学位論文要旨



No 114778
著者(漢字) 高木,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,ヒデキ
標題(和) 表面活性化法によるシリコンウェハの常温接合
標題(洋)
報告番号 114778
報告番号 甲14778
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4548号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 伊藤,寿浩
 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 助教授 市野瀬,英喜
 新潟大学 教授 大橋,修
内容要旨 1.本研究の背景と概要

 シリコンウェハは,集積回路などの電子デバイスばかりでなく,マイクロマシニングによるセンサデバイスなどの材料としても,その重要性がますます増大してきている.一方で,社会の高度情報化に伴い,携帯用情報端末の小型軽量化は非常な速度で進展しており,そのためのキーテクノロジーとして,様々なマイクロデバイスの組立・実装技術が工学として注目されるようになってきた.

 シリコンウェハの直接接合技術は,これらマイクロデバイスの最も高密度の組立法となる可能性を有しており,その適用が期待されてきた.しかしながら,従来のウェハー接合法では,十分な接合強度を得るためには1000℃という高温での熱処理を必要とし,このことが様々な応用において大きな障害となっている.一方,表面活性化法は,常温での接合を実現する方法として多くの期待が寄せられてきた.表面活性化法では,試料表面を覆っている吸着気体分子や各種の反応物質層を,真空中でのアルゴンビームエッチングなどにより除去し,そのまま真空中で接合を行う.アルゴンビームエッチング後の表面は,気体分子などの吸着した表面に比べて活性な状態にあると考えられることから,表面活性化法と呼ばれている.この方法では,接合界面での試料表面間の密着を常温で達成する必要があり,荷重による金属材料の塑性変形が必須であると考えられていたため,その適用は少なくとも一方が金属である系に限られていた.

 本研究では,以上のような問題を解決しウェハ接合の応用範囲を拡大するため,シリコンウェハの接合に表面活性化法を適用し,常温でのウェハ接合を実現した.同時に,接合時に試料を押しつけるような荷重を必要しない無加圧での接合を可能とした.シリコンのような塑性変形の期待できない材料同士の接合では,ウェハ表面が非常に平滑に研磨されていることが重要であり,試料の表面粗さは接合に大きな影響を持っている.本研究では接合の達成に必要な表面粗さの条件を定式化し,実験結果との対比からその有効性を証明することに成功した.また,2つの表面間に働く引力により接合界面での密着が達成されていることを明らかにした.さらに,接合界面の組織観察からこのような接合達成のメカニズムを検証するとともに,本接合法の重要な要素技術であるアルゴンビームエッチングの,接合界面の微細組織への影響についても検討を行っている.これらに加え,異種材料の接合についての検討では,ニオブ酸リチウムなどの圧電セラミックスとシリコンの接合に成功した.これらの材料の接合は,熱膨張のミスマッチのために,加熱を用いる従来の接合法では困難であり,常温での接合法は非常に有効な手段となると考えられる.

2.実験方法

 接合実験には,図1に示す試料を使用した.これらの試料ろ,表面の微小なパーティクルを除去するために,フッ酸および硫酸過酸化水素混液により洗浄した後,図2の真空装置に導入した.真空排気後,試料を接合用チャンバーの接合機構に移動し,表面をアルゴンビームでエッチングして,そのまま真空中で接合した.接合前のチャンバーの真空度は2×10-6Pa程度であり,アルゴンビーム照射時は0.1Pa程度の超高純度アルゴンガス雰囲気である.表面のエッチングにはサドルフィールド型の高速原子ビーム源を使用し,ビームのエネルギー約1keV,入射角度45°の条件で,エッチングレートは約0.06nm/secであった.接合強度は引張試験法により測定したが,シリコンのような脆性材料では破壊応力値は試料形状に依存するため,従来のウェハ接合法による接合体との比較により,評価を行った.

図1 接合実験・強度測定に用いた試料
3.主要な成果

 図3は,アルゴンビームによるエッチング時間およびエッチング量と,シリコンウェハ同士の接合強度の関係を示したものである.アルゴンビームによるエッチングに伴い接合強度は上昇し,約30sec,深さにして2nm程度のエッチングにより最大値に達する.オージェ電子分光法による表面分析から,このエッチング量は試料表面の吸着ガスや自然酸化膜を除去するのに必要なエッチング量と等しいことが示され,表面層の除去により常温での接合が可能になることが確認された.また,常温接合により得られた最大強度は,図3に示しているように.従来のウェハ接合法で1100℃の熱処理を行ったものとほぼ等しい.図4は引張試験後の破断面であるが,試料中央の接合部では母材内部からの破断が観察され,このことからも常温での接合により大きな強度が得られていることが確認できる.また,表面活性化法による常温での接合は微小構造にも適用可能であり,図5に示すように幅100ミクロン程度の微小接合部でも,強度測定後は母材内部からの破断が観察される.

図表図2 接合用真空装置の構成 / 図3 アルゴンビームエッチング量とシリコンの常温接合の強度,および従来のウェハ接合法との比較図表図4 引張試験後のシリコンの接合体の破断面図5 微小接合用のシリコンの試料形状と,接合体の破断面のSEM写真

 図6は,シリコンウェハの接合強度への接合時の荷重の影響をまとめたものである.接合時の荷重は強度には影響せず,0.02MPa程度の非常に小さな荷重でも接合が可能であるとともに,赤外線による透過観察などから欠陥のない均一な接合が得られる事が確認された.これに対し,図7に示すように,シリコンウェハの表面粗さは接合強度に大きく影響し,Rrmsで0.6nmを越えたあたりから接合強度は低下し始める.

 ここでは,意図的に長時間のアルゴンビームエッチングを行うことにより表面粗さを増大させ,原子間力顕微鏡(AFM)により測定した値を表面粗さの値として用いている.このような表面粗さの接合への影響について,図8に示すような,正弦波状の表面の接触モデルを仮定して解析を行った.接合界面近傍での微小変形による弾性エネルギーの増大と,接合界面での原子間結合形成によるエネルギー利得の比較から,接合達成の条件として

 

 が得られた.ここでEは試料のヤング率,vはポアソン比,は表面エネルギーである.これからわかるように,接合には表面粗さの大きさ(Rrms)だけでなく、その波長成分()も影響する.AFMの測定結果をもとに,いくつかの波長成分を仮定して,上式から接合に必要な表面粗さの条件を求めると,表1のようになる.これは,表2に示す実験結果とよく一致しており,接合のための表面粗さの条件式としての上式の有効性を実証している.また,これらの結果から,接合時には表面間の引力により接合界面での密着が達成され.外的な荷重は必要ないことがわかる.なお,透過電子顕微鏡(TEM)による観察から,図9のように接合界面近傍には残留応力が存在し,接合の際に界面近傍でミクロな弾性変形が起こっていることが確認されている.また,接合界面には図10のような厚さ数nmの中間層が存在する.これは,アルゴンビーム衝撃によりシリコンが非晶質化したものであると確認された.接合界面の非品質化による接合強度への影響はほとんど見られず,むしろ任意の結晶方位での接合が可能であるなどの利点となっている.

図6 接合時の荷重の接合強度への影響図表図7 シリコンの接合強度に及ぼす表面粗さの影響 / 図8 接合への表面粗さの影響の解析に使用したモデル図表表1 正弦波状の表面形状仮定した場合の表面粗さの許容値の計算結果 / 表2 シリコンの表面粗さと接合効果との関係

 図11は,異種材料ウェハの接合結果をまとめたものである.ニオブ酸リチウム(LiNbO3)やタンタル酸リチウム(LiTaO3)とシリコンの接合は,従来のウェハ接合法(Wafer Bonding:WB)では十分な接合強度が得られないが,アルゴンビームエッチングによる表面活性化法(Surface Activated Booding:SAB)を用いることにより,接合強度は大幅に向上する,図12に示すように,強度試験後には母剤からの破断が観察される.また,石英ウェハ(SiO2)とシリコンウェハの接合では,表面活性化法によっても十分な接合強度は得られないが,石英ウェハの表面に金属膜を形成することにより,接合強度が向上する.図11で「Pt」と示したように,石英ウェハ表面にチタン薄膜を介してプラチナ膜を形成し,表面活性化法によりSiと接合した場合,接合強度が大きく向上している.なお,ニオブ酸リチウムなどその他の材料のウェハ上に形成したプラチナ膜も,シリコンと直接接合が可能であり,金属膜を中間に持つ様々な構造の作製への応用も期待される.

図表図9 シリコン同士の接合界面近傍の残留応力 / 図10 接合界面の非晶質状の中間層 / 図11 表面活性化法(SAB)による異種材料の接合結果と従来のウェハ接合法(WB)との比較.(RT:室温)図12 表面活性化法により常温で接合したシリコンとニオブ酸リチウム接合体の破断面
4.まとめ

 本研究では,シリコンを中心としたウェハの常温接合を実現し,その基礎的特性と接合のための条件を明らかにした.さらに,この方法ではほぼ無加圧での接合が可能であることを実証した.これらにより,ウェハ接合法の応用範囲が大きく広がり,電子デバイスやマイクロマシンの高密度実装・組立への適用とともに,異種材料の直接接合による複合デバイスの実現などが期待される.

審査要旨

 本論文は,シリコンウェハを中心とするウェハ材料の,表面活性化法による常温での接合手法を開発するとともに,様々な接合条件が接合強度に与える影響の検討を通じて,常温でのウェハ接合を達成するための指針を明らかにしたものである.

