現在、使用済み核燃料を再処理する際に発生する高レベル放射性廃棄物はホウケイ酸塩ガラスに封じ込まれ、人工バリアーで隔離されている地下に処理される予定である。この封じ込まれた放射性元素が生物圏に戻る道の一つとして、地下水による固化体の劣化と、これに伴う放射性元素の漏出が考えられる。従って、ガラスと水の反応を理解するのは大切である。 放射性元素の隔離に少なくとも103年以上が必要である。ガラスが熱力学的に不安定であることを考えた場合、封じ込められた放射性元素が隔離されている間に、結晶化するであろう。このとき、放射性元素が結晶相に取り込まれないと、容易に系外へ溶出することが考えられる。したがって、結晶化過程における放射性元素の挙動を知ることは、単純な溶出(leaching)の影響を考えるより重要であるとも言える。 今回の実験では、合計19の系(45個の組成)について研究を行った。各ガラスの組成に対して、水熱処理にのために合計7個のサンプルを用意した。粉状にして各サンプルは金チューブの中に純粋とともに封じ込められた。これらを、200℃で蒸気圧に設定されたオートクレイブのなかで処理した。各サンプルは順次1、3、7、14、28、56、168日たったらオーとクレイブから取り出した。以下に今回実験を行ったガラス系を示す。 単純群 A系:Cs2O-Li2O-B2O3-SiO2,B系:SrO-Li2O-B2O3-SiO2,C系:Cs2O-SrO-Li2O-B2O3-SiO2,D系:Cs2O-Na2O-B2O3-SiO2,E系:Cs2O-Li2O-Al2O3-B2O3-SiO2,F系:SrO-Na2O-B2O3-SiO2,G系:Cs2O-K2O-B2O3-SiO2 複雑群 H系:Cs2O-SrO-Li2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,I系:Cs2O-SrO-K2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,J系:Cs2O-SrO-Li2O-K2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,K系:Cs2O-SrO-Li2O-Na2O-MgO-Al2O3-B2O3-SiO2,L系:Cs2O-SrO-K2O-Na2O-MgO-Al2O3-B2O3-SiO2,M系:Cs2O-SrO-Li2O-K2O-Na2O-MgO-Al2O3-B2O3-SiO2,N系:SrO-K2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,O系:Cs2O-SrO-Li2O-K2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,P系:Cs2O-SrO-Li2O-K2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,Q系:Cs2O-SrO-Li2O-K2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,R系:Cs2O-SrO-Li2O-K2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2,S系:Cs2O-SrO-Li2O-K2O-Na2O-CaO-Al2O3-B2O3-SiO2 ガラスの変質過程を調べるため、処理産物に対して、透過顕微鏡、反射顕微鏡、走査電子顕微鏡(SEM)による観察、粉末X線回折(XRD)による鉱物同定、X線マイクとアナライザー(EPMA)による化学分析とマッピング等を行った。 変質されたガラスの表面形状や、生成された鉱物の集合状態をSEMと光学顕微鏡で観察した。観察の結果、ガラス表面に虫喰模様をもたらす変質作用、ゲルの生成、溶出された層、そして自形の結晶などが存在した。中でも、アナルサイムは球の形をした集合体で生成していることが判明した。このことは、アナルサイムが以前に生成したゲルから生成したこを表している。 EPMAによる化学分析の結果から、ホウ素と鉄イオンが生成したアナルサイムの構造に四面体のイオンとして入ることが明らかになった。更には、アナルサイム型ゼオライトの主な陽イオンの成分であるセシウムとナトリウム以外にも、カリウム、ストロンチウムそしてマグネシウムなどのイオンもアナルサイム型ゼオライトに含まれることも確認できた。 ガラスの粒子に対するマッピングの結果に基づき、ガラスの溶出パターンを次の三つに分けた。1)正常型:粒子の周辺部から溶出が始まるタイプ。2)逆型:粒子の真ん中の溶出が周辺部より激しいタイプ3)繰返し型:溶出の進行が一定な間隔を持って繰り返しするタイプ。 XRDと化学分析により、セシウムとストロンチウムの変質過程における挙動を調べた。セシウムとストロンチウムはその挙動が異なる。セシウムはアナルサイム型ゼオライトにしか含まれない。これはアナルサイム型ゼオライトのチャンネルがセシウムのイオンより大きいことから説明できる。これに対して、ストロンチウムはアナルサイム型ゼオライト以外にSrB6O10・H2O,Sr-zeolite,SrB2SiO8などの鉱物にも含まれる。 ホウケイ酸塩ガラスの安定性を評価する方法の一つとして、ガラスが完全に結晶化するまでの時間を、ガラスの化学組成と構造の観点から検討した。各ガラスに対して水和におけるギブス自由エネルギーと不架橋酸素(non-bridging oxygens,NBOs)の割合を計算した。そして、幾つかの仮定に基づき計算された水和におけるギブス自由エネルギーと不架橋酸素の割合をガラスが完全に結晶化するまでの時間を横軸にグラフを描いた。その結果から、水和におけるギブス自由エネルギーが、ガラスが完全に結晶化するまでの時間を予測するのに有効であることが分かった。そして、不架橋酸素の割合も重要であることが明らかになった。 今回の実験で、生成産物としてアナルサイム型ゼオライトが一番よく見られた。アナルサイム型ゼオライトの生成の研究から次の二つのことが言える。まず、ホウ素と鉄のイオンが四面体に入るアルミニウムを置換することは可能だが、アナルサイム型ゼオライトの生成にはアルミニウムが必要である。そして、アルミニウムの他に、ナトリウムとセシウムもアナルサイム型ゼオライトの生成に必要である。更に、カリウムとストロンチウムがアナルサイム型ゼオライトの構造内で同じ位置をとることが分かった。また、アナルサイム型ゼオライトにおけるシリコンの含有量の変化があることも分かった。 |