学位論文要旨



No 114831
著者(漢字) 福田,宗行
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ムネユキ
標題(和) 3Dネットワーク中超流動薄膜の渦対励起と回転渦の基礎研究 : 多孔質ガラス中の超流動4He薄膜
標題(洋)
報告番号 114831
報告番号 甲14831
学位授与日 2000.01.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3676号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生井澤,寛
 東京大学 助教授 和田,信雄
 東京大学 教授 安藤,恒也
 東京大学 助教授 河野,公俊
 東京大学 教授 樽茶,清悟
内容要旨

 「2次元平面に形成された単原子層程度の4He薄膜」の超流動転移はKosterlitz-Thouless転移(K・T転移)理論[1]で説明される。K・T理論は、低温で熱的に励起された渦が対を作り、長距離秩序を維持し、温度の上昇と共に転移点で渦対が解離し超流動が壊れることで理解される。一方、多孔質ガラス中の単原子層程度の4He薄膜の超流動現象は、薄膜の2次元性にあわせて、基盤の3次元的繋がりに起因する3次元性をもつ。この超流動は、理想的2次元の極限としての4He薄膜あるいは3次元の極限としてのバルク4Heの超流動現象と比較されるが、その超流動メカニズム及び、次元性の役割、量子渦の振る舞いは依然として明らかになっていない。

 本論文は、「孔径を1ミクロンに制御した多孔質ガラス中に形成される単原子層程度の4He薄膜の超流動性と量子渦状態」を、自ら開発した超高感度ねじり振り子法と、世界最高速の回転希釈冷凍機を用いて、研究したものである。

 理論的には、簑口と長岡が、多孔質ガラス中の4He薄膜を、制限された空間に閉じこめられた薄膜ととらえ、そのトポロジーを簡単な3Dネットワークでモデル化して、超流動現象を扱った[2]。彼らによるとこの系は、4He薄膜からなる2次元超流動性を持つと共に、基盤である孔径のそろった多孔質ガラスの孔の3次元的繋がりにより、3次元的性質を併せ持つと考えられ、熱揺らぎにより励起される量子渦は、2次元と3次元の性質をあわせ持っていると考えられる。さらに彼らは、3次元の秩序が現れる臨界温度と超流動密度の観測され始める温度Tcとは異なるものであることを示した。しかし、これまでの研究は静止状態で行われたものであり、回転がどのような影響をもたらすかについて考察したものは未だない。

 静止状態での多孔質ガラス中の4He薄膜の2次元性が超流動転移温度に及ぼす影響については、白浜らが孔径を50から10,000Åまでの幅広い範囲で変えて、転移温度の孔径サイズ依存性を、ねじり振り子を用いて研究している[3]。この研究結果から、孔径10,000Åの多孔質ガラスでは、Tcは平らな2次元膜と変わらないが、エネルギー散逸ピークの大きさは、2次元平面の場合よりも一桁小さく、この散逸に3次元性が関与していることが判る。そこで本研究では、2次元性と3次元性の解明のために孔径10,000Åの多孔質ガラスを選んだ。

 ねじり振り子法とは、振り子の錘部分に試料を取り付け、その共鳴振動周波数と振幅の観測を行うもので、振り子の有効質量の変化(振動周期変化)から、超流動密度の絶対値とその温度依存性を正確に測定するとともに、振り子の振幅変化から、超流動中での渦の運動に起因するエネルギー散逸の情報を得ることが出来る。

 我々が開発したねじり振り子では、これまでの他のグループよりも遙かに安定した振幅が得られ、広範囲の振幅依存性、回転下での回転速度依存性測定などを、系統的に測定することができる[4]。特にエネルギー散逸に対して高感度な測定が可能となり、渦の運動の2次元および3次元的性質について、初めて定量的な研究を行うことができた。

 この結果、多孔質ガラス中の4He薄膜を、人工的3次元超流動状態としてとらえることができた。即ち、回転下では、3次元的な渦糸がその振る舞いを特徴づけ、転移温度以下では渦糸格子が形成されているが、温度の上昇とともに、渦糸格子の融解転移、ピン留めはずれ現象、渦糸流れ、更に超流動の2次元-3次元クロスオーバーなどが期待される。超流体中の渦糸と超伝導体の磁束の振る舞いは類似しており、量子渦科学として共通に取り扱うことができる。本研究では、回転速度=6.28rad/secは、磁場B=3x10-3Gaussに相当し、超伝導体では磁場侵入長のために磁束の侵入が不可能なほど希薄な渦糸密度で、超流動体での渦糸研究が可能となった。こうして、渦糸同士の相互作用の詳細によらず、低温ではエネルギー的に安定な格子を組むが、温度が上がると、渦糸格子の融解転移が起こる可能性を指摘することができた[5]。

