学位論文要旨



No 114775
著者(漢字) 仲井,朝美
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,アサミ
標題(和) 微視的損傷を考慮したテキスタイルコンポジットの力学的挙動解析
標題(洋)
報告番号 114775
報告番号 甲14775
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4545号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 藤本,浩司
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 繊維加工技術により作成された織物、編物、組物を強化形態とするテキスタイルコンポジットは、最終製品の要求性能に応じて繊維配向の最適化が可能であり、また最終成形品を形成することが可能なnear-net shape技術をも実現化するため、各産業分野においてその使用が期待されている。しかしながら、数多くの研究が既に行なわれているにもかかわらず、いまだに実用化が促進されないのが現実である。これは、テキスタイルコンポジットの力学的特性を支配する因子が数多く存在するため、簡単に材料設計、構造設計が行なえないからであると考えられる。

 本論文の目的は、複合材料構造設計にとって必要なマクロな力学的特性と、材料設計に必要な繊維、母材およびその界面のミクロな特性とを定量的に把握し、結びつけることによって、材料設計から構造設計、機械設計までを包含する、統一されたテキスタイルコンポジットの設計手法の確立することである。テキスタイルコンポジットの力学的特性を決定する因子を鑑みると、使用目的に応じた材料設計、構造設計に結びつけた力学的挙動解析手法を確立するためには、以下のことを考慮しなくてはならない。

 1)テキスタイルの幾何学的形状

 2)構成材料(繊維・マトリックス・界面)の特性

 3)複合材料中における構成材料の微視的損傷進展挙動

 本論文は全7章で構成されており、第2章から4章において、上述の各項目を検討するための実験および解析を行なった。これらの結果に基づき、第5章において、上述の1)〜3)を考慮した新しい力学的挙動解析手法を提案した。第6章では、提案した解析手法を、平織物および平打組物複合材料の力学的挙動解析に適用した解析事例について述べ、本手法の有効性を示した。

1)テキスタイルの幾何学的形状

 テキスタイルはいずれも繊維束を交差させることによって作製されるため、幾何学的形状を決定する因子は、繊維束形状、織り構造、繊維配向状態、クリンプ率など数多く挙げられる。これらのパラメータは独立ではなく、相互に影響を及ぼし合い変化するため、各パラメータの力学的特性に及ぼす影響を定量化することは容易ではない。これらのパラメータは、作製材料や作製条件によって決定されるため、テキスタイル機械にも依存することになる。したがって、テキスタイル作製機械の設計も重要となる。そこで第2章では、「組機設計」「組物設計」「複合材料設計」から構成される組物複合材料の設計手法の提案を行い、その構成要素となる組物作製機構解析を行った。

 図1に、組物設計のためのフローチャートを示す。「スピンドル配置解析」では、設計された軌道に対して設定可能なスピンドル配置を算出する。次に、「織り構造解析」で、設計されたスピンドル配置より得られる織り構造の規則性の評価を行う。これら二つの解析により、規則的な織り構造を形成するスピンドル配置の決定を行うことが可能となった。「繊維配向解析」では、繊維束の中心の軌跡のみを考慮し、組物における繊維の配向状態を予測する。例として、多方向に分岐した組物複合材料の繊維配向状態の予測をおこなった。さらに、「寸法予測解析」を行なうことにより、使用する繊維のデータベースを元に、設計されたスピンドル配置および選択した材料により作製される組物の寸法予測が可能となった。

 上述の寸法予測解析に基づき、組物の寸法を支配するパラメータを明確にした。組物の寸法を決定するパラメータとしては、繊維束の断面積、アスペクト比、組角度、繊維束間距離の4つのパラメータのみを考慮すれば良い。組角度を繊維配向角度とすると、他のテキスタイルに関しても一般化できる。これら4つのパラメータは、すなわち、複合材料の力学的特性を支配するパラメータであり、力学モデル構築に対しても不可欠である。

2)構成材料(繊維・マトリックス・界面)の特性

 構成材料の特性に関しては、特に、界面の特性が重要である。第3章では、テキスタイルコンポジットにおける界面評価手法を確立することを目的とし、繊維束交差部引き抜き試験を、組物複合材料の繊維束交差部における繊維/樹脂界面の評価に適用した。繊維束交差部引き抜き試験とは、図2に示すように、対象とする繊維束交差部のみにせん断変形が加えられるように試験片を加工し、引張負荷を与えたときの荷重から見かけのせん断強度を評価するものである。本手法を用いることにより、界面の特性を定量化し、集束剤量が界面特性に及ぼす影響について評価した。しかしながら、アスペクト比の違いにより見かけのせん断応力が変化するという問題があり、値の評価は同形状の試験片間での比較に制限される。そこで、試験片形状に依存して変化する見かけの界面特性を補正するために、界面の特性および試験片形状を考慮した解析モデルを提案し、有限要素法を用いた数値解析を行った。さらに、数値解析と実験結果を結びつけることにより、界面の弾性率および強度の組み合わせを算出した。得られた界面の材料定数を用いて、交差部引き抜き試験により得られる見かけのせん断強度とアスペクト比の関係を明らかにし、補正係数を用いることでアスペクト比の異なる試験片の界面強度を補正し、評価した。

図表図1 組物設計のためのフローチャート / 図2 繊維束交差部引き抜き試験

 これらの成果より、繊維束の種類や形状など、各材料系の相違に依存しない界面の特性が評価可能となり、算出した界面の材料定数は、複合材料の材料設計および構造設計に役立つものである。

3)複合材料中における構成材料の微視的損傷進展挙動

 微視的損傷進展機構の解明は、実際の複合材料に生じる構成材料の損傷を可視化することによって可能になると考えられる。第4章では、テキスタイルコンポジットの微視的な破壊挙動を理解することを目的とし、材料中の繊維、マトリックス、繊維束交差部、界面における微視的損傷進展過程を可視化、観察・評価するための実験を行なった。その対象としては、織物の基本構造である平織物、および、組物の基本構造である平打組物複合材料を取り上げ、引張負荷過程中のその場観察を行なった。微視的な変形・破壊挙動を定量的に観察、評価するための実験的手法として、レプリカ法、マイクログリッド法、透過型顕微鏡を用いた方法を適用し、試験片端面、試験片表面、試験片内部の損傷進展過程を観察した。これらの手法により明らかとなったテキスタイルコンポジットの微視的損傷進展過程は以下の通りである。

 平織物複合材料においては、まず、よこ繊維束内のトランスバースクラック、次にたて繊維束内のフィラメント破壊が発生し、多重繊維破壊が観察された。これらの実験結果より、繊維束内の繊維の破壊過程を考慮したモデルの確立が必要であり、また、トランスバースララックは、よこ繊維束内の界面において発生するため、繊維束の挙動のみならず、界面特性の影響も考慮する必要があると考えられる。

 平打組物複合材料においては、繊維束内においてフィラメント破壊が発生し、その数が増加することによって最終破壊に至った。したがって、平織物複合材料の場合と同様に、繊維束内の繊維の破壊過程を考慮したモデルの確立が必要となる。一方、平打組物複合材料の端部をカットした試験片においては、試験片端部の交差部においてはく離が発生し、内部に進展することで最終破壊に至った。はく離は、繊維束間の界面において発生するため、力学モデルの構築にあたっては、繊維束まわりの界面特性の影響が最も重要であると考えられる。

 第5章においては、これらの結果を踏まえ、上述の1)〜3)を考慮した新しいテキスタイルコンポジットの力学的挙動解析手法を提案した。本解析手法は、図3に示すように「繊維束モデル」「交差部モデル」「織り構造モデル」「構造物モデル」からなる多段階のモデル化により構成されている。各モデルは、解析対象や解析により予測する特性に従い選択され、ミクロなモデルから得られた結果は、マクロなモデルにおいて考慮される。

 提案した力学的挙動解析手法を用いて、平織物複合材料および平打組物複合材料の応力-ひずみ挙動および破壊進展挙動の予測を行った。本解析手法において、テキスタイルの幾何学的形状は「織り構造モデル」により表現した。平織物複合材料の織り構造モデルを図4に示す。3次元はり要素を接続することによりテキスタイルの幾何学的形状を表現している。また、繊維束内に界面要素を設け、その破壊によりトランスバースクラックを表現した。繊維束内のフィラメント破壊は、多重繊維破壊および繊維強度のばらつきを考慮した「繊維束モデル」により表現し、得られた結果を「織り構造モデル」に導入した。繊維束モデルは、多重繊維破壊が材料中で生じる複合材料の力学的挙動の予測手法として用いられるCurtinモデルを用いて表現した。交差部におけるはく離は、繊維束まわりの界面特性を考慮した「交差部モデル」により表現し、織り構造モデルにおける交差部樹脂要素の材料定数として用いた。

 第6章においては、第5章において提案した解析手法を、平織物および平打組物複合材料の力学的挙動解析に適用した。図5に平織物複合材料の解析により得られた応力/ひずみ線図および実験結果を示す。解析結果は実験結果とほぼ良い一致を示した。組物複合材料の解析においては、繊維束に発生する応力が増加するにつれ剛性が徐々に低下することにより最終破壊に至った。組物の両端をカットした試験片においては、まず試験片端部の交差部において交差部樹脂要素が破壊した。さらにひずみが増加すると、破壊した交差部上の表面樹脂の破壊が発生し、繊維束要素が強度に達する前に樹脂要素の破壊が内部へ進行することにより最終破壊に至った。これらの破壊様相は、実験結果とも良く対応している。また、応力-ひずみ線図に関しても、実験結果と良い一致を示した。このように、テキスタイルの幾何学的形状、界面の特性、かつ、フィラメント破壊をはじめとする微視的損傷を考慮することで、テキスタイルコンポジット全体の力学的挙動の予測が可能となった。

