エッジ・トンネリングの実験は、Wenによって提唱されたカイラル朝永-Luttinger(TL)液体の理論を検証する上で主要な役割を果たしてきた。3次元のFermi液体から2次元の分数量子Hall液体へのトンネリングの実験に対して、カイラルTL液体の理論は非線型なI-V特性を予言する。Landauレベルの充填率が、=1/(奇数)というLaughlin状態の場合には、I-V特性はI〜となることが期待されるが、これはすでに実験で確かめられている。しかし、量子ホール効果のプラトーはもっと一般の分数で現れるので、そのような充填率に対して、エッジ・トンネリングの実験がどのようなI-V特性を示すかということが問題になる。ショットノイズの測定による分数電荷の観測も、理論としてはエッジ・トンネリングの実験と基本的に同じモデルで扱える。これに関連して分数量子ホール系におけるプラトー転移をカイラルTL液体の立場から議論する。エッジ・トンネリングの実験のもう一つの側面は、準粒子トンネル描像と電子トンネル描像の双対性である。この双対性は長距離クーロン力によって破られるが、その結果として多彩な量子輸送現象が予言される。 I準粒子トンネル描像と電子トンネル描像の双対性 次のようなモデルを考えよう。2次元電子系が幅の帯状の領域(0<y<w)に閉じ込められていて、両端は電流端子に接続されている。電子系が充填率のLaughlin状態にあれば、系の低エネルギーの性質は1+1次元の有効理論で記述される。x=0のところに、準粒子のトンネリングによる散乱ポテンシャルがある。 もうひとつのモデルは電子トンネル模型である。この場合、散乱ポテンシャルが(x)cos+/で置き換えられる。=(x=0)に対する有効作用は と書ける。ここで、準粒子トンネル模型に対してg=、電子トンネル模型についてはg=1/と定義した。散乱ポテンシャルuが系の高周波のカットオフに比べて小さいとき、uに関する摂動論が使えて、 となる。はg<1(g>1)のとき、減少(増加)するにつれて大きくなる。/が1のオーダーになると、に対する摂動論は使えない。しかし、この場合もに双対な場を導入すると次の有効理論が導かれる。 インスタントンの質量zは次のくりこみ群方程式に従う。 ここで、2つの描像の間に次の対応関係があることが重要だ。 一方、準粒子トンネル模型に対してg=、電子トンネル模型についてはg=1/であった。これらから、準粒子トンネル描像の強結合相と電子トンネル描像の弱結合相、およびその逆は、互いに等価であることがわかる。この双対性は長距離クーロン力を考慮すると破れるが、その副産物として多彩な量子輸送現象を予言した。 II分数量子ホール系におけるプラトー転移 G/G0=2/(2p+)(G0:e2/h,p:偶数,=±1)で表される分数量子ホール系におけるプラトーを考えよう。ゲート電圧をかけてポイントコンタクトをつくると、準粒子のトンネリングにより、次の散乱ポテンシャルが生じる。 1,2についてのくりこみ群のフローを調べることにより、他のプラトーへの転移が議論できる。=1の場合、くりこみ群のフローは自明で、この場合、低エネルギーに向けて、G=2G0/(2p+)→G0/(p+)→0と転移していく。つぎに、p=2,=-1の場合を考える。この場合、図2のようなフローが得られる。コンダクタンスは2G0/3からG0に転移するが、このプラトーはこのモデルの範囲ではくりこみ群的に安定な固定点となる。ホール絶縁体は別の固定点にあたり、2つの固定点は連続的なくりこみ群のフローではつながっていない。 図1:(1,2)-平面におけるくりこみ群の流れ(K=-I2+2C2の場合)図2:2つの極の位置関係。 分数量子ホール系のプラトー転移について、カイラルTL液体の立場から議論し、プラトーのふちで観測されるショットノイズの実験の分数電荷、コンダクタンスの温度依存性を調べた。 III階層構造とGraysonの実験 Jainの階層構造で、複合フェルミオンが=mの整数量子Hall状態になる場合を考えよう。電子に対しては、=m/(mp+)(p:偶数,=±1)である。バルクの普遍的な性質は「K行列」と「電荷ベクトル」によって規定される。標準的な構成法では、m×mのK行列に対応して、1つの電荷モードとm-1個の中性モードがある。I-V特性の指数は、=1/+1-1/mで与えられる。1-1/mが中性モードからの寄与である。電荷と中性な自由度が完全に分離せずに相互作用があると、この値は一般に変更を受けるかもしれない。Graysonらは=1/4から=1までのいろいろな充填率でI-V特性を調べた結果、バルクの状態に関わらず、はほぼ1/に比例することを見出した。細かいことを言えば、実験結果は=1/の直線より少し下にきている。Graysonの実験はトンネリングに寄与する中性モードが存在しないことを示している。 1つの電荷モードと1つの中性モードからなるカイラルTL液体を考えよう。 電子の演算子は、とかける。電子のトンネリングを考えるだけなら(準粒子のことを考えなければ)、この2つのモードで十分なのだ。ただし、電子がフェルミオンの交換関係を満たすためには、1/+/=(奇数)が必要。アイディアは、n≪cなら、交換関係には両方のモードが寄与するが、トンネリングに寄与するのは電荷モードだけになるというものだ。2つのモード間の相互作用は とかける。相互作用の影響を調べるには、連続的な自由度を積分して、ポイント・コンタクトのところでの有効理論を作ってやればよい。途中経過で、次のような積分に出会う。 ここで、A(,k)は出発点のカイラルTL液体の係数行列である。また、A(,)はA(,)の余因子行列、は運動量のカットオフで格子定数aの逆数程度と考えられる。(7)式の被積分関数は上半平面に2つの極icとinをもっている。icは電荷モード、inは中性モードに対応している。cとnは、n>c>0ととれ、相互作用がない極限で、c=││/c1n=││/nとなる。物理的に興味があるのは次の2つの場合を考えよう。 1.の場合。ここで、は高周波のカットオフである。この場合、icとinの2つの極における留数がともに積分く寄与する。結果はエッジ・モードのカイラリティに依存する。電荷モードと中性モードが同じ向きに進む場合(=1)には、I-V特性は相互作用によらず、=1/+1/となる。一方、2つのエッジ・モードが逆向きに進む場合(=-1)、は相互作用に依存するようになる。 2.の場合。 この場合、2つの極のうち電荷モードに対応するものだけが積分に寄与する。まず、相互作用がない場合、=1/となる。しかし、現実に実験で観測されているは1/より小さい。そこで、次に相互作用がある場合を考えよう。結果はエッジ・モードのカイフリティによらず、 となり、はオーダーの補正をうけることが分かる。ここで、 相互作用は、を減少させることがわかった。 カイラルTL液体の立場からGraysonの実験を議論した。電荷モードと中性モードの相互作用を考慮した結果、Graysonの実験で観測されている=1/依存性、さらにそこからのずれも説明できることが分かった。 IV結論と展望 Graysonらの実験によるとトンネル電流のI-V特性を決める指数は1/の関数として、滑らかに変化している。これは、横抵抗率xyのプラトー的な振る舞いと鋭い対比をなしている。xyのプラトーの中でさえ、は連続的に変化している。この極めて異なる2つの振る舞いに対する共通の認識は次のようなものであると考えられる。xyに代表されるパルクの物理が量子ホール効果を示している時でも、エッジには別の物理があり、エッジの物理だけで決まるは非量子ホール効果的振る舞いをする。しかし、この2つの異なる物理を統一的な立場で記述する理論の確立が待たれる。 |