学位論文要旨



No 114757
著者(漢字) 馬,炳眞
著者(英字)
著者(カナ) マー,ビョンジン
標題(和) 半導体能動導波路の光非線形効果を用いた全光波長変換器
標題(洋) All-Optical Wavelength Converters Based on Optical Nonlinearity in Semiconductor Active Waveguides
報告番号 114757
報告番号 甲14757
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4527号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 講師 染谷,隆夫
内容要旨 1.はじめに

 爆発的に増加する通信容量の解決策として考えられるWDM(Wavelength Division Multiplexing)ネットワークでは、波長変換器を用いることにより、ネットワーク中における波長の再利用とチャンネル争いの防止という大きなメリットが得られる。また、それによりシステム設計とメンテナンスが容易になると考えられる。

 最も簡単な波長変換器としては、光信号を電気信号に変え、その電気信号により異なる波長を持つレーザを発振させる方式が考えられる。この方法では信号のreshaping,regenerationはもちろんretimingが同時に可能になるというメリットがあるが、システムの大型化、O/E(またはE/O)の変換による高いパワー損失と低速度(10Gbit/s以下)というデメリットがあり、究極の解決策とはなり得ないのである。従って、光信号を電気信号に変えることなく、光のままで変換する全光波長変換器が望ましいと考えられる。波長変換器の媒体としてはファイバ、ポリマー、そして半導体などの受動導波路でも構成できるが、強い非線型特性を保持し、コンパクトに実現できる半導体能動デバイスが望ましいと考えられる。特に半導体光アンプ(SOA:Semiconductor Optical Amplifier)の広帯域性はEDFAのすべてのチャンネルをカバーするのでSOAを用いた研究が盛んになっている。入力光によるSOA内部でのキャリアの変動、それに伴う利得と屈折率の変化を利用した相互利得変調(XGM:Cross-Gain Modulation),相互位相変調(XPM Cross-Phase Modulation)が提案され、これらを採用した転送システムの実験などが活発に行われている。XGMはSOAの利得の変化が、変換された出力の消光比(extinction ratio)にそのまま現われるので、必要な消光比を得るためには、相当強い光の入力を必要とする。しかし、XPMはMach-Zehnderなど干渉系にSOAを集積化したデバイスであり、SOAの内部での屈折率変化により伝播速度の差、それによる位相の変化を利用するのでXGMより弱い入力光パワーでの動作が可能である。また、入力パワーレベルと入力ポットの調整により、XGMで見られた符号反転が解決される。しかし、XPMデバイスの実現は受動デバイス能動デバイスとの集積化という高度プロセス技術を必要とするので、その歩止りは相当低いのが現実である。

 本研究では、方向性結合器型半導体光アンプ(DCSOA)を用いた新しいXPMデバイスを提案し、デバイスの作製および特性評価を行った。そして波長変換器としての動作をデモンストレーションし、通常のXPMデバイスの短所を解決することを明確にした。また、DCSOAとは別に光誘起導波路(PIG:Photon-Induced Waveguide)を新しく提案し、PIGが簡易かつ高性能のXGM波長変換器として活用できることを検討した。

2.DCSOAを用いた波長変換デバイス

 方向性結合器は、導波路の近接による結合を用い、分波、または切り替え(スイッチング)を可能にしたデバイスであり、その動作の制御は受動導波路に加えた電圧で行われる。つまり、電圧により導波路の屈折率を変化させることで、光の結合モードを調整するのが動作機構である。しかし、受動ではなく能動導波路、つまり、SOAを方向性結合器の導波路として使うことによって電圧の代わりに注入電流と入力光により導波路の屈折率の変化を起こすことができる。したがって、制御信号光を利用することで光スイッチングのみではなく、波長変換の動作も可能になるのである。例えば、図1に示すように、ある波長のCW光(cw)とLowレベルの入力信号光(signal)がSOA1に入った状態を考える。光が結合するように方向性結合器に電流を流すと、出力としてCW光はHighレベル状態となる。次に、入力信号光がHighレベルに変わった時は、この入力信号光のパワーによってSOA1の誘導放出が強くなる。それにより、キャリアが減り、屈折率が増加する。つまり、強い入力信号によってSOA1とSOA2との伝播定数の差()が生じ、方向性結合器は結合モードから反結合モードに切り替わる。CW光と入力信号光がともにbar-state出力ポートに出力され、cross-state出力ボートでの光出力のレベルが低下する。結局、入力信号光(signal)のシグナルがそのままCW光(cw)の波長にコピーされ、波長変換が行われることになるのである。

