内容要旨 | | 近年,他の位置決め方法と比較して有用なため,精密位置決めへの微小な衝撃力の利用が多くなってきている.これまでの衝撃力を用いたアクチュエータでは,衝撃力は圧電素子の急速変形や電磁石の衝撃力,または電気的エネルギーを用いる方法によって作られている. 本論文では空気インパクト駆動と呼ばれる新しいアクチュエータを紹介する.衝撃力は空気圧によって作られる.アクチュエータは主に以下の要素から構成されている.軸,その先端に取り付けられたディスク,内部にあけられた穴(ディスクと接触したときには閉じたチャンバとなる)を通して軸を往復移動することができる小質量部分,軸に取り付けられ常時質量部分をディスクの方へ押しているばねである.このアクチュエータはディスク側とその軸の反対側の両方にオブジェクトを取り付けることができる.このため,アクチュエータは大きく2つの部分に分けることができる.一つは取り付けられた軸とオブジェクトを含む全体であり,もう一つは小質量部分である.オブジェクトはベースの上を移動することができる. この新しいアクチュエータはオブジェクトを移動させるために,2種類の駆動方法が用いられている. 1つめの方法はパルス状の空気圧による位置決め方法である.まず空気圧が吸入口を通してアクチュエータに入る.次に空気圧はオブジェクトと小質量部分の間のチャンバ内に入る.これによってチャンバ内でオブジェクトと小質量部分の間に空気による衝撃力が生じ,オブジェクトは押され両者は離される.すなわち,オブジェクトは前に移動し,小質量部分は軸に取り付けられたばねによって,ベースに接触することなしに急速に戻る.また同時にばねの力もオブジェクトに作用する.パルスを繰り返すことによってオブジェクトは離れた目標位置にも連続的に移動する. 2つめの方法は一定の圧力の空気圧を利用した位置決め方法である.空気圧の制御バルブを開き始めることによって,チャンバ内の空気圧は急速に上昇し,オブジェクトと小質量部分はそれぞれ反対側の方向に移動する.オブジェクトと小質量部分の距離が大きくなると,アクチュエータに空気圧が供給されているにもかかわらず,チャンバは開き,ディスクと小質量部分に作用する空気圧は急速に下がる.これはチャンバ内の空気が周囲に蓄積されるだけでなく,空気がチャンバの吸入口から直接周囲に流出しているからである.ばねは小質量部分とオブジェクトを元の位置に戻そうとする.ここで再びチャンバを閉じると,チャンバ内の空気圧は急速に上昇し,オブジェクトと小質量部分に別の衝撃力が生じる.このためオブジェクトは再び前方に移動し.制御バルブが開くまで前述の動作を繰り返す. 様々な条件において2つの駆動方法を比較するために,いくつかの試作装置を設計し実験を行った.この新しいアクチュエータはパルス駆動させることによって,数グラムから数十キログラムのオブジェクトをナノメートル単位から1ミリメートル程度まで移動させることができた.また空気圧を一定にした駆動方法でオブジェクトを毎秒数マイクロメートルから数十ミリメートルで移動させることができた. 他のインパクトアクチュエータは,パルス状ではない励起方法でオブジェクトを移動させることができない.このアクチュエータの特徴は,連続的な移動が可能であることである.そのため,このアクチュエータは2種類の位置決め方式が利用可能である.一つは高速移動のための一定の空気圧の利用,もう一つは精密位置決めのためのパルス状の空気圧の利用である.これらの特徴は短時間で超精密位置決めと,遠方への位置決め可能であることである.これら3つの特徴は超精密位置決めを必要とする分野で有用である. この新しいアクチュエータは他のインパクトアクチュエータと比較していくつかの特徴を持っている.特に石油採掘場,発電所,印刷工場,木材工場のような火気厳禁の所に向いている.また新しいアクチュエータは高温,振動,放射能などが生じるような危険な場所にも耐えることができる.さらにこのアクチュエータは,高信頼性,長寿命,容易なメンテナンスが期待できる. 以上のような理由により,この新しいアクチュエータは将来,広く応用することができると考えられる. このアクチュエータは従来のものに比べて欠点もある.電気の代わりに空気を利用するため,特に狭い場所への応用,10秒から3秒以下の応答を必要とするような応用には不向きである. これまでのインパクトアクチュエータのようにワイヤを介して電圧や電流を測定する代わりに,いくつかの場所に取り付けられた圧力センサを用いて空気圧を測定した.このアクチュエータでは他のインパクトアクチュエータと比べて小質量部分の位置の検出が重要である. 流体力学的な空気インパクト駆動のパラメータは複雑な関係にあるため,数値シミュレーションはこの新しいアクチュエータに対してより効果的である.特に,本論文では精密位置決めを目的としているので,精密な理論解析も必要である. 理想気体としての空気の特性は非線形で,繊細な扱いが必要である.周囲の圧力環境のために圧力源だけでなく,すべての場所において圧力ポテンシャルが存在し,考慮すべきである.それゆえに,この新しいアクチュエータの境界条件は従来のアクチュエータよりも複雑である.電子の伝搬速度(光速程度)に比べて空気エネルギの伝搬速度は遅い(音速程度)ので,この新しいアクチュエータではその質量の移動自体を考慮する必要がある(電流における電子の質量は無視できる).空気によって励起される力は,短時間に励起されるものではなく,移動時間全体にわたって考慮しなければならない.空気源から管を通ってアクチュエータに至るまでの過程において,エネルギとモーメントの保存だけでなく質量の保存も解くべきである. そのため,多くのパラメータは複雑でそれ自身が自明な数式の形をしていないので,それぞれ同時に解く必要がある. そこでまず最初に,この新しいアクチュエータの現象を記述する方程式と簡単な解析評価を行った.さらに,新しいアクチュエータのあらゆる大きさと形に対応するシミュレーションを行った.さまざまなパラメータで位置決め実験とシミュレーションを行った結果,両者はよく似た結果であった. |
審査要旨 | | 本論文の題目はAir Impact Drive for Precise Positioning by Pulse and Constant Continuous Air Pressure(空気インパクト駆動による精密位置決め機構)であり.英文で記載されている.摩擦力で保持された移動対象物に空気圧を利用して衝撃力を加え,微小ステップ状の移動を連続的に可能とする新しい精密位置決め機構として,パルス空気圧と定圧空気圧を利用する2形式の空気インパクト駆動法を提案し,実験によってその有効性を実証し,実験と解析によって設計手法の確立をめざした一連の研究を纏めたものである. 論文は以下の9章で構成されている.第1章「序論」では,精密位置決め機構の有力な手法として発展してきているインパクトドライブ機構の基本的な考え方その特徴と有効性を論じ,電磁力利用,圧電素子利用,熱膨張利用の各種インパクトドライブ機構の開発研究の歴史と現状を纏めている.そして,新たな衝撃力発生源として空気圧を利用したインパクトドライブ機構を開発することの意義を明らかにし,これを研究の目的とすることを述べた後,空気圧を利用した衝撃力発生機構の現状を紹介している. 第2章「パルス空気圧によるインパクトドライブ機構の提案」ではパルス空気圧源を利用して移動体に衝撃力を加える方式を提案し,基本的な構造とその動作原理を示している.電磁バルブを用い空気圧源からチャンバーに空気圧を送ることによって得られる衝撃圧によって移動体に衝撃力を加える方法である.衝撃力を移動体に有効に加えるための機構としてチャンバーの他端を可動としばねで復元する方式を示し,その有効性を試作装置によって確認している. 第3章「パルス空気圧インパクトドライブの解析」では第2章で提案した駆動方式の動作を数値解析によるシミュレーションを行うことを目的として,モデル化を行なった.特に,チャンバー内の圧力を記述するための空気の流れを明らかにした.そして,移動量に対して影響する因子を明らかにした. 第4章「パルス空気圧の解析と実験」では,第3章の解析にもつづき,さらに詳細にパルス空気圧の発生の解析を実際の実験に用いた装置について適用し,実測値との比較検討を行った. 第5章「パルス空気圧インパクトドライブの実験」では,試作装置による移動実験を行い,移動体の質量,チャンバー他端の可動質量,ばね定数,空気圧等の移動量,移動速度への影響を綿密に調べ,各因子の影響を明らかにした. 第6章「定圧空気源インパクトドライブの提案」では,空気インパクトドライブ機構の第2の方法として考案した方式の原理を述べ,その実効性をシミュレーションによって明示している.一定圧の空気源によって移動体にとり付けたチャンバー内に連続的に衝撃圧を発生させるための弁を工夫しており,衝撃力が繰り返し移動体に働く仕組みを作り出すことに成功している. 第7章「定圧空気源インパクト」では,チャンバーに発生する圧力の計測を行い,衝撃圧発生機構の検討を行っている. 第8章「定圧空気源インパクトドライブによる移動」では,種々の条件下における移動量に対する諸因子の影響を実験によって明らかにし,解析結果との良い一致を得ている. 第9章「結言と今後の課題」では,一連の研究を総括するとともに,研究成果が実用化される場合の設計の指針を述べている.また,性能の向上のためになすべき研究課題を論じている. 以上をまとめるに,本論文では工場での利用が容易である空気圧を用いて,ミクロンオーダの分解能を有する移動機構を提案し実現している.本論文で提案している機構は,精密組立工程の自動化における問題点の有効な解決策となりうるものであり,工学的に優れているだけでなく,産業界における自動化技術の発展への貢献も大きい. よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる |