学位論文要旨



No 114796
著者(漢字) 金野,祥久
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,アキヒサ
標題(和) クラウド・キャビテーション崩壊時の挙動と崩壊衝撃圧について
標題(洋)
報告番号 114796
報告番号 甲14796
学位授与日 1999.10.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4551号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 佐藤,徹
 東洋大学 教授 加藤,洋治
内容要旨

 キャビテーションの研究が進むにつれ、キャビテーションによる壊食(エロージョン)が残された大きな問題となっている。壊食はキャビテーション気泡が高圧の場で崩壊し、その際に発生する衝撃圧あるいはマイクロジェットが、流体機器表面に作用して発生する現象である。極めて短い時間(sec.のオーダー)に、極めて高い圧力(100MPaからGPaのオーダー)が局所的(mのオーダー)に発生し、それが金属表面の損傷を引き起こすというミクロな現象が、集合的にマクロに現れたものなので、流体力学的にも計測が難しく、また気泡の大きさや分布(崩壊場所)がランダムであるから、計算による推定も困難である。さらに局所的・衝撃的な力による金属表面の破壊のメカニズムも解明されなければならない。

 キャビテーションによる壊食量を良い精度で推定するために、以下のような手順で行うことが考えられる。

 1.キャビテーションの発生パターン、キャビティ形状などの推定。

 2.キャビティ気泡の数、および大きさの分布の推定。

 3.崩壊するキャビティ気泡群の挙動の推定

 4.発生する衝撃力を推定し、衝撃力の頻度分布を求める。

 5.衝撃力頻度分布と金属の破壊特性から、壊食量を推定する。

 本研究は2〜4の範囲に照準を絞る。研究内容はおおよそ3つのテーマに分けられるので、この論文は主要部分を3部構成に分け、結言を含めて4部構成となっている。

 本論文の第I部では、キャビテーションが崩壊するときに発生する衝撃力を測定するため、まず小型衝撃力センサの開発を行った。過去にいくつかの研究で用いられ実績のあるセンサ1種と、著者が開発したセンサ2種、あわせて3種類の衝撃力センサを用いて実験を行い、またセンサの性能と有用性について検討した。その結果、以下の結論を得た。

 1.3種類の衝撃力センサを用いて計測した、衝撃力の累積頻度分布は、お互いによく一致することから、これら3種の衝撃力センサは、衝撃力をよい精度で計測していると言える。したがって、センサ自体、および、計測された累積頻度分布の信頼性が確認された。

 2.実験に供した3種類のセンサは、鋼球落下による検定に対し、すべてよい線形性を示した。同じ条件での検定に対する、応答の再現性も良好であった。また、実験期間中に感度の劣化などは見られなかった。

 3.センサの作成と取り扱いが容易なことから、翼面にセンサを埋めて実験する場合には、特にPVDFを用いた平面型センサ(論文中のセンサC)が優れていると言える。単一の衝撃力に対する出力が単一のスパイク状の波形になることも、計測に都合がよい。

 本論文の第II部では衝撃力発生時の気泡群崩壊の挙動を、毎秒最大40,500フレームの撮影が可能な高速度デジタルビデオカメラで観察し、同時に上で述べたセンサを用いて、衝撃力を計測した。これらの高速度ビデオ映像(Fig.1)と発生する衝撃力の時間変化(Fig.2)を比較、検討した。そして以下の結論を得た。

図表Fig.1:A sequence of bird’s-eye pictures by high-speed video camera at the time when impulsive force was measured / Fig.2:Output voltage of impulsive force sensors corresponding to Fig.1

 1.高速度ビデオカメラで気泡群の崩壊の様子を観察すると、気泡群が崩壊してその体積が最小になる以前に、衝撃力が発生している。この現象は、衝撃力の発生の原因がキャビティ気泡群全体の挙動ではなく、局所的な崩壊に関連しているためだと考えることができる。より高性能な高速度ビデオカメラの開発を含め、この現象のさらなる検証と研究が必要である。

 2.キャビティの崩壊パターンを調べると、逆放射線状にほぼ一点に向かって球状または半球状に潰れる場合がもっとも多い。また、崩壊パターンと発生する衝撃力の波形との間には、明確な相関は見られない。

 3.キャビティの大きさをその投影面積を指標として表すと、投影面積と衝撃力との間には相関が見られないが、投影面積の時間変化率と衝撃力との間には、不明瞭ながら全体として負の相関関係が見られる。つまりキャビティの崩壊速度が速いほど、大きな衝撃力が発生している。

 本論文の第III部では、キャビティ気泡群の崩壊挙動の数値シミュレーションに取り組んだ。多数の気泡群の相互干渉を考慮した運動方程式を数値的に解き、その結果について検証した。結果は残念ながら実現象とは一致せず、またこのシミュレーションに用いた運動方程式の理論面およびプログラム面での限界にもぶつかった。気泡およびその周辺の現象を、より厳密に考慮したシミュレーションが求められる。

審査要旨

 翼等の物体に発生するシート・キャビテーションは、ある大きさ以上になると自励的に振動を始め、有害なクラウド・キャビテーションを周期的に放出するようになる。クラウド・キャビテーションは微小な気泡が無数に集まった気泡群であり、その集中的な崩壊により、単一気泡の崩壊よりも数桁大きな衝撃圧を発生する。これがキャビテーション・エロージョン(壊蝕)の原因であると言われているが、その現象が複雑で、また極めて高速であるため、衝撃圧発生メカニズムの解明はまだ諸についたばかりと言える。本論文は、翼型(2次元翼)に発生するクラウド・キャビテーションの崩壊衝撃圧を自作の衝撃力センサを用いて計測し、同時に毎秒4万コマの超高速度ビデオによるクラウドの挙動観測を加えてその崩壊機構を考察し、さらに、気泡群の数値計算によりそのシミュレーションを試みたものである。

 以下に本論文の構成と内容を記す。本論文は、18章よりなっているが、序論を除き、大きく4部に分けられている。

 第1章「序論」では本研究の重要性を述べ、本論文の構成の全体像を記している。

 第I部は第2章から第8章までで、「小型衝撃力センサの開発と、キャビティ気泡群崩壊衝撃力の測定」についてである。第2章では、研究の背景として、研究現況の解説と本研究に至る経緯を説明している。キャビテーション崩壊による衝撃圧は、秒のオーダーで起きる鋭いスパイク状の衝撃であるため、市販の圧力計等で計測することはできず、ピエゾ素子を用いたセンサを自作する必要がある。

 第3章では、本研究で用いる3つのタイプの衝撃力センサを比較し、その得失を論じている。第4章では、それらのセンサの検定法について記し、どのセンサも優れた線形性を示し、出力電圧と衝撃力が1:1の関係になることを示している。

 第5章〜第7章は、3つのセンサの比較試験である。まず、第5章にて、使用した実験装置と供試翼模型の特長、試験方法等を記している。第6章で、実験とその結果について記している。発生するキャビテーションの様子、衝撃力センサの出力波形、衝撃力の累積頻度分布などの結果を示し、目的通りの実験ができたことを述べている。特に、クラウド気泡群崩壊の衝撃圧が、ほぼ一つのピークとして観測されたことは、注目に値する。第7章では、3つのセンサの比較を行い、どのセンサでも同じ計測結果が得られることを明らかにしている。センサCは、ピエゾ素子であるPVDFフィルムを翼面に近い所に埋め込んだ薄型センサであり、mm以下のオーダーの非常に狭い範囲で起きるキャビティ崩壊衝撃圧を面として受けるために、当初その信頼性が懸念された。しかし、ここでの比較試験結果により、その心配は無く、実用的な翼面に埋め込めるセンサとして、センサCが最も優れていることが示された。第8章は第I部の最終章であり、衝撃力センサがほぼ完成の域に達したことと、考えられる改良点を指摘している。

 第9章から第12章までが第II部で、キャビテーション試験に良く使われるNACA0015翼型を用いたクラウド崩壊挙動の高速度ビデオ観測と、気泡群崩壊衝撃圧の同時計測である。衝撃力センサは、第I部でその信頼性が確認されたセンサCを用いている。高速度ビデオは、毎秒40,500コマの超高速ビデオを用いている。衝撃力計測の他に、クラウドの時間変化の画像解析などを行い、衝撃力発生との比較・考察を行っている。その結果、気泡群の大きさが最小になるよりも約100秒前に衝撃力が発生していることを、明らかにしている。これは、これまで考えもつかなかったことであり、新発見と言える。更に、これらの結果をもとに、クラウド気泡群崩壊衝撃圧の発生メカニズムについて考察している。

 第III部は第13章から第16章までであり、気泡群崩壊の数値シミュレーションである。まず、単一気泡計算を含む、気泡群崩壊の計算法の現状について解説した後、高比良のモデルをベースにして計算することを述べている。高比良のモデルは、気泡群中の1個1個の気泡の崩壊を追跡するモデルであり、気泡群を集合体として扱うモデルよりも、気泡群内の気泡分布の不均一性を簡単に表せる等、フレキシビリティに富んでいる反面、気泡の相互干渉項を線形化しているため、密度の高い気泡群を計算できないという欠点がある。本論文で行われた計算では、気泡群では単一気泡よりも桁違いに大きな衝撃圧が計算され、特に壁面では、その近傍の気泡の強い崩壊による衝撃圧が卓越するため、見掛け上、衝撃圧ピークは一つに見える等、実験結果と定性的な一致は見た。しかし、定量的には気泡群の崩壊が早すぎる等、少なくとも、理論の改良をして、より気泡数密度の高い気泡群崩壊を計算する必要性のあることが示された。

 第IV部「結言」は、第17章と第18章であり、本研究の結論を総括し、将来の研究の方向について示唆している。

 以上要するに、本研究は、クラウド・キャビテーションの崩壊挙動とそれによる衝撃圧について、自作の衝撃圧センサと超高速ビデオを用いた実験により詳細に調査し、気泡群挙動の数値シミュレーションを行って、その計算法の将来の方向性を示したものであり、流体力学・流体工学の発展に寄与する所が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54745