学位論文要旨



No 114817
著者(漢字) 外崎,明子
著者(英字)
著者(カナ) トノサキ,アキコ
標題(和) 造血幹細胞移植を受ける患者の無菌室在室期前後の心理的安定に関する要因の分析
標題(洋)
報告番号 114817
報告番号 甲14817
学位授与日 1999.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1525号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,泰子
 東京大学 教授 浅野,茂隆
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 助教授 山下,直秀
内容要旨 緒言

 わが国における造血幹細胞移植(以後、移植)は血液疾患に対する根治的な治療方法として急速に普及してきている。しかし移植後早期の死亡率も低くなく、移植前処置による身体的侵襲が大きく、無菌室への隔離や身体的苦痛が強い場合でも感染予防のセルフケアが必須であることなど、患者の積極的な治療参加がなくては成功しえない治療方法である。このためこれを受ける患者の心理的負担が非常に大きい治療法といえるが、患者が心理的な安定に向けどのように対処しているのかについては未だ解明されていない。そこで本研究は移植を受ける患者の無菌室入室前から退室後までの期間の心理的安定に関する要因を明確にすることを目的とした。

本研究の概念枠組み

 本研究ではまずパイロットスタディとして継続的面接調査を実施し、これに基づいて概念枠組みを作成した。研究デザインは移植前の移植の受容、無菌室在室期の適応、および無菌室退室後の心理的安定度の3段階について構成要因の関連性を検証するものである。移植の受容に関する概念枠組み(図1)では、受容を「現実的な認識を持ち心理的に安定した状態」と定義し、移植を脅威としで認識する程度(脅威度)と脅威を軽減するために楽観的にとらえる程度(楽観度)のバランスによって規定されるものと考えた。そしてこの脅威度と楽観度を導く対処方法の選択には患者の個人的特性因子(疾患・移植・心理的・ソーシャル・サポートおよび社会的属性の各因子)が影響しているとした。続く無菌室在室期および退室後の心理的安定に関する概念枠組み(図2)では、在室期の適応をセルフケア(内服)実施率と情動反応で評価するものとし、適応・対処に影響を及ぼす因子として移植受容度とその構成因子、身体的苦痛要因、無菌室在室期ソーシャル・サポート因子をあげ、適応と対処の結果を退室後の心理的安定度で評価するものとした。

方法

 1.対象 1998年9月から1999年3月までに血液疾患の治療目的で初回造血幹細胞移植を受ける16歳以上の日本人で、研究参加への理解と協力が得られた者43例である。調査は関東・東海地方の7施設で実施した。このうち無菌室退室後の調査対象は21例である。

 2.調査方法 質問紙調査および病歴調査を、移植前処置開始前と無菌室退室後の2回実施した。質問紙のうち既存の尺度を利用したちの以外はパイロットスタディの結果から質問文を作成し、看護研究者および移植医により内容的妥当性を、因子分析法により構成概念妥当性を、Cronbachの係数により内的整合性を検討した。質問紙の構成は、移植受容度とその構成因子の調査項目は、移植に対する現実的な認識、心理的安定の指標として状態不安(状態・特性不安検査法)、脅威度、楽観度、移植前の対処方法、個人的特性としてソーシャルサポート状況、オプティミズム傾向(以下、LOT/P)、移植決意時の本人関与の割合(以下、本人関与)である。また無菌室退室後については、無菌室在室期の適応状況、対処方法、ソーシャル・サポート状況および状態不安である。病歴調査は社会的属性、疾患名、現病歴、移植形態、インフォームド・コンセントの内容、無菌室在室期の身体症状(嘔吐、排便、体温、疼痛)と内服実施率をデータ収集した。

 3.分析方法 概念枠組み(図1および2)に沿い、図の左側の因子を説明変数に、右側の因子を基準変数におくという方法で重回帰分析を繰り返した。

結果

 1.対象の属性 男性27例、女性16例で、平均年齢は35.02歳であった。疾患は急性骨髄性白血病と慢性骨髄性白血病がそれぞれ15例で最も多く、移植形態では血縁者間骨髄移植が25例と最も多かった。対象者全員に病名告知がなされていた。

 2.自己開発質問紙の検証 移植受容度とその構成因子に関する質問紙および無菌室在室期の状況に関する質問紙の因子分析および内的整合性に関する検証結果を表1および2に示した。

 3.全体の関連性 移植受容度とその構成因子の関連(図3)では、個人的特性因子の中で年齢、本人関与、LOT/P、診断から移植までの期間、および疾患群(急性/慢性)、さらに移植前日数を説明変数とした。移植受容度には脅威度から負の標準偏回帰係数(以下、パス)(=-.46,p<.05)が示されたが、楽観度からのパスは認められなかった。移植受容度の寄与率(R2)は.62であった。脅威度(R2=.57)に対してはLOT/P(=-.41,p<.05)および医療者の情緒的サポート(=-.34,p<.05)が負のパスを示し、また疾患群では急性疾患群の方が脅威度は高かった。また楽観度(R2=.55)と脅威度の間は中等度の負の相関関係(r=-.50,p<.01)にあった。

図表図1 概念枠組み -移植の受容- / 図2 概念枠組み -無菌室在室期および退室後の心理的安定- / 図3 移植受容度とその構成因子の要因関連図 / 表1 移植受容度とその構成因子自己開発質問紙の検証 / 表2 無菌室在室期適応・対処自己開発質問紙の検証

 次に無菌室在室期の適応および対処をそれぞれ基準変数にして重回帰分析を行った(図4)。開放性適応(R2=.65)に対しては、移植前問題解決的対処からの非常に強い正のパス(=.74,p<.001)が示され、脅威度からも強い負のパス(=-.68,p<.01)が示された。非焦燥性適応(R2=.63)に対しては年齢と無菌室医療者サポートから正のパスがあり、LOT/Pからの強い負のパス(=-.69,p<.01)が示された。内服実施率に対しては有意なパスは認められなかった。回避的対処(R2=.52)に対してはLOT/Pから正のパス(=.49,p<.05)が示され、移植受容度から負の強いパス(=-.61,p<.05)が示された。続いて無菌室退室後の心理的安定に対して、移植前の因子と無菌室在室期の因子を説明変数にして重回帰分析を実施した。心理的安定度(R2=.73)に対して脅威度から非常に強い負のパス(=-.76,p<.001)が認められ、平均嘔吐回数、最高疼痛レベル、平均排便回数から正のパスが示された(図5)。

図表図4 無菌室在室期 適応・対処の要因関連図 / 図5 無菌室退室後 心理的安定度の要因関連図
考察

 移植に対する脅威的な認識は、移植受容度に対して負のパスを示し、続く無菌室在室期においては開放性適応に負の影響を示しており、脅威度が高いと適応を抑制する方向に寄与することが明らかとなった。また移植受容度が低い場合、不適応的な対処方法である回避的対処が促進され、また脅威度は無菌室退室後の心理的な安定度をも低下させていた。そして脅威度は無菌室入室前の医療者による情緒的なサポートを強化することによって低減することが可能であることが示された。またLOT/Pは移植前においては脅威度を軽減して心理的安定に寄与するが、無菌室在室期においては回避的対処を促進し、適応を抑制する傾向にあった。このことからLOT/Pが高い場合は、無菌室在室期に想像を超えた身体的苦痛を伴なった場合、自己の能力の失墜を感じて不適応的な結果をまねく可能性が示され、LOT/Pによって移植前に無菌室在室期の状況の予測が可能となることがわかった。

結論

 1.移植に対する脅威的な認識は、移植受容度を低下させ、続く無菌室在室期において適応を抑制する方向に寄与し、さらに無菌室退室後の心理的な安定度をも低下させていた。

 2.脅威度は無菌室入室前の医療者による情緒的なサポートを強化することによって低減することが可能であることが示された。

審査要旨

 本研究は、造血幹細胞移植(以後、移植)を受ける患者が移植前から無菌室在室期を経て無菌室退室後までの時期を心理的に安定して過ごすことができるようにするために、この過程に関わる要因について明らかにすることを目的とした。質問紙調査法および病歴調査を実施し、移植前の移植の受容、無菌室在室期の適応、および無菌室退室後の心理的安定度の3段階について構成要因の関連性を重回帰分析により検証し、下記の結果を得ている。

 1.移植開始前に移植に対する脅威的な認識(脅威度)が強い場合は、移植受容度(移植に対して現実的な認識を持ち心理的に安定した状態の程度)を低下させ、続く無菌室在室期においては無菌室への適応を抑制する方向に寄与し、さらに無菌室退室後の心理的な安定度をも低下させていることが示された。

 2.移植前の移植受容度が低い場合、無菌室在室期においては不適応的な対処方法である回避的対処が促進されることが示された。

 3.脅威度は、移植前の医療者による情緒的なサポートを強化することによって低減することが可能であることが示された。

 以上、本論文は移植を受ける患者の移植前から無菌室在室期を経て無菌室退室後までの時期の心理的な安定に関わる要因について明らかにした。本研究はこれまで実証的研究が存在しなかった移植を受ける患者の心理的な安定に関する過程を解明し、この期間の看護援方法について具体的な方法を提示することでこの領域において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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