可能な限り現実的に設定された高分解能の海洋大循環モデルをNCEP/NCARの再解析データで駆動し、1979年1月から1997年12月までのhindcast実験を行った。このモデルは黒潮流量の季節変動を振幅のみならず位相についてもよく再現しており(図1)、また経年変動については、流量と日本南岸における流路との関係(図2)がKawabe(1995)によって報告されている観測結果とよく一致していた。このことはこのモデルが実海洋における黒潮の変動をよく捉えていることを意味している。この数値実験の結果を特に黒潮海域について解析し、その流量の季節変動および経年変動のメカニズムについて調べた。具体的には、(1)式で表される渦度方程式の各項のバランスを、1)亜熱帯循環、2)黒潮反流および琉球海流、3)黒潮強流帯、4)四国沖暖水渦のそれぞれを取り囲む海域において考察した。 ここではそれぞれ鉛直平均された東西、南北流速、Dは水深、Ax,あyはそれぞれ鉛直平均された東西、南北方向の運動方程式の移流および拡教項、fはコリオリパラメタ、Pbは海底圧力、rs,rbはそれぞれ風応力、海底摩擦を表す。またJ(a,b)はヤコビアン演算子を表す。(1)式右辺第3項は流れと海底地形との相互作用を表す項で「海底圧力トルク」と呼ばれる。 図表図1:黒潮流量の季節変動。実線はモデルから得られた700m基準の流量、破線は700db基準の力学計算によって求められたもの(Hinata,1996)。 / 図2:黒潮の流量と日本南岸における黒潮の流路との関係。横軸はトカラ海峡の海表面平均流速を、縦軸は東シナ海のPN線を横切る700m基準の流量をそれぞれ表し、両者はそれぞれの標準偏差によって正規化されている。○印は黒潮大蛇行期のものを、×印は接岸流路期のものをそれぞれ表す。 まず季節変動について調べてみると、亜熱帯循環域においては1年を通じて主に惑星ベータ項と風応力の回転成分で釣り合っていることがわかる(図3)。夏と冬においては、更に海底圧力トルク項も無視できない。この海底圧力トルク項は伊豆-小笠原海嶺の東側において非常に大きな値を示しており、局所的な海底地形の影響が大洋スケールの循環に影響を与えていることが分かった。具体的には、伊豆-小笠原海嶺は海底圧力トルク項を通して、冬に風応力の回転で生成される南向きのスペルドラップ流と逆向きの質量輸送を生み、夏には同じ向きの質量輸送量を増やす働きをしており、その結果亜熱帯循環域で生成される南向き流量の季節変動を小さくしている。 黒潮反流および琉球海流が存在する南西諸島海域においては、亜熱帯循環域におけるバランスとは全く異なる様相を呈している。冬には移流項、惑星ベータ項および海底圧力トルク項が重要になっている(図4)。惑星ベータ項が負値をとることは、この海域における平均流が北向きであることを意味している。また海底圧力トルク項が大きいことは流れが海底に及んでいることを意味し、順圧的な北東向きの琉球海流が強く励起されていると言える。一方、夏には海底圧力トルク項が小さくなり、その結果惑星ベータ項が移流項と釣り合うように符合を変える。すなわち平均流の向きが北向きから南向きに転じる。これは冬に励起された琉球海流が弱まり、南西向きの黒潮反流が強まったことを反映している。以上のことは黒潮反流の季節変動が海底圧力トルク項の変動によって引き起こされていることを表しており、同様の結果が四国沖の暖水渦においても示された。 図表図3:亜熱帯循環域におけるトルクバランスの季節変動.実線は移流・拡散項、破線は惑星ベータ項、点線は海底圧力トルク項、一点鎖線は風応力および海底摩擦の回転成分、二点鎖線は時間変化項をそれぞれ表す. / 図4:黒潮反流および琉球海流海域におけるトルクバランスの季節変動.線種は図3に同じ. 次に経年変動の渦度収支を調べた。適応理論から予想されるように、亜熱帯循環域においてはスベルドラップの関係がほぼ成り立っていることが分かる。これは傾圧ロスビー波の伝播が完了したことによって、baroclinic compensationが達成されたことを示している。したがって、季節変動の場合とは異なり、本モデルでは伊豆-小笠原海嶺は亜熱帯循環系の年々変動にほとんど影響を及ぼさないことが分かった。 黒潮反流および琉球海流海域においては、季節変動の場合と同様に、海底圧力トルクの年々変動により平均流の向きや強さが変動していた。また日本南岸においては黒潮の流路変動や四国沖の暖水渦の強さによってトルクバランスが大きく変化することが示された。 結局、南西諸島海域および日本南岸の大陸斜面における海底圧力トルクに黒潮および黒潮反流の変動が大きく反映することが分かった。このことは、黒潮および黒潮反流の変動を理解するためには、現実に近い海底地形を海洋大循環モデルに取り入れることが不可欠であることを意味している。 |