学位論文要旨



No 114814
著者(漢字) 安岡,顕人
著者(英字)
著者(カナ) ヤスオカ,アキヒト
標題(和) メダカの7回膜貫通型受容体の遺伝子構造と機能の解析
標題(洋)
報告番号 114814
報告番号 甲14814
学位授与日 1999.12.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3671号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 榎森,康文
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 三谷,啓志
内容要旨

 脊椎動物は外界からの様々な刺激を末梢で受容し、中枢に至る神経系で処理することにより適切な個体レベルの応答を行う。このような応答は神経系に発現する各種のレセプター分子の細胞レベルの機能が集約された結果である。本研究では、視覚と並んで主要な脊椎動物の外部感覚機構の一つ、化学感覚受容を分子の観点で解析するため、7回膜貫通型受容体(7TMDR)に注目した。材料には、単純な神経系を持ち、脊椎動物の神経研究のモデル動物となりうるメダカを用いた。

 1章では、神経系末梢の化学感覚器で機能する嗅覚受容体(OR)を対象とし、遺伝子構造と発現様式の解析を行った。染色体DNAに対するPCRとゲノムライブラリーのスクリーニングを行ったところ、メダカは少なくとも2種類のOR遺伝子ファミリー、ファミリーEとファミリーYを持つことが明らかになった。両者のアミノ酸配列は互いに異なり、ファミリーEは既知の魚類のORに近縁であったが、ファミリーYは既知の魚類のORと哺乳類のORの中間に位置していた(図1)。また、嗅上皮における陽性な細胞の頻度はファミリーYの方が高かった。このようにアミノ酸配列や発現頻度については幾つかの違いが見られたが、遺伝子構造や発現パターンの点については他の脊椎動物のORと異なる、メダカのORとしての共通な特徴が見られた。まず、両者ともに遺伝子クラスターの間隔(平均5kbp)が他の魚種(平均10kbp)や哺乳類(平均20kbp)に比較して狭く、全体の構造がコンパクトであった(図2)。また、嗅上皮上の発現パターンに関しても、陽性な細胞の分布が他の魚類(同心円状)や哺乳類(ゾーン別)の様に組織化されておらず、両者ともに嗅上皮上にランダムに分布していた。これより、メダカは哺乳類や他の魚類に比較して単純な化学感覚の入力系を持つことが示唆された。2章では、より中枢側の神経系で主に機能するアドレナリン受容体(AR)を対象とした。遺伝子のクローニングにより得られたメダカのAR(MAR1)は哺乳類の特定のタイプのAR、1A-ARに最も高い相同性(62%)を示し(図3)、哺乳類の1A-ARに類似したレセプターとしての活性を持つことが予想された。このようなMAR1の活性を検定するため、アフリカツメガエル卵母細胞(卵母細胞)を発現系として用いた。MAR1を発現させた卵母細胞はアドレナリンに対してGqタンパク質に共役する7TMDRに特有の電気生理学的な応答を示し、その他の1アゴニストに対しては、哺乳類の1A-ARと同様のリガンド選択性を示した(図4)。また、ゲノムサザン分析においてMAR1に類似した他の遺伝子が検出されたことや、他の魚種で2型AR遺伝子の存在が報告されていること(図3)より、メダカには他のタイプのARも哺乳類と同程度の数を存在することが示唆された。以上より、メダカは哺乳類と基本的に同一な神経伝達の分子的基盤持つことが予想された。

図表図1 メダカのORと他の脊椎動物のORの系統樹 サブファミリーEはキャットフィッシュのOR、I、3や32Aとともに既知の魚類のORの系統に分類される。一方、サブファミリーYは魚類のORと哺乳類のORどちらからも離れた系統に属する。 / 図2 メダカのOR、サブファミリーYとEの遺伝子構造 白抜きの矢印で各ORをコードする読み枠の位置と翻訳の方向を示す。Y1を除いた同じサブファミリーに属するORFはメダカのゲノム上で互い物理的に近接し、平均の遺伝子間の距離5kbpでタンデムに配置されている。図表図3 魚類と哺乳類のARの系統樹 MAR1はラットの1A-ARと同じ枝に分類される。四角で魚類のARを示す。 / 図4 MAR1のリガンド選択性 ARの各種アゴニスト、アドレナリン(EP)、(-)ノルアドレナリン(-NE)、オキシメタゾリン(OX)、メトキサミン(MA)、100p〜1Mに対する応答の平均値を棒グラフに表す。測定した卵母細胞の数を棒の上に示す。0:反応なし、ND:測定していない。このようなリガンド選択性はラットの1ARをCOS細胞に発現させ、IP3の産生量を計測することにより得られた結果と良く一致する。

 このような基盤を前提に、メダカの化学感覚系の情報処理を解析するためには、その入力となるORのリガンドの同定が不可欠である。3章ではアフリカツメガエル卵母細胞を用いた細胞内シグナルの検出系を構築し、メダカのORの機能解析を試みた。7TMDRのシグナル伝達経路は大きくGq共役型、Gs共役型、Gi共役型経路に分類されるが、このうち、GsとGi共役型経路のシグナルは従来のアフリカツメガエル卵母細胞の電気生理学的方法では検出できない。これらのシグナルを検出するため、各経路で活性化される2種類のイオンチャネル、CFTRチャネルおよびGIRKチャネルを用いた。各経路に共役する事が判明しているレセプターである2AR(Gs共役型)およびm2アセチルコリン受容体(Gi共役型)を各チャネルと共発現させることにより、Gs共役型、Gi共役型経路のシグナルを電気生理学的に検出する系を構築した。この検出系にメダカや他の魚類であるコイ、あるいはリガンドの判明しているラットのOR(I7)や線虫のOR(ODR-10)を発現させ、1-オクタナール(I7のリガンド)、ジアセチル(ODR-10のリガンド)や、各種のアミノ酸、有機酸、ステロイド、核酸などに対する卵母細胞の応答を見たが、陽性な結果は得られなかった。原因として、ORタンパク質が発現していないことが予想されたため、N末端にmycエピトープを付加したコンストラクトを用いてORタンパク質の確認を行ったところ、タンパク質が検出されなかった。そこで、タンパク質を分泌経路で発現させる効果があると考えられている3種類のシグナル配列をORタンパク質のN末端に付加することにより、ORタンパク質の発現量の増加を図った。用いたシグナル配列は、イオンチャネル型セロトニン受容体のシグナル配列23残基(5HT)、7TMDRであるvasoactive intestinal peptide receptor(VIPR)のシグナル配列31残基(V)およびVIPRのN末端からTMD1直前までの117残基(VL)である。各種シグナル配列を付加したORを発現させた卵母細胞の膜画分をウエスタン分析したところ、5HTとVを付加したコイORとODR-10や、VLを付加した各ORについては、予想分子量のタンパク質の発現が見られた。しかし、このようなORを対象に再びリガンドの検定を行っても、陽性な結果は得られなかった。原因として、ORは膜系には発現しているが正しい立体構造をとれない、などの理由で小胞体付近に留まり、原形質膜に到達していないことが予想された。今後は、このような状態のORの発現を補助する他のタンパク質の存在を想定しつつ系の改善を図る予定である。

審査要旨

 本研究はメダカの7回膜貫通型受容体(7TMDR)を対象としている。論文は4章からなり、序論では研究の背景について、1章ではメダカの嗅覚受容体の遺伝子構造と発現部位について、2章ではメダカのアドレナリン受容体遺伝子とタンパク質の機能について、3章ではメダカの嗅覚受容体タンパク質の発現について述べられており、最後に綜合討論がなされている。

 背景としては、脊椎動物は環境の刺激を神経系で処理しており、このような神経機能には神経系に発現する各種の7TMDRが関与していることことを述べている。このような7TMDRの機能を解析するためには、メダカの神経系が適していることを述べ、メダカの7TMDRの解析を行っている。

 1章では末梢神経系の化学感覚器に発現する7TMDRである嗅覚受容体(OR)を対象としている。染色体DNAに対するPCRとゲノムライブラリーのスクリーニングにより、新たなOR遺伝子サブファミリーYを同定し、以前に遠藤らが同定していたメダカのサブファミリーEと比較して解析している。まず、アミノ酸配列に関しては、サブファミリーEが既知の魚類のORに近縁(相同性49%)であるのに対して、サブファミリーYは既知の魚類のORと哺乳類のORどちらからも離れている(両方に対して相同性30%前後)ことを示している。さらに、メダカの嗅上皮において、サブファミリーYのmRNAが発現している細胞の割合はサブファミリーEの場合より4倍程度高いことを明らかにしている。このように、メダカが、アミノ酸配列やmRNAの発現パターンの点で既知の魚類とは明確に異なるORを有することを示したのは初めてのことである。

 2章では、より中枢側の神経系や内分泌系で機能する7TMDRであるアドレナリン受容体(AR)を対象としている。まず、哺乳類のARに対応するオリゴヌクレオチドプローブを用いて、哺乳類の1A-ARに62%の高い相同性を示すメダカのAR遺伝子、MAR1遺伝子を単離している。次に、MAR1タンパク質をアフリカツメガエル卵母細胞(卵母細胞)に発現させ、MAR1の薬理学的な性質を明らかにしている。魚類で1A-ARの遺伝子とその機能が明らかにされたのは、初めてのことである。

 3章では卵母細胞を用いてORの発現系を構築している。ORタンパク質は嗅細胞以外の細胞では発現が困難であったため、ORタンパク質そのものに改変を加えることにより、発現量の増加を図っている。方法としては、タンパク質を分泌経路で発現させる効果がある3種類のシグナルリーダー配列(5HT、V、VL)をORタンパク質のN末端に付加している。メダカを含む魚類のORや哺乳類のORについて検討しており、その結果、特にVLと言うシグナルリーダー配列が多くのORタンパク質の発現量を増加させることを示している。卵母細胞においてORタンパク質の安定した発現に成功したのは初めてのことである。

 綜合討論では発現したORの機能について述べられている。リガンドの判明しているORタンパク質を安定に発現する卵母細胞がリガンドに十分に応答しなかったことから、卵母細胞中にORの機能が発現するために必要な分子(補助分子)が欠けていることを予想している。実際の嗅細胞内では、補助分子はORの折り畳みや輸送に関与していることを推定したうえで、補助分子をクローニングするための計画を述べている。

 以上のように、論文提出者は感覚受容の各過程で機能する各種の7TMDRをメダカにおいて同定し、更にその機能を同定するための手段を卵母細胞を用いて確立している。このような結果は、将来的に7TMDRの生体内での機能を明らかにする際に、非常に有効な手段となることが予想される。また、以上の結果のうち、1、2章の結果は共著論文として発表されており、3章の結果は共著論文として投稿中であるが、いずれの場合も論文提出者が主要な寄与をしたことが認められている。

 従って、本論文の著者は博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク