本研究は神経細胞に特異的に発現する新規タンパク質を発見し、Nadrinと命名し、その機能を解析したものである。 マウス胎児由来細胞m5s/1Mに対するモノクローン抗体の抗原を同定する試みの過程で、これら抗体のなかにラットの神経細胞と特異的に結合する活性を有するものを見つけた。この抗原をラット神経由来細胞株を用いて同定したところ、アミノ酸残基780からなる新規タンパク質であった。このタンパク質はcoiled-coilを3箇所有するN末端領域、Rho+familyに対するGTPase活性促進タンパク質(Rho-GAP)の活性ドメイン、さらにセリン、スレオニン、プロリンが豊富でグルタミンが連続して29残基あるC末端領域から成り立っていた。C末端領域は転写調節因子の転写活性化ドメインの特徴をそなえており、構造的特徴からアクチン系細胞骨格制御と遺伝子発現制御との橋渡し役というユニークな役割を演じている可能性が強い。このタンパク質のmRNA発現が神経系特異的であり、また発生の時期に応じて発現することからNadrin(Neuron-associated and developmentally regulated protein)と命名した。 Nadrinの発現時期、部位をタンパク質レベルで特定するために、Nadrinの抗ペプチド抗体を作製した。本タンパク質はニュウロン特異的に発現し、また胎生期にはまったく発現せず、生後すぐに発現し始め3週齢で成体と同程度に発現が達することも明らかになった。 PC12細胞にNadrin-GFP融合タンパク質を発現させ細胞内分布を調べたところ神経突起の先端部に局在が認められた。本タンパク質のN末端領域部分がドミナントネガティブ的に伝達物質放出を阻害したことから、Nadrinが神経終末からの伝達物質の放出過程に関わっている可能性が示された。この可能性はさらにPC-12細胞にNadrinを過剰発現させると伝達物質分泌が増大する事実からも支持された。 以上、本研究は神経細胞、組織に特異的に発現する新規タンパク質を発見し、機能を解析したもので、神経化学の発展に寄与するところがあり博士(薬学)に値すると判断した。 |