図表図3 テキスタイルコンポジットの力学的挙動解析モデル / 図4 織り構造モデル / 図5 平織物複合材料の応力-ひずみ線図

 これら一連の研究により、テキスタイルコンポジットの静的負荷下における微視的および巨視的な力学的挙動を把握し、結びつけることが可能となった。力学的特性を支配する因子を明確にし、これらすべての因子を考慮した解析手法を用いることで、複合材料全体の力学的挙動の予測が実現する。これにより、構造設計および材料設計における指針を得ることが可能となり、総合的なテキスタイルコンポジットの設計手法が確立されるものと考えられる。

審査要旨

 修士(工学)仲井朝美提出の論文は、「微視的損傷を考慮したテキスタイルコンポジットの力学的挙動解析」と題し、7章よりなる。

 織物、編物、組物を強化形態とするテキスタイルコンポジットは、各産業分野においてその使用が期待されているが、力学的特性を支配する因子が数多く存在するため、簡単に材料設計、構造設計が行なえないのが現状である。とくに、1)テキスタイルの幾何学的形状、2)構成材料(繊維・マトリックス・界面)の特性、3)複合材料中における構成材料の微視的損傷進展挙動、を考慮した研究は数少ない。本論文は、1)〜3)を考慮し、複合材料構造設計にとって必要なマクロな力学的特性と、材料設計に必要な繊維、マトリックスおよびその界面のミクロな特性とを定量的に把握し結びつけることによって、材料設計から構造設計、機械設計までを包含する統一されたテキスタイルコンポジットの設計手法を確立することを目的としている。

 第1章は「序論」で、テキスタイルコンポジットに関する従来の研究の概要とその問題点をまとめ、本論文の目的を述べている。

 第2章は「組物複合材料の作製および幾何学的構造」で、「組機設計」「組物設計」「複合材料設計」から構成される組物複合材料の設計手法の提案を行い、その構成要素となる組物作製機構解析を行っている。最終寸法予測解析に基づき、組物寸法を支配するパラメータとしては、繊維束の断面積、アスペクト比、組角度、繊維束間距離の4つを考慮すればよいことを明らかにしている。

 第3章は「テキスタイルコンポジットにおける交差部界面評価手法」で、テキスタイルコンポジットにおける界面評価手法を確立することを目的に、繊維束交差部引抜き試験を、組物複合材料の繊維束交差部における繊維/樹脂界面の評価に適用している。これにより、繊維束の種類や形状など、各材料系の相違に依存しない界面特性の評価を可能としている。とくに、集束剤量が界面特性に及ぼす影響について定量的に評価している。

 第4章は「テキスタイルコンポジットの引張負荷下における微視的損傷進展挙動」で、織物の基本構造である平織物、および、組物の基本構造である平打組物複合材料を取上げ、引張負荷過程中のその場観察により微視的損傷進展過程の可視化を行なっている。レプリカ法、マイクログリッド法、透過型光学顕微鏡を用いた方法を適用し、横繊維束内のトランスバースクラック、縦繊維束内のフィラメント破壊、多重繊維破壊、繊維束まわりの層間剥離などを定量化することに成功している。

 第5章は「微視的損傷を考慮した力学的挙動解析手法」で、実験結果を踏まえ、上述の1)〜3)を考慮した新しいテキスタイルコンポジットの力学的挙動解析手法を提案している。本解析手法は、「繊維束モデル」「交差部モデル」「織り構造モデル」「構造物モデル」からなる多段階のモデル化により構成され、ミクロなモデルから得られた結果は、マクロなモデルにおいて考慮されている。テキスタイルの幾何学的形状は3次元はり要素を接続することにより表現し、また、繊維束内に界面要素を設け、その破壊によりトランスバースクラックを表現し、さらに繊維束内のフィラメント破壊は、多重繊維破壊および繊維強度のばらつきを考慮した繊維束モデルにより表現している。また、交差部における剥離は、繊維束まわりの界面特性を考慮した交差部モデルにより表現し、織り構造モデルにおける交差部樹脂要素の材料定数として用いている。

 第6章は「テキスタイルコンポジットの力学的挙動解析」で、5章において提案した解析手法を、平織物および平打組物複合材料の力学的挙動解析に適用し、実験結果との比較を行っている。応力-ひずみ線図の解析結果は、最終破断に至るまで実験結果とほぼ良い一致を示した。とくに、組物複合材料の解析においては、繊維束に発生する応力が増加するにつれ、繊維多重破断に伴い剛性が徐々に低下して最終破壊に至る現象を忠実に表現することが可能である。以上、テキスタイルの幾何学的形状、界面特性、かつ、フィラメント破壊をはじめとする微視的損傷を考慮することで、テキスタイルコンポジット全体の力学的挙動の予測が可能となっている。

 第7章は「結論」であり、本論文の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、テキスタイルコンポジットの静的負荷下における微視的および巨視的な力学的挙動を支配する因子を実験的に明確にした上で、これらの因子を考慮した複合材料の力学的挙動の予測を行う新しい解析手法を提案している。これにより、構造設計および材料設計における指針を得ることが可能となり、本論文は総合的なテキスタイルコンポジットの設計手法の確立に大いに貢献するものであり、複合材料工学、材料設計工学上寄与することが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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