本論文は、核融合炉における光学窓、高周波窓、電流遮断機、そして高電圧コンポーネントに用いる絶縁材料への応用が考えられているAlN(窒化アルミニウム)について、量子ビームの照射による絶縁破壊現象や発光現象への影響を検討することで、AlN中に存在する酸素不純物が関連した欠陥や照射によって誘起された欠陥についてシステム的に研究するとともに、その物理的特性に及ぼす役割について明らかにしたものである。論文は6章から構成される。 第1章では、AlNの特性、第3属の窒化物の特性とその中でのAlNの特徴、欠陥と物質の物理特性との関係などについての既往の研究がレビューされるとともに、本研究の目的が述べられている。 第2章では、線と電子線の照射による欠陥の挙動とそれが絶縁破壊現象に及ぼす影響について、実験と第一原理に基づいて検討されている。酸素の含有量の異なった2種類の試料(AlN-a(99wt%AlN+0.9wt%O),AlN-b(94.9wt%AlN+4.3wt%Y2O3))に対して線を照射したあと熱発光挙動を測定することで450nmと600nmに2つの発光ピークを見出している。とくにAlN-bに関しては前者の発光ピーク位置に温度依存性があり、500Kから873Kへ温度が上昇するに従いピーク位置も390nmから450nmへ変化することを示している。このピーク位置の変化について、AlNの組成ほかからの考察から酸素複合欠陥がVAl-ON-3NがらVAl-2ON-2Nへ変化したことであるとの結論に至り、これを第一原理に基づいた分子軌道法計算によって確認している。また、AlNの電子線照射について、照射量が増大するのに伴い酸素複合欠陥に起因する400nm付近熱発光強度は600nmの発光より大きく減少することも明らかにしている。絶縁破壊現象に関しては、線照射によるAlNの絶縁破壊現象について絶縁破壊開始時間が短くなるのに対し、電子線照射では逆にそれが増大することを示している。照射後に絶縁破壊を示したAlNについてそのチャンネルの構造をSEMにより観察することで、構造の形態は照射ビームの種類に依存して異なった形態(線状あるいは球状構造)となることを見出している。このことは、照射場での結晶粒界とバルクでの不純物(酸素)の異なる相互作用が絶縁破壊過程に影響を及ぼすことを意味している。 第3章では、欠陥の役割をさらに詳細に検討するために、原子炉内でのin-situ照射下発光現象にスポットを当てている。この結果、370nmあたりに単一のピークを見出している。このピークは、原子炉出力の上昇に伴い増加し、温度の上昇にともなって減少している。そのほか、このピークが酸素複合欠陥、温度そしてAlNの試料表面積に密接に依存することも明らかにし、窒素原子空孔への電子トラップとその後の緩和プロセスを考慮することで、このピークの主要な帰属はFセンターによると結論つけている。 第4章では、イオン(He+)ビームの照射による欠陥の集合化とその温度依存性について報告されている。イオンビーム照射においては、照射の初期には365nmに発光ピークが観測され、その後このピークが急速に減少して新たに460nmに発光ピークが観測されている。365nmの発光ピークの減少は、窒素原子空孔濃度の急速な減少に起因すると結論つけるとともに、460nmの発光がFセンター集合体によるものであることを明らかにしている。本論文において、イオンビーム照射下の発光測定を通してFセンター集合体の発光が世界で初めて観察されたことになる。またFセンター集合体の発光強度には強い温度依存性があることも明らかにしている。さらに、365nmの発光強度に対する460nmの発光強度の比の温度依存性測定より、イオンビーム照射初期においてはこの比は照射量の増加に伴い緩慢に増加しやがて一定値に漸近することも示されている。 第5章では、第2章から第4章までにおいて行われた種類の異なる量子ビーム照射の効果について、種類の違いが欠陥の挙動やそれを通してのAlNの物理的特性にどのような影響が及ぼされるのかについての整理が行われている。さらに、不純物と温度が欠陥挙動をシステム的に考える場合重要であることを示した。 第6章では、本論文の結論が述べられている。 以上要するに、本論文では、核融合炉における光学窓、高周波窓、電流遮断機、そして高電圧コンポーネントに用いる絶縁材料への応用が考えられているAlNについて、様々な量子ビームの照射による絶縁破壊現象や発光現象への影響を検討することで、AlN中の酸素不純物に起因する欠陥や、照射によって誘起された欠陥についてシステム的に検討するとともに、それらがAlNの物理的特性に及ぼす役割について実験的に明らかにしたものである。これらの成果は、システム量子工学、とくに第3属窒化物の照射欠陥とその物理特性への影響の解明に、寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |