学位論文要旨



No 114762
著者(漢字) ビストリツェアヌ,ミハイ
著者(英字)
著者(カナ) ビストリツェアヌ,ミハイ
標題(和) 垂直噴流により励起される液面自励振動の数値解析
標題(洋) Numerical Analysis on Self-Induced Free Surface Oscillation Caused Vertical Plane Jet
報告番号 114762
報告番号 甲14762
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4532号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 講師 長谷川,秀一
 東京大学 講師 古川,知成
内容要旨

 矩形タンクで液面に下方から衝突する平面噴流により2種の自励振動が発生することが発見された。水深が浅い場合にはある条件において自由液面は尾根状に隆起する。噴流は首を振り、隆起はタンク内を伝播する波を生じながら横方向に振動する。これは「ジェットフラッタ」と呼ばれる。水深が深いと液面に隆起は生じず、基本モードのスロッシングが発生する。振動は流れ自身により生じるもので、他の外力の影響ではなく、「自励スロッシング」と呼ばれている(1)。これらの2種類の振動発生時の流れの様子のスケッチを図1aと1bに示す。噴流はタンクのメインセクションに底部中央から流入し自由液面に衝突する。液体は両側の潜り堰から出て行く。本研究の目的は、数値解析を用いて垂直噴流により発生するこれら自励振動現象の機構についての知見を得ることである。本研究で用いた数値解析手法は、自由液面境界を正確に追跡する必要がある。そこで、数値拡散低減のためArbitrary Lagrangian Eulerian(ALE)法(2)を用いた。

自励スロッシング

 ある入口流速、ある水位ではスロッシングの基本モードで液面は揺動し、自励スロッシングが成長する。振動は流入する噴流により励起される。スロッシングの発生に影響する主な因子は初期水位と噴流入口流速である。実験との比較のために平均水位(H)を導入する。これはスロッシング1周期の平均水位である。水位(H)は普通初期水位(H0)より高い。実験においては水位計で測られたスロッシングの卓越周波数は流れのないタンク内の流体の固有振動数とほぼ一致しており、次式で与えられる。

 

 ここにgは重力加速度であり、Wはタンク幅である。

 シミュレーション結果 水位が高い場合を除いて安定条件、振動条件が観察された。図2は噴流入口流速と平均水位でまとめたスロッシング発生条件である。実験においては発生領域は水位増加とともに入口流速も増加する。しかしシミュレーションでは領域はほぼ水平である。これは発生条件が水位に依存しないことを意味する。シミュレーションでは層流を仮定しているため噴流とスロッシングの動きとの相互作用が実験とは異なってしまい、結果として発生条件も変わってしまったと思われる。しかしながら水位を固定してみると入口流速の増加によって安定条件から振動条件に移り、また安定条件に戻る。この流速変化による変化の傾向は正しく模擬できている。

 安定状態ではパルスを加えた後、液面はスロッシングの基本モードで振動するが、振幅は次第に小さくなっていき、数秒以内で動きは止まってしまう。流れ場は対称状態に戻る。この条件を本研究では安定条件と呼ぶことにする。

 水位と入口流速がある範囲にあると自由液面の振動振幅は大きくなっていき、周期的スロッシング運動(自励スロッシング)となる。自励スロッシング中の流れ場について実験で可視化した結果とシミュレーション結果を図3に示す。実験では噴流形状は白く可視化されている。数値解析においては噴流内の仮想粒子軌跡を示す。いずれの場合もスロッシング運動の影響を受けながら噴流は自由液面に衝突する。シミュレーションの噴流と自由液面は実験で可視化された形状と同一であった。

 シミュレーションが層流であったため、より水位が高い条件では有意な情報は得られなかった。このとき現れた状態を本研究では不安定ないし「屈折噴流」と呼ぶ。この状態は実験結果では現れない。屈折噴流の発生は数値解析の限界を表している。

 自励スロッシングの機構 タンク内全体においてスロッシング運動は一様、すなわちスロッシングの位相はタンク内の位置(x,y)によらないと仮定する。噴流の横揺れの位相は入口からの距離に依存する。噴流の横揺れとスロッシング運動との位相差がスロッシングを発生する。噴流入口からの垂直距離をyとする。噴流の水平方向変位()は次のように表すことができる。

 

 噴流の流脈線を各時間の速度分布から計算する。仮想粒子を流れ場に流しその軌跡を求める。仮想粒子はその位置の流速で移動するが、噴流の変位はそれとは異なる速度(すなわち波速)で移動する。波速は速度擾乱の伝播速度である。変位()は式(2)に従う。実験では噴流流脈線の位相遅れを画像処理により求めた。図4は噴流速度が異なるときの位相遅れ分布である。初期水位は一定とする。噴流流速を上げるに従い、噴流の横揺れ伝播速度は速くなり、自由液面位置での位相遅れは小さくなる。実線は安定条件のもの、点線は自励スロッシング条件のものである。安定条件では位相遅れはパルス印加後の減衰振動時の噴流形状から求めている。スロッシングは位相遅れがある範囲にあるとき発生する。この結果は深谷ら(4)によって提案されたモデルを裏付けるものである。

