学位論文要旨



No 114795
著者(漢字) 川並,康剛
著者(英字)
著者(カナ) カワナミ,ヤスタカ
標題(和) 翼型に発生するキャビテーションの構造と気泡崩壊衝撃圧の推定
標題(洋)
報告番号 114795
報告番号 甲14795
学位授与日 1999.10.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4550号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 佐藤,徹
 東洋大学 教授 加藤,洋治
内容要旨

 流体機械において、局所的に圧力が低下し蒸気圧以下になるとキャビテーションと呼ばれる現象が起こる。もともと、船のプロペラがキャビテーションエロージョンによる損傷を受け航行不能に陥ったのが、キャビテーションの発見だったといわれている。それ以来、キャビテーション現象の理解が深まり、キャビテーションを防止して流体機器の性能を向上させようとする研究や、エロージョンあるいは騒音の定量的な予測法の開発が進んできた。いまでは逆にキャビテーションの特性を、医療、切削、洗浄などの分野に応用しようとする向きも盛んになりつつある。

 しかし、キャビテーション現象の中でもとりわけ有害なキャビテーションであるクラウド・キャビテーションが本格的に研究されるようになったのは比較的最近のことである。クラウド・キャビテーションとは、翼型などの流体機器に発生したシート・キャビテーションが流場中で安定に存在することができず、キャビテーション気泡群に分裂してできたキャビテーションのことをいう。このクラウド・キャビテーションの放出周波数は通常の条件で数十Hz、時には数百Hzにも達する。このように現象が高速で、複雑な気液二相流であるということが研究の発展の障害となり、シート/クラウド・キャビテーション現象の詳しい構造は知られていなかった。

 流体機器に発生するエロージョンや騒音などの研究では、ある作動条件のもとである時間機器を運転するとどれほどのエロージョンや騒音が発生するか、といった経験に頼ったものが多かった。しかし、これでは流体機器の数だけ模型試験あるいは実機試験を行う必要があるばかりでなく、同じ流体機器についても作動条件ごとの網目計測が必要になり、はなはだ非効率的である。また、原子力プラントやロケットの配管など安全上万全を期すべき場所では、あらかじめどのようなキャビテーションが発生して、どのような被害を及ぼすのかが正確に予測できねばならない。このように臨機応変に対応するためには、流体機器から見たキャビテーションという視点を捨てて、キャビテーションから見た流体機器という視点にたって研究を行うことが重要である。さらに、キャビテーションを理解するためには周辺流場の理解が不可欠であることはいうまでもないが、これのみからキャビテーションの構造を明らかにすることにはおのずと限界がある。いくらキャビテーションの周囲を調査しようとも、キャビテーション自体の構造は浮き彫りにされないという不満が残る。

 キャビテーションの研究にもさまざまな分野がある。キャビテーションの初生の研究、キャビテーション・ノイズの研究、キャビテーションの熱力学的特性に関する研究、キャビテーションを発生した流体機器の性能に関する研究、材料学の見地からのエロージョン研究など枚挙にいとまがない。しかし、キャビテーションの関係する研究に共通して必要な知識がある。それは研究の対象となるキャビテーションの構造の詳しい理解である。キャビテーションの構造を解明することなく研究を行っても、そこで得られた結果を他の場合に応用することが困難であり、また研究を一からやり直すことにもなりかねない。キャビテーションが実際にどのような構造をしているのか、どのような条件でどのような挙動を示すのかを知った上ではじめて、キャビテーションの利用や制御あるいは理論的予測が可能になる。

 本研究は、あらゆる流体機器の構成要素となる2次元翼に発生するキャビテーションを研究の対象とする。また、2次元翼に発生するキャビテーションの中でも、エロージョンや騒音の原因として注目を集めているシート/クラウド・キャビテーションに焦点をあてた。

 第1章では、シートを中心とした研究の歴史的な流れを追いつつ、最近の研究動向を報告している。

 第2章では、2次元翼型で観察される代表的なキャビテーションのパターンを俯瞰し、本研究のメインテーマであるシート/クラウド・キャビテーションとの関係を簡単に述べた。

 第3章からが、本研究の中心部分である。まず、クラウド・キャビティの発生母体となるシート・キャビテーションに関する実験的研究を行った。前半ではシート・キャビテーションと翼面の境界層の関係を詳しく調査し、シート・キャビティの構造がどのように粘性の影響を受けているのかを明らかにした。また後半では、シート・キャビティの成長課程に注目し、キャビティ界面での蒸発量を実験的に推定した。キャビティ界面で蒸発した蒸気がクラウド・キャビティとなって崩壊することを考えると、シート・キャビティ界面での蒸発量が、その下流側でのエロージョンや騒音の激しさを大きく左右する重要なパラメータであることがわかる。従来から、蒸発量の推定法として用いられてきたベンチレーションテストの結果を検証し、これが有効な蒸発量推定の手段であることを明らかにした。

 第4章では、シート・キャビティが微小なキャビテーション気泡群およびボルテックス・キャビティに分裂し、クラウド・キャビティとなる過程を詳しく調査する。クラウド・キャビティ発生の原因については確定的な説がなかったが、多段階に渡る綿密な実験と観察を通してクラウド・キャビティの発生原因がre-entrant jetであると特定した。また、この知見にもとづき、簡便かつ有効なクラウド・キャビティの制御法を提案した。

 放出されるクラウド・キャビティの大きさや放出頻度は、キャビテーション・エロージョンや騒音の研究にとって非常に重要なパラメータである。これを踏まえた上で、本研究では放出されるクラウド・キャビティの大きさや放出頻度などを含めたクラウド・キャビティ発生状態について実験的に考察し、これらの予測法を提案した。

 第5章では放出されたクラウド・キャビティの内部構造を、レーザー・ホログラフィー法を用いて詳しく調査した。クラウド・キャビティの崩壊の際に生じる衝撃力を予測するためには、クラウド・キャビティ内のボイド率あるいは気泡分布がわかっていなくてはならない。ホログラム乾板の解析と高速度ビデオの映像の分析を通して、クラウド・キャビティ内部のボルテックス・キャビティの存在がクラウド・キャビティの崩壊過程を左右することを明らかにした。

 第6章では、クラウド・キャビティの崩壊衝撃力を計測するために開発されたPVDFセンサを用いて、さまざまな実験条件で衝撃力計測を行った。そしてその結果を、前章までの研究で得られた知見から説明する。

 第7章では、これまでに得られたキャビテーションの構造に関する知識をもとにした簡便な衝撃力予測法の提案を行い、今後の研究課題について考察している。

 キャビテーションに関する基礎的研究課題を挙げると下図のようになるが、この中で枠で囲んである部分が本研究のターゲットである。キャビテーションの構造を明確に理解することによって、あらゆる流体機器に発生するキャビテーションを考える上での基礎的知識が提供された。

図表
審査要旨

 水等の液体を作動流体とする流体機械の高速化,高性能化を狙おうとすると、必ずキャビテーションの問題に直面する。キャビテーションは、局所的に流体の圧力が低くなり、気化が起きてしまう現象である。キャビテーションが発生すると、機器の性能が低下することもさることながら、性能にそれ程影響しない程度のキャビテーションであっても、振動,騒音,機器材料の壊蝕(エロージョン)といった問題に遭遇する。特に、気膜状のシート・キャビテーションがある大きさになると、自励的に振動を起こし、気泡の塊であるクラウド・キャビテーションを周期的に放出するようになると、振動,騒音,エロージョンの危険性が飛躍的に増大する。本論文は、流体機器の基本要素である翼型(2次元翼)に的を絞り、それに発生するシート/クラウド・キャビテーションの流れ構造を実験的に研究し、クラウド・キャビテーションの発生原因,発生するクラウドの大きさと頻度,クラウド内の気泡分布,クラウド崩壊による衝撃圧を順次計測し、それらを総合してクラウド崩壊衝撃圧の推定法について言及したものである。

 以下に本論文の構成と内容を記す。本論文は、8章よりなっている。

 第1章は「序論」であり、シート/クラウド・キャビテーション流れとクラウド気泡群崩壊についての最近の研究動向について広く解説している。そして、振動,騒音,壊蝕の機構解明について、必要な研究課題を示している。

 第2章「キャビテーションのパターン」では、シート/クラウド・キャビテーションに限らず、一般に見られるキャビテーションの様子と、それぞれの特徴,流れ構造を解説している。キャビテーションは、圧力による流体の相変化現象であるから非常にcriticalな現象で、流れ構造の少しの違いにより発生するキャビテーションが種々変化する。従って、発生するキャビテーションの種類を予測するためには、まずその流れ構造を知る必要がある。本章は、一般的なキャビテーション流れの解説としても有用である。また、本論文のテーマであるシート・キャビテーションとクラウド・キャビテーションの特徴については、詳しく解説している。

 第3章「シート・キャビテーションの発生と成長」は、クラウド・キャビテーションの源となるシート・キャビテーションの、流れ場構造に関する研究である。本章は、大きく2つに分かれている。前半では、non-burst typeとburst typeという、境界層特性の異なる2つの翼型を用いて、シート・キャビテーション回りの流速と乱れ度の分布を、レーザー流速計を用いて、詳しく計測している。その結果、翼の境界層特性の違いによって、発生するキャビテーションの様子や振動の大きさが異なることを明らかにしている。後半では、大規模なクラウド放出を伴う非定常シート・キャビテーションの体積を、アクリル製の透明な翼模型を用いて、高速度ビデオ撮影と画像処理により計測している。それにより、シート・キャビティ界面からの蒸発量を推定している。蒸発量は、シートがクラウドになり、崩壊を始める際の、初期気泡体積の総量ということになる。

 第4章「クラウド・キャビテーションの発生」では、クラウドの発生原因について調査している。翼面に微小高さのフェンスを立てた実験、翼面からのインク吹き出しによる可視化実験により、クラウドの発生原因が、シート・キャビティ後縁からキャビティ下面を上流側に走るre-entrant jetであることを特定している。また、クラウドの大きさと放出頻度を計測して、「クラウド放出周波数を、シート・キャビティ最大長さとキャビティ界面流速(蒸気圧相当流速)で無次元化したストローハル数で表すと、翼型やキャビテーション数によらず1つの値に纏まること」「初期クラウドのスパン方向の大きさは、シート・キャビティ最大長さの約1.5倍になること」を示している。

 第5章「クラウド・キャビティの内部構造」では、off-axis型のレーザー・ホログラフィ法によりクラウドの3次元瞬間写真を撮り、その再生像を一つ一つ解析することにより、クラウド内部の気泡分布を計測している。幾つかの大きさのクラウド内の気泡分布を計測した結果、ある大きさ以上の気泡の数密度分布は意外にもそれ程違わないことを示し、それはクラウド内に存在する渦キャビティの一部が順次崩壊し、気泡を供給しているからではないかと推測している。

 第6章「衝撃圧計測実験」では、著者の所属する研究室で開発された衝撃力センサを用いて、種々の条件で実験し、クラウド崩壊時の衝撃力を計測している。

 第7章「気泡崩壊衝撃圧の推定」では、これまでの計測結果・考察結果を纏めて、最終的なクラウド崩壊による衝撃圧の推定法について言及している。また、簡単な気泡群モデルにより実際にクラウド崩壊衝撃圧を計算し、実験結果と定性的に一致する結果を得ている。

 第8章はまとめであり、本研究の結論を総括し、将来の研究の方向について示唆している。

 以上要するに、本研究は、翼型のシート/クラウド・キャビテーションの流れ場構造を丹念な実験により調査し、それにより最終的なクラウド崩壊に至るまでの過程を明らかにし、気泡崩壊衝撃圧の推定法の提案にまで至ったもので、流体力学・流体工学の発展に寄与する所が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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