学位論文要旨



No 114779
著者(漢字) トリヤント
著者(英字) Triyanto
著者(カナ) トリヤント
標題(和) カラムナリス病原因菌Flavobacterium columnareの分子遺伝学的な解析、同定および検出
標題(洋) Molecular Genetic Analysis,Identification and Detection of Flavobacterium columnare,the Causative Agent of Columnaris Disease
報告番号 114779
報告番号 甲14779
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2071号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若林,久嗣
 東京大学 教授 大和田,紘一
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 木暮,一啓
 東京大学 助教授 小川,和夫
内容要旨 内容

 Flavobacterium columnareは淡水魚の主要な病原細菌の一つであり、世界中に分布する。

 1922年に米国のDavisによって発見されBacillus columnarisと命名されて以来、久しく分類上の混乱が続いたが、Flavobacterium属の新しい定義が1996年にBernardetらによって提案され、同属に分類されることになった。F.columnareの菌株は、これまでにも産生するプロテアーゼやG+C含量や分子遺伝学的解析において不均一であることが指摘されており、種内変異についての検討が課題となっている。しかし、従来の性状試験ではF.columnareの種内変異を識別することができない。そこで、本研究では、分子遺伝学的な解析によってF.columnareにおける種内変異の存在を確認するとともに、種および遺伝型にそれぞれ特異性をもつPCRプライマーを開発してそれらの同定・識別あるいは検査試料からの検出を可能とした。

1.F.columnare菌株の遺伝学的型別1-1.16S rDNAのRFLP解析およびシークエンス解析

 種内変異の研究には1966年から1998年までに日本や外国においていろいろな魚種から分離されたF.columnareを23菌株を用いた。

 先ず、各菌株の16S rDNAについて5つの制限酵素の切断パターンをRFLPによって解析した。その結果、RFLP-type I、RFLP-type II、RFLP-type IIIの3つに型別され、それぞれ標準株を含む20株、2株(EK28とLP8)、1株(PH97028)に分かれた。

 つぎに、IAM14801T,FK401,ATCC49513,EK28,LP8,PH97028の6株を代表として16S rDNAのシークエンスを決定し、供試菌株のシークエンスをGeneBankから得た種々の菌のシークエンスと比較してクラスター解析を行った。その結果、供試菌株は相似率95%のレベルで3つのクラスターに分枝し、各クラスターはRFLP-typeと一致した。また、同じクラスター内の菌株間の相似率は99%以上であった。そこで、それぞれをgenomnic group I、II、IIIとした。

1-2.DNAの相関率と表現形質

 代表6菌株についてDNA-DNAハイブリダイゼーションをフォトビオチンラベルの定量ドットブロット法で行った。その結果、genomic groupの異なる菌株間の相関率は43.7〜73.1%の値を示し、その一方、同じgenomnic groupの菌株間では83.3〜97.0%の値であった。相関率70%以下を菌種を分ける基準の一つとするWayneら(1987)の提案に従えば、前記の3つのgenomic groupの間にはそれぞれ別の種に相当する差があることが明らかとなった。しかし、供試28菌株について実施した生物学的性状試験において菌株間で差異のあった性状は15℃と37℃における発育の有無と硝酸塩還元能だけであり、3者を識別する表現形質を見出すことは出来なかった。それゆえ、調べ得た生物学的性状試験結果からは、供試23株をすべてF.columnareに同定せざるを得ないと結諭された。そこで、本研究で明らかになった16S rDNA解析に基づくRFLP-type I/genomic group I、RFLP-type II/genomic group II、RFLP-type III/genomic group IIIの3つの菌株群をそれぞれF.columnareの遺伝型、すなわちgenomovar 1、2、3とすることを提案することとした。

1-3.16S-23S rDNAのスペーサー領域のRFLP解析とシークエンス解析

 供試23株めF.columnareについて16S-23S rDNAのスペーサー領域のRFLP解析をおこなった。ユニバーサルプライマーで増幅した約600bpの各菌株のスペーサー領域DNA断片について4つの制限酵素の切断パターンを比較した結果、genomovar 2と3をgenomovar 1と区別することは出来たがgenomovar 1はさらに3つの型に分かれた。

 そこで、RFLP解析による5つの型別をそれぞれ代表する菌株についてスペーサー領域のシークエンスを決定した。各供試菌株間の相似率は80.9〜99.6%であったが、genomovar 1と2は同じクラスターとなり区分することは出来なかった。また、すべての菌株にtRNAAla遺伝子およびtRNAIle遺伝子をコードする同一の領域があることが分かった。これらのことから、F.columnareの16S-23S rDNAのスペーサー領域の解析は分類学的には役に立たないと結論された。

2.PCRよるF.columnareの同定および検出

 シークエンス解析により、F.columnareの16S rDNAの72〜87番(E.coli numbering system)の塩基配列が種特異的であることが分かった。その配列に基づいて設計したフォワードプライマーCol-72F(GAAGGAGCTTGTTCCTTT)とリバースプライマーCol-1620R(GCCTACTTGCGTAGTG)とのセットによるPCRにおいて、供試したF.columnare23菌株のすべてから期待さるサイズのDNA断片が増幅された。一方、参照した他の菌種についてはすべて陰性であり、これによってF.columnareを種レベルで同定できることが分かった。つぎに前記の3つのgenomovarのPCRによる識別を検討した。供試菌株を先ず、Col-72FとCol-1620RのプライマーセットでPCRを行い、得られたDNA断片を下記の各genomovarに特異的なプライマーセットを用いて再度PCRを行うことによって識別できることが分かった。

 genomovar 1: Col-Ta: TTCAGATGGCTTCATTTG: 187-204

 Col-Tb: CCGTTTACGGGCGTTGGAATACAG: 819-797

 genomovar 2: Col-T1: ATTAAATGGCATCATTTA: 187-204

 Col一T2: TCGTTTACGGCGTGGACTACCA: 818-796

 genomovar 3: Col-T11: GATGTGGCCTCACATTGTG: 187-204

 Col-Tb: CCGTTTACGGGCGTTGGAATACAG: 819-797

 PCRは、F.columnareのspeciesおよび生物学的性状試験では識別できないgenomovarの迅速な同定手段として、分離菌株のみならず、検査試料からの検出手段としても有用であると考えられた。そこで、PCRによる保菌魚からのF.columnareの検出を試みた。すなわち、茨城県内水面水産試験場に依頼し、霞ヶ浦からの取水している場内の養魚池に飼育されていた当歳のマゴイを1997年7月から1998年5月まで毎月1ないし2回14〜32尾/回を無作為にサンプリングして-20℃で凍結保存した。これらの試料を解凍し、各魚の背鰭と鰓をそれぞれ少量のSTEバッファーとともにホモジナイズし、chelex-100法によりDNAを抽出し、先ず16S rDNAのユニバーサルプライマー(20Fと1500R)によりnested PCRを行い,つぎにCol-72FとCol-1620RのプライマーセットでPCRを行ってF.columnareの有無を調べた。つづいてF.columnareが検出された試料については、増幅されたDNA断片をテンプレートとしてさらに遺伝型特異プライマーセットによるPCRを行い、genomovarを判別した。その結果、全16回の調査における各供試魚群のF.columnareの保菌率は0〜78.6%であったが、夏から秋にかけて高く、冬から春に低い傾向がみられた。遺伝型別では、全調査魚数399尾に対するgenomovar 1の検出率が19.31%で、genomovar 2の0.75%とgenomovar 3の0.46%に比べて有意に高かった(P<0.05)。また、鰓からの検出率12.67%と背鰓からの検出率14.39%との間には有意差は認められなかった(P<0.05)。調査した養魚池では期間中にカラムナリス病の流行はなかったことから、たとえ流行がなくてもマゴイの鰓や鰭(体表)にはF.columnareが存在することが示唆された。これらの結果から、カラナリス病の予防のための検査技法として特異プライマーによるPCRが有用であると結論された。

 以上、本研究によら、F.columnareの菌株は、生物学的性状試験において均一であっても、分子遺伝学的観点からは不均一であることが明らかとなった。F.columnareに顕著な種内変異が存在することは、供試菌株の16S rDNA解析およびDNA-DNAハイブリダイゼーションによって明確となり、3つのgenomovarが識別された。分子遺伝学的解析によってF.columnareの標準菌株を含むgenomovar 1からgenomovar 2、3を分離して別種とし得るレベルの相違が認められたが、それらを表現形質をもって定義出来ないことと、供試菌株のなかに両者がそれぞれ2株と1株しかなかったことから、現状では種を提案せず、単に3つのgenomovarの存在を指摘するに止めるのが妥当と考察された。また、F.columnareの種および3つの遺伝型にそれぞれ特異的なPCR法が開発され、分離菌株の迅速同定法としてのみならず、保菌魚等の検査にも有効であり、霞ヶ浦のマゴイがかなり高い率で保菌していることが明らかとなった。開発されたPCR法が、今後、天然水域や養魚場において宿主や環境中のF.columnareをモニターする有力な手段として利用されることが期待される。

