する熱応力は孔縁部が最も大きくなり、代表的な幾つかの残留応力分布の仮定の結果、割れ発生に及ぼす影響が最も大きいと考えられる引張残留ひずみは、表面に引張、中央面に圧縮残留応力が存在する場合であることが判明した。図1には、解析モデルと要素分割図を示している。図2には、表面に降伏応力相当の引張残留応力、中央面に同一大きさの圧縮残留応力が存在する時の応力・ひずみ挙動を示す。ここに、tmax、tmin、toはそれぞれ全体の温度差が最大の時刻、ほぼ均一になった時刻、加熱開始時刻であり、は除荷点としての意味を有する。 図表Fig.1 Analysis model and finlte element mesh subdivision / Fig.2 Stress-strain behavior 一方、局所的破壊解析法による損傷解析手法には、損傷と構造応答との連成方法によって、非連成解析、部分連成解析および完全連成解析の3種類がある。 Bodner-Chanのクリープ損傷理論に基づく損傷解析を、局所的解析法における3種類の連成解析方法によって行った結果、損傷発展領域が極めて小さい問題に対しては、部分連成解析で十分有用であることを確認できる。図3には、3種類の連成解析から得られた損傷の時刻歴を、図4には解析結果の代表例として部分連成解析における損傷の分布を示している。 図表Fig.3 Damage evolution at the point of A / Fig.4 Distribution of damage at t=200 sec この解析法によれば、損傷発展を考慮した構成式を熱弾塑性有限要素解析によるひずみ履歴のポスト処理に用いることにより、構造内の損傷の発生・進展を予測することが可能であることが明らかになり、実験では得ることが困難な亜鉛脆化割れ発生挙動の力学的把握が可能となる。 次に、熱力学アプローチに基づいた3次元損傷解析を、亜鉛脆化割れ問題に対する三次元有限要素解析を介して行う。損傷力学モデルとしては、熱力学的アプローチに基づきLemaitreらにより誘導された統一的な構成式を用いており、同一手法の解析アルゴリズムによって延性・脆性の異なる破壊様子を表現することが可能となることを示す。 図5には、実際の亜鉛溶中におけるスティフナ付き平板の割れ発生試験の模様を示す。同じ解析アルゴリズムを用いて亜鉛脆化による材料劣化が表現できることを図6に示す。このように定めたアルゴリズムおよび材料定数を用いて割れ発生試験に対する解析を実施し、実用上重要な損傷変数の限界値を実際現象によって得ることができ、同一材料、同一環境であれば割れ発生あるいは破壊評価の基準として適用できることになった. 図表Fig.5 Schematic view of 4 point bending test / Fig.6 Stress-strain behavior of SM50 図7には、荷重・変位曲線の解析結果と割れ発生有無に関する実験結果の比較を示しており、図8には損傷分布図を示している。 図表Fig.7 Load‐dispacement behavior / Fig.8 Distribuion of damage 続いて、前述の損傷力学手法を鉄塔用山形鋼の溶融亜鉛めっき時の割れ発生解析に適用し、損傷および割れ発生の力学的メカニズムについて考察するとともに、有限要素サイズ、残留応力、初期損傷などの損傷および割れ発生に及ぼす影響について検討する。 図9には、鉄塔用山形鋼と実測した残留応力値を示す。解析は灰色部分に対して行っており、残留応力については実測値と2.5倍した場合に対して考慮する。この仮定は降伏応力値に相当することである。なお、要素依存性を考察するため、3種類の要素サイズ(3種類の半径方向の要素長さRと厚さ方向の要素長さZ)に対して考慮する。すなわち、考慮する各メッシュはメッシュA(R=1.5,Z=1.0)B(R=0.875,Z=0.5)C(R=0.4375,Z=0.5)である。図10には、各メッシュにおける損傷発展履歴を示しており、図11には、メッシュサイズと最大損傷値の関係を示す。本解析の結果、メッシュサイズの変化に従う損傷値の要素サイズ依存性は見られているが、図11からわかるように線形的な関係であることが確認できる。これは、有限要素法による損傷解析結果に対する解釈において実用的な指針となり得ることを示す。図12には、メッシュCにおける損傷分布を示している。 図表Table 1 The value of residual stress / Fig.9 Analysis model and measurement of residual stress / Fig.10 Damage evolution behavior図表Fig.11 The relationship of meximum damageand length from surface of each element size / Fig.12 The distribution of damage 損傷力学手法を用いた有限要素解析による損傷解析には、要素サイズや初期条件などの影響が存在し、損傷変数の計算結果はこれらの諸因子に大きく依存することが判明し、初期条件次第では実際に割れの発生が起こり得ることが示される。これらの諸因子の影響、特に有限要素サイズ依存性についてさらに数値的、力学的検討を進めることにより、本解析法の定量的信頼度が向上し、めっき解析以外の熱荷重による損傷および破壊解析にも適用可能となることが期待される。 なお、本論文で開発した損傷力学手法を用いて損傷解析のもう一つの適用例として、傾斜機能材料における熱衝撃・熱疲労問題に対して解析を行う。 高温環境で使用される耐熱材料である傾斜機能材料は、材料を傾斜させる方法として体積率あるいは組成比率を変化させることによって目的とする熱遮蔽効果を得っている。図13には、熱衝撃を受ける傾斜機能ディスクを示す。解析においては2次元軸対称問題としてモデリングする。解析における組成比率の変化は図14に示すように、混合則を用いて各積分点におけるすべての材料物性値を変化させている。この式によれば、図13に示しているディスクにおいて、表面(z/b=1.0)にはセラミックス、接合側(z/b=0.0)にはスチルになるが、組成パラメタnの値によって両面の間の材料物性は連続的に変化することになる。図15にはn=0.1の時の損傷分布図を示しており、図16には組成パラメタと損傷発生時間の関係を示す。この図から、熱衝撃を受ける傾斜機能材料における損傷の発生は、傾斜機能をもたせる組成パラメタ値に依存する特性が存在し、本解析によれば組成パラメタについては直線的分布が最も危険であり、傾斜幅において基材の成分が占める部分が多い方が有利であると判断される。 図表Fig.13 Schematic view of FGM plate for thermal shock problem / Fig.14 THe variation of property through the non‐dimensionalized thickness図表Fig.15 The distribution of damage for n=0.1 / Fig.16 The reiationship of volume fraction parameter n and time to damage Inltiation 続いて、熱疲労を受ける傾斜機能コーティング材において、コーティング方法による損傷発生挙動の把握を同じ手法で行う。図17には、一様上昇・冷却の温度履歴を受ける傾斜機能円形コーティング材のメッシュ分割図を示す。コーティング層においては、コーティング材と基材を直接接合する二層コーティング(NFGM)とコーティング材と基材の間を傾斜機能化させる傾斜機能コーティング(FGM)の2種類に対して考慮し、温度履歴については熱サイクル750℃〜250℃と1000℃〜250℃に対して考慮する。まず、図18には,熱サイクル750℃〜250℃の時における厚さ方向の相当応力の分布を示している。NFGMに比べてFGMの方は応力の不連続が抑制できることがわかる。図19には、熱サイクル1000℃〜250℃の時、FGMにおける損傷分布図を示しいる。多くの損傷は表面の中心部と端部分に集中的に発生しており、このような結果は実験からも報告されている事実と一致した結果である。なお、図20には、熱サイクル回数と損傷量の関係をFGMおよびNFGM両方に対して示している。温度が高いほど損傷量は大きくなっているが、傾斜機能化させる方の損傷の発生量が遥かに小さくなっていることがわかる。 図表Fig.17 Finite element mesh for thermal cycle problem / Fig.18 Equlvalent stress distribution along the center axis図表Fig.19 The distribution of damage for FGM coating after 10 cycles (Maximum temperature:1000degree) / Fig.20 The relationship of the number of cycle and average damage 本解析手法によれば、材料物性値の相違を有している複雑な問題に対して材料応答特性が把握でき、さらに損傷挙動の予測まで可能であることが判明した。特に、先端材料としての期待が高まっているが、製作および実験が非常に困難な傾斜機能材料に対する強度予測手法として最も有利であると判断される。 以上のような研究を通して、構造要素の高温損傷挙動を損傷力学手法に基づいて解明することが可能になり、解析手法の有用性を確認した。 |