学位論文要旨



No 114769
著者(漢字) 田中,義久
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨシヒサ
標題(和) SiC繊維強化Ti-15-3基複合材料の高温疲労破壊機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 114769
報告番号 甲14769
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4539号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 近年、連続SiC繊維強化Ti-15-3マトリックス複合材料は比強度、比弾性率がTi単体の約2倍以上であり、約773K付近までその値を保っていることからガスタービンやエンジンなどの中高温域における構造用材料への適用が期待されている。実使用環境下において切り欠きのない複合材料中で繊維破断が生じると、その部分が応力集中源となり損傷が進展するため、複合材料の疲労特性に関する研究は実用上不可欠である。これまでに、室温においては実験と解析的手法を併せ解明されつつあるが、重要な高温環境下での疲労損傷機構に関する研究は、実験的困難さから室温下での研究と比べると極めて少ない。また、高温疲労損傷そのものの理解がされておらず疲労寿命の推定方法の確立もされていない。本研究では連続SiC繊維強化Ti-15-3マトリックス複合材料の高温下での微視的な疲労損傷進展機構を詳細に調べ、特に疲労に伴う界面力学特性の変化を定量的に評価し、得られた知見に基づいて疲労寿命の推定方法の確立を試みることを目的とした。

 まず、高温疲労過程に生じる微視損傷進展過程を走査型電子顕微鏡と電気油圧式サーボ疲労試験機とを組み合わせた装置を用いて詳細に観察し、初期過程に生じた繊維破断挙動は本質的に試験温度に依存しないが、その後の損傷進展挙動、特に界面の摩耗現象は試験温度によって大きく異なり、高温下では疲労磨耗が疲労繰り返し数の増加に伴って進展し界面に成長する現象を明らかにした。巨視的損傷挙動は、疲労時の除荷弾性率の変化に着目し、複合材料の疲労時の除荷弾性率を調べ、最大、最小ひずみおよび除荷弾性率の変化を室温(293K)と高温(823K)で比較した。高温下での応力-ひずみ曲線は初期破断繊維近傍でのクリープ疲労によってマトリックスの局所的な伸びを生じると考えられた。さらに、重要なT=823Kの疲労寿命は真空下においてT=293Kでの疲労寿命に比べ長寿命となることを実験的に明らかにした。この高温疲労寿命向上の発現機構は界面損傷の進展挙動によって影響を受けると考え界面に着目し以下に定量的評価を試みた。

 初期繊維破断後のマトリックスき裂発機構は複合材料の疲労寿命に影響を及ぼすと考えられる。繊維破断部近傍での反応層割れ先端部の微細構造の有限要素モデルを開発し、初期疲労過程におけるき裂先端部でのマトリックスの塑性変形挙動および塑性ひずみの蓄積に及ぼす界面滑りの影響について解析した。界面滑り長さが負荷の繰り返し数の増加に伴って界面に成長する現象が、反応層割れ先端から発生するマトリックスき裂成長を防止することを明らかにした。界面滑り長さが小さい場合には、き裂先端で塑性ひずみの蓄積が生じるが、界面滑り長さが大きくなる場合には、塑性ひずみは減少しひずみの蓄積は認められないことを明らかにした。また、界面せん断滑り応力が低下すると、き裂先端でのマトリックス塑性ひずみの蓄積が減少し、マトリックスき裂発生寿命が向上することを明らかにした。

 界面損傷機構は疲労磨耗現象を詳細に観察しその機構を理解する必要がある。走査型電子顕微鏡内で疲労磨耗現象を詳細に調べた結果、界面磨耗は疲労繰り返し数の増加に伴い進展し磨耗粉の量も増大する現象を見い出した。破断繊維近傍には粒子状と糸くず状の磨耗粉の混合したものが観察され、滑っている先端近傍では粒子状の磨耗粉のみが認められた。高温下での界面滑り長さは室温に比べ長く、界面せん断滑り応力は磨耗により大きく減少することを明らかにした。さらに、疲労磨耗粉の組成を電子線マイクロアナライザーのX線画像データを基にマッピング手法により詳細に調べた結果、SCSコーティング層が反応層(TiC,Ti5Si3)によって削り取られた磨耗粉であることを明らかにした。

 界面磨耗現象の機構を詳細に検討するため、高温疲労後の試験片から磨耗した繊維を抽出し、原子間力顕微鏡を用いて繊維表面の粗さ形態を観察し、疲労磨耗機構検討した。図1に界面の微視損傷機構を模式的に示す。得られた結果は、(1)繊維破断近傍でのマトリックスと繊維間の相対滑り変位に起因してアブレシブ磨耗が生じる(ゾーンI)。また、そのためのプロセスゾーン(ゾーンII、界面に沿って200m)が存在し、滑り界面での繊維のナノメータオーダーの粗さと周期に起因して磨耗形態が異なることを明らかにした。(2)界面に疲労磨耗が成長する現象は、繊維破断近傍のアブレシブ磨耗により界面せん断力の伝達能力が大きく低下することによると考えられた。(3)界面に存在する凹凸を定量的に測定することにより、高温下での初期せん断滑り応力が推定可能となることを解析的に明らかにした。

図1 高温疲労時に生じる界面の微視損傷機構

 界面での力の伝達能力に及ぼす磨耗挙動の影響を明らかにするため、SiC繊維のラマンスペクトルを測定しスペクトルのピークが応力(ひずみ)に対してシフトする現象を利用して繊維中の応力分布を実測し、疲労磨耗の生じた界面での負荷-除荷過程における挙動を検討した。その結果、磨耗形態が異なる繊維位置での滑り長さを推定することが可能になったことと、滑り界面でSiC繊維上でのラマンスペクトルから繊維応力を実測することにより界面せん断滑り応力が測定可能であることを明らかにした。さらに、これまで不可能であった複合材料中のSiC繊維の局所応力分布を測定することを可能にし、複合材料のさらなる破壊の解明に利用可能となることを示した。

 複合材料の高温下での界面力学特性の定量評価がなされていないことから、界面せん断応力の温度依存性を調べ、高温疲労損傷した界面の力学特性の評価を行うことを目的として、室温から高温までの界面せん断特性を評価する高温SEMプッシュアウト装置を新たに開発した。その結果、界面せん断滑り応力の温度依存性は、高温側で界面での繊維半径方向の圧縮応力が減少することにより界面せん断応力は減少する。また、高温疲労後の界面は疲労前に比べ約85%の低下を示すことを明らかにした。これはSCSコーティング層と反応層との界面に存在する粗さが疲労磨耗により大きく減少することによると考えられた。さらに、破面近傍以外の領域(主き裂成長以外の領域)においてもコーティング層の磨耗により界面せん断応力が低下していることを明らかにした。さらに、本装置のインデンター先端を細くすることにより、直径10m程度の繊維で強化した複合材料の界面せん断強度特性の評価も可能となることを示した。

 最後に実験的に得られた連続SiC繊維強化Ti-15-3マトリックス複合材料の高温疲労の微視損傷機構と損傷に伴う力学パラメータの変化から疲労寿命を推定することを試みた。試験片表面の初期繊維破断を起点として発生したき裂が複合材料中に進展し、マトリックスき裂を繊維がブリッジするモデルを用いて、界面疲労磨耗挙動による界面せん断滑り長さの変化と、界面せん断滑り応力の変化を損傷パラメータとして導入し、ブリッジングによるき裂先端での応力拡大係数とマトリックスのパリス則から寿命予測を評価した。その結果、界面せん断滑り応力が減少して滑り長さが大きくなると、ブリッジしている繊維の負担応力が高くなりき裂進展に伴う応力拡大係数繊維への寄与が上昇して、マトリックスき裂進展抵抗となり疲労寿命が向上することが明らかとなった。また、複合材料の疲労破壊の条件として、マトリックスの靭性値と強化繊維の破壊基準を導入して疲労寿命を界面せん断滑り応力の変化と構成素材の特性のみから予測することが可能になった。

 以上のように、本論文では、SiC繊維強化Ti-15-3基複合材料の高温疲労に関して、その損傷機構、力学特性の変化、界面疲労磨耗機構および界面の力学特性の定量評価を行い、高温疲労特性を支配する因子を明らかにした。これらの知見に基づき複合材料の疲労寿命の推定方法の指針を示すことができた。

審査要旨

 本論文は「SiC繊維強化Ti-15-3基複合材料の高温疲労破壊機構に関する研究」と題し、9章から構成されている。近年、連続SiC繊維強化Ti-15-3合金マトリックス複合材料は高温構造材料への適用が考えられており、切り欠きのない構造部材の高温疲労特性を把握することが急務になっている。本論文では前記複合材料の550℃付近での複合材料の微視的疲労損傷の理解と疲労寿命の推定方法の確立を試みたものである。

 第1章では、現在までに高温用構造部材への使用を目的として研究・開発されてきたSiC繊維強化Ti合金基複合材料の特徴および力学特性を示した。特に疲労特性に関する現状を詳細に説明するとともに、現状での問題点を明らかにし、本論文の目的を明確にしている。

 第2章では、複合材料の高温疲労過程中に生じる微視損傷過程を走査型電子顕微鏡を用いてその場観察した。同時に、ヒステリシス曲線の除荷弾性率の変化に着目し、巨視的損傷挙動の評価を行った。これらの結果を融合し、巨視的挙動を微視的破壊挙動から説明することを試み、その関連性を明確にした。また、界面の摩耗現象が試験温度によって異なることや550℃での疲労寿命は室温よりも長くなるという新しい現象も見い出している。

 第3章では、第2章で観察された繊維の破断部近傍の有限要素法解析を行い、初期疲労過程でマトリックス中に発生するき裂の進展に対する、マトリックスの塑性変形挙動および界面滑りの影響について解析した。その結果から、界面せん断滑り応力が小さくなると、き裂先端部でのマトリックス塑性ひずみの蓄積が減少することにより、マトリックスき裂発生寿命が向上することを明らかにした。同時に、界面滑り長さが負荷繰り返し数の増加に伴って長くなる現象がマトリックスき裂成長の防止に有効に作用していることを明らかにした。

 第4章では、高温疲労による界面滑りで生じた磨耗粉の組成を電子線マイクロアナライザーを用いて調べ、それがSiC繊維上に施されているコーティング層の磨耗によるものであることを証明した。さらに、界面磨耗は疲労繰り返し数の増加に伴い進展し、破断繊維近傍には粒子状と糸くず状の磨耗粉の混合したものが観察され、滑り端部近傍では粒子状の磨耗粉のみが認められることを初めて明らかにした。そして、この結果は、滑り界面での相対滑り長さに大きく依存することを証明した。

 第5章では、第4章で明らかとなった界面磨耗現象の機構をさらに詳細に検討するため、疲労後の試験片から磨耗した繊維を抽出し、原子間力顕微鏡を用いて繊維表面の様子を観察し、界面で生じたコーティング層の疲労磨耗機構を検討した。その結果、繊維破断近傍でのアブレシブ磨耗が生じるためのプロセスゾーンが存在すること、界面磨耗の進行は界面滑り長さを増加させる作用があることを明らかにした。これらの現象を、界面の表面形態から解析的に求め、界面せん断滑り応力との関連性を定量的に示した。

 第6章では、SiC繊維からのラマンスペクトルピークの応力依存性を利用して疲労試験前後の繊維応力分布を求めた。実験的に求めた繊維軸方向の応力分布は理論的に考えられる分布と良く一致した。この結果を用いて、繊維軸方向の応力分布を求め、理論解との併用により、界面せん断滑り応力が測定可能であることを示した。この測定方法の確立により、磨耗形態が異なる繊維位置での滑り長さを推定することが可能となった。

 第7章では、複合材料の界面せん断応力の温度依存性を調べ、高温疲労損傷した界面の力学特性の評価を行った。まず、室温から高温までの界面せん断力学特性を評価するために走査型電子顕微鏡内で高温中その場観察できるプッシュアウト装置を新たに開発した。高温では界面での繊維半径方向の界面圧縮応力が減少するためにせん断滑り応力は減少すること、疲労前に比べ高温疲労後の界面せん断滑り応力は滑り界面に生じる摩擦の影響で小さくなることを実験的に明らかにした。これらの結果を用いて、前章までに得られた微視損傷機構についての定量的解釈を可能にしている。

 第8章では、複合材料中に亀裂が発生、進展する微視破壊過程を第2章から第7章で得られた知見をもとにモデル化し、複合材料の疲労寿命予測を行うための理論を構築した。構築した理論は実験から求められる複合材料の疲労寿命を説明することを可能にした。この理論により、複合材料の実用に重要な疲労寿命を界面せん断滑り応力の変化と構成素材の特性のみから予測することが始めて可能になった。

 第9章は総括であり、本論文で得られた結果をまとめている。

 以上を要するに、本論文では、SiC繊維強化Ti-15-3基複合材料の高温疲労に関して、その微視、巨視損傷機構、界面磨耗機構および界面の力学特性の定量評価を行い、その結果をもとに、高温疲労寿命の予測を理論的に可能にしたものであり、複合材料工学に関する学問分野の進歩発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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