内容要旨 | | 生体高分子や,その集団である生体高分子システムの機能を解析する手段として,いわゆる生化学的解析や,立体構造解析等の手法とともに,新しい機能を持つ生体高分子を単離し,既存の分子種と比較するアプローチがある.また,得られた新機能をもつ生体高分子は工学的に活用することもできる.本研究では,RNA・低分子リガンド相互作用と,RNA・タンパク質相互作用のそれぞれの研究のためにこのアプローチを用いた.新機能をもつ生体高分子を得るためには,以下に述べるように,得るべき機能の特性に応じて,それぞれ試験管内,生体内のセレクションを使い分けることが必要になる. 近年,in vitroセレクションと呼ばれる手法が発達してきている.この手法では,生体高分子のライブラリの中から,試験管内での活性を指標として生体高分子を分離したのちに,これらを試験管内で増幅して次世代のライブラリが構築される.試験管内で活性の測定と増幅が行われるので,小分子リガンドの結合やリボザイムの反応など,生物の表現型としては検出しにくい活性を指標とすることができる.また,生物にとって致死的なバリアントも単離できる.さらに,ライブラリのサイズを,DNAの化学合成によって生産される分子の数まで,つまり1015程度まで拡大することもできる.近年,RNAが小分子リガンドを認識できることが明らかになったが,そのようなRNAは数多くは知られていなかった.そこで,in vitroセレクションのメリットを活かし,RNAによるプリン塩基の認識を理解することを目的として,キサンチン結合RNAの単離を試みた. 一方,多数の生体高分子同士が相互作用しているシステムを解析するためには,実際にこれらのコンポーネントを含む生物を利用してセレクションを行うことが適している.アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)は,混在する多数のtRNAの中から自身に対応しないtRNAを排除して,正しいtRNA種のみを識別して反応する.このシステムについて知見を得るためには,生体内に含まれる全てのtRNAの共存下でのaaRSの性質を調べることが必要である.このシステムを成立させるために,aaRSはtRNAのアンチコドン部位を認識することが多いので,本研究では,aaRSによるアンチコドン認識についての知見を得ることを目的とした.そこで,本来の基質であるアルギニンのtRNAと異なるアンチコドンを持つアンバーサプレッサーtRNAを認識し,他のアミノ酸のtRNAを認識しない変異型アルギニルtRNA合成酵素を,大腸菌の生育を指標として単離した. In vitroセレクションによるキサンチン・グアニン結合RNAの単離 セレクションのライブラリとして,60残基のランダムな配列と,その両端にそれぞれ約20残基のPCRプライマー結合配列を持つ,1012の分子種からなるRNAのプールを調製した.このRNAの集団をキサンチン・アフィニティカラムに通し,緩衝液で洗った後に,キサンチンを含む緩衝液によって溶出するRNA画分を集めることで,キサンチン結合能を持つRNAを濃縮した.キサンチンによって溶出されたRNAを逆転写し,このcDNAをT7RNA合成酵素プロモーター配列を含むプライマーでPCRにより増幅して,これを鋳型として再びRNAを調製した.このRNAを再びアフィニティカラムにかけた.このように,濃縮・増幅のサイクルを5回行うことによって,キサンチン結合能を持つ分子集団を得た.これらをクローニングして塩基配列を決定した結果,保存配列を含んだ内部ループと,これを支える両端のステムからなる約30残基の共通構造が見いだされた.この構造を含むRNAのクローンは,アフィニティカラムに結合したキサンチンと,溶液中のキサンチンに結合した. そこで,この構造を持つ32残基のRNA(XBA,図1)を調製した.溶液中のキサンチンの存在により,XBAのRNA分解酵素に対する感受性が残基特異的に変化することから,XBAはキサンチンの結合によってその高次構造を変化させることがわかった.また,この構造変化は,キサンチンの添加によりXBAのイミノプロトンのNMRのシグナルが変化することからも示されている. また,XBAの,核酸塩基やそのメチル化誘導体などに対する解離定数を,平衡ろ過の手法によって測定した.その結果,XBAは,キサンチンとグアニンに対して特異的に,約3Mの解離定数で結合し,プリン塩基の1位と7位の窒素と,6位に結合する酸素を認識することがわかった(図2).In vitroセレクションの手法で単離された他のプリン塩基認識RNAとして,ATP,テオフィリン,グアノシンに結合するそれぞれのRNAが知られている.今回単離されたRNAは,その構造ならびに基質認識パターンからみて,新しいプリン塩基認識モチーフだといえる. 興味深いことに,単離されたキサンチン/グアニン結合RNAに見いだされた内部ループの配列は,自己切断を行うヘアピン・リボザイムとの高い相同性を持っていた.このリボザイムの対応する部分の塩基配列は,活性に必要なことが報告されている.