学位論文要旨



No 114768
著者(漢字) オノ・アルベルト・アキカズ
著者(英字)
著者(カナ) オノ・アルベルト・アキカズ
標題(和) 窒素添加ステンレス鋼の局部腐食に関する研究
標題(洋) Study on the localized corrosion of nitrogen bearing stainless steels
報告番号 114768
報告番号 甲14768
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4538号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 篠原,正
内容要旨

 近年、高窒素ステンレス鋼が注目されるようになった。窒素は、ステンレス鋼の諸性質を向上させるために使用されている合金元素の一つである。オーステナイト系ステンレス鋼では、窒素の添加が強度を上昇させ、耐孔食性に対して有効であることが広く知られている。しかしながら、腐食の面からとらえたステンレス鋼に対する窒素添加の影響は、いまだに不明な点が多い。本研究では、ステンレス鋼を使用する上で問題となる局部腐食のうち、特に温和な環境においても発生しうるすきま腐食に着目し、それに対する窒素添加の効果を検討した。

 第1章は序論であり、窒素添加ステンレス鋼の局部腐食に関する従来の研究についてまとめ、孔食電位の貴化に及ぼす機構の解明には多くの研究者が取り組んでいるものの、実機で最も重要なすきま腐食に関して報告がほとんどない、という現状の問題点を述べた。また、本研究で用いた手法、局部腐食に関する臨界電位概念、すきま腐食の再不動態化電位(ER,CREV)、およびモアレ縞パターンを画像解析することによって金属表面上の侵食深さ分布を三次元的に測定できるシステム(モアレ法システム)、について解説した。

 第2章では、まずオーステナイト系ステンレス鋼として304鋼および316鋼をとりあげ、これらに窒素を添加した鋼のすきま腐食挙動を80℃の3%NaCl水溶液中で調べた。まず、鋼中窒素量とER,CREVとの関係を調べた結果、窒素量が多くなるほどER,CREVは貴化することがわった。この結果は、鋼中の添加窒素がすきま腐食再不動態化に影響を及ぼさなかったとする多鋼種での結果とは異なる。この窒素量の効果を調べるため、Sp=%Cr+3.3%Mo+n%NとおきSpと実測したER,CREVとを比較したところ、n=16のとき両者によい相関関係が見られた。

 次に、窒素を添加した304系および316系ステンレス鋼の金属/ガラス-すきまにおいて成長しつつあるすきま腐食の侵食深さ分布をモアレ法システムで、その場測定した。測定した結果から、成長性すきま腐食には臨界深さhが存在し、すきま腐食の成長は二つの段階に分けられることがわかった。それは、侵食がhに達していない初期段階(第I段階)と、hを超えた後にすきま腐食が定常的に成長を続ける段階(第II段階)とであり、この間にはすきま腐食の成長が一時的に停滞する段階も存在する。第I段階での溶解速度をVI、第II段階での溶解速度をVIIと表す。VIは304鋼および316鋼とも窒素添加により影響されず、また電位依存性も小さかった。これに対してVIIは、窒素添加量および電位に依存した。VIIのER,CREV直上の電位における値(VII*)は、304鋼では窒素添加とともに減小したが、316鋼においては窒素添加によるVII*への影響は見られなかった。これはMo添加の影響の方が窒素添加のそれより大きいためと考えられる。続いて、第II段階まで成長した画素面積(SII)と第I段階後に再不動態化した画素面積(SI)との比(SII/SI)について検討したところ、304鋼および316鋼ともに、(SII/SI)は窒素添加により減小し、不動態化特性が良くなることがわかった。

 第3章では、Cl-と共存するアニオン(SO42-,NO3-)の影響を調べた。これは、ステンレス鋼中窒素添加の影響との比較するためでもあった。SO42-の液添加により、304系ステンレス鋼のER,CREVは貴下することがわかった。NO3-の液添加は、304鋼および316鋼ともにER,CREVを貴化し、これは窒素添加と同様な結果であった。溶解挙動に対しては、SO42-の液添加により、304鋼のVIIは増加し、316鋼は減少することがわかった。これに対しNO3-の液添加は、304鋼および316鋼ともにVIIを減小させ、窒素添加と同じ効果を見られた。また、窒素添加304鋼のすきま腐食内部の水溶液イオンクロマトグラフィー分析からアンモニウムイオン(NH4+)が検出された。これは、アンモニア発生反応の証拠であって、窒素添加による耐孔食性向上の機構の一つとして、従来から提案されている。NO3-を含む水溶液中で通常(窒素無添加)304鋼にすきま腐食を発生させ、すきま内溶液をイオンクロマトグラフィー分析分析したところ、ここでもNH4+が検出された。

 第4章では、二相系ステンレス鋼への窒素添加効果を検討することを目的として、窒素添加二相系ステンレス(25Cr-7NI-3Mo-N)鋼および最も窒素添加量の多い(25Cr-7NI-3Mo-0.29N)鋼のオーステナイト相あるいはフェライト相と同一の組成を有する鋼について、これらのすきま腐食挙動を調べた。

 窒素を添加した二相系ステンレス鋼のER,CREVを80℃の3%NaCl水溶液中で測定したところ、オーステナイト系ステンレス鋼と同様、窒素量が多くなるほどER,CREVは貴化し、第2章で求めたSpとよい相関関係が見られた。二相ステンレス鋼においては、第I段階での溶解速度(VI)、第II段階での溶解速度(VII)およびER,CREV直上の電位におけるVII(VII*)のいずれも、電位依存性および窒素添加量依存性が小さかった。

 25Cr-7NI-3Mo-0.29N(二相ステンレス鋼)とオーステナイト相あるいはフェライト相の組成を有する鋼との比較した場合、二相ステンレス鋼のVIIおよび面責比(SII/SI)は、ともにオーステナイト相およびフェライト相のそれらの中間にあって、両相の影響が現れていると考えられる。

 第5章では、第2章での測定結果をもとに、すきま腐食が定常的に成長を続ける段階(第II段階)まで達した画素(活性点)の分布や位置、大きさを求め、これらとすでに求めてある溶解速度とからすきま内部の液性を見積もるモデルの確立を試みた。ここでは、金属イオンとCl-のみを考慮し、すきま内液は定常状態にあることから、フラックスとしては金属イオンのみを考えた。これと電気的中性条件を連立させた2次元モデルを作り、有限要素法によって各イオンの濃度分布を求めた。さらに、従来から得られている304鋼および316鋼に関してのpHとCl-濃度との関係式を用いて、すきま内のpHを推定した。再不動態化電位直上の電位(ER,CREV+30-40mV)での測定結果をもとに推定されたすきま内pHは、いずれの鋼種においてもそれの脱不動態化pH,pHd,とほぼ一致し、本モデルが妥当であることが示された。このモデルによれば、溶解速度が大きいほど、活性点が大きいほど、あるいは活性点がすきま内部にあるほど、すきま内pHは低くなる。

 再不動態化電位直上の電位における窒素添加304鋼についてみると、窒素量の増加に伴い、溶解速度(VII*)および(SII/SI)比-すなわち活性点のサイズ-は小さくなり、活性点はすきま内部に分布するようになる。本モデルによれば、溶解速度と活性点サイズの低下によりpHは上昇するので、pHdとなってすきま腐食が成長を続けるためには、活性点はすきま内部に分布しなくてはならない。このように、窒素添加304鋼のすきま腐食挙動についても、本モデルで説明できた。

審査要旨

 窒素Nは、高Moオーステナイトステンレス鋼および二相ステンレス鋼への合金元素として定着しているほか、近年では皮膚アレルギーをおこすNiの代替元素として欧州で活発に研究されている。本論文は、N添加ステンレス鋼のすきま腐食挙動を調べたもので、全6章からなる。

 第1章は緒論で、すきま腐食に関して提出されている機構を整理し、鋼/光学ガラス-すきまにおける鋼侵食の三次元その場測定に用いるモアレ法を紹介している。

 第2章では、Nを0,0.1および0.2%添加した304・316系オーステナイトステンレス鋼(304-N,316-N)について、すきま腐食挙動を調べ、(a)0.2%Nの添加がMoと同様すきま腐食臨界電位ER,CREVを著しく貴にすること、(b)すきま腐食溶解速度については、初期のそれVIがNの影響をうけないのは他の多くの元素と同様であるが、定常的溶解速度のER,CREV直上の値VII*はMoと同様N添加にともない減少すること、を明らかにした。

 第3章ではアニオンの影響を調べた。NO3-は、304-N・316-N鋼のER,CREVを貴にし溶解速度を低下させるなど、N添加と類似の効果をもつ。これは、鋼へのN添加と液へのNO3-添加とのいずれの場合にもすきま内で検出されたNH4+のpH緩衝作用によるとしている。

 第4章は、二相ステンレス鋼での調査である。25Cr-7Ni-3Mo鋼のER,CREVはN量とともに貴化し、0.3%Nでの貴化分は約200mVに及ぶ。しかし溶解速度VI・VIIへのN量の有意な影響は認めなかった。また、25Cr-7Ni-3Mo-0.28N鋼の溶解速度VIIは、同鋼のオーステナイト相組成(23Cr-11Ni-2.4Mo-0.44N)鋼の溶解速度VIIより大きく、同鋼のフェライト相組成(27Cr-3.4Ni-3.5Mo-0.02N)鋼のそれより小さいことを見出している。

 第5章では、モアレ法測定によりえられるすきま内位置毎の溶解速度に基づいて、すきま内位置ごとのCl-濃度[Cl-]と既知の[Cl-]vs pH関係によるpHとを算出した。その結果(a)すきま内で定常的に溶解を継続している箇所のpHは当該鋼の脱不動態化pH,pHd、以下を維持していることによってモデルの妥当性を確認し、(b)NはMoと同様、溶解速度VIIを低下させるが、すきま内溶解位置を奥へ移動させるとともに溶解箇所(画素)数を増加させるによって液性を維持していることを見出し、(c)すきま内液性は溶解速度VIIのほか、溶解位置()、溶解箇所数に依存するという新しい知見を提出した。

 第6章は総括である。

 以上のように、本論文は窒素添加ステンレス鋼のすきま腐食挙動を定量的に調べ、実測の境界条件に基づいた物質移動解析によりすきま内液性を算出するという-より確かな事法を開発した。この手法は、今後のこの分野の発展に大きく寄与すると期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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