本研究はメダカの7回膜貫通型受容体(7TMDR)を対象としている。論文は4章からなり、序論では研究の背景について、1章ではメダカの嗅覚受容体の遺伝子構造と発現部位について、2章ではメダカのアドレナリン受容体遺伝子とタンパク質の機能について、3章ではメダカの嗅覚受容体タンパク質の発現について述べられており、最後に綜合討論がなされている。 背景としては、脊椎動物は環境の刺激を神経系で処理しており、このような神経機能には神経系に発現する各種の7TMDRが関与していることことを述べている。このような7TMDRの機能を解析するためには、メダカの神経系が適していることを述べ、メダカの7TMDRの解析を行っている。 1章では末梢神経系の化学感覚器に発現する7TMDRである嗅覚受容体(OR)を対象としている。染色体DNAに対するPCRとゲノムライブラリーのスクリーニングにより、新たなOR遺伝子サブファミリーYを同定し、以前に遠藤らが同定していたメダカのサブファミリーEと比較して解析している。まず、アミノ酸配列に関しては、サブファミリーEが既知の魚類のORに近縁(相同性49%)であるのに対して、サブファミリーYは既知の魚類のORと哺乳類のORどちらからも離れている(両方に対して相同性30%前後)ことを示している。さらに、メダカの嗅上皮において、サブファミリーYのmRNAが発現している細胞の割合はサブファミリーEの場合より4倍程度高いことを明らかにしている。このように、メダカが、アミノ酸配列やmRNAの発現パターンの点で既知の魚類とは明確に異なるORを有することを示したのは初めてのことである。 2章では、より中枢側の神経系や内分泌系で機能する7TMDRであるアドレナリン受容体(AR)を対象としている。まず、哺乳類のARに対応するオリゴヌクレオチドプローブを用いて、哺乳類の1A-ARに62%の高い相同性を示すメダカのAR遺伝子、MAR1遺伝子を単離している。次に、MAR1タンパク質をアフリカツメガエル卵母細胞(卵母細胞)に発現させ、MAR1の薬理学的な性質を明らかにしている。魚類で1A-ARの遺伝子とその機能が明らかにされたのは、初めてのことである。 3章では卵母細胞を用いてORの発現系を構築している。ORタンパク質は嗅細胞以外の細胞では発現が困難であったため、ORタンパク質そのものに改変を加えることにより、発現量の増加を図っている。方法としては、タンパク質を分泌経路で発現させる効果がある3種類のシグナルリーダー配列(5HT、V、VL)をORタンパク質のN末端に付加している。メダカを含む魚類のORや哺乳類のORについて検討しており、その結果、特にVLと言うシグナルリーダー配列が多くのORタンパク質の発現量を増加させることを示している。卵母細胞においてORタンパク質の安定した発現に成功したのは初めてのことである。 綜合討論では発現したORの機能について述べられている。リガンドの判明しているORタンパク質を安定に発現する卵母細胞がリガンドに十分に応答しなかったことから、卵母細胞中にORの機能が発現するために必要な分子(補助分子)が欠けていることを予想している。実際の嗅細胞内では、補助分子はORの折り畳みや輸送に関与していることを推定したうえで、補助分子をクローニングするための計画を述べている。 以上のように、論文提出者は感覚受容の各過程で機能する各種の7TMDRをメダカにおいて同定し、更にその機能を同定するための手段を卵母細胞を用いて確立している。このような結果は、将来的に7TMDRの生体内での機能を明らかにする際に、非常に有効な手段となることが予想される。また、以上の結果のうち、1、2章の結果は共著論文として発表されており、3章の結果は共著論文として投稿中であるが、いずれの場合も論文提出者が主要な寄与をしたことが認められている。 従って、本論文の著者は博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。 |