学位論文要旨



No 114846
著者(漢字) 松下,祐記
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,ユウキ
標題(和) 倒産保全処分の内容的規律 : 要件・効果・限界
標題(洋)
報告番号 114846
報告番号 甲14846
学位授与日 2000.02.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第155号
研究科 法学政治学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,善充
 東京大学 教授 伊藤,眞
 東京大学 教授 蒲島,郁夫
 東京大学 教授 神田,秀樹
 東京大学 教授 海老原,明夫
内容要旨

 我が国の現行倒産法上の保全処分の機能には、債務者・債権者等利害関係人の行動の自由を規制し債務者財産の現状を固定する側面、及び、手続開始後の倒産処理を一部前倒しする側面を認めることができる。前者の側面は、例えば処分禁止保全処分・強制執行等中止命令によって実現され、後者の側面は、主に保全管理命令によって選任された保全管理人の活動によって実現される。その二つの側面を合わせて、倒産法上の保全処分に「倒産手続の仮開始的性格」を見出すのが通例である。もっとも、「手続仮開始」と言うからには、手続開始決定後の倒産手続の効果と、保全処分の効果との関係について、検証を経ていなければならないはずである。しかし、従来我が国では、倒産法上の保全処分についての体系的研究はほとんど見当たらず、従って、前記検証もほとんど行われていないように思われる。かかる問題意識を踏まえ、本稿は、倒産法上の保全処分の効果・限界、更にはそのような効果を有する保全処分を発令するための要件を、法解釈論的に検討することを目的とする。比較法的検討の資料としては、ドイツ法・オーストリア法を用いる。それぞれ、我が国破産法、和議法の母法であるということ、及び倒産手続の効果が手続申立に関する裁判によって初めて生じ、その間の財産保全の手段を保全処分によっている点で、我が国と共通するからである。

 ドイツライヒ破産法の下では、一般的譲渡禁止及び保管(Sequestration)を併せて発令するという実務が定着している。

 一般的譲渡禁止は、KO106条1項3文の明文に基づくものである。その効果に関しては従来はBGB136条、135条によって規律されると言うのが通説であり、それは立法者の見解にも沿っていた。それによると、譲渡禁止に反する債務者の行為は、破産債権者に対してのみ無効であるという、いわゆる相対的無効である。そして、少なくとも立法者意思においては、一般的譲渡禁止がその後の強制執行を禁止・中止する効果はないとされていた。ところが、近時においては、保管と組み合わせて一般的譲渡禁止が発令されたときは、破産宣告の効果とパラレルに解する見解が有力に主張されている。それに従うと、債務者はこの保全処分により管理処分権を剥奪されるのであり、その結果、譲渡禁止に反する債務者の行為は、あらゆる者に対して無効であるという、いわゆる絶対的無効と言うことである(ただし手続との関係での無効であり、手続が開始しなければ無効の効果は機能しない)。絶対的無効説は、その後の強制執行(特に差押)も、破産宣告後と同様、排除しうると言う。

 保管は、保管人を選任して債務者の財産を保管させる保全処分であり、概念上は通常保全としての保管とパラレルである。もっとも、破産法の条文にはなく、その内容的規律は解釈によっている。保管はもともと財産の占有を債務者から離すことを目的とするものであるが、通常保全としてのそれと異なり、むしろ債務者の営業の継続を主眼として行われる。保管に関する理論が進展したのは、1970年代に「破産の破産」状況が問題となった時期である。そこでは、管財人の下で行うべき倒産処理を、保管人に前倒し的にさせることで、財団債権の発生を抑えるという実務家の実践的意図が存在した。一般的譲渡禁止と保管の組み合わせにより、債務者の管理処分権が保管人に移転し、保管人が倒産処理を行うというものである。かかる実務に対しては、学者の側からの批判があり、保管人の権限についての理論的検討が行われることになった。そこでは、保管人への管理処分権の移転を否定する見解、移転を肯定しつつもその権限行使に歯止めを掛ける見解が主張された。特に後者の見解は、破産申立後開始決定前という手続的段階における、債務者・債権者の利益の保護という観点に立ち、保管人の管理処分権行使に様々な要件(例えば債務者の同意、債権者委員会の同意、破産裁判所の許可)を設定する。判例も、このような学説を採り入れ、保管人の管理処分権に関する理論を構築している。BGHの理論によると、保管人の管理処分権は、財産の保全維持、及び財産の通常の用法に従った管理の範囲で、行使することができる、ただしそれを超える行使は破産裁判所の許可を得て初めて有効となる、というものである。かかる理論を下に、財産換価、営業譲渡、双務契約の処理、債務の弁済といった具体的措置に即して、保管人の権限内容が解釈されている。

 ドイツ和議法では、保全処分規定のなかった1927年法に対し、1935年法はいわゆる事前手続に関する規定を置く。それによると、和議申立により仮管財人が必要的に選任される。債務者に対しては、債務負担制限・譲渡禁止などを内容とする保全処分を発令しうる。更に、強制執行一時停止命令を発令できる。和議法の譲渡禁止命令は、破産法と異なり、BGB136条、135条と別の和議法独自の規定によって内容を規律されている。債務者の管理処分権・業務執行権を剥奪できないのを旨とする。しかし学説は、和議申立と破産申立が同時に発令されたときに、和議法上の保全処分として保管を発令でき、それによって債務者の業務執行権を剥奪できるとする。強制執行一時停止は、いわゆる遡及的禁止制度(我が国の執行行為否認に近い)を保管するための制度であり、和議債権者のみを対象とする。これらの措置を発令するための要件も、和議法上に規定がある。ところが近時では、かかる要件を吟味せず一般的・定型的に保全処分を命ずるという実務が定着している(いわゆるケルン型和議手続)。

 ドイツの倒産法改正作業において、倒産法委員会第一報告書と倒産法政府草案とが、それぞれ保全処分に関する規定を提示している。その内容は類似しているのであるが、それぞれの保全処分観の違いを反映している。一般的処分禁止発令と仮倒産管財人が選任されたときには、債務者の管理処分権は仮倒産管財人に移転することになる(両者共通)。別除権を含めた強制執行停止の規定が設けられている(両者共通)。ただ、仮倒産管財人の管理処分権については、両者は対照的な理解を示す。第一報告書は、利害関係人の利益を保障した上で、倒産処理の一部前倒し(営業譲渡など)を容認する。これに対し、新倒産法は、少なくとも政府草案の段階では、腐敗しやすいものの売却に類するようなものに限定している。

 オーストリア破産法は、手続開始前の保全処分制度を長らく有さず、1982年改正により初めて有することになった。それは、債務者の業務継続に重きを置いており、ちょうどドイツ破産法の保管を想起させるような内容である。保全管理命令や強制執行等の中止命令が可能かは、不明である。和議法も、我が国和議法31条類似の規定しかなかったが、1982年改正により破産法と同じ内容の保全処分制度ができた。総じてオーストリア法は、現状固定は手続開始後に行うことを原則としているようである。

 以上の比較法的検討を踏まえた考察の結果は以下の通りである。

 (1)債務者に対する処分制限の限界。破産手続においては、保全管理命令を発令することに、破産法の理念・構造から来る障害はない。和議手続において、債務者の最終的な自主再建という目的達成のために、限定的範囲で保全管理命令を発令することは許容される。

 (2)処分禁止命令・保全管理命令・監督命令の効果。保全管理命令により債務者が管理処分権を剥奪されることに伴い、債務者の財産処分行為は、あらゆる者との関係で無効となる。ただし、倒産手続開始申立の取下げ・棄却・却下等があった場合には、その時から有効となる。監督命令・一般的処分禁止命令についても、同様に解する。ただし、個々の財産を対象とする〔特別の〕処分禁止命令は、通常保全としての処分禁止仮処分と同様の効果を有する。以上の解釈は、他の手続例えば和議・会社更生においても、同様である。管理命令・監督命令・一般的処分禁止命令が発令された場合、債務者の処分行為の相手方は、破産宣告がなされた場合と同様の要件の下で、保護される。従って、動産取引においては、前記命令について善意でも保護されない。ただし、特別の処分禁止命令については、通常の仮処分と同様の要件で保護される。(3)強制執行停止・禁止命令。処分禁止命令・保全管理命令・監督命令によっては、強制執行手続を中止・禁止する効果を有しないので、強制執行停止・禁止命令の可否が問題となる。肯定すべきである。ただし、一般の保全処分と異なり、発令には加重要件が付される。(4)弁済禁止保全処分による債権取立権の制約。弁済禁止保全処分は、対象となる債権の取立の効果を否定する効力はあるが、その取立行為そのものを禁止する効力はない。(5)担保権実行中止命令や否認権行使を前提とした保全処分は、現行法の下では困難であると思われる。(7)保全管理人の管理処分権の行使。保全管理人の管理処分権行使には、債務者・債権者双方の利益を勘案して、一定の要件を付すべきである。固有の権限を超える管理処分権の行使には、裁判所の許可を必要とし、かつ債務者・債権者に不服を申し立てる機会を与えるべきである。

