学位論文要旨



No 114843
著者(漢字) 松浦,一哲
著者(英字)
著者(カナ) マツウラ,カズアキ
標題(和) 渦構造と衝撃波の複雑干渉及びその解析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 114843
報告番号 甲14843
学位授与日 2000.02.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4565号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 1.はじめに

 渦と衝撃波の干渉は、ジェット騒音のメカニズムとして、また圧縮性乱流の重要な要素である衝撃波乱流干渉の単純化された問題として研究がなされてきた。特に単純化された理想的な干渉(例;平面衝撃波と円柱渦の二次元的な干渉等。以下「単純干渉」と呼ぶ)の研究では、散乱音波の発生や衝撃波の枝分かれ反射構造等の現象が明らかにされた。一方、圧縮性乱流の理解、あるいは空力騒音問題等への工学的応用という立場からは、より複雑な干渉場に関する研究が必要となるが、このような流れ場では様々な圧縮性波動の干渉がおこり、解析が困難となるため、既存の研究は未だ単純干渉の域を出ていない。本研究では以上の背景を考慮し、上記の単純干渉に対して「圧縮性波動を伴うより現実的な渦を扱う」「比較的単純な連続・複合干渉を扱う」の2点において、より現実に近い複雑干渉問題を設定し、これらを実験、数値計算の両面から研究することで、複雑干渉場に関する知見を得ることを目的とする。その際、上記の解析の困難を克服する手法の研究に特に重点を置き、その方法として「物理量の時間変化量の可視化」を提案する。

2.本研究における問題設定

 本研究で扱った2つの複雑干渉問題を図1に示す。case_aでは、入射衝撃波がステップ下流側の角を回折する際に渦を誘起し、これがその後反射板で反射された衝撃波と干渉する。この渦は圧縮性波動を付随する波動構造としての渦であり、干渉の際にはこれら個々の波動要素の振る舞いが問題になる。case_bでは、頚状の開口部と円弧状の空洞部からなるキャビティーに衝撃波が入射し、空洞部後部壁に達した後、再び開口に向かって進行し、やがて開口から放出されるが、その際頚部前後両端から発生する渦対と干渉を起こす。しかも内部に閉じこめられ放出されなかった部分は再びこれらの渦と干渉し、これを繰り返す。入射衝撃波マッハ数は1.7とした。

3.実験及び数値計算

 本研究では、再現性に優れた無隔膜衝撃波管を用いて、可視化実験による現象の観察を行った。可視化法は、通常用いられるシュリーレン法、シャドウグラフ法、Mach-Zehnder干渉法の他に、先述の「物理量の時間変化量の可視化」を実験的に実現するため、二重露光ホログラフィー干渉法を応用した「微小時間差干渉法」(後述)を適用した。

 また、実験で見られた現象を理解するため、数値計算を行った。数値計算にはHarten-YeeのUpwind TVDスキームを用い、支配方程式は二次元Navier-Stokes方程式とした。

4.時間変化量の可視化による渦-衝撃波干渉の解析

 渦と衝撃波の複雑干渉場を理解するためには、可視化対象となる波動の動向を非一様性の強い干渉場から効率よく抽出することが不可欠である。通常はこれらの波面を捉えるために、物理量(圧力、密度等)の空間勾配を調べるが(シュリーレン写真等)、渦度場自体の持つ空間勾配も同時に捉えてしまい、これと可視化対象である波動との区別ができなくなる。そこで本研究では、波動方程式からの類推により、時間勾配によりこれらの波面を検出することを提案する。波動方程式によれば、Euler勾配(∂/∂t)は空間勾配と波動伝播速度の積に対応するため、これを可視化すると、可視化対象である衝撃波や散乱音波等の伝播速度の速い波動が強調され、移動速度の遅い渦に付随する空間勾配の影響を排除できる。一方、流体力学におけるもう1つの時間変化量であるLagrange勾配(D/Dt)は、局所流速で移動する座標系(「相対座標系」)から見た時間変化量であり、これに対する相対伝播速度の速い波動が強調される。従って、渦等の局所流速で伝播する変動はこれに寄与せず、相対伝播速度が音速の寄与により大きくなる圧力波のみが強調され、やはり衝撃波や散乱音波の可視化に有効であることがわかる。数値計算等でこれらの時間変化量が空間分布として得られる場合には、そのcontour plotを描くことで、これが可視化される。

