学位論文要旨



No 114836
著者(漢字) 諸木,裕子
著者(英字)
著者(カナ) モロキ,ユウコ
標題(和) アフリカツメガエル胚発生におけるBr-cGMPの作用とグアニル酸シクラーゼcDNAのクローニング
標題(洋) Effects of Br-cGMP on Xenopus embryogenesis and cloning and expression studies of guanylyl cyclase cDNAs in Xenopus laevis
報告番号 114836
報告番号 甲14836
学位授与日 2000.01.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3681号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 助教授 朴,民根
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨

 動物の初期発生過程では、セカンドメッセンジャーの働きが重要と考えられる。本研究の第1部では、セカンドメッセンジャーの一つであるcGMPのアナログの8-Br-cGMP(Br-cGMP)と、対照としてcAMPのアナログの8-Br-cAMP (Br-cAMP)を用い、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)胚を嚢胚(stage10)から尾芽胚(stage22)まで処理し、その発生に対する影響を検討した。Br-cGMP処理では、頭尾軸の湾曲、体長の縮小をした奇形胚が、Br-cAMPでは、後脳の肥大した胚が、いずれも濃度依存的に生じた。このような形態異常を起こす最も効果的な時期は、嚢胚形成期か、それとも神経胚形成期かを調べるため、胚をstage10からstage14あるいは、stage14からstage22に分けて処理した結果、後者の場合に強い作用がみられ、これらアナログの作用が主として、神経胚形成期(stage14-22)に強く現れることが示された。

 組織切片を調べた結果、正常胚と比較してBr-cGMP処理胚では、脊索の直径が太く、脊索細胞の数が多く、その空胞化の程度が小さく、細胞間には未消化の卵黄と思われる顆粒が多数あり、分化の遅れがみられた。また、沿軸中胚葉の形成、分化の遅れも観察された。Br-cAMP処理胚では、後脳が肥大していることが観察された。このことからBr-cGMPは脊索や筋肉等の中胚葉形成に、Br-cAMPは、神経系の形成にそれぞれ選択的に影響を与えていることが示唆された。

 HPLCにより胚の酸可溶性分画を調べた結果、アナログが胚に取り込まれていることが観察され、高濃度のアナログが、cGMPやcAMPの正常な機能を阻害していることが予想された。この結果から、Br-cGMPは、膜を透過し細胞内に入り、細胞内のcGMP依存性のシグナルを上昇させると考えられた。従って、cGMPが、Xenopus胚発生過程の嚢胚形成から神経胚形成にかけて特に重要な働きをすることが示唆された。

 cGMPが、Xenopus初期胚に存在することは、既に、報告されているが、それを合成する酵素であるグアニル酸シクラーゼ(以下GC)に関する報告はこれまでほとんどなされていない。第1部で述べたBr-cGMPによる形態形成異常を理解するためにもGCに関する知見が必要と考えられた。そこで、第2部では、Xenopus初期胚形成におけるGCの関与を明らかにし、セカンドメッセンジャーの働きを理解する手段の一つとして、GCのクローニングおよびその発現解析を試みた。

 ラットGCをプローブとしてXenopus尾芽胚cDNAをスクリーニングしたところ、2つのクローンが単離された。これらのクローンは、ラットGCとホモロジーが高く、細胞内領域、細胞外領域、および、これらを分けるtransmembrane領域が含まれていると推定された。また、推定細胞外領域には、N-linked glycosylation sitesも認められた。このことから、これら2つのクローンを、レセプター型GCと推定し、XGC-1とXGC-2と名付けた。

 ノザンブロット解析により種々の組織での発現を調べると、XGC-1mRNAは、組織全般的に存在しており、スプライシングバリアントによるものと思われる4.3kbおよび3.7kbのシグナルが検出された。XGC-2のmRNAは、肺、心臓、筋肉にXGC-1mRNAの場合より強いシグナルが検出された。XGC-2の場合も、スプライシングバリアントによるものと思われるmRNAの分子量の違いが認められ、肺と心臓と筋肉で4.1kbと3.8kb、脳と卵巣で3.9kbと3.3kbの2種類、その他の組織では3.9kbの1種類のシグナルがみられた。

 同様に初期発生段階の胚を解析すると、XGC-1では4.3kbと3.7kbのシグナルが検出され、これらが胞胚期に既に発現していることから、この遺伝子産物はmaternal mRNAとして存在していると考えられた。XGC-2のmRNAは、嚢胚形成以降検出され、その発現は発生と伴に急激に増加した。このシグナルは、3.9kbであった。

 以上から、初期胚では、レセプター型GCが、何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。また、得られた2種類の遺伝子は、発生段階および成体組織によって発現の特異性が認められることなどから、機能においても相違があるのではないかと推察された。

 将来的には、whole mount in situ hybridizationをおこない、GCの空間的発現を調べ、GCのoverexpressionなどの手法を用いその機能を推定し、また、それぞれのGCのリガンドについても調べ、最終的には、GCとアナログで得られた結果との相関関係を調べ、Xenopus発生過程におけるcGMPとGCとの役割を明らかにすることが課題である。

審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は、アフリカッメガエル胚発生に対するBr-cGMPの作用、第2章は、アフリカツメガエルのグアニル酸シクラーゼcDNAのクローニングと発現パターンの解折について述べられている。

 動物の初期発生過程では、セカンドメッセンジャーの働きが重要であるが、第1部ではセカンドメッセンジャーの1つであるcGMPのアナログの8-Br-cGMPの発生に対する作用を、cAMPのアナログである8-Br-cAMPの作用と比較するかたちで検討した。まず、発生中の胚を胞胚期から神経胚後期まで処理したところ、Br-cAMPでは、頭部形成を異常にする作用が見られたが、Br-cGMPでは、頭尾軸の湾曲、体長の短い奇形胚などの体軸形成異常胚が、いずれも濃度依存的に生じた。胚の処理を、胞胚期から嚢胚期まで、及び嚢胚から神経胚後期まで、と分けて行ったところ、これらのアナログは神経胚後期になってその作用を現すものである、と考えられる結果が得られた。

 組織切片を調べた結果、Br-cAMPでは特に後脳が肥大するという、これまでに知られていなかった、新しい所見が得られた。これに対して、Br-cGMP処理胚では、脊索の直径が異常に大きく、脊索細胞の数が多く、その空胞化の程度は異常に小さく、さらに、細胞間には未消化の卵黄と思われる顆粒が多数みられた。また、筋肉組織の形成が著しく阻害されていることがわかった。このことから、Br-cAMPは後脳形成を特異的に阻害するのに対し、Br-cGMPは脊索や筋肉などの中軸中胚葉の形成を特異的に阻害することが明かとなった。そこで、HPLCにより胚の酸可溶性分画を調べたところ、これらアナログは胚体内にuptakeされ、その作用を現していると考えられた。おそらく、胚体内に取り込まれたこれらアナログはそのノーマル・メタボライトであるcAMPおよびcGMPの本来の作用を撹乱し、その作用を及ぼすものと推論された。

 以上の結果を踏まえ、第2部では、cGMPの胚体内でのレベルの決定の重要因子として、グアニル酸シクラーゼ(以下、GC)のクローニングを行った。cGMPがアフリカツメガエルに存在することはすでに報告されているが、グアニル酸シクラーゼについてはこれまで全く研究がなされていない。そこで、ラットGCのcDNAをプローブとしてアフリカツメガエル尾芽胚のcDNAをスクリーニングし、2つの新規クローンを単離した。これらは、いずれもラットGCとホモロギーが高く、そのORFには細胞内領域、細胞外領域、および膜貫通領域が含まれていた。また、細胞外領域には、糖鎖結合部位も認められた。これらのことから、この2つのクローンはいずれもレセプター型GCと推定され、XGC-1およびXGC-2と名づけた。

 ノザンブロット解析により、種々の組織での発現を調べると、XGC-1mRNAは3.7および4.3KbのmRNAとして組織全般にわたって発現していた。XGC-2のmRNAは、肺、心臓、筋肉に強く発現し、そのmRNAサイズは組織により異なり、肺、心臓、筋肉では3.8と4.1、脳、卵巣では3.3と3.9、その他の組織では3.9Kbであることがわかった。また、初期発生段階の胚を調べると、XGC-1では3.7と4.3Kbのシグナルがすでに胞胚期に発現し、これがマターナルmRNAとして初期の胚に存在していることが明らかになった。他方、XGC-2のmRNAは、3.9Kbのシグナルとして、嚢胚期から検出され、その発現は発生とともに活発となることがわかった。これらの結果から、得られた2つのGCは、おそらく胚体内のcGMPの生成に異なる役割を果たしていると推論された。

 以上のように、本研究では、発生過程で特に中胚葉性の構造である脊索及び筋肉などいわゆる中軸中胚葉の形成にcGMPが重要な関与をしていることが強く示唆され、さらに、cGMPの胚体内でのレベルの決定に重要なGCのホモログが2種類単離され、もって、両生類全般にわたって、過去にほとんど研究がなされていなかった、セカンドメッセンジャーの研究分野に新たなる突破口を開いた。

 なお、本論文第1章は竹内重夫、五十嵐一衛、原 寛、塩川光一郎の、また第2章は塩川光一郎の共同研究であるが、一貫して論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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