 具体的には,シリコンウェハの接合に表面活性化法を適用することにより,非常に強固な接合を常温で達成する手法を開発している.これまでのウェハ接合法では1000℃以上の加熱が必要とされており,各種のマイクロデバイスを作製した後のウェハの接合は困難であったが,常温での接合の実現によりウェハ接合の適用範囲を大きく拡大する可能性を示したことが評価された.

 また,表面活性化接合法は,アルゴンなど不活性ガスの高エネルギービームによる試料表面のスパッタエッチングと真空中での接合により,常温で強固な接合を形成する技術として知られていたが,これまでその適用は軟質金属に限られていた.本研究では,シリコンのような脆性材料であっても表面活性化法により常温での接合が可能であることを示すとともに,接合強度や結合エネルギーに関して詳細な検討を行い,母材に匹敵する接合強度がえられることを示した点が評価された.

 さらに本接合法の応用と関連して,シリコンの微細加工プロセスにより作製した微小パターンを持つ試料の接合実験を行い,本研究で開発した常温でのウェハ接合法が数十マイクロメートルレベルの微小部の接合にも適用可能であることを実証した点が評価された.

 一方,マイクロデバイスにダメージを与えるもう一つの要因である接合時の加圧に関して,シリコンウェハのような非常に平滑な表面を持つ試料では,ほぼ無加圧での接合が可能であることを示している.これにより,常温・無加圧での接合を実現するとともに,試料へのダメージが非常に少ない接合プロセスを実現したことが評価された.

 上記と関連して,ウェハの表面粗さに関する条件を理論的に定式化するとともに,実験結果との定量的な対比からその有効性を実証している.表面粗さのウェハ接合への影響については,これまでにも多くの検討がなされてきたが,理論的な予想と実験結果との定量的な一致が得られたのは本研究が初めてであり,この点が高く評価された.

 また,表面活性化条件に関して,アルゴンビームによる表面のエッチングにより,試料表面の酸化膜を除去することが常温での接合形成に重要であることを示している.一方,アルゴンビームによるエッチングに伴い表面粗さが増大することを指摘し,試料表面粗さは接合に大きな影響を持つことと合わせて,常温での接合達成のためのアルゴンビームエッチング条件に関する指針を示したことが評価された.

 アルゴンビームエッチングに伴うもう一つの効果として,シリニンウェハ表面が非晶質化することを指摘し,このためシリコンウェハ同士の接合界面には厚さ数ナノメートル非晶質の中間層が存在する事を示している.同時に,この非晶質層は接合強度にはほとんど影響せず,むしろこれにより任意の試料の結晶方位関係において強固な接合が可能になることを示した点が評価された.

 表面活性化法による接合体の強度の材料への依存性に関して,シリコンの熱酸化膜および石英ウェハーの接合について検討し,これらの接合強度はシリコン同士の接合に比べ小さいことを示すとともに,その原因として表面原子の再構成による表面の安定化が影響している可能性を示した点が評価された.

 一方,表面活性化法により,圧電材料であるニオブ酸リチウムのウェハとシリコンウェハの直接接合が可能で,シリコン酸化膜の接合に比べ非常に大きな強度がえられることを示している.その理由としてアルゴンビーム衝撃に伴いニオブ酸リチウム表面の組成および電子構造が変化し,電気伝導度が増大することを指摘しており,表面活性化法における常温での接合達成のメカニズムを理解する上で重要な結果であると評価された.また,このような熱膨張係数の異なる材料の接合は,従来の加熱を用いるウェハ接合法では困難であり,これを実現した点も高く評価された.

 さらに,各種のウェハ上にスパッタ製膜により形成したプラチナ膜の接合について検討を行い,シリコンウェハとの直接接合が可能であることを示している.特に,表面粗さのためにプラチナ膜同士では接合が困難な場合においても,プラチナ膜とシリコンウェハの接合では非常に大きな強度がえられており,常温におけるプラチナとシリコンの間の化合物形成が,接合の形成を促進している可能性を指摘した点が,異種材料の常温接合に特有のメカニズムを示すものとして評価された.さらに,各種の材料のウェハ上に金属膜を形成することにより,表面活性化法による常温接合の適用範囲を大きく広げることが可能であることを示した点も高く評価された.

 このように本研究は,表面活性化法によるシリコンウェハの常温接合の基本的特性を明らかにするものであるとの評価が与えられた.また,それにとどまらず様々な材料への本接合法の適用を考える上での,数多くの指針を示している.同時に,表面活性化法によるウェハ材料の常温接合技術の開発は,従来のウェハ接合技術や表面活性化法による常温接合技術が抱えでいた,実用化における多くの問題を解決するものであると評価された.本研究の成果は,今後この接合法が様々なマイクロデバイスの組立・実装技術に適用されることにより,様々な機器の小型軽量化・高機能化の実現および生産技術の向上を通じて,これらの産業の発展に貢献することが期待されるとの評価が与えられた.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54743