学位論文要旨



No 114764
著者(漢字) ラバラ,マイケル
著者(英字)
著者(カナ) ラバラ,マイケル
標題(和) Bi系超電導テープの電磁 : 機械的挙動の解析
標題(洋) Analysis of Electromagnetic and Mechanical Performance of Bi2Sr2Ca2Cu3Ox Superconducting Tapes
報告番号 114764
報告番号 甲14764
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4534号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 講師 出町,和之
内容要旨

 本論文は、高温超電導体の中で最も実用化に近いとされるBi-2223高温超電導線材に着目し、その電磁及び機械的特性を評価し、高温超電導線材実用化の可能性を探った。応用の観点からは、線材の諸特性の中でも特に臨界電流密度が重要であるが、Bi-2223線材の場合、温度、印加磁場等の様々なパラメータに対して複雑な依存性をもつ。これは、線材導体部の結晶構造及び磁束量子の準二次元的な振舞いという超電導体の中間視的物理に起因するものである。従って、その特性評価を適切に行うためには、単なる測定に留まることなく、超電導線材の中間視的観点に立脚した理論的考察を加えることが必要である。以上の点を勘案し、本研究では応用上重要と考えられる以下の諸特性について実験的評価と理論的考察を併せて行った。

 1)ピン止めポテンシャルの電流-電圧特性への影響に関する理論的考察

 2)臨界電流密度の諸特性の評価及び理論的考察

 3)超電導線材の機械的特性の評価及び理論的考察

 本論文の構成は、以下に記される通りである。

 第1章においては、以上のような研究背景・目的と本論文の概要が述べられている。

 第2章においては、超電導現象についての基礎理論が概観されている。本論文にて展開される理論的考察は、全てここに記された理論に基づいている。

 第3章は本論文の中核であり、Bi-2223線材の諸特性に関する評価と理論的考察が以下の様に展開されている。

A)電磁特性A-1)理論解析

 線材の応用上最も重要となる電流-電圧特性について、超電導現象の中間視的観点から理論的考察を行った。超電導電流は、磁束量子とピン止めセンタとの相互作用によって決まると考えてよい。従って、その相互作用の結果であるピン止め力を考えることにより超電導電流の電流-電圧特性を評価するのが妥当である。ここでは、しばしば観測される、面状と円柱状の2種類のピン止めセンタを導入する。転位に関連する前者のピン止めポテンシャルは、次式で表される。

 

 ここで、lはピン止めセンタの厚み、は面状ピン止めセンタと磁束量子の間の傾斜角度である。円柱状ピン止めセンタ(例えば、照射によって作られた円柱状の欠陥)の場合、磁束量子核をピン止めセンタから動かす際の自由エネルギーの増加から評価でき、次式で表される。

 

 ここで、はピン止めセンタと磁束量子の間の傾斜角度である。面状ピンの場合、ピン止めポテンシャル(式(1))の合計と、ローレンツ項から面状ピン止めセンタに関する平衡状態を次の様に決定することができる。

 

 上式に出てくる臨界電流密度jcは次のように表される。

 

 ここで、Sはピン止めセンタの断面積、dはピン止めセンタの格子間距離である。パラメータdはピン止めセンタ濃度(N)と、方形、六方形の格子に関してそれぞれのような関係がある。電流電圧特性は、磁束クリープ過程で磁束線が前後に動く際に生じる電場Eを記述する構成関係式に、上式を代入して求められる。

 

 式(5)に基づいて評価した電流-電圧曲線の計算結果と測定結果の比較を図1に示す。

図1:解析的に得られた電流-電圧曲線(A-D)と、測定によって得られた電流-電圧曲線(1-4)の比較。但し、(A,1)T=50K、(B,2)40K、(C,3)30K、(D,4)20Kで、何れもB=2T。
A-2)15Tスプリット磁石を用いた実験

 PIT法により製作された61芯線のBi2223銀被覆テープ(臨界温度 108K)を試料とし、15Tのスプリット型の磁石を用いて、種々の線材評価試験を実施した。Jc特性は四端子法を用いて測定し、印加磁場については12Tまでの範囲、試料温度についても4.2Kから100Kまでの範囲という広いパラメータ領域で調べた。尚、臨界電流密度は電圧基準を1Vとして決定した。

A-2-1)臨界電流の温度依存性及び印加磁場依存性

 様々な印加磁場に対するJcの温度依存曲線を図2に示す。この図から、臨界電流が印加磁場に敏感で、印加磁場の有無で曲線は大きな違いを見せることがわかる。また、試料に対して垂直に印加磁場をかけた場合の実験結果からBi系超電導体がこの方向の磁場に対して非常に敏感であることが分かる。次に同様の条件で様々な温度に対してJcの印加磁場依存性を測定した。臨界電流密度は片対数グラフ上で印加磁場に対して直線的に変化することが分かった。小林らはJcのスケーリング則として

 

 を提案している(S.Kobayashi et al.,Physica C 305(1998)285)。ここで、パラメータJc0は零磁場下での臨界電流密度、Birr、Bselfはそれぞれ不可逆磁場、自己磁場である。図3は実験結果とスケーリング則との比較を示したものであるが、両者は非常に良く一致している。

図表図2:超電導線材中の結晶構造のab面に水平方向(a)、垂直方向(b)に磁場を印加した場合の、臨界電流密度の温度依存性。 / 図3:臨界電流密度のab面に平行に印加した磁場に対する依存性(a)、垂直に印加した磁場に対する依存性(b)。点は実験データ、曲線は式(6)によって計算された。
A-2-2)不可逆磁場曲線の評価

 不可逆磁場は臨界電流密度の印加磁場依存性の測定結果から得られる。図4は不可逆磁場の温度依存性を両対数グラフにプロットした結果である。ここでは不可逆磁場を、臨界電流がJc=100A/cm2(B=0TにおけるJcのほぼ0.1%)のレベルまで下がる磁場として定義した。図4からlogBJirrのlog(1-T/Tc)に対する傾きがある点で変化していることが判る。この2つの異なったlogBirrの傾きは、ピン止めポテンシャルの2つの異なる温度依存性を示していると考えられる。このことを理論的に説明するために磁束量子間の相関を考え、その強弱により2領域に分けて考察する。まず弱磁場では、磁束量子は空間的に遠く離れているために弱く相互作用する。

 

 ここで、(np2Lc)1/2磁束量子の常電導コア内におけるピン止めセンタ数の変化、Hcは熱力学的臨界磁場、そして、はピンニング相互作用体積である。但し、パラメータ0=1.705(0/B)1/2は磁束量子間の平均距離である。これより、次の不可逆磁場の温度依存性が次式の様に導かれ、Birrは、(1-t)の3/2乗に比例する関係にあることが判る。但し、tは、T/Tcを表す。

 

 一方、強く相互作用している体系では、孤立した磁束量子のピン止めポテンシャルUpの代わりに磁束量子束のピン止めポテンシャルを用いる必要がある。半径Rcの束内の磁束量子個数を表すB/0を用いて、次の様に表される。

 以上のアプローチから、次式の様に不可逆曲線の傾きは3乗であることがわかる。

 

 

 図4に以上の解析結果も併せて示す。両者は非常に良く一致していることがわかる。

図4:磁場を平行、垂直に印加した場合の不可逆磁場曲線。点は実験結果を表し、実線は式(10)、(12)に基づく計算結果を表す。
A-2-2)Jcの異方性とヒステリシス

