本論文は、高温超電導体の中で最も実用化に近いとされる61芯線のBi2223銀被覆テープ(臨界温度 108K)に着目し、その電磁及び機械的特性を評価し、高温超電導線材実用化の可能性を探ったものである。応用の観点からは、線材の諸特性の中でも特に臨界電流密度Jcが重要であるが、Bi-2223線材の場合、温度T、印加磁場Bex等の様々なパラメータから複雑な影響を受ける。これは、線材導体部の結晶構造及び磁束量子の準二次元的な振舞いに起因するものである。従って、その特性を適切に評価するためには、単なる測定に留まることなく、超電導線材の中間視的観点に立脚した理論的考察を加えることが必要である。以上の点を勘案し、本研究では応用上重要と考えられる以下の諸特性について実験的評価と理論的考察を行っている。 1)電流-電圧(I-V)特性とピン止めポテンシャルの影響 2)Jcに及ぼす諸因子の評価 3)超電導線材の機械的特性の評価 本論文の構成は、以下の通りである。 第1章は序論であり、研究背景・目的と本論文の概要が述べられている。 第2章は、超電導現象についての基礎理論を概説している。本論文にて展開される理論的考察は、ここで紹介されている。 第3章は本論文の中核であり、Bi-2223線材の諸特性に関する実験結果の評価と理論的考察が以下のように述べられている。 3.1節ではBi-2223線材中の高温超電導体の構造について解説している。潜在的ピンニングセンタ、および多数の結晶粒界の折り重ね構造を模式的に説明し、SEM写真を用いて補完的に説明し、さらにその複雑な構造に起因する線材内の超電導電流のフローパターンについて考察している。 3.2節ではJc測定のための15Tスプリット磁石を用いた実験装置について述べている。Jc特性は四端子法を用いて測定し、また線材に印加される外部磁場Bexはホールセンサを用いて測定している。 3.3節ではBi-2223線材のI-V特性の測定結果について記述し、その特性の理論的予測を中間視的観点に基づいて導出している。具体的には、円柱状のピンニングセンタ内部における自由エネルギーと磁束量子内の自由エネルギーからピンニングセンタのポテンシャルに関する式を導出している。この式を用いたI-V特性関係は、上記実験結果とよく一致している。 3.4節ではJcのBi-2223線材に印加するBexの向き及び温度に対する依存性を測定している。Bexを0〜10T、Tを4.2〜100Kに変化させた場合のJcを測定し、これが小林らの予測式に一致することを確認している。また、Bexの角度を0度から90度まで変化させたときのJcのBex依存性を測定し、JcがBexの垂直成分のみに依存することを実験的に明らかにしている。 3.5節では、前節のJc-Bex関係に関する測定結果より、不可逆磁場BirをJc=100A/cm2となるときの磁場として求めている。予測式Bir∝(1-T/Tc)nに対し、実験結果では低磁場領域ではn=1.65、高磁場領域ではn=3.0が得られ、理論値はそれぞれn=1.5、n=3.0となっており、良い一致が得られている。 3.6節はJcのヒステリシス特性について述べている。Bexの角度を0度から180度まで変化させ、さらに0度まで戻した際のJcを測定すると、ヒステリシスが観測される。ヒステリシスの大きさを、各Bexでの同一角度における行きと帰りのJcの差で定義すると、ヒステリシスの大きさは低いBexでは大きく、高いBexではほとんど観察されない。このことを線材中における多数の結晶粒界における磁場分布のヒステリシスに基づいて説明している。 3.7節は線材の機械的特性に関する試験結果について述べている。試料は室温でU型ホルダーに固定され、極低温の状態でマグネット内にて引張試験が実施されている。引張歪=0.4%までは臨界電流Icの変化は小さい。歪をmax=0.7%まで負荷した後に除荷すると、臨界電流密度は徐々にではあるが下がり続け改善されることは無い。これが不可逆歪irr〜0.4%に達すると、広範囲に渡る超電導結晶の破壊が生じ、電流経路が遮断されるためである。このことは線材内結晶構造のSEM観察によっても明らかにされている。一方、同じ装置を用い圧縮試験も行っている。圧縮では臨界歪は存在せずJcは=0%から単調に減少し、歪を除去しても引張試験と同様にJcの改善が見られない。 以上のように本論文は、Bi-2223超電導テープの特性に関し、広範囲な特性測定および評価を実施しており、高温超電導テープの工学的応用に対する貢献度は高い。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |