まずはじめに、この論文はスーパーカミオカンデ実験グループの他の共同研究者との共同研究に基づくものであるので、論文提出者がどのような主導的な寄与があったのか審査委員会において念いりに審査した。その結果、データ解析は論文提出者が単独で行なったものであり、そのための手法もみずから考案していること、また実験装置の保守・改善に対する寄与も十分であることから論文提出者の主導性が十分であると判断した。 本論文は10章からなり、第1章は大気ニュートリノ問題に関する導入説明、第2章はスーパー神岡実験装置の説明、第3章は装置のエネルギー較正、第4章ではデータから大気ニュートリノ事象を抽出する方法について、第5章では観測された事象の再構成の方法、第6章ではモンテカルロ法によるシミュレーションについて詳しく記されている。そして、第7章では抽出された大気ニュートリノ事象の集計結果が、また第8章では大気ニュートリノの欠損がニュートリノ振動によるとした場合の解析が行なわれている。第9章では、この振動が第2世代と第3世代の間の振動→によるものなのか、あるいは他の種類のニュートリノと一切相互作用しないsterileニュートリノとの間の振動→sterileによるものなのかの解析がなされ、第10章で結論が述べらている。 陽子やアルファ粒子などの一次宇宙線が大気と反応すると中間子が発生する。その中間子が崩壊してできるe(電子ニュートリノ)や(ミューニュートリノ)を大気ニュートリノと呼んでいる。崩壊過程を考えると低エネルギーでは発生数の比/eはほぼ2となるはずであるが、旧カミオカンデ装置ではこの比が1に近いことが観測されている。これが「大気ニュートリノ問題」である。 スーパーカミオカンデによる当初の観測結果でもこのことが確認された。さらにニュートリノの飛来方向をしらべると天頂方向から来るに較べて真下からやって来るの数が有意に少ないことがわかっている。このことは天頂方向の大気でつくられたはほぼそのまま地上に降ってくるが、地球の裏側の大気で作られたは地球の内部を通過してくる間に別種のニュートリノに変化してしまうという「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象が起きていることによると解釈されている。このような振動が起きるためにははハミルトニアンの固有状態ではなく、別種のニュートリノと状態の混合がおきていなくてはならない。そのためにはこれらのニュートリノの質量期待値の少なくとも一方は零ではないことが必要である。 本論文は、その後にスーパーカミオカンデが集積したデータを含めた52kton・yearの観測データを解析し、大気ニュートリノ問題の解析を行なっている。 まず、数の比/eおよび天頂角分布の解析を行ない、これまでと同様にの欠損を認めている。これをニュートリノ振動によるものであるとして、振動を記述するパラメータである、二種のニュートリノの質量の自乗差と混合角を求めて、これまでに許されているパラメータ領域にさらに制限を与えている。つぎに、このニュートリノ振動が第2世代と第3世代の間の振動→によるものなのか、あるいは他の種類のニュートリノと一切相互作用しないsterileニュートリノとの間の振動→sterileによるものなのかの解析を行なっている。 そのために、新しく二つの解析を行なっている。すなわち、 1.地球の裏側の大気で作られたが地球の内部を通過する際の物質効果が振動におよぼす影響 2.中性カレント弱い相互作用による事象の数におよぼす影響 について解析した。前者については高エネルギーのニュートリノに大きな違いが出るはずなので、ニュートリノ反応の飛跡が検出器に収まりきらないいわゆるPartially Contained Eventsを選別して詳しく調べた。また、後者については中性カレントによる反応事象をたくさん含むと考えられるMulti-ring Events(反応による飛跡が複数ある事象)を選んで解析している。いずれも論文提出者がはじめて独自に行なった解析である。 その結果、いずれの解析においても→sterile振動よりも→振動の方が現象の説明として適していることがわかり、前者の可能性はほぼ否定された。 以上に述べたように、この論文は大気ニュートリノのなかの下方からのの欠損が、→sterile振動によるものではなく、→振動によるものであることを、両者で差の出る特別な事象を選別して解析することによりはじめて示したものである。この論文は、学問的に大変有用なものであり、また論文提出者の独創性も十分であると認められる。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |