学位論文要旨



No 114819
著者(漢字) 矢花,聡子
著者(英字)
著者(カナ) ヤバナ,サトコ
標題(和) 分裂酵母の減数分裂誘導期における増殖抑制機構の解析
標題(洋)
報告番号 114819
報告番号 甲14819
学位授与日 1999.12.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3673号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 講師 名川,文清
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 前田,達哉
内容要旨

 減数分裂は、有性生殖のために細胞が行う分化であり、我々ヒトを含む多細胞生物一般に広く保存された分裂様態である。現在、体細胞増殖に関する研究は大きな進展を遂げている一方、有性生殖を可能にするための基本的な生命現象である減数分裂過程への移行の制御機構に関する詳細な分子機構は未だ明らかにされていない。分裂酵母は分子遺伝学的解析が容易であることから、単細胞生物から高等生物に至る真核生物に一般的に保存されている生命現象の研究において非常に有用な研究手段となっている。分裂酵母は接合型がh+/h-の二倍体細胞であれば、培地中の栄養源枯渇に応じて細胞周期をG1期で停止させた後に減数分裂・胞子形成過程へと細胞分化する。RNA結合タンパク質であるMei2pは減数分裂の開始および進行に決定的な因子であり、Pat1キナーゼは減数分裂の阻害因子であると考えられてきた。mei2はその破壊株や温度感受性変異株を用いた解析から、減数分裂前DNA合成の開始および減数第一分裂の開始に必須の機能を果たすことが分かっている。最近になって、Mei2pが細胞質から核内に移行してドットを形成することが減数第一分裂の開始に必要で、減数分裂特異的なRNAであるmeiRNAがMei2pの核移行をサポートするのに必須であることが明らかになった。さらにこれまでの解析から、Mei2pはG1期停止にも作用点を持つことが示唆されているが、具体的なMei2pの機能活性、機能標的因子に関しては未だ解決されていない。本研究は、Mei2タンパク質による増殖停止機構に注目し、体細胞分裂により増殖を繰り返している細胞がいかなる機構を経て減数分裂を開始するのかという、細胞分化の基本的な分子機構を解明することを目的としている。

結果序章 mei2遺伝子の活性型変異の単離

 mei2の具体的な機能を探るために、制御が効かなくなった活性型mei2を単離することを試みた。PCRを利用してmei2へのin vitro mutagenesisを行い、野生型細胞に発現させて一倍体胞子形成を強制的に引き起こす活性型のmei2を4クローン単離した。これらのクローンを発現する細胞は増殖が阻害される。得られた活性型mei2クローンの変異部位を特定すると、リン酸化を受けると考えられる2つの部位を中心に置換が生じていたことが判明した。その後、共同研究者の解析により、Pat1キナーゼがMei2pをリン酸化する2つのアミノ酸残基が特定され、遺伝学的解析から示唆されていた通り、Mei2pは減数分裂の開始および進行に正に働く因子であり、Pat1キナーゼはMei2pを直接リン酸化して不活性化することによって減数分裂への移行を抑止する因子であるという図式が証明された。

本章 減数分裂誘導期における増殖停止を抑圧するmip1遺伝子の単離および解析

 Pat1pによりリン酸化を受ける2つのアミノ酸をアラニンに置換したmei2(mei2-SATA)は活性型となった。そこでmei2-SATAを安定に過剰発現させるために、チアミンによるon-offが人為的に制御可能なnmt1プロモーター制御下においたmei2-SATAをゲノム上に組み込んだ。発現を誘導すると、減数分裂を開始して細胞は増殖不能となった。mei2の機能標的因子を探るために、mei2-SATAによる致死性を多コピーで抑圧する遺伝子を単離し、そのひとつをmip1(Mei2 interacting protein)と命名して詳しく解析した。Mip1pはC末端付近にWDリピート構造を含む新規のタンパク質であり、そのホモログは真核生物一般に広く保存されている。スクリーニングで得られたmip1(mip1-15)はN末端を欠如していたため、全長をコロニーハイブリダイゼーションで得たところ、全長のmip1はmei2-SATAを発現する細胞の増殖不能の表現型を過剰発現によって抑圧することができなかった。さらに、pat1-114の高温における増殖不能はmip1-15の過剰発現で抑圧できるが、mip1の過剰発現では抑圧できなかった。

 mei2とmip1は遺伝学的な関係があることが示されたので、タンパクレベルにおける直接的な相互作用についての検討を行った。Yeast two hybrid systemを利用してMip1pまたはMip1-15pおよびMei2pが相互作用する可能性を検討したところ、Mip1pとMei2pおよびMip1-15pとMei2pを共発現させると、ガラクトシダーゼアッセイによりポジティブシグナルが得られた。さらに、Mip1pとMei2pがin vivoで複合体を形成することを確かめるために免疫沈降を行った。mip1のC末端にFLAG Tagを付加し、mei2のC末端にHA Tagを3つ付加し、これらで共形質転換した野生株からタンパク質を抽出し、抗FLAG抗体を用いて免疫沈降を行った。プロテインセファロースを用いてMip1-FLAGを沈降させ、得られた免疫沈降物を抗HA抗体および抗FLAG抗体を用いてウエスタンブロットを行ったところ、Mip1またはMip1-15を発現させた場合のみMei2タンパクが検出された。しかも、Mip1-15の方がMip1よりも強くMei2と結合することが判明した。次に、Mip1の細胞内局在を調べるためにMip1のC末端にGFPを結合して野生型細胞に発現させて局在を観察したところ、Mip1-GFPおよびMip1-15-GFPはともに細胞質に局在することがわかった。この局在はMei2pの局在と一致する。さらに、Mip1-15を過剰発現させると、Mei2-GFPが細胞質で凝集することが判明した。以上の結果から、Mip1はin vivoでMei2pと直接結合し、Mip1-15はMei2とより強固に結合していることが分かった。

 mip1遺伝子を破壊した結果、mip1は生育に必須の遺伝子であることが四分子分析により判明した。胞子から発芽して増殖を停止した細胞は通常の細胞に比較して小さく、細胞が伸長する細胞周期変異体とは異なる表現型を示した。mip1-15はmip1破壊株を相補するが、チアミンが存在する培地中で増殖不能となった。そこでmip1をシャットオフしたときの最終的な表現型を調べた。細胞のDNA含量をフローサイトメトリーで測定すると、増殖が停止する17時間後に有意に1Cピークが現れ、26時間後にはおよそ50%が1Cピークを表し、このときの細胞長は短くなっていた。分裂酵母は同調していない培養条件においてG1期に存在する細胞は通常10%程度なので、1Cピークが50%現れたことはmip1破壊株が明らかにG1期に止まりやすいことを示している。以上の結果から、mip1は主にG1期からS期の進行に必要な増殖に必須の遺伝子であることが判明した。これらのことは、Mip1が単にMei2と相互作用するだけでなく、体細胞増殖にも機能することを示している。

 mip1とmip1-15は過剰発現の表現型に違いがみられる。野生型細胞に導入した際の接合率、胞子形成率は、mip1を過剰発現しても変化はみられないが、mip1-15を発現させると接合率および胞子形成率ともに量依存的に有意に低下した。さらに、mip1破壊株でmip1-15を発現させると、プロモーターからの発現量が低い場合にも接合率は顕著に低下した。そこで、mip1-15を過剰発現した場合の接合率の低下はMei2pを介したものであるかどうかを検証したところ、mip1-15過剰発現は、mei2破壊株の接合率およびmei2高発現株の接合率も低下させたために、ここでみられる接合不能はmei2とは独立に生じる表現型であると結論された。

考察と展望

 本研究において、Mei2と相互作用する、体細胞増殖に必須のmip1遺伝子を単離した。mip1は主にG1期からS期への移行に機能する因子である。Mip1ホモログが真核生物一般に高度に保存されていることから、細胞増殖に普遍的な機能を持つと考えられ、また、Mip1pのWDリピート構造は既知のWDリピートのファミリーと相同性を示さないことから、新規の機能を持つ遺伝子であことが推測されるが、その分子活性は未だ不明である。mip1のアリルであるmip1-15は、興味深い表現型を示した。すなわち、mip1-15は体細胞増殖に関してはある程度の活性を持つために正常に機能できるが、減数分裂過程においてはMei2に直接結合することによりその機能をほぼ完全に阻害した。mip1-15がmei2-SATAによる増殖不能を多コピーで抑圧できたのは、Mei2との結合能が本来のmip1に比べて大きく上昇したためではないかと考えられる。また、接合過程に関してはMei2非依存的に阻害したことから、Mei2以外にもMip1の標的因子が存在し、それはMei2とは異なる接合過程に特異的な因子であることが示唆された。このことはmip1-15が、減数分裂過程に特異的に表現型を示すアリルであることを示し、mip1が体細胞増殖のみならず、減数分裂過程においても機能を持つことを示唆している。今後はmip1がどのようにしてMei2の機能を制御するかを探ると同時に、Mip1と相互作用する因子の検索、mip1の温度感受性変異株の単離、mip1-15過剰発現による接合不能を抑圧する因子の単離などを行うことにより、mip1の機能が明らかになることを期待する。

審査要旨

 学位申請者矢花聡子は、分裂酵母の減数分裂開始因子の活性化に対して負に作用する遺伝子mip1を発見し、その産物が普段は減数分裂を促進する役割をもつが、N末端が欠けると減数分裂に阻害的に働くようになる作用機構を明らかにした。本学位論文はその経過を序章および本章にまとめたものである。

 分裂酵母の二倍体細胞は、培地中の栄養源枯渇に応じて細胞周期をG1期で停止させた後に減数分裂・胞子形成過程へと細胞分化する。Mei2は減数分裂の開始および進行に決定的な因子であり、Pat1キナーゼはMei2をリン酸化して不活化する減数分裂の阻害因子であると知られている。近年、Mei2が細胞質から核内に移行してドットを形成することが減数第一分裂の開始に必要で、meiRNAがMei2の核移行にmeiRNAというRNAが必須であることが示された。また、Mei2はG1期停止にも関与することが示唆されているが、Mei2の具体的な機能活性、機能標的因子は未知である。本研究はMei2による増殖停止機構に注目し、体細胞分裂により増殖を繰り返している細胞がいかなる機構を経て減数分裂を開始するのかという、細胞分化の基本的な分子機構を解明することを目的として開始された。

 序章では、Pat1キナーゼによる制御が効かなくなる活性型mei2の単離が述べられている。検索によって取得した活性型mei2の変異部位を特定すると、二箇所のリン酸化を受けると考えられる配列の周辺に置換が生じていた。この遺伝学的解析から示唆された2つのアミノ酸残基が実際にPat1キナーゼによるリン酸化を受けることが、並行して行われた共同研究者の解析で示された。これらのことから、Mei2は減数分裂の開始および進行に正に働く因子であり、Pat1キナーゼはMei2を直接リン酸化して不活性化することによって減数分裂への移行を抑止するという図式が証明された。

 Pat1によりリン酸化を受ける2つのアミノ酸をアラニンに置換したmei2(mei2-SATA)は活性型となり、mei2-SATAをゲノムに組み込み発現を誘導すると、細胞は減数分裂を開始して増殖不能となった。申請者は本章において、mei2機能を探る目的で、mei2-SATAによる致死性を多コピーで抑圧できる遺伝子を単離し、そのひとつをmip1(Mei2 interacting protein)と命名して詳しく解析した。この遺伝子の産物Mip1は、1313アミノ酸からなり、C末端付近にWDリピート構造を含むタンパク質であり、そのホモログは真核生物一般に広く保存されている。スクリーニングで得られたmip1(mip1-15)はN末端を欠如していたため、全長を得たところ、全長のmip1はmei2-SATAを発現する細胞の増殖不能を抑圧することができなかった。申請者は次いでMei2とMip1とのタンパクレベルにおける直接的な相互作用についての検討を行った。Two hybrid analysisからMip1およびMip1-15とMei2が相互作用する可能性が示唆された。さらに、Mip1とMei2が細胞内で複合体を形成することを確かめるために、免疫沈降実験を行ったところ、Mip1-15は強固に、Mip1は緩くMei2と結合することが判明した。Mip1の細胞内局在を調べたところ、Mip1は細胞質に局在していた。さらに、Mip1-15を過剰発現させると、Mei2が細胞質で凝集することが判明した。以上の結果から、Mip1は細胞内でMei2と相互作用し、Mip1-15はMei2とより強固に結合する結果その機能を阻害することが分かった。遺伝子破壊実験から、mip1は栄養成長に必須の遺伝子であることが判明した。mip1の発現を止めた細胞は、増殖が停止する際に有意にG1ピークが現れ、細胞長は短くなった。一方、mip1を1コピーしか持たない二倍体細胞は胞子形成率が有意に低下し、mip1が減数分裂の正常な進行に必須なものであることが示唆された。このことはmip1-15変異と野生型mip1とを共存させる実験でより直接的に証明された。mip1-15変異遺伝子は生育をサポートできたが、そのような一倍体株は接合をほとんど行わず、mip1-15が接合に関わる因子も阻害する可能性が示唆された。解析の結果、有性生殖のための転写因子Ste11がその標的と考えられた。

 まとめると、本研究において減数分裂制御因子Mei2と相互作用するMip1を同定した。Mip1は細胞増殖に必須で、かつ接合や減数分裂にも機能する因子であった。Mip1と相同なタンパク質は真核生物一般に高度に保存されており、細胞の増殖・分化に普遍的な機能を持つと考えられる。Mip1の機能としては、細胞の様々な活動に関わる複数のタンパク質と相互作用し、例えばその折り畳みや修飾を促すことによって、タンパク質の機能発現を助けている可能性が考えられる。また予備的な知見から、Pat1キナーゼによるリン酸化部位をMip1タンパク質が認識する可能性が示唆されている。

 以上、矢花聡子は分裂酵母におけるmip1遺伝子の働きを詳細に解析し、真核生物における新たなファミリー遺伝子の存在を示すとともに、その機能解析に道を拓いた。この業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいものであると審査員全員が判定した。なお本論文は渡辺嘉典、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、矢花聡子に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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