学位論文要旨



No 114792
著者(漢字) 鍵本,崇
著者(英字)
著者(カナ) カギモト,タカシ
標題(和) 黒潮の流量変動の数値的研究
標題(洋) Numerical Study on Transport Variations of the Kuroshio
報告番号 114792
報告番号 甲14792
学位授与日 1999.10.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3668号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 平,啓介
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 助教授 安田,一郎
内容要旨

 可能な限り現実的に設定された高分解能の海洋大循環モデルをNCEP/NCARの再解析データで駆動し、1979年1月から1997年12月までのhindcast実験を行った。このモデルは黒潮流量の季節変動を振幅のみならず位相についてもよく再現しており(図1)、また経年変動については、流量と日本南岸における流路との関係(図2)がKawabe(1995)によって報告されている観測結果とよく一致していた。このことはこのモデルが実海洋における黒潮の変動をよく捉えていることを意味している。この数値実験の結果を特に黒潮海域について解析し、その流量の季節変動および経年変動のメカニズムについて調べた。具体的には、(1)式で表される渦度方程式の各項のバランスを、1)亜熱帯循環、2)黒潮反流および琉球海流、3)黒潮強流帯、4)四国沖暖水渦のそれぞれを取り囲む海域において考察した。

 

 ここではそれぞれ鉛直平均された東西、南北流速、Dは水深、Ax,あyはそれぞれ鉛直平均された東西、南北方向の運動方程式の移流および拡教項、fはコリオリパラメタ、Pbは海底圧力、rs,rbはそれぞれ風応力、海底摩擦を表す。またJ(a,b)はヤコビアン演算子を表す。(1)式右辺第3項は流れと海底地形との相互作用を表す項で「海底圧力トルク」と呼ばれる。

図表図1:黒潮流量の季節変動。実線はモデルから得られた700m基準の流量、破線は700db基準の力学計算によって求められたもの(Hinata,1996)。 / 図2:黒潮の流量と日本南岸における黒潮の流路との関係。横軸はトカラ海峡の海表面平均流速を、縦軸は東シナ海のPN線を横切る700m基準の流量をそれぞれ表し、両者はそれぞれの標準偏差によって正規化されている。○印は黒潮大蛇行期のものを、×印は接岸流路期のものをそれぞれ表す。

 まず季節変動について調べてみると、亜熱帯循環域においては1年を通じて主に惑星ベータ項と風応力の回転成分で釣り合っていることがわかる(図3)。夏と冬においては、更に海底圧力トルク項も無視できない。この海底圧力トルク項は伊豆-小笠原海嶺の東側において非常に大きな値を示しており、局所的な海底地形の影響が大洋スケールの循環に影響を与えていることが分かった。具体的には、伊豆-小笠原海嶺は海底圧力トルク項を通して、冬に風応力の回転で生成される南向きのスペルドラップ流と逆向きの質量輸送を生み、夏には同じ向きの質量輸送量を増やす働きをしており、その結果亜熱帯循環域で生成される南向き流量の季節変動を小さくしている。

 黒潮反流および琉球海流が存在する南西諸島海域においては、亜熱帯循環域におけるバランスとは全く異なる様相を呈している。冬には移流項、惑星ベータ項および海底圧力トルク項が重要になっている(図4)。惑星ベータ項が負値をとることは、この海域における平均流が北向きであることを意味している。また海底圧力トルク項が大きいことは流れが海底に及んでいることを意味し、順圧的な北東向きの琉球海流が強く励起されていると言える。一方、夏には海底圧力トルク項が小さくなり、その結果惑星ベータ項が移流項と釣り合うように符合を変える。すなわち平均流の向きが北向きから南向きに転じる。これは冬に励起された琉球海流が弱まり、南西向きの黒潮反流が強まったことを反映している。以上のことは黒潮反流の季節変動が海底圧力トルク項の変動によって引き起こされていることを表しており、同様の結果が四国沖の暖水渦においても示された。

図表図3:亜熱帯循環域におけるトルクバランスの季節変動.実線は移流・拡散項、破線は惑星ベータ項、点線は海底圧力トルク項、一点鎖線は風応力および海底摩擦の回転成分、二点鎖線は時間変化項をそれぞれ表す. / 図4:黒潮反流および琉球海流海域におけるトルクバランスの季節変動.線種は図3に同じ.

 次に経年変動の渦度収支を調べた。適応理論から予想されるように、亜熱帯循環域においてはスベルドラップの関係がほぼ成り立っていることが分かる。これは傾圧ロスビー波の伝播が完了したことによって、baroclinic compensationが達成されたことを示している。したがって、季節変動の場合とは異なり、本モデルでは伊豆-小笠原海嶺は亜熱帯循環系の年々変動にほとんど影響を及ぼさないことが分かった。

 黒潮反流および琉球海流海域においては、季節変動の場合と同様に、海底圧力トルクの年々変動により平均流の向きや強さが変動していた。また日本南岸においては黒潮の流路変動や四国沖の暖水渦の強さによってトルクバランスが大きく変化することが示された。

 結局、南西諸島海域および日本南岸の大陸斜面における海底圧力トルクに黒潮および黒潮反流の変動が大きく反映することが分かった。このことは、黒潮および黒潮反流の変動を理解するためには、現実に近い海底地形を海洋大循環モデルに取り入れることが不可欠であることを意味している。

審査要旨

 本学位論文は、太平洋を対象とした海洋大循環の高分解能の数値実験の結果を、特に、黒潮海域について解析することで、黒潮の流量の季節変動および経年変動を支配する力学機構に関する詳細な考察を行い、海底圧力トルクが果たす重要性を明らかにしたものである。

 申請者は、まず、太平洋を対象として可能な限り現実的に設定された高分解能の海洋大循環モデルをNCEP/NCARの再解析気象データで駆動し、1979年1月から1997年12月までのhindcast実験を行った。得られた計算結果を、特に黒潮海域に注目して調べたところ、黒潮流量の季節変動の観測結果を振幅のみならず位相についてもよく再現していた。また、経年変動についても、流量と日本南岸における流路との関係が、Kawabe(1995)によって報告されている観測結果と非常によく一致していた。以上のことから、申請者は、この数値モデルが現実をよく再現しているものと判断し、この数値実験の結果を、1)北太平洋の亜熱帯循環、2)黒潮反流および琉球海流、3)黒潮強流帯、4)四国沖暖水渦 のそれぞれを取り囲む海域で渦度方程式の各項のバランスを調べることで、黒潮の流量の季節変動および経年変動を支配する力学機構について考察を行った。

 まず、季節変動について調べてみると、北太平洋の亜熱帯循環域においては1年を通じて、主に惑星ベータ項と風応力の回転成分項がつりあっているが、夏と冬においては、更に、流れと海底地形との相互作用を表す項、いわゆる海底圧力トルク項も無視できないことが示された。この海底圧力トルク項は伊豆-小笠原海嶺の東側において大きな値をとり、局所的な海底地形の影響が、大洋スケールの循環にまで影響を与えていることがわかった。すなわち、伊豆-小笠原海嶺は、海底圧力トルク項を通して、冬に風応力の回転で生成される南向きのスベルドラッブ流と逆向きの質量輸送を、夏には同じ向きの質量輸送量を増やし、その結果、亜熱帯循環域で生成される南向き流量の季節変動を非常に小さくしている。一方、黒潮反流および琉球海流が存在する南西諸島海域においては、亜熱帯循環域におけるバランスとは全く異なる様相を呈し、冬には移流項、惑星ベータ項および海底圧力トルク項がバランスする。特に、この場合、惑星ベータ項は負となり、この海域での平均流が北向きであることを、また海底圧力トルク項が大きいことは、流れが海底にまで及んでいることを意味していることから、冬には、順圧的な北東向きの琉球海流が強く励起されていることがわかった。この順圧的な流れは、南西諸島の東側の海底斜面にプロックされて東シナ海に入り込めないため、冬期の黒潮流量は、スベルドラッブ流量から期待されるものより、かなり小さくなってしまうしまうことになる。これに対し、夏には海底圧力トルク項が小さくなり、その結果、惑星ベータ項が移流項と釣り合うように符合を変える。すなわち平均流の向きが北向きから南向きに転じる。いいかえれば、夏になると、冬に励起された琉球海流が弱まり、南西向きの黒潮反流が強まることがわかった。同様の結果は、四国沖の暖水渦の海域においても得られ、海底圧力トルク項が強くなる冬には、流れと海底地形との相互作用により正の渦度が生じるため暖水渦の強さが弱まること、一方、夏に海底圧力トルク項が小さくなってくると黒潮反流が次第に強まり、その結果、強い暖水渦が形成されることが明らかにされた。

 申請者はさらに経年変動の渦度収支を調べた。この時間スケールでは傾圧ロスビー波が大洋を東から西、横断し終えてしまうため、亜熱帯循環域ではほぼbaroclinic compensationが成立する。このため、季節変動の場合とは異なり、伊豆-小笠原海嶺は、亜熱帯循環系の年々変動にほとんど影響を及ぼさないことがわかった。これに対し、黒潮反流および琉球海流の海域においては、西進してきた暖水渦が南西諸島の東側斜面と相互作用し強化されるのに伴って、琉球海流が強くなるなど、上述した季節変動の場合と同様に、海底圧力トルクの年々変動と連関して、平均流の向きや強さが変動することが明らかにされた。また、日本南岸の海域では、黒潮が大蛇行路をとり、四国沖の暖水渦が強くなる期間には、惑星ベータ項が移流項と釣り合っていること、また、黒潮が直進路をとり、四国沖の暖水渦か弱くなる期間には、移流項、惑星ベータ項および海底圧力トルク項が重要になるなど、黒潮の流路や四国沖の暖水渦の強さに依存して、渦度パランスが大きく変化することも示された。

 以上をまとめると、申請者は、高解像度の数値モデルを用いた数値実験の結果の詳細な解析から、南西諸島海域および日本南岸の大陸斜面における海底圧力トルクが、黒潮および黒潮反流の変動を強くコントロールしていることをexplicitな形で初めて明らかにした。このことは、黒潮および黒潮反流の変動を理解するために、海底地形をできる限り現実に近い形で海洋大循環モデルに取り入れることが必要不可欠であることを明確に示したもので、黒潮の変動を支配する力学機構についての今後の理論的および数値的研究を方向づけたものとして高く評価できるものである。

 なお、本論文の一部は、指導教官である山形俊男教授との共同研究の成果であるが、申請者が主体となって数値計算および解析を行ったものであり、その寄与が十分であると判断できる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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