学位論文要旨



No 114785
著者(漢字) 中西,賢次
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ケンジ
標題(和) 非線型クラインゴルドンおよびシュレディンガー方程式に対するエネルギー空間での散乱理論
標題(洋) Scattering Theory in the Energy Space for Nonlinear Klein-Gordon and Schrodinger Equations
報告番号 114785
報告番号 甲14785
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第128号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 教授 俣野,博
 東北大学 教授 堤,誉志雄
内容要旨

 本論文では非線型波動を記述する二種類の方程式、即ち非線型クラインゴルドン方程式と非線型シュレディンガー方程式を取り扱い、解の時空大域的な性質、特に時刻無限大での漸近挙動について考察する。主目標は、解の挙動を制御できるある種の時空間ノルムに対して大域的アプリオリ評価を導出し、それによって波動作用素の漸近完全性を示す事である。ここで波動作用素とは、時刻無限大で(エネルギーノルムの意味で)互いに漸近するような、線型方程式(非線型相互作用を除いたもの)の解と非線型方程式の解の間で初期値の対応を与える写像であり、ここではその漸近完全性は、写像として(エネルギー空間で)全単射である事を意味する。この時、非線型方程式の定めるnonlinear flowがlinear flowと波動作用素によって表せる。方程式の形として非線型Klein-Gordonの場合の典型例を挙げると,

 

 ただし未知関数はu=u(t,x)で、m0,p>1は定数である。

 従来の方法では、エネルギー空間における漸近完全性は、空間次元をnとしてn3,pc:=1+4/ns:=1+4/(n-2)の場合のみ得られていた。この上の臨界冪psは、非線形エネルギーの冪ps+1がSobolev埋蔵定理の臨界指数となり線形エネルギーと同じスケール変換不変性を持つことから自然に現れる臨界値であり、この問題に限らず、微分幾何に関連した楕円型方程式などでも考えられている重要な指数である。

 第一部では、このSobolev臨界冪の非線型Klein-Gordon方程式で漸近完全性を示す。この結果は、非線型波動方程式の場合,すなわち、質量項m2uが無い場合には知られていたが、その方法は波動方程式に特有な、エネルギー分布が時刻無限大で光錐面付近に集まってくるという性質に依存したものだった。また、Sobolev臨界指数における一番の困難は、スケール不変性によってSobolev埋蔵定理のコンパクト性が破れるため、それに対応して、非線形エネルギー密度がある時空間の一点へ無限に集中してしまう可能性があることである。従来は、単にそのような無限集約は起こらないということしか分からなかった。私は、光錐を頂点付近で時間方向に二進分割し、線形エネルギーのある一部分に関して、その各二進区間上での最大値を総和したものは全エネルギーで抑えられるという事を示した。更に、その部分エネルギーは、一種のHardy型不等式を介して非線形エネルギーを抑える事を示し、非線形エネルギー集約の有界性を具体的に示す評価式を得た。つまり、非線形エネルギーが高密度な点を含む時間区間の数は、全エネルギーで決まるある有限個までということである。このHardy型不等式を用いる手法は、線形項の部分から評価を出せるので、非線形項についての条件が従来の方法より弱くてよいという利点もある。

 またこの結果においては、Sobolev臨界指数の非線型Schrodinger方程式について球対称解の場合に同様の問題を扱ったBourgainの論文[B99]が重要な手掛かりとなった。私は、上述のエネルギー集約に関する評価に、Bourgainのエネルギー分布と時空間ノルム分布を関連づける補題と有限伝播性とを組み合わせ、エネルギー分布の様子に関する考察により、望ましい時空間ノルムの局所的評価を得た。更にBourgainはSchrodinger方程式の特性を用い、集約波動を分離することでエネルギーを減らしていく方法を編み出した。これは、エネルギー散乱が遅れた場合にその原因となって現れるはずのエネルギーの塊を、(残りと比べて相対的に)時空間で局在化した集約波動として分離することで残りのエネルギーを減らし、それを繰り返すことで最終的に低エネルギーの問題に帰着させるという考え方である。私は上述の二進分割総和の評価を利用する別の論法により、似たような集約波動を分離する方法を非線型Klein-Gordonでも実現し、それによって時空間ノルムの大域的な評価を得て、漸近完全性を証明した。

