内容要旨 | | 同所的に生息する大型草食獣の資源利用に関する研究は,1970年代におもにアフリカと北アメリカで開始された.初期は種の違いに基づく「資源分割」の記述に力点が置かれていた.さまざまな地域の異なる組み合わせの有蹄類について「分割」が例示され,現在でも同じ流れの研究は続いている.しかし「分割」を示すだけでは種間関係を明らかにするには限界がある. 種間関係のうち,ある種の存在が他種にマイナスの影響を与える場合は「競争」と呼ばれる.ただし大型草食獣の研究においては,食物組成の重複を示すだけで種間は競争的であると結論されることがあった(例,チェコスロバキアの有蹄類).しかし食物の重複だけでは直接競争を示したことにはならない.もっとも効果的なのは,実験的にある種を除去し,その結果他種の個体数がどのように変化したかを示すことである.ただし大型草食獣ではそのような実験は困難であり,これまでそのような研究例は行われていない.しかし,生息地利用が重複し,その重複した生息地で食物が重複しており,しかも資源が不足するという3つの条件を示すことができれば,当該複数種の関係が競争的といえる.これまでの大型草食獣の研究では生息地と食物の重複については多くの研究が行われてきたが,資源不足を併せて示したのは,わずかにイングランドのPutman et al.(1996)の研究だけである.ただこの研究が対象としたのは家畜と移入動物であり,野生動物の本来の生息地においてこれら3条件を示した研究はまだ行われていない. 大型草食獣の異種間で食物の重複が起こる背景について,これまで相反する結果が得られている.一つは食物が乏しくなる時期に食物の重複が小さくなるというもので,例えばエチオピア高地の6種の有蹄類と霊長類に関する研究では乾期に食物の重複が小さくなり,これは「隔離」によって競争を避けた結果であると解釈された.このほかにも同様の結論はいくつかの研究で示されている. これらに対して,例数は少ないが,食物が乏しくなる時期に逆に食物の重複が大きくなるという報告もある.ブルノーに生息する3種の有蹄類の場合,2種間で冬に食物重複が大きくなった.また北アメリカのロッキー山脈の有蹄類でも同様の結果が得られている.この理由として,食物が乏しくなると選択の余地がなくなり,共通の利用可能な食物を利用せざるをえなくなるためであると説明されている.このように同所的に生息する大型草食獣の資源利用については,未解決の問題が残されている. 一方,大型草食獣は生態系において大きな影響を与える存在であること,同時に人間活動によって近年急速に生息地を失い,しばしば個体数が減少しているという点で保全上でもとくに重要な意味をもっている. この種の研究はこれまで主に温帯地域で行われてきた.熱帯ではアフリカ東部の乾燥地帯で研究蓄積があるが,そこはステップやサバンナが卓越し,動物が大規模な季節移動をするという点で特徴的である.これに対して南アジアの湿潤地帯ではほとんど研究が行われておらず,しかも多くの地域で自然破壊が急激に進んでいる.スリランカも例外ではなく.大型草食獣は公園などの狭い場所に閉じこめられ隔離されているため,その保全が急務となっている. 本研究はこのような背景からスリランカのワスガムワ国立公園に生息するアジアゾウ(Elephas maximus,以下ゾウ),アジアスイギュウ(Bubalis bubalus,以下スイギュウ),アクシスジカ(Axis axis)の3種について,資源利用をめぐる種間関係を明らかにし,これに基づいて保全上の提言をすることを目的としている. 調査地であるワスガムワ国立公園はスリランカの中央部に位置する面積350km2の公園で,年平均気温32℃の熱帯に属し,雨期と乾期がある.全体に森林が卓越しているが,調査を行った南部には,かつての焼き畑で作られた草原がある.ワスガムワは1984年に保護区から国立公園となったが,1960年以降周辺は開発が活発となり,現在は周囲を耕作地に囲まれており,家畜が公園内に侵入するなどの問題がある. 定められたルートを自動車によって個体数調査した結果,ゾウ,スイギュウ,アクシスジカのバイオマスは5トン/km2にも達する非常に大きいものであることを明らかにした. 生息地を6タイプに類型し,それぞれにおける各種の選好性をPianka(1973)の重複指数によって表現したところ,選択的に利用された生息地タイプは,ゾウでは草原,スイギュウでは草原と湿地,アクシスジカでは「島状林」(草地の中に島状に孤立する小林分)と草原,林縁であり,逆に避けられていたのは,ゾウでは森林,スイギュウでは森林,林縁,低木,アクシスジカでは森林,低木であることを示した.全体としては森林が避けられ,草原が好まれる傾向があり,スイギュウが湿地を,アクシシジカが「島状林」を選択するのが特異的であることを明らかにした. 食性は糞分析法により,3種の野生草食獣のほか家畜ウシについても分析した.4種ともグラミノイド(イネ科とカヤツリグサ科)を主食としており,ゾウでは59-75%,スイギュウでは90%,ウシでは92-96%,アクシスジカでは72-88%を占めていた.イネ科の表皮細胞は種ごとに特徴的であるため,従来「イネ科」としてまとめられていたものを,種または属レベルで識別した.