学位論文要旨



No 114810
著者(漢字) 佐原,宏典
著者(英字)
著者(カナ) サハラ,ヒロノリ
標題(和) DCアークジェットにおけるプラズマ流の可視化と加速過程
標題(洋)
報告番号 114810
報告番号 甲14810
学位授与日 1999.12.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4558号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨

 近年の電気推進機関の発展と応用は目覚しいものであるが、宇宙空間での電力事情を鑑みればより低電力の電気推進機を開発する必要がある。電気推進機のひとつであるDCアークジェットでは、現在、300W級のものが研究開発されているが、1kW級以下の低電力DCアークジェットの場合、その作動安定性にはまだ改善すべき点が幾つかある。しかしながらこれらの不安定作動の本質的な要因やDCアークジェット内部の様相については殆ど明らかにされていないのが現状である。そこで本研究では、DCアークジェットの安定作動実現に向けて安定作動及び不安定作動の内部現象を明らかにし、安定作動実現の為に要求される内部様相の解明を主眼とした。このとき、作動の安定・不安定と密接な関係があると考えられるアーク柱形状に注目し、アーク柱の成立・不成立、即ち電離・再結合過程と言う観点から研究を進めた。また、DCアークジェットの作動安定化に向けた指針を提案することを試みた。

 まず目標とすべき安定作動時における内部プラズマ流に関する観測を行い、内部でどの様な状態が達成されているのかを実験的に明らかにした。その際、内部プラズマの電離・再結合性について知見が得られる「プラズマ相」の概念を導入した。その結果、カソード先端領域で激しい電離が、コンストリクタ内部では周囲のCold Flowとの相互作用によって再結合が促進され、コンストリクタ全域において加熱の場となっていることが分かった。またこのときアノード壁面上に明るく輝点、或いは層状の明るい領域が観測される。内部観測の結果、ノズル膨張部内は全般、低温低密度の再結合過程が促進されて推進剤が冷却されている様子が伺えるものの、これらのアノード壁面近傍の明るい領域では局所的に、周囲よりも電離性が強いことが分かった。DCアークジェットの安定作動には、このノズル膨張部内における局所的な電離性の存在が必要であると考えられる。

 次に、放電開始後の不安定作動から安定作動に至るまでの流れ場方向の1次元領域の時間発展観測を行った。その結果、不安定作動では一見ランダムに激しくアーク柱形状や放電電圧を変動させているものと思われていたものが、安定作動に遷移する何らかの条件を満たすべく、ある一方向への時間発展が観測された。このとき、ノズル内部に周囲より明らかに電子密度の大きな領域が局所的に存在することを発見した。そして作動が安定に落ち着いた瞬間、この局所的領域は消滅する。従って不安定作動時においては、安定作動へ至る方向へ内部様相を変移させている準備段階であり、安定作動へのある条件を満たした場合に安定作動に遷移するものであることが分かった。

 このある条件とは何かを明らかとする為、モデルによる考察を行った。本研究におけるモデル化では出来る限り考慮する物理現象を少なくし、放電モードに関する回答を得ることを心掛けた。このモデルではイオン、電子、中性粒子の3流体を扱い、荷電粒子と中性粒子との衝突を考慮した1次元モデルであり、電子密度分布に関する2階非線形微分方程式として与えられる。この微分方程式が有意な解を持つ点において電子が存在する、即ちアーク柱が存在すると解釈する。アーク柱がノズル膨張部内に達していない場合には不安定作動、達している場合には安定作動を表していると考える。このモデルによる考察の結果、これら安定・不安定作動を決定するパラメータは3つ、即ち、流速、電子密度分布形状、電離・再結合性であり、これらの組み合わせにより4つの条件を導いた。この条件を一つ一つ検討した結果、DCアークジェットが安定作動へと以降する直前に、コンストリクタ出口直後において局所的な電子密度の増加による極大値の形成、また電離が顕著であることが形成されれば、安定作動へと以降する可能性のあることを示した。そして作動が安定となった瞬間、これらの局所的様相は消滅することが示唆され、実際、このことは実験結果と一致している。

 以上の計測及びモデルによる考察から、DCアークジェット作動安定化に向けた指針を提言した。即ち、不安定作動を呈するとき、コンストリクタ出口直後において局所的な電離性及び電子密度の極大を形成することである。これを実際に実現する為の装置をDCアークジェットに追加することもまた、提案した。即ち、コンストリクタ出口直後において、主放電を行うものとは別の第2のカソード電極を配置し、これとアノード電位であるノズル壁面との間で高電圧パルス放電を行うことである。この追加装置を実際にDCアークジェットに取り付けて作動させたところ、不安定作動はこのパルス放電による局所的内部様相の誘発により、安定作動へと移行させることに成功した。この追加装置を今後のDCアークジェット開発に積極的に取り入れることを提言した。

図表
審査要旨

 修士(工学)佐原宏典提出の論文は「DCアークジェットにおけるプラズマ流の可視化と加速過程」と題し、7章及び付録から成っている。

 電気推進は比推力が高く、今後の様々な宇宙ミッションにおいて極めて大きな輸送性能の向上をもたらすものと考えられており、現在既に人工衛星等に搭載され、姿勢制御等の推進装置として用いられる段階に至っている。しかしながら、様々な宇宙ミッションの適用を考えると、電気推進の信頼性や耐久性の更なる向上をもたらすことが今後の重要な課題になってくる。とりわけDCアークジェットは今後、ガスジェットに代わる推進装置として益々の利用が予想されているのに対し、その作動には不安定作動が現れることが危惧されている。この不安定作動によってDCアークジェットの筐体は大きく損傷を受け、その耐久性に悪影響を及ぼすことは既に知られていることである。こうした背景から、本研究ではDCアークジェットの内部様相を理解することで、不安定作動から安定作動への作動加速過程を解明すると共に、不安定作動を抑え、作動を安定させることを目指すことを目的とするものである。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章は、本研究を遂行するに当たって用いられた実験装置及び測定装置について説明している。通常、金属外壁によって内部を見通すことが出来ないDCアークジェットの内部を光学的に観測可能とすべく、宇宙科学研究所栗木研究室(現、都木研究室)において製作された内部観察用DCアークジェットについて、その構造を説明している。それによって可能となった内部観測に用いる光学装置として、分光器や検出器等について説明すると共に、それらを組み合わせた光学系とその観測手法について述べている。

 第3章は、実験方法と解析手法について述べている。第2章で説明した実験装置によって得られた測定データの解析手法の手順を述べると共に、本研究で取り入れられた「プラズマ相」の概念によるプラズマ診断について詳細に解説されている。「プラズマ相」の概念は核融合の分野で用いられたことがあるものの、特に電気推進において適用されたものは本研究が初めてである。この診断手法を用いることで、DCアークジェットの内部様相について、従来より一層深い理解が得られることは、以降の章で得られた測定結果を見れば明らかである。

 第4章は、実験結果及び考察となっている。まずDCアークジェットの作動で見られる不安定作動、安定作動について、それらを高電圧モード、低電圧モードと呼ばれる作動モードと関連付けて説明した後、内部観察用DCアークジェットの作動が実機をよく模擬していることを示している。そして安定作動となる高電圧モード時における内部観測によって、この作動での内部様相について解明を行った。それによれば、DCアークジェットの内部では、カソード電極から延びる中心軸上に存在する激しい電離性領域によって推進剤が加熱され、その周囲を再結合性の顕著なガスが取り巻いて高温高密度のガスが壁面に触れて損傷を招くことを防いでいる様子が観測された。また、ノズル上流部の壁面近傍には周囲の再結合性の顕著な領域とは異なった孤立的な電離性領域が存在し、これがアーク柱が壁面に付着したことによるものであることを見出した。同時に推力測定を行い、上記で述べた電離性領域が拡大すると推力が増大し、特に半径方向に拡大すると比推力が向上することが分かった。これらの領域はDCアークジェットに供給される推進剤流量と電流によって形状を変化させることが可能であることを示した。また、アーク点弧時の不安定作動から最高性能を呈する安定作動へと至るまでの加速過程についても、内部観測によって明らかにした。それによれば、作動が不安定な低電圧モードでは推進剤は加熱された直後に急激な冷却を受け、それ故に劣悪な推進性能を呈することが分かった。また、作動が不安定から安定へと至る直前、ノズル上流部において電子密度が急激に増大し、その点で電離性が孤立的に顕著となる現象を見出した。そして作動が安定になると同時にその孤立的な様相は瞬時にして消失することが分かった。

 第5章は、アーク柱成立モデルとして簡単なモデルを構築してDCアークジェット作動とその加速過程を明確に説明すると共に、そのモデルの妥当性を検証する検証実験を行っている。このアーク柱成立モデルと第4章で得られた内部観測結果とから、今まで知られていなかった不安定作動から安定作動へと至る加速過程について知見が得られた。

 第6章は、放電モード制御について述べている。従来、DCアークジェットでは作動が不安定となった場合、それを安定へと導く手法は具体的には知られていなかった。本研究では、第4章で得られた内部観測結果及び第5章でモデルを用いて説明された加速過程とから、作動安定化の為にはノズル上流部において局所的な電子密度の増加と電離性を出現させると良いことを突き止め、その具体的手法として、この部分に先端を持つカソード電極を配置し、これとアノード電位であるノズル壁面との間で局所的な高電圧パルス放電を行う手法を提案した。実際にこの手法をDCアークジェットに適用し、その作動が安定作動へと導けることを示して検証を行った結果、提案した手法が作動安定化に有効であることを示した。

 第7章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、電気推進機関のひとつであるDCアークジェットの信頼性と耐久性を向上させる為に、その内部様相を解明し、不安定作動から安定作動へと至る加速過程について実験とモデルとから知見を得た。その結果、DCアークジェットの加速過程を解明すると共に、その作動安定化の為に必要な内部現象を見出した。それを具体的に実現する手法を考案し、実際にDCアークジェットに適用することでその手法が作動安定化に有効であることを示した。このことはDCアークジェットの信頼性や耐久性の向上に役立ち、今後の宇宙ミッションへの適用に向けての研究開発を一層促すものと結論付けられ、その成果は宇宙工学上、貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54747