 我々の用いたねじり振り子による実験データの例を図に示す。これは、超流動転移温度Tc=0.565Kの4He薄膜を、回転速度を広い範囲で変えて測定したものである。横軸に温度をとり、上段に超流動密度に対応する振動周期の変化量、中央にエネルギー散逸、下段に超流動密度の温度微分をプロットした。図中には、9つの回転速度(=0〜6.28rad/sec)での測定データをプロットしてある。図から明らかに、超流動密度の温度依存性は回転速度によらず実験精度内で一定である。しかし、図の中央に示したエネルギー散逸の温度依存性を見れば、回転により新たなエネルギー散逸が出現することが判る。すなわち、静止状態にはなかった散逸ピークが、回転とともに低温側にあらわれ、その高さは、回転速度に比例して増大することが判る。さらに、回転によって生じた新たなエネルギー散逸ピークの位置は回転速度に依らないことと、低温側でエネルギー散逸が急速に減少することも見て取れよう。これは、低温側で渦糸格子ができていることを示している。また、図の下段の超流動密度の温度微分は、超流動密度が回転速度に依らないことから、回転速度に依存しないだけでなく、と示された温度で極小値をとり、超流動密度の温度変化は、この温度で最大になる。以上の温度領域では超流動密度の温度変化は小さく、超流動密度は、より10mK程度高温側まで残る。または、回転によって生じた新たなエネルギー散逸ピークの温度にちょうどかさなっている。つまり、回転で生じたエネルギー散逸はで極大値をとり、その両側では温度変化と共に減少する。一方、静止下では、エネルギー散逸はより高温側の領域で急速に増大し、Tcで極大値をとる。このTcは超流動密度の温度変化を低温側から直線で外挿した温度で、白浜ら[3]の転移温度の定義と一致している。

 多孔質ガラス中の超流動薄膜が、回転によって非常に狭い温度領域で2つのエネルギー散逸ピークを示すことは、マイラーを基盤として用いた回転下の研究結果[6]と明らかに異なる。これらのエネルギー散逸ピークの性質を明らかにするために、回転速度依存性、振幅速度依存性、また膜厚依存性を系統的に測定し、これらのピークの起源を解明した。

 ねじり振り子のような有限振動数をもった動的な測定では、散逸メカニズムとして、2次元の渦の拡散長程度のlocalな散逸が重要になることが、2次元超流動薄膜の理論的研究[7]から明らかになっている。この2次元的なlocalな散逸は、回転のない時、多孔質ガラス中の4He薄膜にも出現し、高温側のエネルギー散逸ピークとなって観測されたと考えられる。一方回転によるエネルギー散逸は、回転下で誘起される3次元的渦糸と関係していることが想定され、localな2次元の散逸メカニズムと直接結び付けることは難しい。

 多孔質ガラス中の超流動4He薄膜の回転下の実験は、世界で初めておこなわれたもので、実験結果を説明するような理論はまだ存在しない。そこで、ねじり振り子による超流動転移の観測結果を、多孔質ガラスでの3Dネットワークの議論と結び付けて考察した。超流動4He薄膜と多孔質ガラスが一緒に回転しているとき、3Dネットワークに量子化した循環が生じて3次元的な渦糸が形成される。回転下(≦6.28rad/sec)で誘起できる渦糸密度はn≦104/cm2で、渦糸間距離は平均100m以上になり、多孔質ガラスの孔径(d=1m)より十分に大きい。渦糸を形成する回転面内の多孔質ガラスの孔数は104個以上であり、3次元Bulk4Heの渦糸の場合のように渦糸は均一に出来ていると考えられる。

 そこで、以下の温度領域での回転によるエネルギー散逸の温度依存性を手がかりに、渦糸の動力学の考察を次のように進めた。先にも述べたように、エネルギー散逸は、以下の十分低温で測定されない。これは、渦糸は格子を組んで安定していることに対応する。超流動転移温度に近づくと、ある温度で急激に回転により生じるエネルギー散逸が増大することは、渦糸格子が融解する現象及び/或いはピン留めはずれ現象を示唆している。さらに第2種超伝導体での渦糸融解転移[5]と比較し、超流動転移点近傍での渦糸の動力学の詳細な考察を試みた。渦糸格子が融解し渦糸液体になったとき、渦糸は速度場に線形な散逸を生じ、「渦糸流れ」と呼ばれる状態が出現すると考えられている。回転によるエネルギー散逸は渦糸流れによる速度場に線形な散逸として取り扱うことができることを指摘した。一方、回転により生じたエネルギー散逸の低温側の立ち上がりの回転速度依存性の研究から、渦糸の融解転移と渦糸のピン留めはずれの現象について考察した[8]。

 この研究により、超流動転移と渦糸の動力学が定量的に測定できる新しい系が見い出され、さらなる量子渦科学の基礎研究が行なえる足掛りをつけた。

[図]超流動転移温度Tc=0.565K付近での回転下と静止下での超流動密度s∝2P/P(上段グラフ)とエネルギー散逸Q-1(中央グラフ)及び、超流動密度の温度微分dps/dT(下段グラフ)は回転角速度で単位はrad/secである。Tcは、psの最大の傾きを延長してps→0になる点である(白浜の定義[3])。は|dps/dT|が極大をとる温度である。参考文献1.J.M.Kosterlitz and D.J.Thouless,J.Phys.C6.1181(1973).2.T.Minoguchi and Y.Nagaoka,Prog.Theor.Phys.80,397(1988);3.K.Shirahama,M.Kubota et.al Phys.Rev.Lett.64,1541(1980).4.M.Fukuda et al.,J.Low Temp.Phys.113,417(1998).5.D.S.Fisher et al.,Phys.Rev B 43,2756(1991).6.P.W.Adams and W.I.Glaberson,Phys.Rev.B 39,8934(1989).7.V.Ambegaokar et al.,Phys.Rev.Lett.40,783(1978).8.D.R.Nelson."Pinning.Fluctuations and Melting of Superconducting Vortex Arrays",in N.Bontemps et.al.(eds).The Vortex State,41-61.(1994);池田隆介,固体物理33,510(1998).
審査要旨

 学位申請者福田宗行は、回転冷凍機の開発とねじれ振子法の高精度化・安定化を行って、多孔質ガラスに吸着された4He薄膜の超流体について、薄膜の厚さ、回転速度、ねじれ振子の振動速度(振幅)のそれぞれを広い範囲で変化させた実験を実行し、超流動転移温度、超流動密度およびエネルギー散逸を系統的に測定した。

 本論文は、6章および付録からなる。

 序章では、これまでの超流動体(超流動4He、3He、超伝導体)について、量子渦科学の立場からのレビユーを行い、論文全体の構成について述べ、実験結果および考察をまとめた。この章では、学位申請者が、固定した孔径を持つ多孔質ガラスを吸着体として選択した理由および装置を回転させることの動機付けを明らかにした。

 それによれば、多孔質ガラスに吸着された4He薄膜の超流体は、ガラスの孔径(d)が、3ミクロン程度より大きくなる(d>3m)と、超流動転移温度(Tc)は孔径によらず完全な2次元薄膜の場合(d=∞)と同じになるが、エネルギー散逸には、2次元性と3次元性が共存している。次元性による散逸の機構を明確にするため、学位申請者は、孔径が1mの多孔質ガラスを選んだ。さらに、回転によって系に実際に渦を発生させ、渦があるときの超流動薄膜のエネルギー散逸を観測することによって渦の運動による散逸機構を追究にするために、回転する冷凍機を開発した。

 第1章「量子渦の動力学」においては、これまでの4He薄膜の超流動転移に関する理論と実験がまとめられている。まず、回転がないとき、完全な2次元薄膜の場合の超流動転移とエネルギー散逸の機構が、多孔質ガラスに吸着された4He薄膜の場合にどのように変化し、3次元性がどのように現れるかについて述べられる。次に、回転がある場合について、バルク4Heの超流動体と、第2種超伝導体で出現した量子化された渦糸ないしは磁束の動力学を比較・対照し、それらの運動によるエネルギー散逸について述べ、最近見いだされた高温超伝導体の磁束の振る舞いについてレビユーがなされる。

 第2章「実験研究」では、まず、吸着体として選んだ多孔質ガラスの組成と構造および孔径分布についての詳細が紹介される。続いて、本実験の測定手段として採用したねじれ振子法が説明され、その振動の周期変化の温度依存から超流動転移と超流動密度が、振幅変化の温度依存からエネルギー散逸が得られることが述べられる。このねじれ振子法を、低温で回転する4He薄膜に応用するためには、ねじれ振子には、高感度と回転による振動を除く工夫、回転する冷凍機には、小型・軽量で振動が少なく、スムーズで安定した運転が要求される。ねじれ振子の高感度化は、既に開発されているベリリウム銅製のロッドを採用することで実現され、除振は、本実験で独自に開発されたねじれ振子に2段の試料ホルダーと細いステンレスチューブを組み合わせることで達成された。回転する冷凍機としては、小型だが十分の冷却能力を持つジュール・トムソン予冷希釈冷凍機を新たに開発し、その回転機構には、高精度の空気ベアリングにより機械的な接触をなくす新しい工夫を行って、スムーズで速い回転を得たことが述べられる。最後に、回転下での装置の制御、測定データの送受信、ヘリウムの循環についても独自の工夫を行ったことが述べられる。

 こうして、世界最高速度の回転速度=6.28rad/secに至るまでの、低温における(温度範囲0.05KT1K)ねじれ振子実験が可能となった。

 第3章「実験結果」においては、本実験において制御しうるパラメター

 *外的変数として、温度(T)、回転速度()

 *被測定系のパラメターとして、4He薄膜の膜厚(n)

 *測定器のパラメターとして、ねじれ振子の振幅すなわち交流振動速度(AC、振子の振動数は固定)

 について、広範囲に渡って変化させた実験結果がまとめられる。ねじれ振子法で得られる情報は、4He薄膜の超流動成分の密度と薄膜へのエネルギー吸収であるが、得られた結果は、これらのパラメター変化について系統的にまとめられている。

 まず、超流動密度については、既に知られているとおり、その温度変化に見られるジャンプから、超流動転移温度(Tc)が定まり、Tcは、膜厚と1対1に対応していることが確かめられる。転移温度は、臨界膜厚(nc=28mol/m2)以上で出現し、ncの近くではnに比例する。さらに膜厚が大きくなるとTcは上昇はするが比例関係は失われ、やがてバルクの転移温度に飽和することが確かめられる。この超流動密度の温度変化は、回転や振動速度にはよらず、与えられた膜厚に対しすべて同一の結果を与える。つまり、孔径1mの多孔質ガラスに吸着された4He薄膜の超流動密度には、本実験で用いられた回転速度や交流振動速度の範囲では、回転と振動速度に対する依存性が現れないこと、が初めて確認された。

 次にエネルギー吸収について、回転のない場合の温度変化を見ると、既に知られているとおり、転移温度直下に鋭いピークが現れる。このピークの高さと半値幅の転移温度に対する比の、転移温度(膜厚)依存性を見ると、小さいTc(臨界膜厚近傍の膜厚)に対しては、両者とも大きいが、0.7K>Tc>0.3Kでは、それぞれほぼ一定の値に近づく。後で回転の影響を調べる際、主にこの温度範囲に対応する膜圧の薄膜が選ばれるが、その根拠は、エネルギー吸収のこれらのパラメターが膜厚によらない点にある。

 回転の効果を詳しく見る前に、系を最高速度(=6.28rad/sec)で回しながら、大きく異なる3つの速度で温度をスイープさせたときの測定結果が報告される。それによると、ねじれ振子の周期変化(超流動密度変化)はスイープ速度に全くよらず、振幅変化(エネルギー吸収)にも、スイープ速度による違いはほとんど見られない。従って、測定系の回転に対する安定性は充分保たれており、本実験による回転下での測定結果を、純粋に回転による効果を観測したものとみなしてとして良いことが確認された。

 既に述べたように、回転は超流動密度には影響しないが、エネルギー吸収には影響が見いだされた。得られた吸収曲線には、回転の無いときの吸収ピークに加えて、少し低温側に新しい吸収ピークが出現し、回転速度を上げると、この吸収ピークの位置は変わらないが、ピークの高さと幅が増大することが見いだされた。そこで、全体の吸収曲線から、回転のない時の吸収曲線を差し引いてみると、残った吸収曲線は、回転が無いときの吸収曲線がゼロとなる低温側の温度でピークを示す。こうして、残った吸収曲線は、回転によるエネルギー吸収を表すと結論される。この発見は、新しい知見であり、回転によるエネルギー吸収は、本実験により、初めて分離されたものである。さらに、回転による吸収ピークの高さは、回転速度に比例することも見いだされた。

 最後に、ねじれ振子の交流速度の与える効果が報告される。前述のように、交流速度は、回転のあるなしに関わらず、超流動密度には影響を持たない。しかし、エネルギー吸収には、回転のあるなしで違いが出ることが示される。実際、回転のない時の吸収ピークの高さと回転のあるとき(回転速度6.28rad/sec)の回転吸収曲線のピークを、広い交流速度範囲(0.002cm/secAC2.5cm/sec)で調べると、前者は、AC0.1cm/sec、後者は、AC0.4cm/secまではほぼ一定であるが、これらの速度を超えると、それぞれ非線形的に、前者は増大し、後者は減少する。非線形性の現れるこれらの速度の前後で、それぞれの吸収曲線の温度変化を詳しく見ると、回転無しの吸収曲線は、交流速度とともにピークが高くなるだけでなく、吸収が低温側に向かって広がっていく。一方、回転のあるときの吸収曲線は、交流速度とともにピークは高くなるが、低温側の吸収は変わらず、むしろ高温側の吸収が減少していく。ねじれ振子の振動の交流速度がエネルギー吸収に影響し、回転のあるなしにより全く異なる効果をもたらすこと、を見いだしたこれらの知見は新しいものである。

 第4章「実験結果の考察」においては、本実験で得られた結果についての考察がなされる。まず考察されるのは、回転によって生じたエネルギー吸収の機構についてである。学位申請者は、この機構の一つの可能性として、渦糸格子の融解を指摘した。それによれば、回転で導入された渦糸は、低温では格子を組むが、温度が上昇すると融解して、熱的に拡散し、エネルギーを散逸するというものである。他にも、多孔質ガラスの構造によって生ずる渦糸のピン留めの可能性も論じられるが、現在までの所充分な理論的裏付けもなく、回転によるエネルギー吸収の機構についての解明には到っていない。

 次に、ねじれ振子の振幅ないしは交流速度依存性についても考察され、ひとつの可能性として、超伝導体で見いだされた磁束の流れに類推をとって、渦糸がねじれ振子の振動によって作られる流れの場の中を運動するという、渦糸流れが、非線形的振る舞い以下の交流速度で生ずるとしている。しかしこの機構についても明解な裏付けはなく、非線形領域でのエネルギー吸収に現れる、回転のあるなしによる吸収の違いについても満足の行く説明はないので、交流速度依存性の起源についても解明されたとはいいがたい。

 第5章「まとめと展望」では、本論分で得られた知見がまとめられ、将来の展望として、エネルギー吸収が膜厚とともに急激に変化する薄い膜圧についての同種の実験を行うことおよび回転速度をもっと高くすることの出来る装置の開発の重要性が指摘される。

 以上から、本論分による新しい成果は、高感度ねじれ振子法を、高速回転と低温の下で安定に測定できる出来るようにした様々な工夫、開発した装置により、多孔質ガラスに吸着された4He超流動薄膜に対して、回転速度依存性とねじれ振子の交流速度依存性を系統的に研究し、エネルギー吸収に、回転による部分が存在し、静止した場合とは全く異なる速度依存性が現れること見いだしたことにある。

 第2章および第3章に、共著として既に発表されている部分と将来発表する予定分とを含むが、回転と交流速度依存性の実験は学位申請者によるものであり、この実験を行うにあたっての申請者の着想と得られた実験結果は、新しい知見として充分評価に値する。さらに、これらの共同研究者から、既発表部分を当学位申請論分に含めることの承諾書も得ている。

 以上により、審査委員会は、本論文が学位論文として合格であり、学位申請者に博士(理学)の学位を授与しうるものと判定した。

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