これにより,草食獣の食性について種間の異同を明瞭に示した.個々の種の食性分析に基づき,種間の重複をPianka(1973)の重複指数によって表し,スイギュウとウシはきわめて重複が大きく,雨期も乾期も第1位であることを示した.そのほかの種では季節によって違い,雨期にはスイギュウとアクシスジカが2位,ウシとアクシスジカが3位であり,乾期にはウシとアクシスジカが2位,スイギュウとアクシスジカが3位であることを示した.これらの結果から反芻獣,中でも体格と系統の近いスイギュウとウシは共通性が大きいと結論した.食性からみる限りゾウは他の3種とかなり異なることを示した.そして季節的にはすべての組み合わせで雨期よりも乾期に重複が大きくなることを示した. 一方,公園内の草原に生育する主要イネ科8種を採食のない場所に移植し,草丈がEchinochloa colonumで2.8cmから80cm(29倍),Dactyloctenium aegypticumで1.8cmから45cm(26倍)など,すべての種で大幅に回復したことを示した.また乾期には植物の推定現存量が約4分の1に大きく減少し,被度も有意に減少して裸地が拡大したことを示した.これらの結果から,乾期にこれら草食獣の食物が不足すると結論した. 以上,1)ゾウ,スイギュウ,アクシスジカの3種とも草原を選択的に利用していた,2)3種ともイネ科を主食としており,重複が大きかった,3)家畜ウシの食性も野生獣のそれと重複が大きかった,4)これら食物の重複は食物の乏しい乾期に大きくなった,5)主食であるイネ科は強い採食圧を受けており,草食獣にとって食料は不足していることを示している.そして,これらの結果は,ワスガムワ国立公園の3種の大型草食獣は資源利用において競争的であることを示唆するとした.これは従来の多くの研究の結論とは反するものであり,その背景として,公園周辺の開発によりこれら野生草食獣が公園内に閉じこめられる形で生息し,そこで高密度になっていること,これに加えて公園外から家畜ウシが侵入し,生息地利用においても食料利用においても野生草食獣にマイナス効果を与えていることなどを指摘した. これらに基づき,生息地の植生のダイナミズムを考慮した生息地管理,公園内からの家畜の締め出し,パイロット実験による草原創生の試み,研究体制の確立などを提言した. |
審査要旨 | | 同所的に生息する大型草食獣の資源利用に関する研究は,1970年代におもにアフリカと北アメリカで開始された.初期は種の違いに基づく「資源分割」の記述に力点が置かれていた.さまざまな地域の異なる組み合わせの有蹄類について「分割」が例示され,現在でも同じ流れの研究は続いている.しかし「分割」を示すだけでは種間関係を明らかにするには限界がある. 種間関係のうち,ある種の存在が資源利用において他種にマイナスの影響を与える場合は「競争」と呼ばれる.ただし大型草食獣の研究においては,食物組成の重複を示すだけで種間は競争的であると結論されることがあった(例,チェコスロバキアの有蹄類).しかし食物の重複だけでは直接競争を示したことにはならない.もっとも効果的なのは,実験的にある種を除去し,その結果他種の個体数がどのように変化したかを示すことである.ただし大型草食獣ではそのような実験は困難であり,これまでそのような研究例は行われていない.しかし,生息地利用が重複し,その重複した生息地で食物が重複しており,しかも資源が不足するという3つの条件を示すことができれば,当該複数種の関係が競争的といえる.これまでの大型草食獣の研究では生息地と食物の重複については多くの研究が行われてきたが,資源不足を併せて示したのは,わずかにイングランドのPutman et al.(1996)の研究だけである.ただこの研究が対象としたのは家畜と移入動物であり,野生動物の本来の生息地においてこれら3条件を示した研究はまだ行われていない. 大型草食獣の異種間で食物の重複が起こる背景について,これまで相反する結果が得られている.一つは食物が乏しくなる時期に食物の重複が小さくなるというもので,例えばエチオピア高地の6種の有蹄類と霊長類に関する研究では乾期に食物の重複が小さくなり,これは「隔離」によって競争を避けた結果であると解釈された.このほかにも同様の結論はいくつかの研究で示されている. これらに対して,例数は少ないが,食物が乏しくなる時期に逆に食物の重複が大きくなるという報告もある.ブルノーに生息する3種の有蹄類の場合,2種間で冬に食物重複が大きくなった.また北アメリカのロッキー山脈の有蹄類でも同様の結果が得られている.この理由として,食物が乏しくなると選択の余地がなくなり,共通の利用可能な食物を利用せざるをえなくなるためであると説明されている.このように同所的に生息する大型草食獣の資源利用については,未解決の問題が残されている. 一方,大型草食獣は生態系において大きな影響を与える存在であること,同時に人間活動によって近年急速に生息地を失い,しばしば個体数が減少しているという点で保全上でもとくに重要な意味をもっている. この種の研究はこれまで主に温帯地域で行われできた.熱帯ではアフリカ東部の乾燥地帯で研究蓄積があるが,そこはステップやサバンナが卓越し,動物が大規模な季節移動をするという点で特徴的である.これに対して南アジアの湿潤地帯ではほとんど研究が行われておらず,しかも多くの地域で自然破壊が急激に進んでいる.スリランカも例外ではなく,大型草食獣は公園などの狭い場所に閉じこめられ隔離されているため,その保全が急務となっている. 本研究はこのような背景からスリランカのワスガムワ国立公園に生息するアジアゾウ(Elephas maximus,以下ゾウ),アジアスイギュウ(Bubalis bubalus,以下スイギュウ),アクシスジカ(Axis axis)の3種について,資源利用をめぐる種間関係を明らかにし,これに基づいて保全上の提言をすることを目的としている. 調査地であるワスガムワ国立公園はスリランカの中央部に位置する面積350km2の公園で,年平均気温32℃の熱帯に属し,雨期と乾期がある.全体に森林が卓越しているが,調査を行った南部には,かつての焼き畑で作られた草原がある.ワスガムワは1984年に保護区から国立公園となったが,1960年以降周辺は開発が活発となり,現在は周囲を耕作地に囲まれており,家畜が公園内に侵入するなどの問題がある. 定められたルートを自動車によって個体数調査した結果,ゾウ,スイギュウ,アクシスジカのバイオマスは5トン/km2にも達する非常に大きいものであることを明らかにした. 生息地を6タイプに類型し,それぞれにおける各種の選好性をPianka(1973)の重複度指数によって表現したところ,選択的に利用された生息地タイプは,ゾウでは草原,スイギュウでは草原と湿地,アクシスジカでは「島状林」(草地の中に島状に孤立する小林分)と草原,林縁であり,逆に避けられていたのは,ゾウでは森林,スイギュウでは森林,林縁,低木,アクシスジカでは森林,低木であることを示した.全体としては森林が避けられ,草原が好まれる傾向があり,スイギュウが湿地を,アクシスジカが「島状林」を選択するのが特異的であることを明らかにした. 食性は糞分析法により,3種の野生草食獣のほか家畜ウシについても分析した.4種ともグラミノイド(イネ科とカヤツリグサ科)を主食としており,ゾウでは59-75%,スイギュウでは90%,ウシでは92-96%,アクシスジカでは72-88%を占めていた.イネ科の表皮細胞は種ごとに特徴的であるため,従来「イネ科」としてまとめられていたものを,種または属レベルで識別した.これにより,草食獣の食性について種間の異同を明瞭に示した.個々の種の食性分析に基づき,種間の重複をPianka(1973)の重複度指数によって表し,スイギュウとウシはきわめて重複が大きく,雨期も乾期も第1位であることを示した.そのほかの種では季節によって違い,雨期にはスイギュウとアクシスジカが2位,ウシとアクシスジカが3位であり,乾期にはウシとアクシスジカが2位,スイギュウとアクシスジカが3位であることを示した.これらの結果から反芻獣,中でも体格と系統の近いスイギュウとウシは共通性が大きいと結論した.食性からみる限りゾウは他の3種とかなり異なることを示した.そして季節的にはすべての組み合わせで雨期よりも乾期に重複が大きくなることを示している. 一方,公園内の草原に生育する主要イネ科8種を採食のない場所に移植し,草丈がEchinochloa colonumで2.8cmから80cm(29倍),Dactyloctenium aegypticumで1.8cmから45cm(26倍)など,すべての種で大幅に回復したことを示した.また乾期には植物の推定現存量が約4分の1に大きく減少し,被度も有意に減少して裸地が拡大したことを示した.これらの結果から,乾期にこれら草食猷の食物が不足すると結論している. 以上,本研究は,1)ゾウ,スイギュウ,アクシスジカの3種とも草原を選択的に利用していた,2)3種ともイネ科を主食としており,重複が大きかった,3)家畜ウシの食性も野生獣のそれと重複が大きかった,4)これら食物の重複は食物の乏しい乾期に大きくなった,5)主食であるイネ科は強い採食圧を受けており,草食獣にとって食料は不足していることを示している.そして,これらの結果は,ワスガムワ国立公園の3種の大型草食獣は資源利用において競争的であることを示唆するとしている.これは従来の多くの研究の結論とは反するものであり,その背景として,公園周辺の開発によりこれら野生草食獣が公園内に閉じこめられる形で生息し,そこで高密度になっていること,これに加えて公園外から家畜ウシが侵入し,生息地利用においても食料利用においても野生草食獣にマイナス効果を与えていることなどを指摘している. これらに基づき,生息地の植生のダイナミズムを考慮した生息地管理,公園内からの家畜の締め出し,パイロット実験による草原創生の試み,研究体制の確立などを提言している. 以上,本論文は南アジアの大型草食獣の生息地利用,食性に関する初めての定量的研究であり,スリランカの閉鎖的環境に閉じこめられた大型草食獣が,資源利用において競争的であることを実証的に示したもので,動物生態学および保全生物学に貢献するところが少なくない.よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた. |