太陽表面に広がるコロナ中の高温プラズマの観測は、これまで「ようこう」衛星により精力的に行われ、コロナが加熱される様子が次第に明らかになって来た。コロナは、500万度程度以下の準定常的に存在する成分と、ピーク温度が500万度以上に達する非定常成分の、二種類の成分から成る。コロナ中の爆発現象であるフレアを含む非定常成分は、磁場のつなぎ変わり=磁気リコネクションによって引き起こされていることが、「ようこう」により、ほぼ確実になった。また、準定常成分が非定常成分に比べて潜在的に膨大なエネルギーを維持していることが発見され、コロナ加熱の主要原因が非定常成分の加熱機構(即ち磁気リコネクション)以外にある可能性が出て来た。 そこで、現在、コロナ加熱の問題として、(1)コロナ中の準定常成分の加熱機構の解明、(2)非定常成分の加熱機構である磁気リコネクションの直接観測(プラズマの流れの情報や磁場などの直接観測)、(3)コロナ中の諸現象の駆動源である太陽表面の磁場の活動とコロナ中の非定常成分の活動の関係を明らかにし、磁気リコネクション発生過程を解明すること、の3点がある。 「ようこう」軟X線望遠鏡は200万度以上のプラズマに感度があり、コロナ中の高温現象の詳細を明らかにした。そこで、現在、200万度以下の詳細観測に注目が集まっている。「ようこう」で明らかになった諸現象を太陽表面の磁場活動と関連付けるためには、「ようこう」で見られる磁気ループの足元を正確に特定する必要(コロナ加熱問題-3)があり、そのためには、200万度以下の低温画像の同時観測が必要不可欠になる。また、加熱機構の明らかになっていない準定常成分の加熱機構の解明(コロナ加熱問題-1)にも低温画像との関係は重要であると考えられる。 ESAのSOHO衛星に搭載されている紫外望遠鏡(EIT)は、200万度以下の4種類の輝線を観測しており、現在、「ようこう」衛星との共同観測が盛んに行われている。ただ、「ようこう」軟X線望遠鏡との比較で重要なSOHO-EITの200万度の輝線画像には、数十万度の輝線画像の混入があり、正確な200万度プラズマの分布が得られていなかった。 また、コロナ中のプラズマの速度観測に関しては、一般にはslitとgratingを用いたspectrographにより行われている。spectrographでは、slitをscanすることで、空間画像を得ることも出来るが、時間がかかる上に視野が狭いという欠点があった。フレアのように、太陽面上のどの部分で起こるか分からない、数分程度以下の短い現象を捉え、その時間発展の詳細を探るには、少々無理があった。 そこで、我々は、(1)純粋な180万度の輝線像を世界で初めて得ること(コロナ加熱問題-1,3に関連)、(2)輝線のドップラーシフトを測ることで太陽全面の速度場を同時に得ること(コロナ加熱問題-2に関連)を目的として、極紫外ドップラー望遠鏡(XUV Doppler Telescope:XDT)を設計製作し、宇宙科学研究所のS520型ロケット22号機に搭載、1998年1月31日に観測を成功させた(図1)。 XDTは、球面主鏡と平面副鏡から成るカセグレン望遠鏡(図2)で、鏡には多層膜を用いている。多層膜を波長に対する狭帯域フィルターとして用いる事で(図3)、極紫外域の輝線、Fe XIV(波長211Å,温度180万度)の画像を得る。鏡は主鏡・副鏡をそれぞれ2セクタに分け、Fe XIV輝線の長波長側と短波長側に若干ずらした多層膜を施し、輝線のred wingとblue wingを観測する。Red band/blue bandの選択には、開口部に設けたバンド選択用回転シャッタを用いる。純粋な輝線像を得るため、我々は極めて高い波長分解能を持つ多層膜MoSi/Siを新たに開発(図3)し、さらに、15cmという極めて広い面積に均一に膜をはる技衛を開発した。検出器としては、裏面照射型CCD(512×512 pixel/1 pixel=24m)を用いた。また、ロケット本体の姿勢安定度が±0.3度であるため、そのままでは太陽の撮像観測は行えない。そこで、副鏡を磁気吸引アクチュエータによりclosed-loop制御することで画像を安定化させる手法を採用し、実際に5秒角程度の安定度で画像をCCD画面上で静止させることに成功した。 図表図1.-XUV Doppler Telescopeにより撮像された太陽コロナ画像。観測輝線はFe XIV(211Å,温度1.8MK)。観測時間は1998年1月31日04:35(UT)。 / 図2.-XDT模式図 / 図3.-XDTの有効面積(測定値)。実線がred band、破線がblue band。MoSi/Si多層膜2枚で構成。He II輝線304Åの混入を防ぐため、多層膜には304Å trapコートを施した。 速度の検出は、red band/blue bandの画像の比から行う。画像比は、純粋に単一輝線のみを観測している場合は、視線方向速度のみに依存する。しかし、実際には近傍輝線の僅かな混入があり、混入の度合がred band/blue bandの画像で異なるため、画像比は、視線方向速度の他、観測プラズマの温度、密度にも依存する。ただし、観測プラズマの温度、密度は、ある程度分布が制限されるため、磁気リコネクションに付随するような500km/sを越える高速の流れは本観測単独でも検出可能である。また、「ようこう」衛星やSOHO衛星との共同観測結果が得られれば、温度、密度を正確に決める事ができ、100km/s程度以上の速度検出能力が期待できる。 1998年1月31日に打ち上げは成功し、04:32から04:37(UT)の間14枚の太陽像の撮蔵に成功した。同時に、「ようこう」衛星とSOHO衛星の観測も行われた。観測期間中は太陽は比較的静穏で、フレアなどの激しい非定常活動は、残念ながら見られなかった。共同観測の結果、以下のことが明らかになった。 (1)XDT画像(180万度、Fe XIV)とSOHO-EITの140万度画像(Fe XII画像)、200万度画像(Fe XV画像)との比較から、180万度画像は、140万度画像と200万度画像の中間の画像であることがわかった。また、低温輝線からの混入が懸念されていたSOHO-EIT200万度画像には、今回の180万度画像や、ようこうSXT画像(200万度以上)に見られない構造が存在し、低温輝線からの混入成分が確かに存在する事が確認された。 (2)XDTにより得られたred band/blue band観測の比の画像には、有意な微細構造が数多く見られた。前述のように、比は視線方向速度の他、観測プラズマの温度、密度にも依存する。「ようこう」衛星やSOHO衛星との共同観測結果から較正を行った所、ほとんどの比構造は、温度や密度で説明でき、有意な速度構造は一部を除き検出されなかった。これは、観測期間中の太陽が静穏であった事を考えれば、当然の結果と言える。ただし、太陽南西に位置する活動領域内部に、温度、密度では説明ができないred shift成分が見つかった(図4中の印’V’)。この構造は、黒点付近に落ちる磁気ループの足元にあたり、プラズマが200km/sで足元に向かって流れていると解釈される。 (3)XDT(180万度画像)、SOHO-EIT(100,140,200万度画像)、「ようこう」軟X線望遠鏡(200万度以上の積分画像)による共同観測により、コロナ中の、100万度から数100万度までのプラズマの分布の詳細が得られた。その結果、「ようこう」に見られる300万度以上の高温ループ(図4中の印’H’)と100-200万度画像に見られる低温ループ(図4中の印’C’)が活動領域内部に存在し、お互いに重ならず、空間的に違った位置に住み分けていることが明らかになった。 図4.-南西の活動領域(NOAA 8143)詳細。(a)はXDT画像、(b)はred/blue画像比、(c)はEIT 171Å 1MK画像、(d)SXT画像。図中の’C’は低温(1-2MK)ループの位置、’H’は高温(3MK)ループの位置、’V’はXDT観測からredが強い領域を示す。 今回の観測から、コロナには「ようこう」衛星では見えない低温磁気ループが、「ようこう」の高温磁気ループと空間的に住み分けている様子が初めて明らかにされた。今回は5分以内の短い間の観測であったが、今後は、この上うな構造の時間発展の観測・解析が、準定常低温構造の加熱の謎を解く鍵になると思われる。また、今回、激しい太陽活動が見られず、速度成分は検出されないと予測されたにも関わらず、有意な赤方変移成分が観測された。XDTのような望遠鏡が、太陽全面のドップラーシフトをモニターする上で有用であることが実証された。 |