 また、実実験において二次元的に時間変化量を可視化する方法としては、二重露光ホログラフィー干渉法を応用して密度の有限時間差分(Euler勾配に相当)の等高線に相当する干渉縞を得る「微小時間差干渉法(STII)」を利用できる。この方法は、通常の二重露光ホログラフィー干渉法において、露光時刻を変更し、1回目と2回目を撮影したい現象が起こる時刻に微小時間間隔(本実験の場合1〜3s)で行えば実現できる。本実験においては、2回の装置運転において露光のタイミングを微小にずらすことで、これと等価な干渉縞像を撮影した。

5.結果及び考察

 case_aにおける干渉の様子を図2に示す。先述の単純干渉同様、衝撃波の枝分かれ(正常反射型、BS1,BS2)や、BS1背後の高圧高密度領域の発生が見られるが、これに加え、渦に付随する波動と衝撃波の干渉により、新たな構造が見られる。特に、滑り線(SL)と衝撃波(BS2)の干渉による屈折、及びこの不連続的変化に起因する膨張波(EW)の発生、vortex shock(NVS)の干渉前後における位置の変化等の特徴的な現象が観察された。一方で、渦-衝撃波干渉のもう1つの重要な特徴である散乱音波の発生とその4重極構造は、干渉後期の複雑な流れ場においてはその観察が難しく、実験におけるシュリーレン写真、数値計算結果の密度等高線等の従来の可視化法では、最も波動のintensityが強い圧縮波の部分のみしか観察できない。そこで、先述の予測に従い、数値計算結果を用いた密度のEuler微分とLagrange微分の可視化、及び微小時間差干渉法を適用した。図3では、上に述べた従来の方法による可視化図と、時間変化量の可視化図が比較されているが、時間変化量の可視化図では、従来の方法では検出の難しい散乱音波の膨張波部分()が可視化されており、単純干渉同様の散乱音波の多重極構造が確認できる。

 次に、case_bにおいては、例として図1のD22W10L5のモデルの結果を示す。空洞部後部壁で反射され開口に向かって進行する入射衝撃波と、頚部後端から発生した渦対との最初の干渉の様子を図4に示す(現象の対称性により、対称軸上部の結果のみ示す)。これらの図の中で、干渉中の湾曲した衝撃波とその壁からの反射波の形状が明確に捉えられたのは、Euler微分の可視化図と微小時間差干渉法(Euler的な時間差分)の図のみであった。なお、Lagrange微分の可視化図(h)では衝撃波が不明瞭になるが、これは以下のように説明できる。図(h)は、Lagrange微分値が正の部分のみが示されているが、同様に負の部分をplotしてみると、衝撃波が不明瞭になる位置に、移動速度の遅い膨張領域が存在することがわかる。先述の「相対座標系」から見たこの波動の相対伝播速度は大きいため、この波動の寄与が衝撃波による物理量の時間変化を相殺する程に大きくなり、結果として衝撃波は不明瞭になる。この例のように、2つの時間微分における可視化のされ方の違いは、各波動の伝播速度を考慮することで説明出来る。本ケースではEuler微分の可視化の方が有効であるが、通常両者の優劣は、どのような波動が可視化対象であるかに依存する。本解析では、両者を併用することで、より多くの情報を得ることができた。

図1.複雑干渉の問題設定

 図5には、最初の干渉からさらに時間が経過した後の流れ場において、既に減衰した衝撃波や干渉により散乱された音波の名残が渦と連続的かつ複合的に干渉する過程の一例が、圧力のEuler勾配の可視化図により示されている。一見解析困難に見られるこのような複雑干渉場においても、本可視化法により干渉現象の本質を抽出できたことで、干渉による波面の枝分かれ変形の様子等、個々の干渉現象については単純干渉の知見から類推できるものであることがわかった。

図表図2.case_a:干渉場の波動構造 / 図3.case_a:干渉後期の干渉場の可視化図の比較)図表図4.case_b:干渉中期の干渉場の可視化図の比較 / 図5.case_b:連続・複合的な干渉場の例;連続・複合干渉中における波動の動向(Euler;∂p/∂t>0)
6.結論

 渦構造と衝撃波の複雑干渉に関する2つの問題に関して、実験、数値計算の両面から研究を行った。圧縮性波動を付随した渦と衝撃波の干渉では、単純干渉においては見られない付加的な構造が確認され、同時に「時間変化量の可視化」により、従来の方法では可視化の難しい複雑干渉場における散乱音波の構造を捉えることが出来た。連続・複合的な干渉過程における波動の基本的な振る舞いは、単純干渉の知見から類推が可能であったが、その類推は様々な波動が混在する場から、干渉の本質を支配する現象を捉えて後に可能になるものであった。これは従来の可視化法による観察では困難であり、「時間変化量の可視化」により初めて達成された。以上の例に示される通り、本研究で提案された「物理量の時間変化量の可視化」の有効性が確認された。

審査要旨

 修士(工学)松浦一哲提出の論文は、「渦構造と衝撃波の複雑干渉及びその解析手法に関する研究」と題し、7章より構成されている。

 渦と衝撃波の干渉は、ジェット騒音のメカニズムとして、また圧縮性乱流の重要な要素である衝撃波-乱流干渉の単純化された問題として研究がなされてきた。特に単純化された理想的な干渉(例;平面衝撃波と円柱渦の二次元的な干渉等。以下「単純干渉」と呼ぶ)の研究では、散乱音波の発生や衝撃波の枝分かれ反射構造等の現象が明らかにされた。一方、圧縮性乱流の理解、あるいは空力騒音問題等への工学的応用という立場からは、より複雑な干渉場に関する研究が必要となるが、このような流れ場では様々な圧縮性波動の干渉がおこり、解析が困難となるため、既存の研究は未だ単純干渉の域を出ていない。

 著者は、本研究で、上記の単純干渉に対して「圧縮性波動を伴うより現実的な渦を扱う」及び「比較的単純な連続・複合干渉を扱う」の2点において、より現実に近い複雑干渉問題を設定し、これらを実験、数値計算の両面から研究することで、複雑干渉場に関する知見を得ることを目的とする。その際、上記の解析の困難を克服する手法の研究に特に重点を置き、その方法として「物理量の時間変化量の可視化」を提案し、その有効性を確認している。

 第1章は、序論である。渦構造と衝撃波の複雑な干渉の理解が必要となっている現状が述べられており、従来の単純化された渦と衝撃波の干渉の理解から、さらに複雑な干渉形態の理解が必要であることが述べられている。この現象は本質的に非定常な現象であり、その理解においては、解析手法が本質的に重要であることが述べられている。

 第2章では実験の概要が述べられている。実験では、再現性のよい衝撃波管を用い、シュリーレン法、マッハツェンダー干渉計、レーザーホログラフィー干渉計など様々な可視化法を適用して、渦-衝撃波の干渉形態の解明を行うことが述べられている。

 第3章では、数値計算の概要が述べられている。より複雑な干渉形態を解明するにあたり、実験的手法のみでは限界があり、数値解析を併用する必要があることが述べられ、適用された計算手法が説明されている。

 第4章では、現象の理解のために新たな可視化法が提案されている。即ち、この現象においては波動が支配的役割を果たすところから、物理量の時間変化量を可視化することにより、波動の伝搬挙動を明瞭に可視化できることが述べられている。その際、単純な時間偏微分量に着目する場合のみならず、流体的時間微分量に着目した場合も考察され、両者の得失について考察が述べられている。

 第5章では、2様の干渉形態についての結果と考察が述べられている。一つは、ステップ背後に衝撃波通過の際生じる渦と反射衝撃波との干渉であり、他はへルムホルツ共鳴器へ入射する衝撃波が内部で生成する渦と反射衝撃波との干渉である。実験結果と数値解析結果の一致は良好である。まず、第1の応用例について、本論文で提案された可視化法が従来の手法に対して優れており、特に干渉により生じた波動を的確に捉えられる事が述べられている。続いて、本可視化手法を適用して明確となった干渉形態の様態について述べられている。第2の応用例は、第1の例よりさらに複雑であるが、これについても本可視化手法を適用することにより、干渉のあらましが明確にされている。第1、2の応用例を通して、干渉のあらましは、基本的に単純干渉で得られている機構の組み合わせとして理解されうることが述べられている。

 第6章は、まとめであり、第7章は、結論が述べられている。

 以上要するに、本論文は渦構造と衝撃波の複雑な非定常干渉について、新たな可視化法を提案し、その優位性を示すと同時に、渦-衝撃波の非定常な干渉形態の詳細のあらましを明確にし、それらが単純干渉の機構の組み合わせとして理解できることを示しており、その成果は流体工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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