審査要旨

 破産、民事再生あるいは会社更生など、わが国の倒産処理手続は、債務者などによる手続開始申立ての効果として直ちに手続が開始される法制をとらず、申立てを受けた裁判所が、それぞれの手続開始要件について審査の上、手続開始決定をすることによってはじめて手続開始の効果、すなわち債務者の管理処分権に対する制限や債権者をはじめとする利害関係人の権利行使に対する制限などが生ずる法制をとっている。したがって、手続開始の申立てから手続開始決定の効果が生じるまでの間に一定の時間的ギャップが生ずるのを避けられず、その間における債務者や利害関係人の行為によっては、開始に続いて行われる手続本来の目的-公平な清算や継続企業価値の維持・配分など-の実現が妨げられる危険が生じる。本論文が研究の対象とする倒産保全処分は、このような危険に対処するための制度であり、本論文は、倒産保全処分が備えるべき本来的機能を明らかにすることによって、それにかかわる解釈論上および立法論上の問題に対する解決を示そうとするものである。

 本論文の研究方法上の特徴は、次に3点にまとめられる。

 第1に、破産などの清算型手続と民事再生などの再建型手続とを横断的に考察の対象とし、さらにそれぞれの手続における保全処分の機能を手続本来の機能との関係で縦断的に考察することによって、倒産保全処分に関する一般的基礎理論を構築しようとしていることである。第2に、「現状固定型」保全処分と「管理監督型」保全処分の対概念を創出し、日本法の母法であるドイツ法、およびその姉妹法ともいうべきオーストリア法について、歴史的発展を踏まえた詳細な比較法的分析を行うことによって、保全処分が手続開始との関係でどの程度の効果をもつことが正当化されるかを考察していることである。第3に、以上の考察にもとづいて、倒産保全処分に関する個別的論点に関して、解釈論および民事再生要綱案(本論文執筆当時)を含めた立法論の両領域にわたって、ほぼ網羅的に著者、松下祐記氏の考え方を示していることである。

 本論文の構成は、第1章「日本法の現状と問題点」、第2章「ドイツ法」、第3章「オーストリア法」、第4章「考察」の4章から構成され、第1章において明らかにされた日本法の問題点について、それぞれ対応するドイツ法およびオーストリア法について比較法的検討を加え、その成果を踏まえて、第4章において問題点についての著者自身の見解を明らかにするという構成をとっている(分量は、A4判ワープロ書き664頁)。

 論文の概要は、次のとおりである。

 第1章では、倒産保全処分を2つの類型、すなわち利害関係人の行為の制限、および債務者財産の現状固定を主眼とする「現状固定型保全処分」と、債務者の財産管理処分権を制限ないし剥奪し、倒産処理手続の前倒し的一部実現を主眼とする「管理監督型保全処分」に分け、この対概念を用いて、破産手続、和議手続、会社整理手続、特別清算手続、および会社更生手続における保全処分について、その目的、手続的規律、および内容的規律に関して説かれてきたところを、従来の判例および学説を材料として分析する。分析の結果として、たとえば、手続的規律に関しては、手続の開始可能性が手続の目的、あるいは保全処分の種類などとの関係でどのような意義を認められるべきかについて、従来必ずしも十分な検討がなされていないこと、保全処分の内容についても、手続構造との関係が十分に考慮されていないこと、その結果、処分禁止保全処分、弁済禁止保全処分、強制執行等の停止・禁止の保全処分、第三者に対する保全処分、および保全管理命令など各保全処分において、その効果あるいは許容性について整合的な説明がなされていないことが指摘される。

 第2章では、まず第1節において、倒産保全処分に関するドイツ法を、普通法時代の学説に始まり、1793年プロイセン普通裁判所法、1855年プロイセン破産法、1877年ライヒ破産法に至る歴史的経過に沿って分析する。著者は、この歴史的展開の中で、弁済禁止保全処分や譲渡禁止保全処分など、債務者による財産減少行為や、債権者による抜け駆け行為を抑止する手段としての倒産保全処分の骨格が徐々に形成されてきたことを明らかにする。続いて、ライヒ破産法の下での定型的保全処分とされた「一般的譲渡禁止命令」-債務者による財産処分および債権者による強制執行を包括的に禁止する命令-について、その違反にもとづいて生じる効果、すなわち命令違反行為の効果たる無効の意義、債務者の管理処分権への影響、登記手続や強制執行手続上の効果、善意取得者など第三者に対する影響、契約関係に対する効果、取戻権者や別除権者に対する効果などを、破産手続開始の効果と比較して分析する。

 さらに、ライヒ破産法の下でのもう一つの定型的保全処分であった「保管命令」(Sequestration)-債務者に代わって事業経営を続行し、これによって財団の価値を維持する保管人を選任する命令-について、目的物との関係での民事保全手続における保全との差異、特に債務者の事業自体を保管の対象とすることができるかなどの問題、また保管人の法的地位および権限にかかる問題について判例・学説を詳細に分析する。そして、この保全処分が破産手続開始の前倒したる意義をもつものかどうか、換言すれば、保管人の権限は破産管財人の権限とどう違うかに関して、両者は区別されるという建前を維持しつつも、保管命令が前述の一般的譲渡禁止命令と結合されることによって、通常の方法にしたがった財産管理処分権が保管人に与えられ、また、それを超える処分も、裁判所の許可等を要件として認めることによって、事実上破産管財人の管理処分権に接近していったことを明らかにする。その上で、さらに各論として、債務者の業務の継続、財産換価・売却、営業譲渡、双方未履行双務契約についての選択権、債務負担行為、債務の弁済などの問題を分析し、財産の通常の維持管理を超える行為については、なお保管人の権限を破産管財人のそれと区別する考え方が維持されていることを指摘する。

 続いて、第2章第2節では、1935年ドイツ和議法における財産保全処分に関する規律を分析する。1935年法は、それ以前の1927年和議法において財産保全処分に関する規律を欠いていたことの反省の上に立って、仮管財人の選任処分や財産保全処分を新設した。財産保全処分の内容は、債務負担の制限、仮管財人の監督権、あるいは譲渡禁止などから構成されるものであるが、ケルン区裁判所和議部における実務運用によって生み出された「ケルン型和議手続」では、仮管財人に対して定型的に金銭収支の権限が与えられる一方、債務者に対して一般的譲渡禁止が命じられる特徴をもったものであることを紹介する。ケルン型手続は、手続開始前の段階から仮管財人と債務者の共同によって債務者の事業を継続し、その財産価値を維持することを目的としたものであり、その本質は、債務者財産の現状維持を超えて、和議手続目的の一部を実現しようとする管理監督型保全処分であることを明らかにする。

 また、同じく1935年法によって新設された強制執行一時停止の保全処分については、債権者や債務者に対する影響など保全処分の要件を検討し、和議手続の目的達成のために、債務者を名宛人とする保全処分だけではなく、強制執行に着手している債権者を名宛人とする保全処分も許容されていることを指摘する。

 さらに、第2章第3節においては、1994年新倒産法における財産保全処分に関する規律を分析する。著者はまず、立法の経緯を詳細に考察し、1985年の倒産法委員会第1報告書において、仮管財人の監督権限、債務者に対する一般的処分禁止を媒介とする仮管財人の管理処分権などが、保全処分の内容として提言されることによって、財産の現状固定にとどまらない、手続の一部実施という考え方が色濃く現れていることを指摘する。これを受けて成立した1994年新倒産法は、倒産処理手続の一本化、債権者集会の判断による清算か再建かの選択、手続関係人のイニシアチブ重視などの特徴をもつものであるが、保全処分に関しては、仮倒産管財人の選任、債務者に対する一般的処分禁止命令を媒介とした、仮管財人への管理処分権の付与、全債権者に対する強制執行の禁止、担保権にもとづく別除権実行の一時停止などの内容をもつものであることを紹介する。

 しかし、第1報告書が手続の前倒しを重視していたのと比較すると、1994年法の保全処分においては、現状固定の考え方が全面に出ていること、これは、第1報告書の立場と異なって、再建が最優先とされなかったことと関係すると指摘する。また、仮管財人の権限に関しても、それが必要最低限の財産保全に限定されたことは、第1報告書の立場と比較すると、新倒産法の立法者が手続の前倒しに消極的になったことを象徴するものであると指摘する。この立法者の姿勢を具体的に示す例として、たとえば、仮管財人による企業継続についても、財産価値の維持に必要な場合には、企業の閉鎖をすべきこととされ、むしろ企業継続の見込みについて客観的調査をすることが仮管財人の任務とされたこと、財産換価権が緊急の必要がある場合に限定されたこと、営業譲渡の可能性が明定されなかったこと、双方未履行双務契約についての選択権が与えられなかったこと、仮管財人の行為によって生じた債務が当然に財団債権とされるわけではないこと、などを挙げる。

 第3章では、オーストリア法を扱う。まず、第1節においては、オーストリア破産法における財産保全処分の規律を、1982年改正の前後を通じて分析する。1982年改正前の破産法には、手続開始前の財産保全処分に関する明文の規定が存在せず、一般保全処分によるとの考え方と、手続開始後の処分を類推するとの考え方が対立していたことを紹介する。これに対して、1982年破産法は、はじめて手続開始前の財産保全処分に関する明文の規定を置き、債務者財産の保全および事業継続のために一定内容の保全処分が認められたこと、しかし、債権者による強制執行については、手続開始後こそそれが排除されるものの、手続開始前については明文の規定が存在せず、解釈に委ねられていることを紹介する。

 引き続いて、第2節においては、オーストリア和議法における財産保全処分の規律を、同じく1982年改正の前後を通じて分析する。まず、82年改正前には、手続開始前の財産保全処分に関する明文の規定が存在しなかったことは、破産法の場合と同様であり、しかも、学説も、破産法の場合とは異なって、一致してその可能性を否定していたことを紹介する。次に、1982年改正和議法においては、1982年破産法と同様の内容の財産保全処分が認められたこと、これに対して、債権者による強制執行停止については、これも破産法と同様に、明文の規定を置かず、解釈に委ねられているが、一般に学説は否定的であること、を紹介する。

 第4章では、第2章のドイツ法、および第3章のオーストリア法についての比較法的考察を基礎として、手続開始前の倒産保全処分に関する基本原理、およびその内容に関する解釈論および立法論上の検討を行っている。まず、第1節において、基本原理に関しては、保全処分観として本論文の冒頭で提示した現状固定型と管理監督型の二つの軸に沿って、ドイツ破産法・和議法、オーストリア破産法・和議法を、その歴史式発展に即して位置付ける。そして、歴史的発展の方向としては、現状固定型から管理監督型への拡大がみられること、管理監督型の必要性を基礎づけるものが事業継続の必要性であることを指摘する。

 これを基礎として、第2節では、手続開始前の保全管理命令について、わが国の破産手続においてもそれが許容されること、また債務者の管理処分権が存続する和議手続においても、合理的必要性にもとづいて期間や対象を限定すれば、保全管理命令を認める余地があること、立法論としては、民事再生要綱案(執筆当時)における管理命令制度が支持されることなどを指摘する。次に、処分禁止命令の効果については、従来からいわれていた相対的無効の概念を詳細に分析した上、処分禁止にもとづく無効が破産債権者の利益保護を目的としているという意味での相対性は認められるものの、それ以外の者に対する関係では有効とする意味での相対性は否定されるべきであり、この考え方を絶対的・不確定的無効説と称する。さらに、処分禁止命令などに反する処分がなされた場合の善意者保護については、特に破産手続開始後の効果との均衡から、債務者財産の保全目的を達するためには、善意取得を排除することが適当であるとする。

 第3節においては、債権者を名宛人とする保全処分、特に強制執行に対する停止・禁止の保全処分については、処分禁止の仮処分が発令されているときには、著者のいう絶対的・不確定的無効の効果によって強制執行そのものが違法になるとの結論も考えられるが、債務者の管理処分権が剥奪されることによって直ちに債権者による強制執行が違法になるものではないとする。しかし、保全処分の相手方を債務者のみに限定する合理的理由に欠ける以上、処分禁止の保全処分とは別に、債権者に対する強制執行禁止・停止の保全処分が認められるとする。そして、その場合の要件としては、手続目的の達成に必要であることと、執行債権者に不当な損害が生じないことの両者を必要とする。また、将来の強制執行を一般的に禁止する保全処分については、倒産手続前倒しの視点から、債務者に対する一般的処分禁止保全処分が発令されていることが条件になるとする。著者は、このような理由から、立法論としても、民事再生要綱案における包括的強制執行禁止命令を支持する。

