学位論文要旨



No 114772
著者(漢字) ソルネク,ラファウ
著者(英字)
著者(カナ) ソルネク,ラファウ
標題(和) 噴霧燃焼と乱流との相互作用
標題(洋) Spray Combustion and Turbulence Interaction
報告番号 114772
報告番号 甲14772
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4542号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 土橋,律
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 河野,通方
内容要旨 まえがき

 現在人類が使用しているエネルギーの大部分は、燃焼により得ている。燃焼の中でも、自動車エンジンから発電用燃焼器まで、広い範囲で数多く用いられている燃焼形態は噴霧燃焼である。しかし、このように噴霧燃焼は広く実用化されているが、噴霧燃焼現象には未だに解決されていない様々な問題点が残されており、噴霧燃焼現象を特徴づける適切なパラメータが明確になっていないのが現状である。これは、噴霧燃焼が、噴霧の噴射、分散、蒸発、混合や燃焼などの多くのプロセスから構成される複雑な現象であるためである。噴霧の噴射、分散、蒸発、混合や燃焼などの、これらのプロセスそれぞれが装置の性能に影響を及ぼすだけでなく、各々のプロセスが互いに相互作用をもつことは、噴霧燃焼の理解をさらに難しくしている。このため、一つのプロセスの改善が、別のプロセスの悪化を引き起こすことがしばしば起こる。このように噴霧燃焼においては、各々のプロセス及び現象の相互作用について把握することが重要となる。噴霧燃焼はたいていの場合乱流中でおこなわれることを考慮すると、噴霧燃焼と乱流との相互作用については十分に解明する必要がある、しかしながら乱流特性の変化が蒸発、混合、燃焼過程に及ぼす影響については、不明な点が多い。また、高濃度噴霧の燃焼では、高濃度液滴群(Cluster)が形成され、高濃度液滴群の中では液滴間の距離が小さくなり、液滴の蒸発や燃焼過程に大きな変化が生じるが、乱流特性がこのような高濃度液滴群の形成に与える影響についてもほとんど明らかになっていない。

 そこで、本研究では、乱流特性の変化が噴霧燃焼現象に及ぼす影響について、実験により明らかにした。実験場での乱流の特性、液滴分布、燃焼状態の詳細な測定を行い、乱流特性の変化が液滴の分散、蒸発や噴霧燃焼に及ぼす影響について検討した。また、流れの変動に対する液滴の応答性に着目し、乱流場での液滴分散のメカニズムを提案し、実際に測定した結果と比較することで、提案したメカニズムの妥当性について検討した。これらの検討結果をもとに、乱流特性の変化が噴霧燃焼に影響を与えるメカニズムについて考慮した。

実験方法

 ケロシン噴霧をエアーアシストノズルで発生させ、ノズルの45mm後方に金網を設置し(図1)、金網のメッシュサイズを変化させることにより乱流の特性を変化させ、これによる噴霧燃焼挙動の変化について検討した。金網のメッシュサイズ変化が及ぼす乱流特性変化以外の影響については、金網挿入による燃料流量の減少が2.5%以下であること、非反応場で測定した噴霧粒径分布がほとんど変化しないことなど、その影響がほとんど無いことを確認した。

図1装置配置図

 乱流特性の測定は、非反応場で熱線流速計を用いて行い、この結果が反応場の乱流特性を代表するものと考えた。噴霧火炎中の液滴分布は、レーザーシートを用いて、ミー散乱光を撮影することで測定した。さらに詳しい液滴分布を測るために、PDPA(フェーズドップラー粒径・粒子速度測定装置)を使用した。PDPAから得られたデータを用いて実測値に基づいたGroup combustion number Gを算出した。その他、火炎状態の撮影、温度分布、ガス分析等の測定を行った。

実験結果乱流特性の測定結果

 メッシュサイズが小さくなると、金網の抵抗力が増大し金網でのエネルギー損失が増加するため、平均流速と乱流強度が減少する。乱流強度の変化の測定結果を図2に表す(w/o gridは金網を挿入しない場合、c_2.5mmは2.5mmのメッシュサイズの金網挿入を表す)。液滴分散に一番大きな影響を及ぼすと考えられる積分スケールの測定結果より、メッシュサイズの変化は積分スケールにほとんど影響を与えない事が分かった(図3)。本実験では積分スケールは、流速変動の自己相関分析から得られた時間積分スケールを、テイラーの仮説を用いて空間積分スケールに変換して求めた。

火炎の状態

 形成される火炎は、ノズルのすぐ下流で青色に発光しており(青炎)、そこから少し下流の位置で黄色く発光する輝炎となる。メッシュサイズが小さくなると、火炎の全長が増加し、また青炎から輝炎に変化する位置が上流側に移動することが分かった(図4)。また、PDPA粒径・粒子速度測定装置およびミー散乱光撮影を用いて液滴の数流束(単位時間に単位断面を通過する液滴数)を測定した(図5)。これによると、メッシュサイズが小さくなると、噴霧火炎中の液滴の数流束が小さくなる、すなわち蒸発が促進される事が分かった。液滴の蒸発が促進される場合、温度分布や酸素と炭化水素の濃度分布が、ガス燃料の拡散火炎の分布に似てくることも明らかになった。図6に示したように、メッシュサイズが小さい(0.5mm)時には、温度が半径方向の最大値をとる位置が、噴霧軸から外側に離れ、また、中心軸上での酸素濃度が減少し、炭化水素の濃度が増えることがわかる。

図表図2メッシュサイズの変化による乱流強度の変化(u’:乱流強度、z:金網からの距離) / 図3メッシュサイズの変化による積分空間スケールの変化(L:積分空間スケール、z:金網からの距離) / 図4火炎状態の変化図5噴霧軸上での液滴数流束の変化(PDPAによる,z:金網からの距離)図6温度分布の変化

 液滴数流束の空間分布と時間変動を詳しく調べた結果、メッシュサイズの減少とともに液滴数流束の変動が小さくなることがわかった(図7)。これは液滴数密度の空間分布が均一化していることに対応していると考えられる。液滴の粒径分布には大きな変化が見られないため(図8)、数密度分布の均一化が蒸発促進の重要な原因となったと考えられる。このことは、既存の液滴群燃焼現象の研究結果を用いて説明することができる。すなわち液滴分布が均一化された場合、液滴が極在化した場合に比べ、液滴間の酸素拡散や熱伝達が速くなるため、蒸発速度が速くなり、蒸発を促進するというメカニズムが適用できると考えられる。

図表図7液滴数流束分布の変化 / 図8液滴粒径分布の変化

 乱流特性変化が液滴数密度分布に影響を及ぼすメカニズムを解明するために、まず液滴の気流への応答性について検討した。ここでは、液滴応答時間をhalf-value time(半分の速度に達するまでの時間)として液滴の運動量保存式から求めた。気流と液滴の相対速度が乱流の変動速度と同じになると仮定すると、液滴のRe数は1のオーダーになる。従って、抵抗力は線形のストークス近似により求めることが出来る。液滴分散に最も大きな影響を与える大きなスケールの渦の代表時間は、積分空間スケールを乱流強度u’で除して求めた。このように定義された代表時間を計算すると、流れ場の代表時間は10-3s,液滴の応答時間は10-5sのオーダーになる。それらの代表時間には二桁の差があるので、液滴は大きなスケールの渦の動きにほぼ追従できると考えられる。この検討結果より、液滴はどのメッシュサイズにおいても渦に追従できることになり、これは、粒子数密度分布に影響を与えないことを示す。したがって、測定された液滴数密度分布の変化について説明することはできない。

