学位論文要旨



No 114830
著者(漢字) 石原,賢治
著者(英字)
著者(カナ) イシハラ,ケンジ
標題(和) スーパーカミオカンデにおける大気ニュートリノデータを用いたsterileニュートリノ振動の研究
標題(洋) Study of and sterile Neutrino Oscillations with the Atmospheric Neutrino Data in Super-Kamiokande
報告番号 114830
報告番号 甲14830
学位授与日 2000.01.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3675号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 湯田,利典
 東京大学 助教授 森,正樹
 東京大学 教授 牧島,一夫
 高エネルギー加速器研究機構 教授 杉本,章二郎
内容要旨

 50kton水チェレンコフ検出器、スーパーカミオカンデを用い大気ニュートリノの研究を行った。今回の解析には52kton・yearのデータを用い、Fully Contained event(FC)を6982事象、Partically Contained event(PC)を470事象観測した。

 我々はFC single-ring事象の(-like/e-like)比を理論値と比較し、この比の観測値が全エネルギー領域において理論値に比べ著しく小さい事を確認した。またニュートリノ事象の天頂角分布についても調べ,e-like事象は全エネルギー領域で観測値と理論値が良くあっているのに対し、-like事象は上向き事象の著しい欠損がある事を確かめた。これらの観測結果から大気中で作られたsterileとの間でニュートリノ振動を起こしていると考えられる。FC single-ring eventを使った解析では振動,sterile振動ともにoscillation parameter(sin22,m2)がsin22>0.83、1.5×10-3<m2<7×10-3eV2という結果が得られた。sterile振動ともに、FC single-ring事象の観測値をうまく説明できた。逆にFC single-ring事象からだけではどちらが大気ニュートリノ振動の解であるかを判別する事は難しい。

 次に我々はs振動のどちらが大気ニュートリノ振動の解であるかを次の2つの方法を用いて調べた。

 高エネルギー事象を用いたmatter effectの違いによる識別,が中性カレントを通じ物質と相互作用するのに対しsterileは定義上、物質と相互作用しない。そのためsterile振動が起こった場合、ニュートリノが物質中と通過するmatter effectのためニュートリノ振動が抑制される。この効果はエネルギーの高いニュートリノで顕著である。我々はFC事象に比べエネルギーが高いPC事象を用いてmatter effectによるニュートリノ振動の抑制の有無を確かめた。

 PCの上向き事象の欠損を調べるにあたり、大気ニュートリノフラックスやニュートリノ相互作用の断面積の不定性を小さくする為、Up/Down ratioを用いた。Up/Downは上向き事象の欠損がない場合は1となるべき量である。観測結果は

 

 となり上向き事象の欠損が有意である事が分かった。この値はFC single-ring事象の解析から予想される振動の場合の期待値とよく一致している。一方sterile振動の場合の期待値とは1.5の開きがある。よってPC事象の解析から、sterile振動よりも振動の方がもっともらしい事が分かった。

 中性カレント事象の欠損の有無による識別 既に述べたようには中性カレントを通じ物質と相互作用するが、sterileは相互作用しない。そのため、に振動している場合には、中性カレント事象はニュートリノ振動に関係なく観測されるはずである。一方sterileとの間で振動している場合には、電荷カレント事象と同様に中性カレント事象でも上向き事象の欠損が見られるはずである。この違いを用い振動とsterileの識別を試みた。この解析にはFC multi-ring事象を用いた。これはsingle-ring事象に比べmulti-ring事象がより多くの中性カレント事象を含むからである。

 解析方法はPC事象の場合と同じくUp/Down ratioを用いた。観測結果は

 

 となリニュートリノ振動による上向き事象の欠損は見られなかった。この解析からも振動の方がsterile振動よりもデータを再現できた。

 この二つの解析から得られたexcluded regionを図1に示す。振動はPC+FC multi-ring事象の解析結果とFC single-ring事象の結果がよく一致するがsterile振動の場合では、FC single-ring事象で得られた90%C.L.allowed regionをほぼ99%で否定した。よって振動の方が大気ニュートリノ振動の解であると考えるのが自然である。

図1:PC+FC multi-ring事象の解析によって得られたcontour maps.(a),(b),(c)はそれぞれ oscillation,s(m2>0),s(m2<0)を仮定した場合のcontour mapである。細い実線(破線)のカーブはFC single-ring事象の解析によって得られた、90(99)%C.L.allowed regionを示す。線の右側が得られたallowed regionである。(a)では太い実線(破線)の下の領域は90(99)%C.L.exclude regionである。(b)では太い破線の右側が99%C.L.、左側が90%C.L.でのexcluded regionを示している。(c)では、太い破線で挟まれた領域が99%C.L.、外側が90%C.L.でのexcluded regionを示している。
審査要旨

 まずはじめに、この論文はスーパーカミオカンデ実験グループの他の共同研究者との共同研究に基づくものであるので、論文提出者がどのような主導的な寄与があったのか審査委員会において念いりに審査した。その結果、データ解析は論文提出者が単独で行なったものであり、そのための手法もみずから考案していること、また実験装置の保守・改善に対する寄与も十分であることから論文提出者の主導性が十分であると判断した。

 本論文は10章からなり、第1章は大気ニュートリノ問題に関する導入説明、第2章はスーパー神岡実験装置の説明、第3章は装置のエネルギー較正、第4章ではデータから大気ニュートリノ事象を抽出する方法について、第5章では観測された事象の再構成の方法、第6章ではモンテカルロ法によるシミュレーションについて詳しく記されている。そして、第7章では抽出された大気ニュートリノ事象の集計結果が、また第8章では大気ニュートリノの欠損がニュートリノ振動によるとした場合の解析が行なわれている。第9章では、この振動が第2世代と第3世代の間の振動によるものなのか、あるいは他の種類のニュートリノと一切相互作用しないsterileニュートリノとの間の振動sterileによるものなのかの解析がなされ、第10章で結論が述べらている。

 陽子やアルファ粒子などの一次宇宙線が大気と反応すると中間子が発生する。その中間子が崩壊してできるe(電子ニュートリノ)や(ミューニュートリノ)を大気ニュートリノと呼んでいる。崩壊過程を考えると低エネルギーでは発生数の比/eはほぼ2となるはずであるが、旧カミオカンデ装置ではこの比が1に近いことが観測されている。これが「大気ニュートリノ問題」である。

 スーパーカミオカンデによる当初の観測結果でもこのことが確認された。さらにニュートリノの飛来方向をしらべると天頂方向から来るに較べて真下からやって来るの数が有意に少ないことがわかっている。このことは天頂方向の大気でつくられたはほぼそのまま地上に降ってくるが、地球の裏側の大気で作られたは地球の内部を通過してくる間に別種のニュートリノに変化してしまうという「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象が起きていることによると解釈されている。このような振動が起きるためにははハミルトニアンの固有状態ではなく、別種のニュートリノと状態の混合がおきていなくてはならない。そのためにはこれらのニュートリノの質量期待値の少なくとも一方は零ではないことが必要である。

 本論文は、その後にスーパーカミオカンデが集積したデータを含めた52kton・yearの観測データを解析し、大気ニュートリノ問題の解析を行なっている。

 まず、数の比/eおよび天頂角分布の解析を行ない、これまでと同様にの欠損を認めている。これをニュートリノ振動によるものであるとして、振動を記述するパラメータである、二種のニュートリノの質量の自乗差と混合角を求めて、これまでに許されているパラメータ領域にさらに制限を与えている。つぎに、このニュートリノ振動が第2世代と第3世代の間の振動によるものなのか、あるいは他の種類のニュートリノと一切相互作用しないsterileニュートリノとの間の振動sterileによるものなのかの解析を行なっている。

 そのために、新しく二つの解析を行なっている。すなわち、

 1.地球の裏側の大気で作られたが地球の内部を通過する際の物質効果が振動におよぼす影響

 2.中性カレント弱い相互作用による事象の数におよぼす影響

 について解析した。前者については高エネルギーのニュートリノに大きな違いが出るはずなので、ニュートリノ反応の飛跡が検出器に収まりきらないいわゆるPartially Contained Eventsを選別して詳しく調べた。また、後者については中性カレントによる反応事象をたくさん含むと考えられるMulti-ring Events(反応による飛跡が複数ある事象)を選んで解析している。いずれも論文提出者がはじめて独自に行なった解析である。

 その結果、いずれの解析においてもsterile振動よりも振動の方が現象の説明として適していることがわかり、前者の可能性はほぼ否定された。

 以上に述べたように、この論文は大気ニュートリノのなかの下方からのの欠損が、sterile振動によるものではなく、振動によるものであることを、両者で差の出る特別な事象を選別して解析することによりはじめて示したものである。この論文は、学問的に大変有用なものであり、また論文提出者の独創性も十分であると認められる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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