 印加磁場の角度を0度から180度まで変化させ、さらに0度まで戻した際の臨界電流密度を測定すると、ヒステリシスが観測される。ヒステリシスの大きさを、各印加磁場での同一角度における行きと帰りの臨界電流密度の差で定義すると、ヒステリシスの大きさは小さな印加磁場では大きく、大きな印加磁場ではほとんど観られない。このことを説明するために、角度ヒステリシスのデータを、印加磁場の垂直成分に着目して整理した。図5は、1Tの印加磁場に対して調べた結果を垂直成分に関してプロットしたものと、テープ面に垂直に磁場を印加した場合を比較したものである。両者は弱い印加磁場領域を除き、よく一致していることが分かる。従って、臨界電流密度のヒステリシスは磁場の垂直成分のみに依存することがわかる。尚、弱磁場領域で見られた相違はテープ内の粒子の不整列が原因であると考えられる。以上の関係は、10Tにおける実験結果においても確認された。

B)機械的特性

 8Tマグネットを用いて線材の機械特性に関する試験を行った。試料は室温でU型ホルダーに固定され、低温の状態でマグネット内にて曲げ試験を実施した。曲げ試験の結果を印加磁場について整理したものを図6に示す。=0.4%まではIcの変化は小さい。不可逆歪irrに至ると、広範囲に渡る超電導結晶の破壊が生じ、電流経路が遮断されることで、結果として突然の臨界電流の減少につながる。曲げ歪をmax=0.7%までかけた後に負荷を減ずると、臨界電流密度は徐々にではあるが下がり続ける。=0では、臨界電流密度はIc(=0)の25%まで低下している。逆方向の曲げを加えても、臨界電流密度は改善することは無く、max=-0.7%に曲げたときまで、徐々に下がり続ける。逆方向に曲げていった際の最大負荷を取り除いても、臨界電流密度にほとんど変化は無く、初期値の15%まで下がった。

図表図5:臨界電流密度と印加磁場の関係。■は角度ヒステリシスからデータを処理したもの、ダイアモンドは垂直に磁場を印加した実験でのデータである。数字は角度を表す。矢印はデータをとった順である。 / 図6:20Kにおける異なった印加磁場での規格化された臨界電流密度の曲げ応力依存性。

 最後に、本論文の結論が第4章に纏められている。本研究により得られた重要な結論は以下の通りである。

 1.電流-電圧特性に関する理論的考察を超電導現象の中間視的観点に基づいて行った。平面型と円柱型の2種類のピン止め中心を導入し磁束量子との相互作用を考えることにより、電流-電圧特性の理論式を求めた。また、実験結果と比較することにより、本理論式の定性的妥当性についても確認した。

 2.臨界電流密度の温度依存性について12Tスプリット磁石を用いて実験的に調べた。その結果、JcとBの間の対数的な関係を明らかにした。また、不可逆磁場曲線についても調べ、測定に加え理論的考察も行った。その結果、不可逆磁場と温度の関係は、印加磁場の強さにより2領域に分けられることを示し、各々の関係を求めた。さらに、実験結果との比較により、理論的考察の裏付けを得た。

 3.臨界電流のヒステリシスについて実験的に調べ、磁場の垂直成分のみに依存することを明らかにした。

 4.Bi-2223超電導テープがセラミックスであるために機械的な荷重に対して敏感であることがわかった。=0.4%のレベルを越えると、不可逆な破壊が超電導結晶にて生じ、Icの低下が顕著となる。

審査要旨

 本論文は、高温超電導体の中で最も実用化に近いとされる61芯線のBi2223銀被覆テープ(臨界温度 108K)に着目し、その電磁及び機械的特性を評価し、高温超電導線材実用化の可能性を探ったものである。応用の観点からは、線材の諸特性の中でも特に臨界電流密度Jcが重要であるが、Bi-2223線材の場合、温度T、印加磁場Bex等の様々なパラメータから複雑な影響を受ける。これは、線材導体部の結晶構造及び磁束量子の準二次元的な振舞いに起因するものである。従って、その特性を適切に評価するためには、単なる測定に留まることなく、超電導線材の中間視的観点に立脚した理論的考察を加えることが必要である。以上の点を勘案し、本研究では応用上重要と考えられる以下の諸特性について実験的評価と理論的考察を行っている。

 1)電流-電圧(I-V)特性とピン止めポテンシャルの影響

 2)Jcに及ぼす諸因子の評価

 3)超電導線材の機械的特性の評価

 本論文の構成は、以下の通りである。

 第1章は序論であり、研究背景・目的と本論文の概要が述べられている。

 第2章は、超電導現象についての基礎理論を概説している。本論文にて展開される理論的考察は、ここで紹介されている。

 第3章は本論文の中核であり、Bi-2223線材の諸特性に関する実験結果の評価と理論的考察が以下のように述べられている。

 3.1節ではBi-2223線材中の高温超電導体の構造について解説している。潜在的ピンニングセンタ、および多数の結晶粒界の折り重ね構造を模式的に説明し、SEM写真を用いて補完的に説明し、さらにその複雑な構造に起因する線材内の超電導電流のフローパターンについて考察している。

 3.2節ではJc測定のための15Tスプリット磁石を用いた実験装置について述べている。Jc特性は四端子法を用いて測定し、また線材に印加される外部磁場Bexはホールセンサを用いて測定している。

 3.3節ではBi-2223線材のI-V特性の測定結果について記述し、その特性の理論的予測を中間視的観点に基づいて導出している。具体的には、円柱状のピンニングセンタ内部における自由エネルギーと磁束量子内の自由エネルギーからピンニングセンタのポテンシャルに関する式を導出している。この式を用いたI-V特性関係は、上記実験結果とよく一致している。

 3.4節ではJcのBi-2223線材に印加するBexの向き及び温度に対する依存性を測定している。Bexを0〜10T、Tを4.2〜100Kに変化させた場合のJcを測定し、これが小林らの予測式に一致することを確認している。また、Bexの角度を0度から90度まで変化させたときのJcのBex依存性を測定し、JcがBexの垂直成分のみに依存することを実験的に明らかにしている。

 3.5節では、前節のJc-Bex関係に関する測定結果より、不可逆磁場BirをJc=100A/cm2となるときの磁場として求めている。予測式Bir∝(1-T/Tc)nに対し、実験結果では低磁場領域ではn=1.65、高磁場領域ではn=3.0が得られ、理論値はそれぞれn=1.5、n=3.0となっており、良い一致が得られている。

 3.6節はJcのヒステリシス特性について述べている。Bexの角度を0度から180度まで変化させ、さらに0度まで戻した際のJcを測定すると、ヒステリシスが観測される。ヒステリシスの大きさを、各Bexでの同一角度における行きと帰りのJcの差で定義すると、ヒステリシスの大きさは低いBexでは大きく、高いBexではほとんど観察されない。このことを線材中における多数の結晶粒界における磁場分布のヒステリシスに基づいて説明している。

 3.7節は線材の機械的特性に関する試験結果について述べている。試料は室温でU型ホルダーに固定され、極低温の状態でマグネット内にて引張試験が実施されている。引張歪=0.4%までは臨界電流Icの変化は小さい。歪をmax=0.7%まで負荷した後に除荷すると、臨界電流密度は徐々にではあるが下がり続け改善されることは無い。これが不可逆歪irr〜0.4%に達すると、広範囲に渡る超電導結晶の破壊が生じ、電流経路が遮断されるためである。このことは線材内結晶構造のSEM観察によっても明らかにされている。一方、同じ装置を用い圧縮試験も行っている。圧縮では臨界歪は存在せずJcは=0%から単調に減少し、歪を除去しても引張試験と同様にJcの改善が見られない。

 以上のように本論文は、Bi-2223超電導テープの特性に関し、広範囲な特性測定および評価を実施しており、高温超電導テープの工学的応用に対する貢献度は高い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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