学位論文要旨



No 114826
著者(漢字) アラゲバンディアン,レザ
著者(英字) ALAGHEBANDIAN,Reza
著者(カナ) アラゲバンディアン,レザ
標題(和) RC骨組構造物の地震応答における歪速度と質量分布の影響
標題(洋) EFFECT OF STRAIN RATE AND DISTRIBUTED MASS ON EARTHQUAKE RESPONSE OF R/C BUILDINGS
報告番号 114826
報告番号 甲14826
学位授与日 2000.01.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4560号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨

 本論文は、「EFFECT OF STRAIN RATE AND DISTRIBUTED MASS ON EARTHQUAKE RESPONSE OF R/C BUILDINGS(RC骨組構造物の地震応答における歪速度と質量分布の影響)」と題し、英文で、全八章から成っている。

 地震動には水平成分と鉛直成分があり、これまで建築物の耐震設計では水平地震動に対する構造物の安全性を対象としており、鉛直地震動を考慮することはなかった。しかし、1995年兵庫県南部地震では震央近傍で大きな鉛直地震動が観測されたこと、鉛直地震動は床スラブの鉛直振動を励起し、柱の軸方向力に影響を及ぼすことなど、鉛直地震動が構造物の応答に及ぼす影響が重要であると指摘されている。

 本論文の目的は、質量が等分布する梁を有する鉄筋コンクリート造骨組について、水平地震動と鉛直地震動が同時に構造物の基礎に作用する非線形応答解析を行なって、その重要性を検討することである。特に、都市直下地震を想定して、地震動の鉛直成分を強調した応答解析により検討している。

 第1章「Introduction(序論)」では、建物の地震応答に対する鉛直地震動の影響に関する既往の研究を調査して示した。現在、最も普及している骨組の終局強度型耐震設計法では、大きな地震において梁端部に降伏を生じさせ、大きな塑性エネルギーを消費させると共に、構造物を支持する柱には損傷が生じないようにして安全性を担保している。しかし、鉛直地震動によって柱に大きな軸方向力が変動する場合は十分に考慮されていない。特に、建物が震央近くに位置するとき、地震動の鉛直成分が水平成分を超えて極めて大きくなることが予想される。さらに、震央近傍の所謂「直下型地震」では、床スラブの振動が卓越する短周期において、鉛直地震動は水平地震動よりも増幅率が大きくなり、床スラブに大きな応答が生じることが予想される。このため、床を支持する柱の軸方向力に対する鉛直地震動の影響は無視できないものと考えられる。

 本研究の目的は、震央近傍に位置する鉄筋コンクリート造骨組を想定し、水平成分と鉛直成分を有する地震動に対する構造物の非線形地震応答解析により、鉛直地震動の影響を明らかにすることである。

 第2章「Method of Nonlinear Earthquake Response Analysis(非線形地震応答解析法)」では、鉄筋コンクリート構造物の非線形応答解析の方法と基本的な仮定条件を示し、梁に質量が分布する骨組の非線形地震応答解析プログラム「BASIJ」の主な特色を説明した。解析では、梁を軸に沿って複数の要素に分割し、鉛直振動に有効な床の質量が梁の内部節点と柱の中心軸上に分布するものとした。梁要素の両端には非線形復元力特性を有する回転ばねを設定した。重力による鉛直荷重の効果を考慮するため、地震応答解析に先立ち、梁要素の質量を固定荷重の大きさまで徐々に増加させた漸増戴荷解析を行なっている。地震応答解析における動的運動方程式の数値解はNewmark Beta法を用いた。

 構造物の非線形性については、大変形に伴なう幾何学的非線形性を無視し、材料の非線形性だけを考慮した。梁要素端の回転ばねの復元力特性は、部材のモーメントー曲率関係に比例するモーメント-回転角関係で表し、3本の折れ線を用いたトリリニア型包絡線を仮定した。履歴モデルは複数用意したが、本研究では鉄筋コンクリート部材の特性を表すTakedaモデルを使用した。柱の軸方向剛性は線形弾性であると仮定した。減衰は速度に比例する粘性減衰とし、減衰係数は質量マトリックス及び初期剛性マトリックスに比例すると仮定した。

 第3章「Near Field Earthquake Motions(近地地震動)」では、震央近傍の所謂「直下型地震」における地震動を集めて、それらの特徴を調べた。解析には7つの地震動記録を用いた。これらの記録では、鉛直地動最大加速度が水平地動最大加速度を越える場合が見られる。また、短周期の領域では、鉛直地震動の加速度応答スペストルの地震動加速度最大値に対する増幅率が、水平地震動の場合よりも大きくなることを明らかにした。

 第4章「Effect of Distributed Mass on a Single-story Building(1層建物における分布質量の影響)」では、梁の質量分布が地震の鉛直動と水平動による応答に及ぼす影響を調べる目的で、1995年兵庫県南部地震において神戸海洋気象台で観測された記録を用いて、単層単スパン鉄筋コンクリート造建物について、梁に沿って質量を分布させたモデルと柱梁接合部に質量が集中するモデルの地震応答を比較検討した。鉛直地震動を受けても、二つの異なる質量分布を有するモデルでは層の水平変位応答には大きな差異が認められなかったが、柱の軸方向力の変動幅に大きな差が生じることを明らかにした。

 第5章「Effect of Gravity Load and Varying Span Length(鉛直荷重とスパン長さの影響)」では、梁の長さを変えることにより鉛直振動が励起される影響を調べる目的で、梁のスパン長を5種に変化させた単層単スパンの鉄筋コンクリート造骨組の解析を行った。地震動記録として、1995年兵庫県南部地震における神戸海洋気象台記録、1994年ノースリッジ地震における記録など、直下型地震で鉛直地震動成分が大きなものを選んだ。応答としては、水平変位、柱軸力、骨組の挙動履歴、部材の塑性要求、梁の鉛直変位と鉛直加速度、回転慣性力の影響について検討した。この結果、構造物に大きな鉛直地震動が作用しても、梁スパン長さに関わらず層間水平変位や層せん断力の応答はほとんど影響を受けないが、柱の軸方向力や梁の鉛直変位の大きさは大きく影響される。特に、柱方向軸力がもっとも影響が大きい。床の質量が柱梁接合部に集中するモデルでは、地震動による柱の最大軸方向力の大きさは、重力による静的な軸方向力に比べてほぼ一定の値になる。しかし、梁に質量が分布するモデルでは、梁の鉛直振動による周期が梁の長さにより異なること、梁の鉛直振動が励起されることににより、地震時に変動する柱の軸方向力の幅は鉛直地震動の加速度に比例することを明らかにした。

 第6章「Contribution of Vertical Motion to Total Axial Force and Bending Moment of Columns(鉛直地震動の柱軸力および曲げモーメントに及ぼす影響)」では、梁の質量分布と地震動の鉛直成分が柱の曲げ耐力を支配する軸方向力に対する影響を調べる目的で、梁のスパン長さを変えた単層単スパンの鉄筋コンクリート造骨組について、震央近傍で観測された地震記録を用いて応答解析を行った。柱の総軸力と曲げモーメントに対する鉛直地震動の影響についても検討を行った。柱の総軸方向力に対する鉛直地震動による軸方向力の変動割合は、梁の鉛直振動周期における鉛直地震動の応答加速度スペクトル値と深く関係する。その割合は骨組のスパンが長くなり固有周期が長くなるに連れて小さくなり、鉛直地震動の応答加速度スペクトル値が最大となる周期に対応るする梁スパン長さのときに、その割合も最大となった。

 第7章「Effect of Distributed Mass in Multi-story Buildings(多層建築物における分布質量の影響)」では、鉛直振動が複雑に励起される多層骨組における鉛直地震動の影響を調べるために、6層2スパン鉄筋コンクリート造骨組を取り上げ、柱梁接合部に質量を集中させた慣用的なモデルと梁に質量を分布させたモデルについて、地震動の鉛直成分と水平成分に対する応答、特に、柱軸方向力、水平変位、梁の鉛直変位、梁部材の塑性率などに着目して検討した。地震動としては、1995年兵庫県南部地震における神戸海洋気象台記録、1994年ノースリッジ地震における観測記録を用いた。構造物に大きな鉛直地震動が作用しても、骨組の層間変位や層せん断力の応答の大きさはあまり影響を受けなかったが、柱の軸方向力や梁の鉛直変位は大きく影響を受けた。低層建物や中高層建物の内部柱のように地震動の水平方向の寄与が小さい時、鉛直地震動が柱の軸方向力に与える影響が顕著になる。鉛直地震動による柱の軸方向力変動幅の最大値は、鉛直地震動の強さに比例して増加することを明らかにした。

 第8章「Conclusions(結論)」では、研究結果をまとめ、結論と今後の検討課題を示した。本論文の結論は以下にまとめることができる。

 (1)地震動の鉛直成分および梁に分布する質量によって生じる鉛直振動が、構造物の水平層変位と層せん断力応答に及ぼす影響は小さい。

 (2)地震動の鉛直成分による構造物の振動は、柱の軸方向力に影響を与える。これは、地震時に変動軸方向力が生じない骨組の内柱で著しい。

 (3)鉛直地震動を受ける骨組では、梁の質量分布が重要であり、柱の軸方向力に影響を与える。骨組の鉛直振動周期が梁の鉛直振動によって支配される低層建物においては、梁の質量を考慮することにより柱軸方向力が増大する。しかし、骨組の鉛直振動モードが柱の軸方向振動に支配される中高層建物では、梁に分布する質量の影響は小さく、柱軸方向力の変動は大きくない。このように、低層建物の柱の設計用軸方向力を検討する場合には、梁の分布荷重を考慮する必要がある。

 (4)鉛直地震動により生じる柱の軸力の変動幅は、鉛直地震動の強さに比例する。

審査要旨

 本論文は、「Effect of Strain Rate and Distributed Mass on Earthquake Response of R/C Buildings(RC骨組構造物の地震応答における歪速度と質量分布の影響)」と題し、1995年兵庫県南部地震のように震央近傍で観測される地震動に大きな振幅を有する鉛直地震動による鉄筋コンクリート構造物の非線形地震応答について検討したもので、本文は英文で全8章からなる。

 第1章「Introduction(序論)」では、震源近傍の地震動では鉛直地震動の減衰が小さく、水平地震動とほぼ同程度の最大加速度が生じることから、床重量の重い鉄筋コンクリート(RC)構造では鉛直地震動による床振動の影響を無視できないことを指摘し、本研究の目的は骨組に作用する鉛直地震動による梁の分布質量に励起される応答を明らかにすることとしている。鉛直地震動による骨組構造物の応答に関する既往の研究では、質量を柱梁接合部に集中させているために、床振動が無視されていることを指摘している。

 第2章「Method of Nonlinear Earthquake Response Analysis(非線形地震応答解析法)」では、既往の非線形地震応答解析の方法を整理し、本研究のために新たに開発した非線形応答解析について、解析の仮定、骨組部材のモデル、剛性行列の作成、履歴モデル、質量、減衰、数値積分法、不釣合い力の解除などの基本的な手法を説明している。骨組解析に使用したモデルあるいは解析法は既存のものであるが、梁に分布する質量による鉛直振動を取扱えるところが新しい。

 第3章「Near Field Earthquake Motions(近地地震動)」では、これまでに観測された震源近傍の地震動特性に関する既往の研究を調べると共に、1994年Northridge地震における震源近傍における観測記録の特性を調べて、震源に極めて近い場所では鉛直地震動の振幅が水平地震動よりも大きくなること、卓越周期は水平地震動よりも短いこと、短周期領域において応答増幅が大きいことを指摘している。

 第4章「Effect of Distributed Mass on a Single-story Building(1層建物における分布質量の影響)」では、鉛直地震動の構造物応答に及ぼす基本的な影響を調べると共に、基本的な問題を明らかにするために、1層1スパン鉄筋コンクリート造骨組を取り上げ、質量を柱梁接合部に集中させたモデル、梁に分布させたモデルについて、水平変位、梁鉛直変位、柱の軸力を比較検討して、梁の分布質量を考慮することにより主として部材の応答に影響が現れることを明らかにしている。

 第5章「Effect of Gravity Load and Varying Span Length(鉛直荷重とスパン長さの影響)」では、1層1スパン建物を設計し、スパン長さが異なる梁に分布質量を考慮した場合に、鉛直地震動による部材応力を鉛直荷重による応力と比較検討した結果を詳細に報告している。その結果、鉛直地震動は、柱の軸力への影饗が大きく、骨組の塑性ヒンジ発生位置および部材塑性率の大きさにも影響を与えることを明らかにしている。

 第6章「Contribution of Vertical Motion to Total Axial Force and Bending Moment of Columns,(鉛直地震動の柱軸力および曲げモーメントに及ぼす影響)」では、スパン長さを変数とする1層1スパン建物について、複数の地震動を用いた非線形地震応答解析を行い、水平地震動と鉛直地震動による柱の軸力および曲げモーメントの変動を調べている。その結果、鉛直地震動と分布質量を考慮することにより柱の曲げモーメントが著しく増大すること、鉛直荷重による軸力に比べて振動による変動軸力の大きさは比較的小さいこと、震央近傍の鉛直成分が卓越する地震動により柱応力が増大すること、短スパン梁骨組の方が柱の軸力に及ぼす鉛直地震動の影響が大きいこと、などを明らかにしている。

 第7章「Effect of Distributed Mass in Multi-story Buildings(多層建築物における分布質量の影響)」では、梁に質量を分布させた6層2スパン骨組について2種類の地震動記録を用いて非線形地震応答解析を行い、水平動による軸力変動が少ない内柱では鉛直地震動による軸力変動が大きいこと、鉛直地震動と分布質量の相乗効果により柱軸力が大きく変わること、柱の軸力変動幅は鉛直地震動の大きさにほぼ比例すること、などを明らかにしている。

 第8章「Conclusions(結論)」では、本研究を要約し、梁に分布する質量および地震動の鉛直成分は、構造物の水平変位応答に対する影響は小さいが、1層1スパン骨組では部材の履歴挙動、柱の軸力と曲げモーメントの相互作用、梁の塑性ヒンジ形成位置などに影響を与えること、多層多スパン構造では柱の軸力の大きさに影響を与えること、などを結論としている。

 本論文は、耐震構造設計では無視されることが多かった地震時における鉛直地震動が鉄筋コンクリート構造物の応答に及ぼす影響について検討したものであり、地震工学に対する貢献が認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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