さらに,このリボザイムを,上記の相同領域を含むドメインと切断部位を含むドメインの2つの鎖に分割した場合でも活性を持つことが報告されていたことから,この2つのドメインはドメイン間相互作用することが知られていた.これらと本研究で得られた知見から,このリボザイムのキサンチン/グアニン結合RNAに対応する部分が,切断部位近傍のグアノシン残基を認識することで,切断活性に必要なドメイン間相互作用が成立する,というモデルが立てられた(図1). 図表図1 XBAとヘアピン・リボザイムの相同部位 XBAは試験管内進化で単離されたキサンチン結合RNAをもとにデザインされた.実線で囲んだ部分は試験管内進化で得られたバリアント間の保存配列であるが,これは天然に存在するヘアピン・リボザイムとの高い相同性を持っていた.XBAがキサンチンだけでなくグアニンも認識できることから,ヘアピン・リボザイムの対応する部分が,G8またはG+1を認識する可能性がある. / 図2 XBAの塩基認識部位 種々のリガンドとの解離定数を測定した結果,XBAは,プリン塩基の1,6,7位を認識することがわかった.(+)XBAと強く結合するリガンド;(±)XBAと弱く結合するリガンド;(-)XBAと結合しないリガンド.サプレッサーtRNAに対応した変異型アルギニルtRNA合成酵素のin vivoセレクションによる単離 アルギニルtRNA合成酵素(ArgRS)がアルギニンのtRNAを認識するための目印である,主要なアイデンティティ決定因子はDアームのA20と,アンチコドン2文字目のC35に存在している.アンバーサプレッサーtRNAはアンチコドンがCUAであり35位がUに変化しているので,野生型のArgRsによる認識効率が低い.本研究では,この低下したアンチコドンの認識を改善した変異型ArgRSを単離することを試みた. アルギニンのサプレッサーtRNAとして,McClainとFossによって報告されたFTOR126を用いた.このtRNAの発現系が低コピー数のプラスミド上にある場合,アルギニン生合成系の遺伝子の一つ,argEのアンバー変異は相補されない.ここで,CUAアンチコドンに対応した変異型ArgRSが導入された場合,アンバー変異は相補されると予想できる.そこで,PCRによってArgRSをコードする遺伝子にランダムな変異を導入した遺伝子プールにより,このサプレッサーtRNAを持つargEam株を形質転換した.その結果,109の形質転換体の中から,102のアルギニン非要求性のコロニーを得た.これらからArgRSをコードするプラスミドを回収し,再び上記の菌株を形質転換した結果,109の形質転換体の中から102のアルギニン非要求性のコロニーを得た.これらのコロニーの5つについて塩基配列を決定したところ,それぞれ複数のアミノ酸置換を含む,3種類の変異体が存在した. 得られたアミノ酸置換のうち,どの置換によってアルギニン非要求性の表現型が生じているかを明らかにするため,様々な置換体を作製して表現型を調べた.ある変異体では,L420Pの変異によってアルギニン非要求性となっていた.別の変異体では,アルギニン非要求性の表現型のために,M460VとY524Eの2つの変異がどちらとも必要であることがわかった.最後の変異体では,L450P,N455S,M460V,Q461Lの4つの中から選ぶ任意の3つのアミノ酸置換と,これに加えK408Eの変異が必要であることがわかった.これらのアミノ酸置換の部位を,横山研究室の嶋田らによって明らかにされた高度好熱菌ArgRSの立体構造の対応する部位にマッピングした.一次配列上は離れた位置にあるこれらの残基は,立体構造上でごく近い領域に分布していることがわかった(図3). さらに,in vitroでアミノアシル化反応を解析した結果,野生型ArgRSによるFTOR126のアミノアシル化効率(Kcat/Km)は,tRNA1Argに比べ9.6×10-5低下していた.変異型酵素は,tRNA1Argに対するアミノアシル化効率が野生型酵素と比べ1.7倍低下していた一方,FTOR126に対するアミノアシル化効率は,野生型酵素に比べ3.9倍上昇していた(図4). 図表図3 ArgRSの立体構造上での,アンチコドン認識に関わる残基の分布 アンバーサプレッサーtRNAを認識するために必要なアミノ酸置換の部位を,嶋田らによって得られた高度好熱菌ArgRSの立体構造上にマッピングしたところ,実線で囲む領域に変異が集中していた. / 図4 ArgRsによるtRNAのアミノアシル化反応の反応速度定数 変異型と野生型ArgRSによる試験管内でのアミノアシル化反応を,野生型とサプレッサーtRNAをそれぞれ基質として解析した.図には相対的なkcat/Kmの値を示した. 野生型tRNA1Argの34位はG以外のどの残基であっても反応速度に違いがないことが報告されている.CであるFTOR126の34位をAに置換したバリアントを作製したところ,興味深いことに,このバリアントは野生型酵素,変異型酵素どちらによってもアミノアシル化されなかった.このことから,ArgRSがFTOR126を認識する際は,アイデンティティー決定因子として本来の35位のCでなく,34位のCを認識すると考えられる.このようなシフトした認識として,tRNAの37位の転写後修飾が欠落した場合には,出芽酵母のArgRSは35位の代わりに36位のCを認識できるという報告がある.本研究で単離された変異型ArgRSでは,tRNA上のアイデンティティー決定因子のシチジン残基と直接相互作用するアミノ酸残基付近の領域の構造の柔軟性が変化していることにより,シフトした認識の効率が上がっていると考えるられる. |
審査要旨 | | 生体高分子の構造機能相関を研究するアプローチとして,生体高分子のバリアントを調製して解析するアプローチがある.バリアントを得るために,個々のバリアントを"rational"に設計して得る手法と,セレクションによってライブラリの中からバリアントを得る手法がある. 本論文では,セレクションの手法で得られたRNAおよびRNA認識タンパク質を解析することで,対象となった分子の機能のメカニズムについて論じている.第1章では,本来の基質ではないアンバーサプレッサーtRNAを認識するように変化した,変異型アルギニルtRNA合成酵素(ArgRS)を単離し,解析している.第2章では,キサンチン塩基に結合する新規なRNAを単離し,解析している.最終章では,以上の研究に共通するセレクションの手法と,セレクションの結果得られた分子の活用法について論じている. 本論文の第1章では,アミノアシルtRNA合成酵素によるアンチコドン認識メカニズムについて知見を深めることを目的として,大腸菌を利用したセレクションを行い,アンバーサプレッサーtRNAに適応した変異型ArgRSを単離して解析している. ArgRSがアルギニンのtRNAを認識するための目印である,主要なアイデンティティー決定因子が,アンチコドン2文字目のC35に存在することが知られている.アンバーサプレッサーtRNAは35位がUに置換しているので,野生型のArgRSによる認識効率が低い. 本研究では,この認識の低下を改善するようにtRNA特異性が変化した変異型ArgRSを単離するために,まず,ArgRSの広い範囲に変異を導入したライブラリから,変異型ArgRSを単離した.その結果,主に四つの一次配列上離れた領域に,アミノ酸置換が頻出していることがわかった.これらの領域は,ArgRSにtRNAを組み合わせた立体構造のモデルにおいて,アンチコドン近傍に位置していた.次に,これらの領域に変異を集中したライブラリから,変異型ArgRSを単離した.その結果,広い範囲に変異を挿入した場合と比べて,変異型ArgRSが高頻度に得られた. 変異型ArgRSのtRNA特異性の変化について調べるために,試験管内のアミノアシル化反応を測定した.その解析から,野生型ArgRSがサプレッサーtRNAを認識する際には,野生型tRNAの主要なアイデンティティー決定因子である35位を認識する代わりに,意外なことに,本来のアイデンティティー決定因子ではない34位を強く認識することがわかった.一方,変異型ArgRSについては,サプレッサーtRNAの34位を認識する場合と,しない場合の二通りあることがわかった.考察では,このtRNA特異性の変化から,tRNAのアンチコドンをaaRSのアンチコドン認識部位に正しく提示する,ArgRSの,これまで知られていなかった機能について論じている. 本論文の第2章では,RNAのプリン塩基を認識する様式について知見を深めることを目的として,1012種類の完全にランダムな配列からなるプールの中から,試験管内セレクションによって,キサンチンに結合するRNAの集団を得たことについて述べている.これらのRNAの間に保存配列を見い出し,これをもとに,モデルRNAを調製している.このRNAがリガンドとの結合に依存して,NMRのイミノプロトン領域のシグナルと,保存配列の部位のヌクレアーゼ感受性が変化することを示している.また,キサンチン等に対する解離定数を測定することで,このRNAがグアニンとキサンチンに,約3Mの解離定数で同程度に結合することと,このRNAがプリン塩基の1,6,7位を認識することを明らかにした.その結果,本論文で見い出されたモチーフは,新規なプリン塩基認識モチーフであることがわかった.さらに,キサンチン/グアニン認識RNAの保存配列と天然に存在するヘアピンリボザイムとの間に二次構造および配列の相同性を見い出し,このリボザイムの機能に必要なドメイン間相互作用についての仮説を提唱している. 以上の研究において,in vivoおよびin vitroのセレクションによるタンパク質およびRNAの単離,タンパク質ならびにtRNAバリアントの調製とそれらを用いた試験管内のアミノアシル化反応の解析,RNAのRNase感受性の解析,RNAと小分子リガンドの解離定数の測定など,すべて論文提出者が主体となって行ったものである.なお,本論文の第2章は,東京大学の横山茂之教授,坂本健作助手,二村泰弘氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.したがって,審査委員会は,本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める. |