 そこで、乱流は渦流であることに着目し、自由渦内に巻き込まれた粒子の軌跡の変化に注目して検討をおこなった。液滴の接線方向速度が、直ぐに渦流の速度と等しくなるという仮定すれば、半径方向の液滴運動量保存式は遠心ストークス数が支配することになる。遠心ストークス数は、遠心力と抵抗力の比であり、通常のストークス数と区別して、遠心ストークス数と呼ばれる。実験から得られた遠心ストークス数の分布を図9に示す。この結果から、金網のメッシュサイズが小さくなるほど、遠心ストークス数は減少し、その減少の割合はノズルからの距離が大きくなるほど少なくなる。渦の中心からの距離がrの位置を接線方向に通過した液滴の軌跡について、r/r0(r0:渦の半径)が1.0,1.2,1.4,1.6の場合に対して計算し、結果を図10に示す。遠心ストークス数の値が大きいほど、渦外側においてそれぞれの液滴の軌跡が近づいて、液滴が集中する傾向があることがわかる。高濃度液滴群(cluster)の形成機構として、渦流から速度を与えられた液滴が、遠心力により、渦の外側方向に飛び出すように運動方向を変化させ、渦の外側で液滴の集中がおこるというメカニズムが存在することが明らかになった。これにより、噴霧中で渦の外側には高濃度液滴群の形成がおこり、これが噴霧燃焼挙動に大きな影響を及ぼすことが予想される。このメカニズムを適用すると、金網のメッシュサイズが小さくなると、遠心ストークス数が減少するため、液滴の集中が起こりにくくなり、クラスターの形成も少なくなることが予想される。これは、実験で観察された、メッシュサイズが小さくなると、液滴の空間分布がより均一になり、蒸発率が向上するという結果と一致している。このような渦流への液滴の追従性の変化という新しい視点を入れることにより、メッシュサイズの減少により液滴分散と蒸発率が促進されるという噴霧火炎の実験結果を説明することができた。

図9遠心ストークス数のプロファイル変化図10種々の遠心ストークス数における自由渦内に巻き込まれた液滴の軌跡の変化
まとめ

 1.本研究で対象とした、大きな渦の代表時間が液滴の流れへの応答時間より十分大きい条件の場合、液滴分散は渦流中での遠心力が支配すると考えられる。この場合、遠心力を抵抗力で除した遠心ストークス数により液滴の渦流中での軌跡が決まるため、高濃度液滴群(cluster)の形成、蒸発率の挙動は遠心ストークス数に強く依存する。

 2.遠心ストークス数を適用することにより、メッシュサイズの減少により液滴分布が均一化し、蒸発が促進されるという噴霧燃焼の実験結果を説明することができた。

 3.今回の実験で、メッシュサイズを小さくした時に火炎の長さが増大したが、これは乱流特性の変化により燃料液滴の蒸発は促進されたが、一方燃料蒸気と空気の混合は逆に悪化されたためと考えられる。

審査要旨

 本論文は、「Spray Combustion and Turbulence Interaction(噴霧燃焼と乱流との相互作用)」と題し、噴霧燃焼現象の解明を目的として、特に乱流特性の変化が噴霧燃焼に与える影響について調べた結果をまとめたものであり、9章からなっている。

 第1章は、「序論」で、噴霧燃焼に関する研究の必要性ならびに乱流との相互作用に着目した理由について述べ、本研究の位置づけを行っている。

 噴霧燃焼は、液体燃料を用いる種々のエンジンや燃焼器で広く用いられている燃焼形態である。噴霧燃焼は、噴霧の噴射、分散、蒸発、混合および燃焼という多数のプロセスから構成される複雑な現象であり、解決すべき問題が多数残されている。特に噴霧噴射時に必ず発生する乱流の影響は重要であるにもかかわらず未解明な点が多く、本研究ではこの点の解明を主眼とした。

 第2章は、「実験装置」で、本研究で用いた噴霧燃焼装置について述べている。

 条件を的確に制御し、種々の計測を正確に行うために、装置はシンプルなものとした。噴霧は2流体ノズルで発生させ、ノズル直後に種々のグリッドサイズの金網を挿入することで乱れの特性を変化させた。燃料は、噴霧燃焼器で広く使われているケロシンを用いた。

 第3章は、「乱流特性の測定」で、装置で発生させた乱流特性の測定結果について述べている。

 熱線流速計による測定結果を解析すると、本装置においては、挿入する金網のメッシュサイズを小さくすると、金網でのエネルギー損失が増加するため平均流速と乱流強度が減少するが、乱れの空間スケールはほとんど変化しないことが明らかになった。

 第4章は、「乱流特性の変化が噴霧中の燃料液滴のサイズおよび空間分布に及ぼす効果」で、噴霧中の液滴の測定結果について述べている。

 レーザーシートを用いたミー散乱光の観測およびPDPA装置(フェーズドップラー粒径・粒子速度測定装置)による測定結果によると、金網のメッシュサイズを小さくすると、液滴の粒径分布には大きな変化は無いが、液滴数密度は減少する。これは蒸発が促進されていることを示している。さらに、液滴数密度の時間変動に着目すると、メッシュサイズが大きくなると液滴数密度分布の不均一性が強まること、すなわち液滴が集合し高濃度液滴群(Cluster)の形成が促進されることが明らかになった。

 第5章は、「乱流特性の変化が温度および濃度分布に及ぼす効果」で、形成される噴霧火炎の温度分布および化学種濃度分布の測定結果について述べている。

 金網のメッシュサイズが小さくなると、火炎長さが増大し、半径方向分布において中心軸付近で温度、酸素濃度が低下する。これは、気体燃料の火炎に類似しており、液滴の蒸発が促進された影響であると推定される。

 第6章は、「燃料液滴と流れの変動との相互作用」で、乱流が液滴分散および蒸発に与える影響について論じている。

 まず、流れの変動に対する液滴の追従性を、流れ場の代表時間と液滴の応答時間を計算して評価した。その結果、今回の実験におけるいずれの条件においても、液滴の応答時間は流れ場の代表時間より2桁以上小さく、液滴は流れにほぼ追従することになり、乱流特性の変化が液滴分散に与える影響について説明できない。そこで、乱流は渦流であることに着目し、旋回流への粒子の追従性について検討した。旋回流への液滴の追従性は、遠心力と抵抗力の比である遠心ストークス数を導入して整理した。これによると、金網のメッシュサイズが大きくなると乱流強度が増大するため遠心ストークス数が大きくなり、液滴は渦流に追従せず渦の外側に集中することになる。これは高濃度液滴群の形成を促し液滴の蒸発を阻害すると考えられ、実験での測定結果と一致する。

 第7章は、「乱流がGroup Combustion Numberに及ぼす効果」で、液滴群燃焼状態を表すパラメータであるGroup Combustion Numberを見積もった結果について述べている。

 PDPAにより計測した高濃度液滴群の発生状態から、Group Combustion Numberの見積もりをおこなった。その結果、金網のメッシュサイズが大きくなるとGroup Combustion Numberが大きくなる、すなわち高濃度液滴群の燃焼への寄与が強くなる傾向があることが確認できた。

 第8章は、「結果の一般性について」で、温度、圧力、燃料の種類が変化した場合における、本研究結果の適用可能性について論じている。

 第9章は、「結論」で、本研究の結果を総括している。

 以上要するに、本研究では、噴霧燃焼と乱流との相互作用について調べ、乱流特性の変化が液滴の挙動および燃焼状態に及ぼす影響を詳細に明らかにするとともに、液滴の渦流れへの追従性の変化という新しい視点を導入することにより噴霧燃焼における液滴分散のメカニズムを解明することに成功している。この結果は、噴霧燃焼装置の性能向上および最適制御をするための基礎資料として有効であり、燃焼学ならびに化学システム工学の進展に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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