審査要旨

 淡水魚の主要な病原細菌の一つであるFlavobacterium columnareは、これまでにもG+C含量や分子遺伝学的解析において不均一であることが指摘されてきた。そこで本研究では、F.columnareの種内変異を解析し、種および遺伝型を明確にするとともに、PCRによるそれらの同定・検出法を確立することを目的とした。

1.F.columnare菌株の遺伝学的型別

 種内変異の研究には1966年から1998年までに日本や外国において種々の魚種から分離された23株のF.columnareを用いた。

 先ず各菌株の16S rDNAについて5つの制限酵素の切断パターンをRFLPによって解析した。その結果、RFLP-type I、RFLP-type II、RFLP-type IIIの3つに型別され、それぞれ標準株を含む20株、2株(EK28とLP8)、1株(PH97028)に分かれた。

 次に、6つの代表菌株の16S rDNAのシークエンスを決定し、供試菌株のシークエンスをGeneBankから得た種々の菌のシークエンスと比較してクラスター解析を行った。その結果、供試菌株は相似率95%のレベルで3つのクラスターに分枝し、各クラスターはRFLP-typeと一致した。また、同じクラスター内の菌株間の相似率は99%以上であった。それぞれをgenomic group I、II、IIIとした。

 さらに代表6菌株についてDNA-DNAハイブリダイゼーションを行った結果、genomic groupの異なる菌株間の相関率は43.7〜73.1%の値を示し、その一方、同じgenomic groupの菌株間では83.3〜97.0%の値であった。相関率70%以下を菌種を分ける基準の一つとするWayneら(1987)の提案に従えば、前記の3つのgenomic groupの間にはそれぞれ別の種に相当する差があることが明らかとなった。しかし、供試23菌株について実施した生物学的性状試験においては菌株間の差異が殆どなく、3者を識別する表現形質を見出すことは出来なかった。それゆえ、すべてF.columnareに同定せざるを得ないと結論された。そこで、本研究で明らかになった16S rDNA解析に基づくRFLP-type I/genomic group I、RFLP-type II/genomic group II、RFLP-type III/genomic group IIIの3つの菌株群をそれぞれF.columnareの遺伝型、すなわちgenomovar 1、2、3とすることを提案することとした。

2.16S-23S rDNAスペーサー領域の解析

 供試23株のF.columnareについてl6S-23S rDNAスペーサー領域のRFLP解析を行った。その結果、genomovar 1の菌株がさらに3つに型別され、genomovar 2と3の菌株はそれぞれ別の型となり、合計5つに型別された。

 それぞれの型を代表する菌株のスペーサー領域のシークエンスを決定したところ、各菌株間の相似率は80.9〜99.6%であった。また、genomovar 1と2は同じクラスターとなった。

3.PCRによる種およびgenomovarの同定と検出

 先ず16S rDNAを標的とするF.columnareの種に特異的なプライマーセットCol-72F/Col-1620Rを開発した。次に3つのgenomovarの同定を検討した結果、供試菌株を先ずCol-72F/CoL-1620RでPCRを行い、得られたDNA断片を3分して、genomovar 1、2、3にそれぞれ特異的なプライマーセットCol-Ta/Col-Tb、Col-T1/Col-T2、Col-T1/Col-Tbを用いて再度PCRを行うことによって可能となった。

 そこでさらにPCRによる保菌魚からのF.columnareの検出を試みた。すなわち、ある養魚池の当歳コイを毎月1ないし2回14〜32尾/回無作為にサンプリングして凍結保存し、検査に当たって各魚から背鰭と鰓を少しずつ切り取ってホモジナイズして試料とした。全16回の調査における各供試魚群の保菌率は0〜78.6%であったが、夏から秋にかけて高く、冬から春に低い傾向がみられた。遺伝型別では、全調査魚数399尾に対するgenomovar 1、2、3の検出率はそれぞれ19.31%、0.75%、0.46%であり、同養魚池にこれら3つのgenomovarが存在することが示唆された。

 以上、本研究により、F.columnareに顕著な種内変異が存在することが明らかとなり、3つのgenomovarが提案された。そして、種およびgenomovarにそれぞれ特異的なPCR法が開発され、分離菌株の種ならびにgenomovarの迅速同定法としてのみならず、保菌魚等の検査にも有効であることが明らかとなった。これらの成果は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位に直するものと認めた。

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