学位論文要旨



No 114776
著者(漢字) 何,祖源
著者(英字)
著者(カナ) カ,ソゲン
標題(和) 光波コヒーレンス関数の合成法 : 高性能化と多次元フォトニックセンシングへの応用
標題(洋) Synthesis of Optical Coherence Function : Performance Improvements and Applications in Multi-Dimensional Photonic Sensing
報告番号 114776
報告番号 甲14776
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4546号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨

 半導体レーザ光源の注入電流に変調を加えることにより,その直接周波数変調特性によって光波の周波数を変化させることができる.これにより,時間平均的な光のパワースペクトラム形状及び光波コヒーレンス関数を合成することができる.ある特定の変調波形を用いると,光路差による選択的な干渉性を有するコヒーレンス関数となる.この手法は,東京大学保立研究室において提案され,「光波コヒーレンス関数の合成法」とよばれている.本論文ではこれをSOCFという短縮形で表す.デルタ関数的なコヒーレンスピーク列を利用すれば,光導波路など光回路中の反射光分布を測定して故障診断を行うリフレクトメトリ(反射光分布測定法)が実現できる.他のリフレクトメトリ手法と比べて,SOCFによる手法は,機械的可動部分がない,数値処理が不要,空間分解能が可変,制御性のよいデジタル的な変調が利用できる,などの特徴を持つ.性能向上に向けた精力的な取り組みにより,本研究の開始までに空間分解能1.2mm(光ファイバ中)が実現されている.また,色々な応用目的に合わせて,様々なシステムが研究されてきた.すでに光ファイバデバイス診断用と光ファイバ加入者系ネットワーク診断用のリフレクトメトリ,分布型と多点型光ファイバセンサの実現に成功していた.また,2次元の画像抽出など光情報処理システムについての研究も行われてきた.

 本研究はこの優れた「光波コヒーレンス関数の合成法」を,散乱媒体の光トモグラフィまたは光導波路デバイスの診断など,高空間分解能と高感度あるいは広ダイナミックレンジを要する測定対象に,応用することを目指している.そのために,今までの光波コヒーレンス関数の合成技術を更に高性能化しなければならない.まず,空間分解能では,生体またはセラミックのような散乱媒体に対しては,100m以下にならないと,多重散乱を除去することができない.また,この手法では,有限帯域の離散した変調を用いているので,合成されたコヒーレンス関数には,デルタ関数的なメーンピークの近辺にサイドローブが存在している.このサイドローブにより,ダイナミックレンジが制限され,弱い目標は計測できなくなる.従って,本研究の第一の目的は,空間分解能の向上とダイナミックレンジの拡大を含むSOCF法の高性能化とする.もう一つの面として,光トモグラフィなどの応用には,一般的にリアルタイム処理が希望されている.そのため,本研究では,SOCF法に適用できるパラレル処理手法に関する検討も,その高性能化の一面として取り上げる.本研究の第二の目的はSOCF法の応用を拡大することである.

 SOCF法の原理と特性を全面的且つシステム的に検討した.光スペクトラル変調とそれに同期した位相変調により,ほぼ任意形状の光波コヒーレンス関数が合成できる,とのことを確認した.他の周波数変調による光リフレクトメトリ技術と比較して検討した上で,SOCF法は,階段状の変調波形を用いるため,本質的に疑似連続可変を特徴とした広帯域波長可変レーザに適合している.空間分解能は光源の変調帯域と反比例しているので,このタイプの波長可変レーザの導入により,高分解能を要求する測定にSOCFを応用することが期待できる.

 疑似連続波長可変レーザのSOCFへの初めての応用として,一つの三電極構造DBRレーザを検討した.DBR電流とPC(位相調整)電流を事前測定で見つけた関係に従って変調すれば,等間隔の周波数変調が得られ,SOCF実験系の作動が確認できた.今までのSOCFシステムより若干良好な分解能が実現できたが,熱効果による変調のため,大幅に変調すると,時間が非現実的に長くなり,それによって,さらなる高分解能の達成には制限があった.

 以上の検討結果を踏まえて,四電極のSSG-DBR半導体レーザをSOCFに応用する研究を進めた.このような多電極レーザの光周波数変調に不可欠なことは厳密な事前校正である.そのために,専用のプロシージャを開発し,SSG-DBRレーザの変調特性の校正を行った.前SSG電流,後SSG電流とPC電流を事前校正した特性に合わせて変調すれば,等間隔で約4THzにわたる周波数変調ができた.この幅での理想的な変調は,約30mの空間分解能に対応している.このSSG-DBRレーザを用いて,SOCF系を構成した.電流源の変調スピード制限により,まず,約250GHzの全変調幅で変調して,デルタ関数状のコヒーレンス関数を合成した.また,参照光に位相変調を加えることにより,合成されたコヒーレンスピークをスキャンニングし,リフレクトメトリの実験を行った.図1に示したように,デルタ関数状のコヒーレンス関数がきれいに合成され,空間分解能は470mであった.次に,性能制限あるいは劣化要因について検討した.数値シミュレーションの結果により,温度変化で起こされた周波数変動は性能劣化の一番の原因であることを分かった.また,実験でも同じ結果を見出した.厳密な温度制御により,このような劣化を最小限にコントロールすることができる.今までの連続変調半導体レーザを用いた光周波数領域リフレクトメトリ(OFDR)などのシステムにおいて不可欠であった複雑な補正と比べると,ここでの温度コントロールの方が簡単且つ安定である.

 続いて,SOCFにおけるダイナミックレンジの拡大について研究した.ハミングウィンドなど窓関数を周波数変調に導入すれば,サイドローブを抑えることができると分かった.新たに光スペクトル強度変調によってハミングウィンドを実現する手法を提案し,実証した.図2に示したように,基礎実験で10dB以上のダイナミックレンジの拡大効果を得た.ハミングウィンドというのは,ある形状のパワースペクトラムを作成することなので,従って,新たに提案した手法は任意形状のコヒーレンス関数の合成にも適用できる.

図表図1.SSG-DBR半導体レーザを用いたSOCF実験結果 / 図2.スペクトラル強度変調によるSOCFにおけるハミングウィンド

 SOCF法の応用領域の拡大として,SOCF法による合成光コヒーレンストモグラフィ(SOCT)を提案して,散乱媒体の計測実験を行った.図3に示したように,ある多層構造を有する散乱サンプルのトモグラフィを観測した.非計測対象部分からの散乱の影響を除去するため,SSG-DBRレーザを用いて分解能の向上を図った.そのレーザの波長可変幅を全て活用すれば,よく知られている光コヒーレンストモグラフィ(OCT)と同レベルの分解能が得られる.ここで,SOCTでは光進行方向のスキャンニングは光波への位相変調で行なえるので,OCTで用いてきた機械的掃引が不要となる.従って,提案したSOCTではOCTより速い計測ができる.

図3.多層構造を有する散乱物体のトモグラフィ(a)サンプル構造;(b)100×100点トモグラフィ;(c)あるラインにおける散乱・反射分布.

 完全に機械的掃引なしのシステムを実現するには,1次元あるいは2次元のパラレル処理手法が必要となる.本論文では光波コヒーレンス関数の合成による光情報処理についての新しいシステムを検討した。光波コヒーレンス関数の合成により、3次元物体から任意の奥行きにある断面画像情報を抽出できる。画像情報を持つ干渉成分のみを選択的に取り出すため、マイクロチャネル空間光変調器(MSLM)を用いた2次元光ロックインアンプを構成して、これまで用いてきたホログラフィによる手法において存在した奥行き方向の空間分解能の制限を解除した。基礎実験で、選択的な画像情報の抽出を確認した。

 最後に,SOCF法を活用して,更に二つの応用システムも検討した.一つ目は,SOCF法が持っている選択的干渉機能と2次元干渉縞解析法に組み合わせることによって,多層構造を有する透明物体の各境界面の面形状を計測するものである.このシステムの性能に最も悪影響のある要因は非計測面に残ったコヒーレンスであり,前に紹介したハミングウィンドの導入によって低減することができる.もう一つは,光ファイバに沿って応力が掛った場所を検出するセンサである.任意形状のコヒーレンス関数の合成法を応用して,ある長さの偏波維持光ファイバにわたって線形のスロープ状コヒーレンス関数を合成すれば,このスロープはリアルタイムで応力が掛った場所をコヒーレンス関数の絶対値に変換する.干渉信号の振幅の計測で,応力場所が分かる.前述した光スペクトル強度変調による任意形状のコヒーレンス関数の合成手法によれば,もっと良好な分解能が得られることになる.

 本研究で性能向上を図ったSOCF法は,高い分解能と高い感度を達成し,機械的掃引もなく,数値計算も不要である.このような優れた特徴を持つSOCF法は,これからも分布型フォトニックセンシングの舞台で重要な役割を担当し,幅広い分野で応用されてゆくことと確信している.

審査要旨

 本論文は、「Synthesis of Optical Coherence Function:Performance Improvements and Applications in Multi-Dimensional Photonic Sensing(光波コヒーレンス関数の合成法:高性能化と多次元フォトニックセンシングへの応用)」と題し、半導体レーザ光源の直接周波数変調特性によって光波の周波数を変化させることにより光波コヒーレンス関数を合成する技術に関し、その性能向上を図るとともに、本技術を活用して複数のセンシングシステムを提案・実証したもので、英文にて書かれていて9章からなる。

 第1章は「序論」であり、反射光分布測定法がトモグラフィや光デバイス診断法として重要であることを述べた後、その実現手段としての「光波コヒーレンス関数の合成法(Synthesis of Optical Coherence Function:SOCF法)」は、機械的可動部分がない、数値処理が不要、空間分解能が可変、制御性のよいデジタル的な変調が利用できる、などの特徴を持つことを説明している。続いて、本論文では、この手法の空間分解能とダイナミックレンジの拡大を図り、複数の機能性センシングシステムを提案、実証することが目的であることが述べられている。

 第2章は「光波コヒーレンス関数の合成」と題し、本手法の原理と特性を全面的且つシステム的に検討している。光スペクトラル変調とそれに同期した位相変調により、任意形状の光波コヒーレンス関数が合成できる。他の周波数変調による光リフレクトメトリ技術と比較して、SOCF法は,階段状の変調波形を用いるため,本質的に疑似連続可変を特徴とした広帯域波長可変レーザに適合していることを説明している。空間分解能は光源の変調帯域と反比例しているので,このタイプの波長可変レーザの導入により、SOCFは高分解能を要求する測定に応用することが期待できる。

 第3章は「分布型ブラッグ反射鏡半導体レーザによる光波コヒーレンス関数の合成」と題する。疑似連続波長可変レーザのSOCF法への初めての応用として、三電極構造DBRレーザを検討している。DBR電流とPC(位相調整)電流を事前測定で見つけた関係に従って変調することで、等間隔の周波数変調が得られ、SOCF実験系の作動が確認できた。今までのSOCFシステムより若干良好な分解能が実現できたが、熱効果による変調のため、さらなる高分解能の達成には制限があった。

 第4章は「SSG-DBR半導体レーザによる光波コヒーレンス関数の合成」について述べている。このレーザは、特殊な分布型ブラッグ反射鏡を有する四電極の半導体レーザである。このような多電極レーザの光周波数変調に不可欠なことは厳密な事前校正である。そのために、専用のプロシージャを開発し、SSG-DBRレーザの変調特性の高精度な校正を可能にした。等間隔で約4THzにわたる周波数変調を実現した。この幅での理想的な変調は,約20mの空間分解能に対応している。このSSG-DBRレーザを用いて、SOCF系を構成した。電流源の変調スピード制限により、まず,約250GHzの全変調幅で変調して、デルタ関数状のコヒーレンス関数を合成した。また、参照光に位相変調を加えることにより、合成されたコヒーレンスピークをスキャンニングし、リフレクトメトリの実験を行った。空間分解能は470mであった。さらに、性能制限要因についても検討した。

 第5章は「窓関数による光波コヒーレンス関数の合成におけるダイナミックレンジの拡大」と題する。ハミングウィンドウなど窓関数を周波数変調に導入すれば、サブピークを抑えることができる。新たに光スペクトル強度変調法を提案し、ハミングウィンドウを実現する手法を提案・実証した。基礎実験において10dB以上のダイナミックレンジの拡大効果を得た。ここで新たに提案した手法は任意形状のコヒーレンス関数の合成にも適用できる。

 第6章は「合成光コヒーレンストモグラフィ」と題し、SOCF法の応用技術の拡大として,SOCF法による合成光コヒーレンストモグラフィ(Synthesized Optical Coherence Tomography:SOCT)を提案して、散乱媒体の計測実験を行った。多層構造を有する散乱サンプルのトモグラフィを実行した。非計測対象部分からの散乱の影響を除去するため,SSG-DBRレーザを用いて分解能の向上を図った。このレーザの波長可変幅を全て活用すれば,よく知られている光コヒーレンストモグラフィと同レベルの分解能が得られる。ここで、SOCTでは光進行方向のスキャンニングは光波への位相変調で行なえるので、OCTで用いてきた機械的掃引が不要となる。従って、提案したSOCTではOCTより速い計測ができると期待される。

 第7章は「マルチチャンネル空間光変調器による2次元光ロックインアンプを用いた光波コヒーレンス関数の合成による画像抽出」と題する。完全に機械的掃引なしのトモグラフィシステムを実現するには、1次元あるいは2次元のパラレル処理手法が必要となる。本章では光波コヒーレンス関数の合成による光並列情報処理についての新しいシステムを検討し、3次元物体から任意の奥行きにある断面画像情報の抽出を可能にした。画像情報を持つ干渉成分のみを選択的に取り出すため、マイクロチャネル空間光変調器を用いた2次元光ロックインアンプを構成して、従来用いられてきたホログラフィによる手法において存在した奥行き方向の空間分解能の制限を解除した。基礎実験で、選択的な画像情報の抽出を確認した。

 第8章は「光波コヒーレンス関数の合成法の関連応用技術」と題し、更に二つの応用システムを検討した。一つは、SOCF法が持っている選択的干渉機能と2次元干渉縞解析法を組み合わせることによって、多層構造を有する透明物体の各境界面の面形状を計測するものである。もう一つは、光ファイバに沿って応力が加わった場所をリアルタイムで検出するセンサである。いずれのシステムについても基礎実験に成功している。

 第9章は「結論」である。

 以上要するに、本論文は「光波コヒーレンス関数の合成法」に基づく反射光分布測定における空間分解能とダイナミックレンジを拡大するための手法を提案してこれを実証するとともに、本合成法に基づいて散乱性3次元物体に適用可能な光トモグラフィシステムを提案してその機能を確認し、さらに2次元光ロックインアンプの導入により、高空間分解能が実現でき、かつ並列処理が可能な光システムも提案・実証したものであって、電子工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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