 第4節では、担保権者を対象とする現状固定として、担保権実行中止保全処分を論じる。清算を目的とする破産においては、保全管理命令が併せて発令されている場合にのみ、保全管理人による換価権行使を保障する趣旨から、担保権実行中止保全処分の可能性があるのに対して、和議においては、再建目的実現のために、一般的にその許容性が認められるとする。

 第5節では、第三者に対する現状固定として、否認権行使を前提とする保全処分について論じ、解釈論としては困難であるが、立法論としては、特に保全管理人が選任される場合については、この種の保全処分を認める理論的根拠が存在するとする。

 第6節では、保全管理命令の適法性を前提として、その権限行使について、債務者の利益および債権者の意思をどのように反映させるべきかを論じる。また、権限行使の具体的態様、すなわち営業譲渡、あるいは双方未履行双務契約の処理などについて論じ、裁判所の許可などの手続的要件を践むことを前提とすれば、一般的にこれらの権限を排除する必要はないとする。また、保全管理人の行為の結果として生じた債務についても、破産管財人などの行為の結果と同様に、これを財団債権とすることが認められるとする。

 第7節では、保全処分の内容的特質についてその暫定性を確認し、また、発令要件として特に担保の要否について検討している。

 本論文の概要は、以上である。以下、本論文の長所および問題点を述べる。

 本論文の長所の第1は、倒産保全処分に関する体系的包括的研究であることである。従来の日本の倒産法学は、倒産手続開始決定の効果に最大の焦点を当てる反面、保全処分は単にそれまでの一時的・暫定的なものと位置づけてきた。これに対して、本論文は、開始後の手続の成否を決定するのは、いかなる保全処分によって手続開始まで債務者の財産や経営を維持するかであるとの認識から、保全処分の内容として現状固定型および管理監督型という新概念を提唱し、その要件、効果およひ限界を、清算型手続、再建型手続と関係づけつつ論ずる、きわめてスケールの大きな論文である。

 第2に、ドイツおよびオーストリアの倒産法における保全処分の立法、学説および判例の展開を丹念に掘り起こし、さまざまな保全処分観、それに基づく要件論・効果論の変遷を明らかにしていることである。著者は、論旨の展開と必ずしも直接には関係しないドイツおよびオーストリア保全処分法の沿革の細部まで考察の対象としており、この部分は保全処分法史それ自体としてみても、これまでこのような研究がなかっただけに学界に対する貴重な寄与となろう。

 第3に、本論文で展開された解釈論および立法論にも評価すべきものが多い。解釈論で言えば、保全処分に違反する債務者の行為の効果として従来言われてきた相対的無効の意味を詳細に分析して提唱した、絶対的・不確定的無効という概念は、保全処分の効果、さらには開始決定の効果に関する従来の議論のレベルを格段に引き上げたものであるし、立法論で言えば、ドイツ、オーストリア法の沿革の分析から演繹した再建型手続における管理監督型保全処分の必要性の主張は、民事再生法における保全処分の位置づけと一致するものである。

 以上の長所に対して、本論文にも問題点がないわけではない。

 第1は、著者は日本法の母法とその姉妹法ともいうべきドイツ、オーストリアの研究から様々なアイデアを汲み取っているが、それだけでなく、法系の異なるもう一カ国を比較研究の対象に加えれば、もっと別の観点が出てきたのではないか、ということである。

 第2は、一つ一つの文章は明快で、記述は正確であるにもかかわらず、全体としてきわめて読みにくい論文になっていることである。その理由は、論旨の展開とは別に資料の正確な紹介というもう一つの目的に拘泥したこと(これは第2の長所の裏返しである)、単調な記述に終始しているため、全体を貫く主題が十分に強調されていないこと、また、各章の結びつき、とくに総論としての第1章と各論としての第4章との結びつきが悪いこと、などによると思われる。

 しかし、これらの問題点も、本論文の価値を著しく損なうものではない。本論文は、全体としてみる限り、倒産保全処分に関する体系的包括的な研究として日本の学界に寄与するところがきわめて多く、博士(法学)の学位を授与するに相応しいものと認められる。

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