内容要旨 | | 本論文では,新しいマニピュレーション-リリース型マニピュレーションを提案した.「リリース型マニピュレーション」とは,従来のPick-and-Placeのようにマニピュレータハンドにより対象物を堅く把持して操作を行なうのではなく,床面上の対象物にマニピュレータハンドの弾く操作により速度を与え,マニピュレータから離れて摩擦力の作用の下で,慣性によって目標位置に到着させるより一般的な操作手法である.従来のマニピュレーションに比べて,操作が簡単,操作範囲が広い,操作時間が速い,マニピュレータハンドの機構が簡単などの特長がある. リリース型マニピュレーションでは主な以下の五つの研究問題がある. 1番目は摩擦力によって対象物の初速度から対象物の移動距離・回転角度を求める問題である.この問題は対象物の並進運動と回転運動が結合しているから,非常に複雑である.対応する手法としては,面接触の滑りモデルを作り,数値計算及び類推手法によって,任意形状対象物の停止位置 ・姿勢と速度変化などを求めることが可能になり,以下の重要な結論が得られた: ・対象物の軌跡は,対象物の形状よらず,直線或いは近似直線である. ・運動中対象物の並進速度と回転速度の比は,対象物の並進初速度と回転初速度によらず,ある定数に近づく(この定数は対象物のパラメータに決定される).従って,対象物の形状によらず,対象物の並進運動と回転運動が同時に止る. ・対象物の移動距離,回転角度,及び運動時間は初速度と伴に単調増加し,床面の摩擦係数と反比例する. ・対象物の移動距離,回転角度は形状によらず,主に対象物の質量,慣性モーメント,及び初速度に決定される.従って,ある対象物の運動は,質量と慣性モーメントが同じ他の対象物の運動を近似することができる. ・対象物の運動は主に並進運動の場合,初速度が同じであれば,任意形状の対象物の移動距離・回転角度がほぼ同じである.移動距離は並進初速度の2乗に比例し,回転初速度とほぼ無関係である.回転角度は並進初速度と回転初速度両方と比例関係にある.また,リリース型マニピュレーションでは,対象物の運動は主に並進運動である. ・対象物の運動が主に回転運動である場合,初速度が同じ,慣性モーメントがkの2乗倍になると,任意形状の対象物の移動距離・回転角度がk倍に増加する.移動距離は並進初速度と回転初速度両方と比例関係にある.回転角度は回転初速度の2乗に比例し,並進初速度とほぼ無関係である. 2番目はマニピュレータハンドの弾く速度・弾く位置から対象物の初速度を求める問題である.本論文では,Routh-Poisson手法を用いて,衝突モデルを作り,このモデルを用いて,マニピュレータハンドの弾く速度・弾く位置から対象物の初速度を求めることが可能になった. 3番目は1番目の問題の逆,対象物の目標位置・姿勢から対象物の必要な初速度を求める問題である.この問題に対する手法としては,対象物の移動距離・回転角度と初速度の関係を表すデータベースを用いて,対象物の目標位置・姿勢から対象物の必要な初速度を求めることができた. 4番目は2番目の問題の逆,対象物の初速度からマニピュレータハンドの必要な弾く速度・弾く位置を求める問題である.この問題への対処法としては,3番目と同じ,対象物の初速度とマニピュレータハンドの弾く速度・弾く位置の関係を表すデータベースを用いて,対象物の初速度からマニピュレータハンドの必要な弾く速度・弾く位置を求めることができた. 5番目は対象物の停止位置・姿勢の精度を改善する問題である.衝突モデルと滑りモデルでは,モデル化或いはパラメータ調節ができない不確実性があるので,対象物の停止位置・姿勢精度を向上するために学習制御を導入する必要がある.本論文では,収束条件と最適化に基づいて,2つの繰り返し学習制御,LCBCC(Learning Control Based on Convergent Condition)とLCBOP(Learning Control Based on Optimal Principle)を提案した.システムの情報が未知或いは不充分である場合,LCBCCを用いて,対象物を目標位置・姿勢に到着させながら,システムの情報を蓄積する.この手法を用いて,3,4回の試行後対象物の停止位置・姿勢の誤差は20-30%から5%以内に収束させることができた.従って,システムの情報も充分獲得するができる.システムの情報を充分獲得した後,LCBOPを使えば,より速い収束速度,より良い精度ができる.LCBOPを用いて,わずか1,2回の試行後,対象物の停止位置・姿勢は5%以内に収束した.更に数回の試行の後,停止位置の誤差は1%以内に収束した. 本論文では,マニピュレータ,対象物及び環境の間の物理的な相互作用を制御対象としたが,このアプローチは非線型性や不確実性のある他の問題にも適用可能である. 本論文では,対象物の衝突運動,滑り運動の力学的理解および学習制御の利用によって,簡単なマニピュレータおよび簡単な操作で,対象物の到達範囲が広くて,対象物を目標位置・姿勢に運ぶことができるリリース型マニピュレーションを確立した. |
審査要旨 | | 朱赤(しゅせき)提出の本論文は英文で記述され"Releasing Manipulation and Its Learning Control for Positioning"(和文名リリース型マニピュレーションと位置決め用の学習制御)と題し,全10章よりなる.本論文では,新しいマニピュレーション-リリース型マニピュレーションを提案し,実現を研究している.「リリース型マニピュレーション」とは,従来のPick-and-Placeのようにマニピュレータにより対象物を堅く把持して操作を行なうのではなく,床面上の対象物をマニピュレータが弾くあるいは押し出す操作により速度を与え,対象物が床面を滑って運動し,慣性によって目標位置に到着させる一般的な操作手法である.従来の物体操作方法に比べて,操作が簡単,操作範囲が広い,操作時間が速い,マニピュレータの機構が簡単などの特長がある. リリース型マニピュレーションは日常見られる物体操作方法であるが,以下の5つの研究問題があり,利用は進んでいなかった. 1番目は「対象物の初速度から対象物の移動距離・回転角度を求める問題」である.この問題は対象物の並進運動と回転運動が結合しているため,非常に複雑である.対応する手法としては,面接触の滑りモデルを作り,数値計算及び外挿手法によって,任意形状対象物の停止位置・姿勢と速度変化などを求めることを可能とした. 2番目は「マニピュレータの弾く速度・弾く位置から対象物の初速度を求める問題」である.本論文では,Routh-Poisson手法を用いて,衝突モデルを作り,このモデルを用いて,マニピュレータの弾く速度・弾く位置から対象物の初速度を求めることが可能になった. 3番目は1番目の問題の逆問題「対象物の目標位置・姿勢から対象物の必要な初速度を求める問題」である.この問題に対する手法としては,対象物の移動距離・回転角度と初速度の関係を予め計算して表を準備し,対象物の目標位置・姿勢から必要な初速度を求めることができた. 4番目は2番目の問題の逆問題「対象物の初速度からマニピュレータの必要な弾く速度・弾く位置を求める問題」である.この問題への対処法も予め計算した表を用いた. 5番目は「対象物の停止位置・姿勢の精度を改善する問題」である.リリースマニュピュレーションは衝突と滑りとを含むので,不確実性が高い.その対処法として,対象物の停止位置・姿勢精度を向上するために学習制御を導入した. このようにそれぞれの問題を確実に解決をすることで,今まで困難であった複雑形状の対象物を滑らせて目標位置に停止することが可能となった. 第1章では,研究の背景を説明し,研究の目的と論文の構成を述べている.リリース型マニピュレーションの重要性について論じている. 第2章では,従来のマニピュレーション研究を概観している.今までのPick-and-Placeと呼ばれる掴み運搬動作と比較して,リリース型マニピュレーションの特徴を述べ,これに関連する研究の流れを論じている. 第3章では,リリース型マニピュレーションを応用する方法として,動作単位を定義し,それらの組合せとして応用的な動作も定義している. 第4章では,本研究で使用した実験装置について説明している.実験では位置計測や速度計測が必要となり,視覚装置を使用している.そのためのキャリブレーション方法についても言及して,対象物測定精度の向上について議論している. 第5章では,第一の問題である「対象物の初速度から対象物の移動距離・回転角度を求める問題」についてモデルを立て,扱っている.回転のみの運動,並行移動のみの運動,そしてそれらの併合運動について,数値解を用いて運動の様子を明らかにしている,対象物としては円盤から長方形,そして不定形板まで扱っている. 第6章では,第二の問題である「マニピュレータの弾く速度・弾く位置から対象物の初速度を求める問題」を扱っている.インパクトは解析しにくい現象であり,単純化して扱う. 第7章では,逆問題について扱っている.目標とする位置姿勢に対象物を弾くため必要なロボットの手先速度と接触位置とを計算する. 第8章では,本論文のもう一つの目的である「学習制御による位置精度の改善」を扱っている.摩擦や引っ掛かりといった対象物面の影響を受け易いマニピュレーションで有るため,試行毎の変動はやむを得ないが,パラメータ推定の誤差を減らし,かつ,モデル化できない部分の変動へ対応する為に,2つの繰り返し学習制御,LCBCC(Learning Control Based on Convergent Condition)とLCBOP(Learning Control Based on Optimal Principle)を導入している. 第9章では,実際に学習制御を行い,その評価をしている.環境情報が未知或いは不充分である場合,LCBCCを用いて,対象物を目標位置・姿勢に到着させながら情報を蓄積する.この手法を用いて,3,4回の試行後,対象物の停止位置・姿勢の誤差は20-30%から5%以内に収束させることができた.LCBOPを用いた場合には,わずか数回の試行後,対象物の停止位置・姿勢は5%以内に収束し,さらに数回の試行の後,停止位置の誤差はより収束した. 第10章は「結論」で,対象物の衝突運動,滑り運動の力学的理解および学習制御の利用によって,簡単なマニピュレータおよび簡単な操作で,対象物の到達範囲が広くて,対象物を目標位置・姿勢に運ぶことができるリリース型マニピュレーションを確立したことをまとめている. 以上を要約するに,本研究により,今までは機械では困難であったリリース型マニピュレーションを小数回の試行により,目標位置に安定的に位置決めする事が可能となった.これにより,ロボットラインが自由に構成できるなど産業利用へ大きな貢献をしたと言える.このことにより,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である. よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる. |