図1 DCSOA波長変換器の概念図

 一般的なXPMデバイスの場合、屈折率の変化による伝播速度の差のみを利用するので伝達特性が鋭く、波長変換時にregenerationとreshapingの機能が実現できるが、伝達特性がサインカーブのように周期的に変化するので入力パワーの許容範囲が狭いという大きな問題が生ずる。しかし、ここで提案したDCSOAを用いた波長変換器は屈折率の変化による伝播速度の差たけではなく二つの導波路の結合の善し悪しもデバイスの動作に影響するのであるので、伝達特性が周期的ではなく、デジタル的に変化する。これによって入力パワーの許容範囲を広げられるのである。

デバイスの数値解析

 デバイスを作製する前に,解析的なシミュレーションとBPM(Beam Propagation Method)シミュレーションを行い、定性的な波長変換動作を確認した[1,2]。SOA導波路は対称で、導波路内部の光伝播方向での屈折率の分布は無視して平均的な変化のみを考慮した[3]。シミュレーションは、0.1mWのCW probe光は常に入っている状態で、シグナル光の強度を0.01mWから10mWまで変化させながら行った。図2で示したように、伝達特性が通常のMach-Zehnder干渉系に基づいたXPMのそれと異なり、非周期的であることがわかる。

 光伝播方向に対し、キャリア密度などの空間的な分布を調べ、より正確な数値解析を行うために、新しいシミュレータを開発した。このシミュレータは基本的に伝達行列方式(TMM:Transfer Matrix Method)を採用している[4]。DCSOAの弱結合を仮定し、二つのSOAの結合を表現するため、結合方程式を用いている。正確な結合係数や伝播定数を求めるため、光モードも計算している。また、強結合の場合も説明できるように固有値計算法も開発した。図3は入力パワーが-20dBm,-10dBm,0dBmの時、長さ1500mのデバイスの共振器方向での光パワー、キャリア密度、伝播定数、結合係数をあらわしている。光が伝播することに従って、キャリアが減衰し、屈折率が高くなり、伝播定数が大きくなるのが分かる。また、入力パワーが大きくなるほどこれらの変化が大きくなるのが分かる。図4は長さ750mのSOA1での入力パワーに対し、SOA2の出力ボートでのパワーの比(クロスポートでの利得)を示している。入カパワーのレベルが低い場合は、デバイス内部のキャリア密度の変動が無視できるくらい低いので、二つのSOAが強く結合し、クロスポートでの利得は大きい。しかし、入力パワーが大きくなるに従って、内部のキャリア密度の変動が大きくなり伝播定数の差も増加するし、結合も弱くなる。従ってクロスポートでの利得は急激に減衰する。比較のため同じ長さのSOAの利得飽和特性もいっしょに示した。

図表図2 解析な数値解析によるDCSOAの波長変換特性 / 図3 TMMに基づいたDCSOAの数値解析; 光のパワー(a)、伝播定数(b)、結合係数(c)の光の伝播方向での分布がわかる。図4 TMMに基づいたDCSOAの数値解析;入力パワーに対する利得を表している。

 デバイスの波長依存性は大きく二つの原因、つまり、SOAの波長依存性と方向性結合器の波長依存性から生ずる。シミュレーションにより主にSOAの波長依存性がデバイスの波長依存性に影響することが分かった。波長1.53mから1.57mまではほとんど波長依存性が見られず、また、1.51mから1.59mの範囲でも挿入損失と消光比の変化もわずか5dB以下であることがわかる。

DCSOA波長変換器の作製と特性評価

 DCSOA波長変換器の作製はSOA単体のそれとまったく同じであり、使うマスクだけ変えればよいのでそれほど難しいプロセスではない。全体のプロセスは大きく、MOVPEによる結晶成長、導波路の作製、そして無反射コーティング(AR coating:Anti-Reflection Coating)による進行波型半導体アンプ(TWA:Traveling Wave Amplifier)の作製に分けられる。MOVPEによる結晶成長ステップでは、約0.7%の圧縮ひずみの投入することによってTEモードの光のみが利得と損失を感じるようにした。導波路の作製ステップではデバイスの性能の向上ではなく、プロセスの再現性と容易さに焦点を合わせたので、self-aligned蒸着とlift-offなどのプロセス法を採択した。図5は作製したDCSOA波長変換器のSEM写真である。デバイスの大きさは、結合部分の長さ1.0mmを含んで全体の長さ1.5mmであり、幅は500mである。SOA導波路の幅と間隔はそれぞれおよそ2mと3mである[5,6]。

図表図5 DCSOAの断面SEM写真 / 図6 Al2O3/ZnS/Al2O3多層膜無反射コーティング: 無反射コート前後の自然放出スペクトル

 劈開断面での反射をなくすためのARコーティングとは、半導体レーザ断面に適当な誘電体膜を施すことにより、Fabry-Perotモードを抑えるプロセスである。膜の屈折率と厚さの二つのパラメータをうまく組み合わせることで低反射率が実現される。成膜には電子ビーム蒸着装置を用いて実験を行った。低反射率の帯域が広く、製作誤差に対し許容範囲の大きいZnS/Al2O3多層膜ARコーティングを試みた。実験はエリプソメトリで膜の屈折率と膜厚を測り、その結果をフィードバックさせる方法で実験を進めた。実際には、InPとZnSとの接触力を上げるため、数十nm程度のAl2O3をバッファー層として挿入する方式を導入した。図はAl2O3(20nm)/ZnS(84.8nm)/Al2O3(181.6nm)三層膜ARコーティングを行った後のスペクトルと反射率であり、反射率の評価にはよく知られているHakki-Paoli法を用いた[7]。得られた10-4程度の反射率は、DCSOA波長変換デバイスを動作させるのには十分な値である。

 図7は試作した波長変換デバイスの静特性を評価する測定系である。バイアス電流は150mAであり、電極は分離してない状態である。デバイスは圧縮歪みのMQWを採択したので測定系はすべて偏波保持で構成した。波長可変レーザ(TLD)は信号光源として、DFB-LDはprobe光源として使用している。導波路に光を入れるところと取り出すところはすべて先球ファイバを用いて、可能な限り結合損失が小さくなるようにした。図は波長変換の静特性である。波長1.549mの信号光のパワーを変えたとき、同時に入射された波長1.554mのCWの出力をモニタした。8dBの入力の変化で14dBの出力変化が得られたのは消光比の改善を意味する。出力の形が周期的ではないのはいろいろな解析で予想した結果と一致する。非周期的な伝達特性は入力パワーの許容範囲を広げ、デジタルシステムには望ましいと期待される。

図表図7 DCSOA波長変換器の静特性評価系 / 図8 DCSOA波長変換器の静特性
3.光誘起導波路(PIG)を用いた波長変換

 一般的にSOAに電流を注入すると利得は増加するが屈折率は減小する。もし、注入電流が大きすぎて導波路部分の屈折率が周りに比べて低くなると、導波路で光のモードは存在しなくなり、導波路は屈折率導波路として動作しなくなる。このような状態をantiguidingという。導波路がantiguidingの状態では入射された光は放射されるので、出力された光のパワーのレベルは相当低くなる。しかし、もし、最適化された導波路に十分強い光が入射されて強烈な誘導放出が起きた場合、利得は下がるが屈折率の向上による光閉じ込めは強くなり、導波路が誘起される。一旦、光誘起によって導波路が形成されると、光はもっと閉じ込められ、そこでのフォトンの密度が増え、誘導放出がさらに増加する正帰還がかかる。つまり、入力光のパワーで導波モードと放射モードを切り替えられるので、このデバイスは全光スイッチング、波形再生器、そして全光波長変換器としての応用が期待される。

 導波路部分の屈折率が周辺に比べて低い時は光の導波モードが存在しなくて閉じ込め係数が定義できないが、そのときには閉じ込め係数が指数関数的に減衰すると仮定すると定量的な数値解析が可能となる。モード計算が含まれた伝達行列方式(TMM)により、光伝播方向での利得と光閉じ込め係数が求められるので、デバイスの利得特性が調べられる。図9でわかるように、ある程度の光パワーになるとantiguidingの状態であった導波路がguidingの状態に変わり,出力が閾値的に増加するのがわかる。

