学位論文要旨



No 114827
著者(漢字) 張,会来
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,カイライ
標題(和) エンジン内部流れのラージエディシミュレーション
標題(洋) Large Eddy Simulation of Engine In-Cylinder Flow
報告番号 114827
報告番号 甲14827
学位授与日 2000.01.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4561号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 助教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 本論文の目的はLES(Large Eddy Simulation)を用いてエンジンシリンダー内部流れを予測することである。

 まず、Co-located格子系を用い一般座標系のLESコードを開発し、一様等方乱流と曲線格子チャンネル乱流を検証し、このコードの有効性を確認する。複雑流れ場の計算の際に格子直交性を保つためにマルチブロックは必要がある。Co-located格子系から構成したコードは各ブロック間の情報交換と境界条件の設定を簡単にできる。これもCo-located格子系を使う理由である。しかしCo-located格子系は速度と圧力の計算点を同じセル中心に設置する原因で、圧力の繋がりの奇数/偶数モードが失い、非物理振動が許してしまう。この欠点について、本論文は反変速度を求める際、圧力の繋がりの奇数/偶数モードを実現できるように工夫し、非物理振動を抑えることを実現した。

 第二、高いReynolds数かつ複雑流れ場の数値解析に対して壁面付近で過密格子を作るのは、計算機の実用上に困難であることを専念にして、一般座標系に用いられ易い壁法則を森西らの直交座標系の壁法則から拡張し、第一格子点の位置によるNO-slip条件と壁法則を自動的に切り替えることができ、その有効性がチャンネル乱流、移動格子チャンネル乱流、Couette-Poiseuille乱流などにより検証した。更に、錐形弁噴流(燃焼器)、エンジンシリンダーなどの数値計算に利用できるようにした。

 第三、スマゴリンスキモデルの導出過程について再評価を試み、格子解像度スケール(R)、フィルタースケール(F)、および、数値Kolmogorovスケール(N)の三つの新しいスケールを導入することによってLES数値解の格子解像度の依存性を考慮して、新たにN-SGSモデルを導出した。このモデルは次の利点を期待できる:1)モデル定数(Cs)はLES数値解の格子解像度によらず、スマゴリンスキ定数の理論値(Cs〜0.17)から与えられる。2)実質的なモデル定数CはLES数値解によりダイナミックに与えられるのでBackward Scatter現象予測の可能性がある。3)実質的なモデル定数Cが局所格子分割と流れ場の状況に応じて調整される。さらに格子解像度の指標とした(N/R)は0〜1間に変化し、従来のスマゴリンスキーモデルとDNSとの整合性を持つことが望まれる。新しいモデルを一様乱流とチャンネル乱流(図1)により検証した。更に、錐形弁噴流(燃焼器)数値計算に利用しその結果とSmagorinskyモデルを比較しよい結果が得られた。

 第四、後述の回転エンジンのLES計算を検証するために、可視化エンジンを利用して、PIV実験が行った(図2)。三つの回転数実験を行い、吸気終わり段階で強いスワールを観察できた。更に回転数が上がるにつれ、乱れ強度が強くなることが分かった。これは燃焼速度と乱れ強度の線形関係があるので、回転数を上回しても燃焼クランク角度が変化なしと言う現象の根拠を示した。

 第五、駆使されているエンジンの吸気、圧縮過程がLESで計算した。ここで、基本方程式が準圧縮性を仮設し、ガス状態方程式によって事前に求められた温度、密度、背景圧力とRe数の時間変化が基本方程式に使われることにする。この計算では、移動格子が用い、計算結果から、二つ重要なことが分かった。一つは実験より得難いスワール比のクランク角度の変化状況が得られた。120クランク角度の時、スワール比はピーク値となり、圧縮上死点まで2/3のピーク値のスワール強度が残されたことが分かった。二つ目はクランク角度平均による計算した乱れ強さが吸気初期に強く、圧縮上死点にほとんど残されてないことが分かった。図3は下死点のとき、エンジンポート形成したスワール速度ベクトルの様子を示している。

図表Fig.1 The Profile of Steamwise at Re=360(Lift)and Re=1280(Right)With New SGS Model(N-SGS Model) / Fig.2 Photo of In-Cylinder Flow by PIV / Fig.3 Swirl flow in cylinder by LES
審査要旨

 本論文は「Large Eddy Simulation of Engine In-Cylinder Flow」(エンジン内部流れのラージエディシミュレーション)と題して,非定常複雑流れ場であるエンジンポートシリンダーを対象としてラージエディシミュレーション(LES)による数値解析方法を構築し,エンジン性能に関わる吸入流れの渦構造の時間変化を解明したものである.

 第1章では,研究の目的と内容が述べられている.ここではエンジン内部流れの複雑性と非定常性を取り上げ,LES適用の必要性およびその課題について述べられている.

 第2章では,エンジン内部流れにおける数値解析の研究状況について言及し,従来の時間平均乱流モデルによる数値解析,あるいは時間平均的実験解析からでは得難いような流れの瞬時特性の重要性を指摘し,その解明方法としてLESの優位性が詳しく述べられるている.

 第3章では,LESの乱流モデルとしてN-SGSモデルを提案している.すなわち,SGS(Sub-Grid Scale)散逸モデルとして普及しているスマゴリンスキ渦粘性モデルに対してその導出過程について瞬時場特性を考慮して再評価を試み,格子解像度スケール,フィルタースケールに加えて数値Kolmogorovスケールとよぶ新しいスケールを導入することによって,LES数値解の格子解像度への依存性を考慮し,低Re数乱流場にも適合できる新しいSGSモデルとしてN-SGSモデルを提案している.

 第4章では,複雑形状をもつ流れ場に適用しやすい一般座標系Co-located格子系LES計算コードを構築している.特に,Co-located格子系特有の非物理数値振動が抑えられる差分スキームを導入した上で,この計算コードが直交格子,曲線格子,移動格子のいずれにおいても有効であることをクェット・ポアズイユ流れを対象として確認している.さらに,第3章において提案されたN-SGSモデルを一様乱流,チャンネル乱流に適用し,乱流の微細構造の表現においても提案したモデルの有効性を検証し,さらに,モデル定数がLES数値解の格子解像度によらずスマゴリンスキ定数の理論値(Cs〜0.17)から与えられること,SGS渦粘性の定式化において格子解像度の影響が考慮されていること,実質的なモデル係数が局所格子分割と流れ場の状況に応じてダイナミックに調整されること,負の渦粘性が許されるのでBackward Scatter現象の予測の可能性があることなどが述べられている.

 第5章では,LESにおける壁法則壁面境界条件のLESへの展開を行っている.すなわち,複雑形状をもつ流れ場の数値解析に対して壁面付近で過密格子を構成することは,計算機能力上および実用上困難であることを考慮して,従来の直交座標系における壁法則境界条件を一般座標系に拡張し,その有効性をチャンネル乱流において検証している.

 第6章では,剥離を含む拡大管路の流れ場を対象として,上述の一般座標系Co-located格子系,壁法則,新しいSGSモデルの検証計算が示されている.計算結果が速度分布と乱れ強さにおいて実験値とよく一致すること.上記提案の乱流モデルが実用解析においても有効であることが示されている.

 第7章では,標準定常流れエンジンポートモデルを用いてLESの予測精度が実験データおよび時間平均モデルの計算結果と比較されて検証されている.特に時間平均モデルでは予測できない瞬時流れ場の詳細な渦構造と二次流れを予測し,実験計測が困難である弱いジェット噴流側の逆流をも観察できることを示している.

 第8章では,後述のエンジン吸気・圧縮行程のLES計算を検証するために,可視化エンジンを用いたPIV実験について述べられている.クランク位相平均の断面速度場やスワール量などの統計平均量を与えたほか,瞬時の速度場や乱流強度の評価も行い,吸気終わり段階に存在する強いスワールを定量的に観察した.また,測定結果より,回転数上昇により乱れ強度がほぼ線形に増加することを示しているが,これは回転数が変化しても燃焼クランク角度がほぼ不変に保たれることを裏付けたものである.

 第9章では,上記実験条件においてエンジン吸気,圧縮過程に対するLES解析が示されている.ここで,基本方程式の解法には準圧縮性を仮定した修正を加え,また,シリンダとバルブの形状と動きを表すため複数の座標系により構成する移動格子を導入している.解析結果はスワール量など基本的な統計平均量について上記実験値と良好な一致を得ている.さらに,本計算結果から実験により得難い知見として,スワール比がクランク角度によって変化し,圧縮上死点において約2/3のスワール強度が残されていること,一方,クランク角度平均によって計算した乱れ強さが吸気初期には強く存在するが,圧縮上死点ではほとんど散逸していることを示している.

 第10章では全体の結論が述べられている.

 以上要約すると,本論文はCo-located格子系の一般座標系LESコードを構築し,低Re数に適合できる新しいSGS渦粘性モデルを提案した上で,エンジンポート・シリンダの定常流れ,および非定常流れのLES解析を示したものである.解析結果を可視化PIV実験などとの比較によってその有効性を確かめるとともに,エンジン流れ設計におけるLES解析の具体的な実用性を示している.よって本研究は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる.

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