流体機械において、局所的に圧力が低下し蒸気圧以下になるとキャビテーションと呼ばれる現象が起こる。もともと、船のプロペラがキャビテーションエロージョンによる損傷を受け航行不能に陥ったのが、キャビテーションの発見だったといわれている。それ以来、キャビテーション現象の理解が深まり、キャビテーションを防止して流体機器の性能を向上させようとする研究や、エロージョンあるいは騒音の定量的な予測法の開発が進んできた。いまでは逆にキャビテーションの特性を、医療、切削、洗浄などの分野に応用しようとする向きも盛んになりつつある。 しかし、キャビテーション現象の中でもとりわけ有害なキャビテーションであるクラウド・キャビテーションが本格的に研究されるようになったのは比較的最近のことである。クラウド・キャビテーションとは、翼型などの流体機器に発生したシート・キャビテーションが流場中で安定に存在することができず、キャビテーション気泡群に分裂してできたキャビテーションのことをいう。このクラウド・キャビテーションの放出周波数は通常の条件で数十Hz、時には数百Hzにも達する。このように現象が高速で、複雑な気液二相流であるということが研究の発展の障害となり、シート/クラウド・キャビテーション現象の詳しい構造は知られていなかった。 流体機器に発生するエロージョンや騒音などの研究では、ある作動条件のもとである時間機器を運転するとどれほどのエロージョンや騒音が発生するか、といった経験に頼ったものが多かった。しかし、これでは流体機器の数だけ模型試験あるいは実機試験を行う必要があるばかりでなく、同じ流体機器についても作動条件ごとの網目計測が必要になり、はなはだ非効率的である。また、原子力プラントやロケットの配管など安全上万全を期すべき場所では、あらかじめどのようなキャビテーションが発生して、どのような被害を及ぼすのかが正確に予測できねばならない。このように臨機応変に対応するためには、流体機器から見たキャビテーションという視点を捨てて、キャビテーションから見た流体機器という視点にたって研究を行うことが重要である。さらに、キャビテーションを理解するためには周辺流場の理解が不可欠であることはいうまでもないが、これのみからキャビテーションの構造を明らかにすることにはおのずと限界がある。いくらキャビテーションの周囲を調査しようとも、キャビテーション自体の構造は浮き彫りにされないという不満が残る。 キャビテーションの研究にもさまざまな分野がある。キャビテーションの初生の研究、キャビテーション・ノイズの研究、キャビテーションの熱力学的特性に関する研究、キャビテーションを発生した流体機器の性能に関する研究、材料学の見地からのエロージョン研究など枚挙にいとまがない。しかし、キャビテーションの関係する研究に共通して必要な知識がある。それは研究の対象となるキャビテーションの構造の詳しい理解である。キャビテーションの構造を解明することなく研究を行っても、そこで得られた結果を他の場合に応用することが困難であり、また研究を一からやり直すことにもなりかねない。キャビテーションが実際にどのような構造をしているのか、どのような条件でどのような挙動を示すのかを知った上ではじめて、キャビテーションの利用や制御あるいは理論的予測が可能になる。 本研究は、あらゆる流体機器の構成要素となる2次元翼に発生するキャビテーションを研究の対象とする。また、2次元翼に発生するキャビテーションの中でも、エロージョンや騒音の原因として注目を集めているシート/クラウド・キャビテーションに焦点をあてた。 第1章では、シートを中心とした研究の歴史的な流れを追いつつ、最近の研究動向を報告している。 第2章では、2次元翼型で観察される代表的なキャビテーションのパターンを俯瞰し、本研究のメインテーマであるシート/クラウド・キャビテーションとの関係を簡単に述べた。 第3章からが、本研究の中心部分である。まず、クラウド・キャビティの発生母体となるシート・キャビテーションに関する実験的研究を行った。前半ではシート・キャビテーションと翼面の境界層の関係を詳しく調査し、シート・キャビティの構造がどのように粘性の影響を受けているのかを明らかにした。また後半では、シート・キャビティの成長課程に注目し、キャビティ界面での蒸発量を実験的に推定した。キャビティ界面で蒸発した蒸気がクラウド・キャビティとなって崩壊することを考えると、シート・キャビティ界面での蒸発量が、その下流側でのエロージョンや騒音の激しさを大きく左右する重要なパラメータであることがわかる。従来から、蒸発量の推定法として用いられてきたベンチレーションテストの結果を検証し、これが有効な蒸発量推定の手段であることを明らかにした。 第4章では、シート・キャビティが微小なキャビテーション気泡群およびボルテックス・キャビティに分裂し、クラウド・キャビティとなる過程を詳しく調査する。クラウド・キャビティ発生の原因については確定的な説がなかったが、多段階に渡る綿密な実験と観察を通してクラウド・キャビティの発生原因がre-entrant jetであると特定した。また、この知見にもとづき、簡便かつ有効なクラウド・キャビティの制御法を提案した。 放出されるクラウド・キャビティの大きさや放出頻度は、キャビテーション・エロージョンや騒音の研究にとって非常に重要なパラメータである。これを踏まえた上で、本研究では放出されるクラウド・キャビティの大きさや放出頻度などを含めたクラウド・キャビティ発生状態について実験的に考察し、これらの予測法を提案した。 第5章では放出されたクラウド・キャビティの内部構造を、レーザー・ホログラフィー法を用いて詳しく調査した。クラウド・キャビティの崩壊の際に生じる衝撃力を予測するためには、クラウド・キャビティ内のボイド率あるいは気泡分布がわかっていなくてはならない。ホログラム乾板の解析と高速度ビデオの映像の分析を通して、クラウド・キャビティ内部のボルテックス・キャビティの存在がクラウド・キャビティの崩壊過程を左右することを明らかにした。 第6章では、クラウド・キャビティの崩壊衝撃力を計測するために開発されたPVDFセンサを用いて、さまざまな実験条件で衝撃力計測を行った。そしてその結果を、前章までの研究で得られた知見から説明する。 第7章では、これまでに得られたキャビテーションの構造に関する知識をもとにした簡便な衝撃力予測法の提案を行い、今後の研究課題について考察している。 キャビテーションに関する基礎的研究課題を挙げると下図のようになるが、この中で枠で囲んである部分が本研究のターゲットである。キャビテーションの構造を明確に理解することによって、あらゆる流体機器に発生するキャビテーションを考える上での基礎的知識が提供された。 図表 |