学位論文要旨



No 114807
著者(漢字) 羽関,典子
著者(英字)
著者(カナ) ハゼキ,ノリコ
標題(和) ヒト線維芽細胞の長期培養により形成される真皮様構造体に関する研究
標題(洋) Study on Dermis-like Structures Formed by Long-Term Culture of Human Fibroblasts
報告番号 114807
報告番号 甲14807
学位授与日 1999.11.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第231号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 東京医科歯科大学 助教授 畑,隆一郎
内容要旨

 細胞外マトリックス(ECM)は、細胞と細胞の間(上皮細胞下や間葉系の細胞の周り)を埋めている固相の構造体である。細胞外マトリックス構造が形成されるには、各成分のDNAがmRNAに耘写されてから、多数の反応が関与していることが、細胞培養上清や組織から単離した細胞外マトリックス分子や修飾に関与する酵素等を用いた検討から明らかになっている。細胞外マトリックス成分の代謝調節については、培養細胞を用いて分泌までの過程についてかなり詳しい検討がなされているものもある。例えばI型コラーゲンについては特異な生合成過程が教科書に記載されている。しかし、組織中で固相を形成する細胞外マトリックス成分の代謝制御は、可溶性蛋白質とは異なる側面を有する。分泌した量が蓄積する量に比例するかどうかという点に加え、会合し固相を形成したものが細胞に作用する実体となるため、蓄積した物質についても代謝制御に関わってる可能性がある。現在、このように複雑な代謝制御を解析する方法は確立されていない。

 細胞による細胞外マトリックス成分の代謝制御を解析するためには、細胞外に十分に細胞外マトリックス成分が蓄積する培養系と蓄積した細胞外マトリックス成分の量と質を分析する方法が必要となる。細胞外マトリックス成分の代謝制御の検討に用いられている10%FBS添加の培地を用いた短期培養は、細胞の周囲に細胞外マトリックスの蓄積が少なく、I型コラーゲンの線維構造は検出されない。アスコルビン酸またはアスコルビン酸リン酸存在下で線維芽細胞を長期間培養するとI型コラーゲンを主体とした組織に類似の特徴(I型コラーゲンの共有結合性架橋の形成、およびコラーゲン線維構造の形成)を有する真皮様構造体が形成されることが報告されている。アスコルビン酸は、I型コラーゲンの合成を促進することが知られており、また、線維芽細胞により蓄積された成分のペプシン処理抽出物の分析からアスコルビン酸存在下で蓄積したI型コラーグン量が、非存在下の数十倍であるという結果が得られていることから、真皮様構造体はI型コラーゲンが主体であると考えられてきた。一方、アスコルビン酸存在下長期間培養を用いて、骨形成不全症(OI)患者由来線維芽細胞が蓄積したI型コラーゲンについて検討されている。本研究では、ヒト線維芽細胞のアスコルビン酸リン酸存在下で線雑芽細胞を長期間培養することにより形成される真皮様構造体とこの構造体形成におけるI型コラーゲン沈着との関係を中心に検討した。

 アスコルビン酸存在下の長期間培養で形成される真皮様構造体を構成する成分については主として、I型コラーゲンについての情報しかなかったため、まず、I型コラーゲンと他のマトリックスタンパク質成分との量比がどうであるか調べることにした。1型コラーゲンは、分子の大部分を占めるコラーゲンらせん部分がペプシンにより分解を受けず、酸性溶液中に溶け出すため、真皮様構造体中に蓄積したI型コラーゲン量の分析およびOI患者由来線維芽細胞が蓄積したI型コラーゲンの定量にペプシン処理が用いられている。しかし、コラーゲン以外のマトリックスタンパク質成分や分子の大部分がコラーグンらせんでないコラーゲンは、ペプシンにより分解を受ける。また、らせんの乱れたコラーゲンやOI患者由来線維芽細胞が産生するI型コラーゲンはペプシンにより分解を受ける可能性がある。そこで,真皮様構造体の構成タンパク質成分をペプシン処理を用いないで溶かしだして分析することを考えた。しかし、組織と同様、培養時に蓄積した固相中の細胞外マトリックス成分は、成分間に共有結合性架橋が形成され、高分子会合体同士が非共有結合性相互作用により複雑に絡み合っているため、細胞外マトリックス成分を組織サイズのまま抽出することは容易でなく、会合体の構成成分を可溶化し、分析する方法は非常に限られている。I型コラーゲンの架橋形成に関わっている酵素反応を阻害する-アミノブロビオニトリルを培地に添加して線維芽細胞を長期間培養して真皮様構造体を形成し、この構造体をSDSと尿素を含む中性溶液中で熱処理すると、ほぼ完全に溶けることが判明した。抽出物の還元条件でのSDS-PAGEの結果では、主だった量のポリペプチド鎖は全て5%アクリルアミドゲル内に展開されていることから、真皮様構造体の構成タンパク質成分の分析が可能となった。

 真皮様構造体のSDSと尿素を含む中性溶液抽出物のSDS-PAGEでは、ペプシン処理抽出物中には検出されない多数のバンドが検出された。その中でも、還元条件のSDS-PAGEで、140kに移動するバンドはI型コラーゲンの2(I)鎖とタンパク質染色強度が同程度であった。このバンドのアミノ酸組成および尿素入りSDS-PAGEの挙動、CNBrペプチド断片(7バンド)のN末端アミノ酸配列から、140kに移動するバンドは1(VI),2(VI)であると結論した。本研究により、真皮様構造体の主要成分としてVI型コラーゲンが存在していることが見い出された。VI型コラーゲンが真皮様構造体の主要成分であることは新規の発見である。

 そこで、線維芽細胞の長期間培養により蓄積されるI型コラーゲンとVI型コラーゲンの量比がアスコルビン酸リン酸の添加によりどのように変わるかを検討した。アスコルビン酸リン酸の存在により蓄積したI型コラーゲンの量は数十倍増えているのに対し、VI型コラーゲンは3倍程度しか増えていなかった。アスコルビン酸リン酸存在下で蓄積した成分を培養の初期と後期(コンフルエント後)で比較したところ、I型コラーゲンに対するVI型コラーゲンの割合は、培養の初期で大きかった。VI型コラーゲンとI型コラーゲンでは、アスコルビン酸の作用が異なること、およびI型コラーゲンへのアスコルビン酸の作用にはタイムラグがあることが示された。これまで、I型コラーゲンの代謝過程へのアスコルビン酸の作用として、I型コラーゲンmRNA量の増加やプロリルヒドロキシラーゼの活性の安定化が報告されてきたが、さらに、分泌以降で、VI型コラーゲンの代謝と異なるステップ(プロセシングの促進あるいは分解の抑制)にアスコルビン酸の作用点が存在していることが示唆された。実際、I型ブロコラーゲンのプロセシング酵素の一つである、プロコラーゲンCプロテネースの分泌および活性化がアスコルビン酸により促進されると報告されている。

 OI患者由来線維芽細胞が産生したI型プロコラーゲンはアミノ酸配列の多数の異なる位置に変異があるため、熱安定性の低下など、分子の性質に異常が見られることが多い。しかし、一般に、分子の中に変異を有するI型コラーゲンが異常な線維を形成しているかどうか分かっていない。また、OI患者の骨は形態的に異常であるが、皮膚等のソフトティッシュにはっきりと異常が必ずしも見られるのではない。OI患者由来線維芽細胞が産生する異常なI型コラーゲン分子は、真皮様構造体の形成にどのような影響を及ぼすだろうか。Baremanらの先行研究では、OI患者由来線維芽細胞により細胞層へ蓄積したI型コラーゲンの量が健常者由来線維芽細胞のものに比べて減少していたことを報告している。しかし、前述したようにこれまでの報告で用いられてきたペプシン処理で回収したI型コラーゲンは、蓄積したI型コラーゲン量を反映していない可能性がある。本研究では2種類のOI患者由来線維芽細胞(OIK-74,OIK-130)を用いたが、どちらも健常者由来線維芽細胞が形成した真皮様構造体と巨視的には差がない構造体を形成した。そこで、SDSと尿素を含む中性溶液中にてOI患者由来線維芽細胞がアスコルビン酸リン酸存在下の長期間培養で形成した真皮様構造体を溶かしだし、その中のI型コラーゲン量を健常者由来線維芽細胞のものと比較した。OI患者由来線維芽細胞の一つ(OIK-74)では、健常者由来線維芽細胞と差がなく、OIK-130では、健常者由来線維芽細胞の1/2程度に減少していた。OIK-74の真皮様構造体で得られた結果から、I型コラーゲン分子に異常があるにもかかわらず、I型コラーゲンの蓄積には影響しない場合があることが明らかとなった。一方、OIK-130では、-アミノプロビオニトリル非存在下で蓄積したI型コラーゲンがSDSと尿素を含む中性溶液に殆ど溶け出さず、高度に分子間架橋が形成されていることが示された。真皮様構造体の抗I型コラーゲンボリクローナル抗体の免疫染色は、OIK-130にのみ不定形の凝集物が散在していた。電子顕微鏡による観察では、OIK-130は、他の2つの細胞に比べて横紋のある線維の検出頻度が極端に低かった。これらの結果は、OK-130では、蓄積したI型コラーゲンが量的にも質的にも、健常者のものと異なっていることを示している。蓄積したI型コラーゲンに量的質的に異常がみられる場合(OIK-130)でも、健常者由来線維芽細胞の形成したものと巨視的には差がない真皮様構造体を形成しうることが明らかとなった。臨床知見からOItypeIIIに分類されたOIK-74は、I型コラーゲンの会合体構造に異常が検出されなかったが、より重篤な症状を示すOItypeIIに分類されたOIK-130では、会合体構造に異常が認めれたことから、会合体の異常と症状の重篤度が関係しているかもしれない。

 これまで、線維芽細胞のアスコルビン酸存在下、長期培養により形成される真皮様構造体の主要構成成分はI型コラーゲンであると考えられてきたが、本研究によりVI型コラーゲンがもう一つの主要構成成分として存在していることが明らかとなった。この結論はさまざまな新しい見方を提供すると思われる。例えば、真皮様構造体が有する特別な機能として、糖尿病潰瘍への貼付により治癒効果が知られている。真皮様構造体に主要成分として存在するVI型コラーゲンが治癒に効いている可能性を考慮するべきとの見解を述べておきたい。

審査要旨

 本学位論文の題目は,「ヒト線維芽細胞の長期培養により形成される真皮様構造体に関する研究」である。ヒトなど,体重の大きい動物においては,細胞間を充填する細胞外マトリックスは単に細胞の接着をしているだけでなく,組織の骨格構造をなし,さらには細胞の増殖・分化機能にも関わる,固相の機能制御因子として作用している.分子生物学の発展で,多くの生体分子の機能が格段に理解できるようになり,細胞外マトリックスを構成する成分の分子についても,多様な構造成分が発見されてきている.骨形成不全症のようにI型コラーゲン分子(ヒトなど大きい動物の細胞外マトリックスの中でも最も量の多い分子)の変異と臨床症状とのリンクが明らかにされてきたのも分子生物学の手法が応用された成果である.しかし,細胞外マトリックス成分分子は生体組織の固相成分へと沈着して,会合体として生体成分としての機能を果たしている.分子の沈着される機構についての研究は未開拓の分野であり,これは方法論的にさまざまな制約があることもその一因である.

 学位申請者はこのような研究の発展段階において,分子構造と臨床症状の間の関係を埋めるための方法として,先行研究で報告されている,線維芽細胞をアスコルビン酸リン酸(ビタミンCの誘導体)存在下で長期培養することで得られる,皮膚真皮に類似の構造体を用いることにした.アスコルビン酸は、I型コラーゲンの合成を促進することが知られており、また、線維芽細胞により蓄積した成分のペプシン処理抽出物の分析からアスコルピン酸存在下で蓄積したI型コラーゲン量が、非存在下の数十倍であるという結果が得られていることから、真皮様構造体はI型コラーゲンが主体であると考えられてきた。学位論文においては,ヒト線維芽細胞のアスコルビン酸リン酸存在下で線維芽細胞を長期間培養することにより形成される真皮様構造体とこの構造体形成に関わる要因について,従来からの検討をさらに詳細に,深めるべく実施された.研究開始の当初から当面する問題を慎重に解決していく過程で,いくつも新知見が得られた.それらをもとに,真皮様構造体の構造,形成に関わる要素について従来想定されえなかった面へも,展開した内容を含む研究成果である.

 本学位論文は3章からなる.第1章では,アスコルビン酸存在下の長期間培養で形成した真皮様構造体を構成する成分について,I型コラーゲンと他のマトリックスタンパク質成分との量比を検討している。従来の研究報告では生成された真皮様構造体の中のコラーゲンらせんを有する成分の分析にペプシン処理が用いられている.ペプシン処理の方法では,構造体が完全に可溶化されない上,マトリックスタンパク質成分やペプシンにより切断をうけやすいコラーゲンはぺプシンにより分解を受けるため,真皮様構造体を構成する成分がどのような組成であるのか解析されない.また、骨形成不全症患者由来線維芽細胞が産生するI型コラーゲンはペプシンにより分解を受けやすいとの報告もあり,I型コラーゲンの可溶化による定量としても問題が残る.そこで,真皮様構造体の構成タンパク質成分をペプシン処理を用いないで溶かしだして分析することを考案した。すなわち,コラーゲンの架橋形成に関与するりジルオキシダーゼを阻害する-アミノプロピオニトリルを培地に添加して線維芽細胞を長期間培養して真皮様構造体を形成し,SDSと尿素を含む中性溶液中で熱処理を施し,構造体中のジスルフィド結合以外の共有結合を全く切断せずに,完全に構成成分を溶媒中に分散させることに成功した。抽出物の還元条件でのSDS-PAGEの結果、主だった量のポリペプチド鎖は全て5%アクリルアミドゲル内に展開されており,真皮様構造体の構成タンパク質成分の分析が可能となった。真皮様構造体には、ペプシン処理によっては検出されなかった多数の成分が検出された。その中でも、還元条件のSDS-PAGEで,140kに移動するバンドはI型コラーゲンの2(I)鎖とタンパク質染色強度が同程度であった。生化学的分析から,これは1(VI),2(VI)であると結論した。VI型コラーゲンが真皮様構造体の主要成分であることは新規の発見である.

 第2章では,第1章での成果に基づき,線維芽細胞の長期培養で形成される真皮様構造体におけるアスコルビン酸リン酸の意義を検討した.アスコルビン酸添加により,I型コラーゲンおよびVI型コラーゲンのどちらのコラーゲンも細胞層への沈着が増大した結果,真皮様構造体が形成されるものと推定される.しかし,アスコルビン酸により,I型コラーゲンの合成・沈着量は数十倍増えているのに対し、VI型コラーゲンは3倍程度しか増えたのみである.アスコルビン酸の効果はI型コラーゲンとVI型コラーゲンとでは見かけ上,大きな差があった.アスコルビン酸リン酸が遺伝子の発現量をはじめ細胞によって合成・分泌される量を高める効果の他に,I型コラーゲンの場合,分泌された前駆体プロコラーゲンをコラーゲンへ転換することを促進する可能性がある.プロコラーゲンからコラーゲンヘの転換に関与するプロセシング酵素の一つCプロテイナーゼの合成・分泌さらには活性化はアスコルビン酸によって促進されることが知られている.したがってI型コラーゲンの蓄積へのアスコルビン酸の効果は二次的な作用の結果である可能性もある.そうであるならば,アスコルビン酸添加によるI型コラーゲンの蓄積量の促進においては,細胞培養の時間経過において,VI型コラーゲンの蓄積の時間経過より遅れることもありうると予想されたので,蓄積されてくるI型コラーゲンとVI型コラーゲンの量比を培養時間経過とともに追跡した.その結果,培養初期でI型コラーゲが未だあまり蓄積されていない時期に,すでにVI型コラーゲンの蓄積量は高いことがわかった。VI型コラーゲンとI型コラーゲンとでは、アスコルビン酸による蓄積量の増大効果が見かけ上異なるのは、I型コラーゲンの場合は分泌されたプロコラーゲンが蓄積される過程がアスコルビン酸により亢進されたためとの新しい解釈が妥当と思われる.アスコルビン酸はビタミンCとしてよく知られているが,これまで,コラーゲンらせん構造の安定性に必要なプロリンの水酸化反応に関与するプロリルヒドロキシラーゼの活性を安定化する作用以外にははっきりした作用機構が明らかになっていない.本学位論文において,それ以外の作用があり得ることを支持する結果が得られた.

 第3章では骨形成不全症患者由来線維芽細胞を用いて.正常な線維芽細胞の場合と比較し,真皮様構造体の形成能およびI型コラーゲンからなる線維会合体の量的,質的違いを検討した.骨形成不全症患者の骨が骨折し易いなどの異常があるが,皮膚等の軟組織(I型コラーゲンが主成分と言われている)での異常ははっきり分かっていない.本学位論文では,2種類の骨形成不全症患者由来線維芽細胞(OIK-74,OIK-130)を用い,アスコルビン酸存在下での長期培養を行い,健常者由来の皮膚線維芽細胞と比較した.どちらの患者由来の細胞でも健常者由来線維芽細胞の形成した真皮様構造体と巨視的には差がない真皮様構造体が形成された。第1章で行った方法を用いて真皮様構造体の成分の分析を検討した.一方の患者由来線維芽細胞つ(OIK-74)では、健常者由来線維芽細胞とI型コラーゲン量に差がなかった.I型コラーゲンの変異が蓄積量に影響しないことがあることが判明した.この患者の臨床症状は比較的マイルドである.他方(OIK-130)では、I型コラーゲン量は1/2程度に減少していた。この患者の臨床症状は重篤で,誕生前後に亡くなっている.真皮様構造体の抗I型コラーゲンポリクローナル抗体の免疫染色では、OIK-74では健常者と変わらず.OIK-130では不定形の凝集物が散在していた。電子顕微鏡による観察では、OIK-130は、他の2つの細胞に比べて横紋のある線維の検出頻度が極端に低かった。OK-130では、蓄積したI型コラーゲンが量的にも質的にも、健常者のものと異なっていた。I型コラーゲンの変異の位置と臨床症状とは,多数の研究にも関わらず,解釈ができていないままの状態で,研究はいわば暗礁に乗り上げている.本学位論文では二例でのみの検討ではあるが.長期に培養し,細胞が蓄積したI型コラーゲンの量的,質的な差が臨床症状とが関係がありうるという新しい視点が示唆された.蓄積するI型コラーゲンの量と質が分子の変異の位置とどのように関係するかは今後のより詳細な検討により可能に思われる.分子と臨床症状が会合体構造を介して,これまで,乗り越えられなかった壁を越えられる道を示唆している.

 本学位論文で明らかにされたことの中で,特筆すべきことは,線維芽細胞のアスコルビン酸存在下,長期培養により形成した真皮様構造体の主要構成成分としてはじめてVI型コラーゲンが存在することを発見したことである.この結論は今後の細胞外マトリックス構造および機能に対し,さまざまな新しい展開の出発点を提供すると思われる.例えば,真皮様構造体が有する特別な機能として,糖尿病潰瘍への貼付により治癒効果が知られ,イギリスにて開発されている.なぜ良いのかは議論が不十分である.VI型コラーゲンが主成分であることが糖尿病潰瘍の治癒に有効との可能性もある.

 以上のように,本学位論文は将来へもつながる新しいコンセプトを与えるような成果であり,審査委員会は羽関典子氏の提出した学位論文に対し,博士の学位に相応しいものと判断した.

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