 第二部では、これまでは空間3次元以上でしか得られていなかったp>pcでの漸近完全性を、空間1,2次元での非線型Klein-Gordon方程式と非線型Schrodinger方程式に拡張する。特に、2次元以下での非線型Klein-Gordon方程式では大きなエネルギーを持つ解の散乱に関する結果が無く、以前から大きな未解決問題と考えられていた(cf.[S78,pp.247])。その解決では、波動の散乱による解の減衰を測るための、新しい時空大域的なアプリオリ評価がかなめとなっている。従来使われていたMorawetz評価では、各時刻におけるラプラシアンの効果による空間的な解の拡散だけを測っていたが、私の得た新しい評価は波動の時間的拡散に沿って測るところが特長である。この評価はMorawetz評価の成立しない2次元以下でも使えるだけでなく、Morawetz評価では見えない、線形エネルギーの減衰に関する情報を持っている。それはKlainermanのinvariant Sobolev normに関する局所エネルギー減衰評価と見ることもできる。実際、その部分からSobolev型の不等式を介して非線型エネルギーを評価することでMorawetz評価と同様の情報を得ることもできるので、非線形項から直接非線型エネルギー減衰の情報を引き出すMorawetz評価よりも、非線型項に関する条件を緩められるという利点もある。なお、2次元以下の散乱においても、上述の集約波動分離の考え方が重要な役割を果たしている。これは、低次元になるほど線形基本解の時間的減衰の次数が悪くなるため、2次元以下では従来の単に時間を分割して考える方法では証明できなかったからである。この場合については、Sobolev臨界冪より低いために(2次元以下ではps=∞)regularityに余裕があることを利用して、Klein-GordonでもSchrodingerでも同様に通用する集約波動分離の方法を開発し、漸近完全性を証明した。

参考文献[B99]:J.Bourgain,Global wellposedness of defocusing critical nonlinear Schrodinger equation in the radial case,J.Amer.Math.Soc.12(1999),no.1,145-171.[S78]:W.Strauss,Nonlinear invariant wave equations,in "Invariant Wave Equations"(Erice 1977),197-249,Lecture Notes in Physics,no.78,Springer-Verlag,Berlin/Heiderberg/New York,1978.
審査要旨

 この論文は非線型波動現象を記述する方程式,非線型Klein-Gordon方程式(NLKG)□u+m2u+f(u)=0,m0および非線型Schrodinger方程式(NLS)i-△u+f(u)=0の解の時間t→±∞における漸近挙動を研究したものである。非線形項f(u)に対して次を仮定する:

 (H0)f(0)=0.あるF:C→Rが存在してF(z)=f(z)と書ける.

 (H1)NLSに対してはf(u)=f(|u|)(u/|u|)も仮定する。

 (H2)|f(u)-f(v)|C|u-v|L(|u|+|v|),ただしL()は次を満たす:

 114785f02.gif

 (H3)G(u)=Re(uf(u))-F(u)0,u∈C

 条件(H0),(H1)はエネルギー保存則を,(H3)は相互作用が反発力であることを保障する条件で,(H2)のp4/(n-2)はn=1,2では無視する。n3の時(H2)は非線型項がSobolev臨界指数型であることを意味する。

 この論文では漸近挙動を非線形散乱問題として定式化する。エネルギー空間XをNLKGに対しては114785f03.gif,NLSに対してはX={u:‖u‖X<∞}と定める。対応する線形方程式□u+m2u=0あるいはi-△u=0の解u±(t)に対して114785f04.gifなるNLKGあるいはNLSの解u(t)が存在する時,波動作用素W±をW±:u±(0)→u(0)で定義する。

 主定理fが条件(H0)〜(H3)をみたす時,任意のn=1,2,...に対して,NLKGの波動作用素はX上定義され,Xの全単射となる。n=1,2に対して,NLSの波動作用素はX上定義され,Xの全単射となる。

 NLKG,LNSのエネルギー空間での散乱理論の研究はSegal(1968)によって始められ,まずMorawetz-Strauss(1978),Lin-Strauss(1979)などによって,W±が原点Oの近傍で定義された同型写像であることが示された。これらはBrenner(1984)やGinibre-Velo(1985)などによって一般化され,n3の場合にp2<4/(n-2)のもとでW±が全空間Xの全単射であることが示された。臨界指数の場合にも非線形波動方程式(m=0の場合)に対してはBahouri-Shatah(1999)によって,W±の全空間Xでの全単射性が示されたが,m>0の場合,また低次元(n=1.2)の場合は依然として未解決問題として残されていた。

 低次元空間での困難は,高次元で有効なMorawetz評価式が2次元以下では不成立なことと,線形方程式の解の時間減衰が可積分的でないことによる。また臨界指数型非線形項をもつ波動方程式に対する方法がNLKGに適用できないのは,それがエネルギーの光錐表面への集中という波動方程式特有の性質を用いていることと,時間局所的評価から大域的評価を導くスケール不変性がNLKGに欠落しているためである。

 この論文ではこれらの困難を克服するため,まずNLKGの非線形エネルギーの集中を量的にコントロールする次の形の新しい評価式:

 114785f05.gif

 あるいは時空変数に依存する観測量を用いた新しいMorawetz型評価式

 114785f06.gif

 を確立する。そしてこれから得られる情報(と有限伝播性)を,Bourgain(1999)のエネルギー分布と時空ノルムの関連を与える補題と組み合わせて解の望ましい時間局所的評価を得る。更にBourgainがNLSの球対称解に対して用いた局在化エネルギー分離法を,上記の評価式を援用して,NLKGやNLSの一般の解に対して確立する。これによってW±の全空間での全単射性を示すのに必要な時間大域的な評価をエネルギーの大きさによる帰納法と時間局所的な評価から導いている。

 この様に,この論文は非線形Klein-GordonあるいはSchrodinger方程式の散乱理論において重要で困難であった未解決問題を新たな手法の創出と美しい論法によって解決した極めて質の高い論文である。よって,論文提出者中西賢次は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54117