 スロッシングに供給されるエネルギー この現象の発生は噴流の挙動とタンク内の流れの自由振動との間のフィードバックプロセスによると考えられる(4)。普通、図1の対称流れ場は乱流の影響を受ける。乱流は流れに乱れそして非対称性を生じさせる。自由液面はそれにより余分な重力ポテンシャルを得る。余分なポテンシャルがタンク内の自由振動(スロッシング)を発生させる。結果として振動圧力場が流れに作用する。振動圧力場にさらされた噴流もまた振動し始める。噴流の首振り運動により運動量が不釣合いに供給されて局所的に振動エネルギーを発生させる。定量的にいうと、タンクはある数(n)のコントロールボリュームに分割されている。k番目のコントロールボリュームの単位時間当りの供給振動エネルギーは流体力とスロッシング速度のスカラー積となる。

 

 ここでxkとykはコントロールボリュームの中心座標である。スロッシング速度はスロッシング運動がポテンシャル流れで記述できると仮定して求める。タンク全体での1周期間の全供給振動エネルギーはスロッシング1周期にわたって全要素の和をとることで計算できる。コントロールボリュームに作用する力はシミュレーション結果の速度・圧力場から求める。図5は供給エネルギー分布の例である。噴流に沿ってエネルギーの正負は数回変化する。白線がエネルギーゼロの位置に対応する。供給エネルギーが正(濃い灰色)の領域では噴流からスロッシングにエネルギーが渡される。エネルギー負(薄い灰色)の領域では噴流は流れ場を安定化、すなわちスロッシングを止めようとする。自励スロッシングが発生する場合、噴流に沿ってエネルギー正の領域が大きく存在している。安定状態の場合は噴流に沿った主なエネルギーは負である。噴流速度が小さいと(安定状態)噴流上のエネルギーは高流速の場合(振動状態)より数多く符号を変える。エネルギー分布は噴流流脈線の位相遅れ(図4)と関係している。噴流速度が小さいと噴流の横変位はゆっくり伝播し液面での位相遅れが大きくなる.噴流速度が大きいと噴流上のエネルギーの符号変化の回数は少なくなる。これは自由液面での噴流流脈線の位相遅れ小と対応している。

図表Figure 1 Self-induced Free Surface Oscillations Caused by Vertical Plane Jet / Figure 2 Sloshing Occurrence Map / Figure 3 Self-induced Sloshing caused by Vertical Plane Jet(Experiment and simulation) / Figure 4 The Jet Streak Line Phase Lag Distribution
ジェットフラッタ

 ジェットフラッタの振動数は次式でよく近似される。

 

 ここにgは重力加速度、hは噴流入口から液面までの距離、hsは隆起高さである。式(4)は隆起高さだけ液柱が長くなったことを考慮した連結タンクの液柱振動の振動数である。ジェットフラッタは噴流速度がある値以上の広い範囲で発生する。流速の下限は噴流の厚さbにも依存し、厚くなるほど低下する。図6に計算結果と実験結果を比較して示すが、良くあっている。

 位相関係 噴流両側の圧力差の変化と隆起位置の変化をシミュレーション結果から求める。振動圧力場に置かれた噴流は振動する。噴流の挙動と噴流両側の圧力差の関係を隆起位置が噴流位置と一致しているとして調べる。しかし隆起位置と圧力差には図7に示すように位相差がある。この位相差がジェットフラッタへのエネルギー供給に主要な役割を果たしている。

 振動数決定機構 自由液面の隆起の移動は隆起背後に残された流体塊と噴流の動きとの間に非平衡を生じさせる。したがって波の伝播と液面の段差が生じる。液面段差は水の上下運動を発生させる。これは振動数が壁で仕切られた同じ水深のタンクの液柱振動の振動数となる理由として班目ら(3)によって提案されたモデルである。本研究では上記の機構をシミュレーション結果を用いて検証する。

 圧力分布から有効液面位置の動きを求める。水平方向位置xでの流れ場についてシミュレーション結果から垂直方向圧力分布を求める。液面近傍では圧力は線形に減少していない。有効液面位置は圧力分布が線形な部分の延長線と圧力ゼロとの交点である。有効液面位置の例を図8に示す。実際の隆起位置が横に片寄っていても有効液面の形状は隆起位置においても平らである。2つの液柱が存在する。1つは噴流のx>0の側に入口から液面まで、もう1つはx<0の側に同じようにある。液柱は逆位相で振動し、垂直な動きが実際にあることが理解できる。

図表Figure 5 The Excitation Energy Distribution(Self-induced Sloshing-left and Stable State-right) / Figure 6 Jet Flutter(Simulation-left,Experiment-right) / Figure 7 The relation between swell motion and pressure difference across the jet / Figure 8 The Effective Free Surface
まとめ

 垂直平面噴流により励起される自励スロッシングをALEコードによって正確にシミュレーションすることができた。スロッシング周期や発生条件、位相遅れ分布は実験とよく一致した。シミュレーションと実験の一致はシミュレーションで生じたスロッシングの発生機構が実際のそれと同一であることを示している。噴流の液面での位相遅れはスロッシング発生条件ではある範囲に入ることが分かった。スロッシングへのエネルギーの供給は原理的には噴流の不安定性にある。シミュレーション結果を用いてジェットフラッタにおける水の垂直方向の運動を抽出し、ジェットフラッタと液柱振動の相似性を示した。

参考文献[1]H.Madarame,et al.ASME PV&P,113(1993)[2]A.Yamaguchi Computational Mechanics,18,12-23(1996)[3]H.Madarame and M.Iida,JSME,Int.J.,Series B.,Vol 41,No.3(1998).[4]Fukaya M.,et al.ASME,ICONE4,781(1996).
審査要旨

 液体金属冷却高速増殖炉(LMFBR)の炉容器内には冷却材の自由液面が存在する。運転中、冷却材の自由液面は安定でなければならない。しかしながら、このような液面は流れとの相互作用により不安定となる可能性がある。矩形タンク内で液面に下方から衝突する平面噴流により2種の自励振動が発生することが発見されている。本論文はこの2種の自励振動について数値解析を実施し、現象のシミュレーションを行うとともに、解析結果を利用して振動発生機構についての考察を行ったものである。

 第1章は序論であり、研究の背景や動機、既往研究について述べており、特に液面の自励振動については本論文で研究対象とするもの以外についてもまとめている。

 第2章では本論文で研究対象とする2種の自励振動、「自励スロッシング」と「ジェットフラッタ」の性質を詳しく述べている。両者は発生領域が異なるだけでなく振動数決定機構も異なることを説明するとともに、発生機構等についてこれまでに提唱されている理論的なモデルを説明している。

 第3章は数値解析に用いたコードの説明である。各種コードの中から数値拡散が小さいことに着目してALE法を選んだことを述べ、座標系や基礎方程式などの定式化について説明している。次いで現象のシミュレーションに用いたメッシュ形状等の計算方法に関し、工夫した点を中心に述べている。

 第4章は自励スロッシングについてのシミュレーション結果と、それを用いた振動発生機構に対する考察である。自励スロッシングに関しては噴流の横振動による運動量の移流で生じる慣性力がスロッシングにエネルギーを与えるとの理論モデルが提唱されている。

 まず計算結果に影響を与えうる要素分割数等については感度解析を実施することによって計算の最適条件を求めている。計算結果のフローパターン等は実験とよく一致している。振動発生領域については、それがある流速範囲に限られること、その流速が深さの関数となることをよく再現し、定量的にも実験とほぼよく一致する結果を示している。しかし流速の深さ依存性については実験との一致があまりよくないので更なる検討を実施し、その結果、一定値で与えている渦粘性係数が深さによって変化することを考慮すればある程度までこれが説明できることを示している。理論モデルによれば本振動の発生には噴流の横振動の位相が大きく影響することから、これについて詳しく調べ、またモデルに従って振動に供給されるエネルギーを計算している。両者から計算結果においても噴流の横振動の位相は重要な因子であることを示し、もって理論モデルの正当性を数値解析からも示したとしている。

 第5章はジェットフラッタについてのシミュレーション結果と、それを用いた振動発生機構に対する考察である。ジェットフラッタに関しては液面に生じる隆起が上向き運動量を失った瞬間に液面を下方に押す力が液柱振動にエネルギーを与えるとの理論モデルが提唱されている。

 振動発生領域や振動数などについて実験とほぼ一致することをまず確認し、さらに噴流の横振動について位相を中心とした分析をまず実施している。続いて振動発生機構の理論モデルを参考としつつ計算結果を分析している。ジェットフラッタの場合は液面に隆起が生成するが、そこでは液の減速と重力加速度が釣り合っておりこれは下方の圧力上昇に寄与しない。下方の圧力分布からの外挿で有効液面位置を求めるという手法で、ジェットフラッタにおいて液柱振動が実際に生じておりこれが振動数を決定していることを確認している。更に噴流の横振動の位相、隆起の振動の位相、液柱振動モードの速度成分の位相等を調べ、それらの関係が理論モデルで予想されるものと一致していることを示し、もって理論モデルの正当性を数値解析からも示したとしている。

 第6章は結論で、本研究の成果をまとめている。

 以上のように本論文は、液面に下方から衝突する平面噴流により生じる2種の自励振動について数値シミュレーションするとともに、その発生機構について提唱されていた理論モデルの正しさをシミュレーション結果から示したものであり、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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