図9 光誘起導波路(PIG)の伝達特性

 XGMの本質的な短所であった消光比の悪化と符号の反転が解決されるので、我々の提案するPIGデバイスを用いることで容易に高効率の波長変換が可能となると考えられる。

4.まとめ

 WDMとこれを支えるデバイスの一つとしての波長変換器は相当な意味を持ち、研究が行われている。しかし、システムからの要求すべてに答えられる波長変換器はまだできてないのが現状である。従って、この研究では、高性能かつプロセストレランスに優れた新しい波長変換器を提案し、シミュレーションでその動作機構を説明した。DCSOA波長変換器はXPMの特徴である消光比の改善だけではなく、デジタル的な伝達特性を持っていることを数値解析とデバイスの作製と特性評価によって証明した。デバイスのプロセスは非常に簡単であり、低コストの波長変換器として期待される。

 そして、光誘起導波路を提案し、その伝達特性を数値解析で調べた。光誘起導波路を用いた波長変換器は、導波路での光閉じ込めの正帰還を用いるので、閾値的な利得変化が得られる。このデバイスはXGM方式の本質的な欠点であった、波長変換時の消光比の悪化と符号の反転を同時に解決すると見込まれる。また、このデバイスは波長変換だけではなく、全光スイッチやその双安定性による光メモリとしても応用できると期待される。

参考文献[1] B.Ma,Y.Nakano,and K.Tada,"All-optical wavelength converter based on coupled semiconductor optical amplifiers,"in Techn.Dig.of Integrated Photonics Research(IPR’98),paper IMH21,pp.164-166,Victoria,Canada,Mar.1998.[2] B.Ma,Y.Nakano,and K.Tada,"Novel all-optica1 wavelength converter using coupled semiconductor optical amplifiers," in Techn.Dig.of Conference on Lasers and Electro-Optics(CLEO’98),paper.CThZ5,pp.477-478,San Francisco,USA,May.1998.[3] J.M.Liu and C.Yeh,"Optical switching by saturation-induced phase changes in an active directional coupler,"Appl.Phys.Lett.vol.50(23),no.8,pp.1625-1627,June 1987.[4] H.Ghafouri-Shiraz,"Fundamentals of Laser Diode Amplifiers,"John Wiley & Sons,pp.117-135,1996.[5] B.Ma,M.Tabei and Y.Nakano,"All-optical wavelength converter based on directionally-coupled semiconductor optical amplifiers,"in Techn.Digest of ISLC’98,postdeadline paper PD-8,pp.17-18,Nara,Japan,1998.[6] B.Ma and Y.Nakano,"Realization of all-optical wavelength converter based on directionally coupled semiconductor optical amplifiers,"IEEE Photonics Technol.Lett.,vol.11,pp.188-190,Feb.1999.[7] B.W.Hakki and T.L.Paoli,"Gain spectra in GaAs double-heterostructure injection lasers," J.Appl.Phys.vol.46,No.3 pp.1299-1306,Mar.1975.
審査要旨

 本論文は,半導体能動導波路の光非線型効果を用いた全光波長変換器に関し,理論と実験の両面から研究した結果を英文でまとめたもので,6章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成を述べている.光通信網の伝送容量を飛躍的に高める技術として波長分割多重(WDM)技術が盛んに研究されているが,限りある波長資源を有効活用するために「波長変換器」が必要とされている.これまで相互利得変調(XGM),相互位相変調(XPM),四光波混合(FWM)などいくつかのタイプが提案されてきたが,どれも一長一短である.本研究では,半導体能動導波路をベースにした新たな波長変換器を提案し,その数値解析,設計,試作,特性測定評価を行って,WDM光通信に最適な波長変換器を研究開発して行くことを目指した.

 第2章は「Analysis of DCSOA wavelength converters」と題し,本研究で対象とする第一のタイプの光波長変換器の提案と特性解析を行っている.ここでは,二本の半導体能動導波路(光アンプ)を方向性結合器配置(directionally-coupled SOA:DCSOA)し,この導波路対が外部光注入により結合状態から非結合状態へ遷移する(あるいはその逆)ことを利用して波長変換を実現する.外部光の注入により能動導波路には利得飽和とそれにともなう屈折率変化が生じるが,DCSOAではその双方が上記の遷移に寄与している.従来のXGM波長変換器に比べ,消光比が大きいこと,非反転動作が可能であること,従来のXPM波長変換器に比べ,構造が簡単であること,入出力伝達関数が周期的でなく閾値特性を有すること(デジタル的)を特長とする.提案したDCSOAの動作特性解析を,解析的手法,ビーム伝搬法,および縦続行列法に基づいて行っている.特に縦続行列法による場合には結合モード解析と固有モード解析の二通りを試しており,それぞれの手法の適用領域を明確にしている.解析の結果,DCSOAでは予測通り反転動作,非反転動作ともに可能であること,伝達関数が閾値的特性を有し波形整形機能を有することが検証されている.また,DCSOAの高速動作特性,チャーピング特性についてもシミュレーションを行い,NRZ符号で10〜20Gbps級の動作が可能であることを示した.

 第3章は「Fabrication of DCSOA’s」と題し,DCSOAの試作プロセスについて記述している.DCSOAに用いるInGaAsP/InP量子井戸エピタキシャル多層構造の結晶成長方法について述べた後,要となるリッジ導波路構造の形成プロセスについて詳しく記述している.続いて電極形成,劈開,素子実装の方法に触れ,さらに最重要プロセスの一つである劈開端面の無反射コーティング技術について論じている.種々の選択肢を比較した末に,アルミナ/ZnS/アルミナ三層コーティングを新たに開発し,これによって0.1%以下の反射率を達成している.

 第4章は「Characterization of DCSOA’s」と題し,前章で試作されたDCSOAの特性評価を行ったことについて詳述している.まず単体SOAとしての正味利得と端面反射率を評価した後,反導波因子(利得変化とそれによりもたらされる屈折率変化の比)を光励起および注入励起の元で測定し,その値が約4であることを求めた.量子井戸活性層を用いているためにその利得は偏光依存性を有し,SOAゲートとして用いた場合の消光比は波長1.55mのTE偏光に対し53dB,TM偏光に対し23dBであった.次にDCSOAとしての全光波長変換静特性を測定評価し,まず結合-非結合遷移に基づく反転波長変換動作を実証した.予測通りXGMタイプに比べ大きな消光比が得られ,また10dBの入力消光比が波長変換出力で18dBに拡大された(波形整形機能).さらに,非結合-結合遷移に基づく非反転利得特性も観測され,この場合にも10dBの入力消光比が20dBの出力消光比に拡大する閾値的振る舞いを示した.1.53〜1.56mにわたる波長依存性も測定し,消光比の大小はあるものの,この波長範囲で上記の非線型利得特性を維持することが確認された.以上により,DCSOAの優れたデジタル波長変換機能が実証された.

 第5章は,「All-Optical wavelength converters based on photon-1nduced waveguides」と題し,本研究で対象とした第二のタイプの光波長変換器の提案と特性解析を行っている.これはポンプ光が存在しない際には導波メカニズムが存在せず(オフ状態),ポンプ光が存在する場合にのみ導波路が誘起され従って信号光が伝搬する(オン状態)原理を用いるもので,光誘起導波路(photo-induced waveguide,PIG)と命名している.半導体能動導波路におけるキャリアは,ポンプ光により一般に空乏しその結果屈折率が上昇する.この屈折率上昇を導波機構に利用して信号光を導く仕組みである.この場合には波長変換は初めから非反転になる.PIGの特性を縦続行列解析によりシミュレーションし,バイアス電流を適当に設定すると実際に閾値的非反転利得特性の現れることが示された.最も条件のよい場合で,消光比が3dBから15dBまで改善される.最後に,PIGの予備的試作実験の結果についても述べている.

 第6章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,波長多重光通信で重要な全光波長変換機能に関し,これを半導体能動導波路の光非線型効果を利用して実現する新たなデバイス構造として,方向性結合光増幅器(DCSOA)と光誘起導波路(PIG)を提案し,特性解析,設計を行うとともに,実際にInGaAsP系1.55m帯素子を試作して,特に前者については理論予測通りのデジタル全光波長変換動作を初めて実証して見せたものであって,電子工学分野へ貢献するところ多大である.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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