学位論文要旨



No 114847
著者(漢字) 森野,潤一
著者(英字)
著者(カナ) モリノ,ジュンイチ
標題(和) 近傍分子雲のCO(J=2-1)/CO(J=1-0)の輝線強度比と星形成
標題(洋) The CO(J=2-1)/CO(J=1-0)intensity ratio and star formation in molecular clouds in the solar neighborhood
報告番号 114847
報告番号 甲14847
学位授与日 2000.02.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3684号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 尾中,敬
 国立天文台 助教授 立松,健一
内容要旨

 星は分子ガス雲から誕生する。しかし、分子ガス雲によって星生成の様子(星の質量、数)は異なっており、その理由はよくわかっていなかった。今回私は、東大60cm電波望遠鏡を用いて、150-3k pc内にある7領域の近傍分子雲をCO J=2-1輝線にて観測し、COJ=1-0輝線との比較により、分子ガスの性質の違い、星形成との関係を調べた。

CO 2-1/1-0輝線強度比

 CO(J=1-0)輝線よって従来、分子雲の広がり、質量、運動、構造が調べられてきた。CO(J=2-1)輝線はより大きな励起エネルギーを必要とし、より暖かいガスや、密度の高いガスをトレースする。LVGモデルの計算と観測的に以下のようにガスは分類される。

 (1)(Low Ratio Gas)LRG:CO 2-1/1-0輝線強度比が0.7以下:

 低密度ガスnH2=200-700個/cc程度のガス

 (2)(High Ratio Gas)HRG:CO 2-1/1-0輝線強度比が0.7-0.9

 高密度ガスnH2=1000-3000個/cc程度のガス。

 (3)(Very High Ratio Gas)VHRG:CO 2-1/1-0輝線強度比が1と同程度かそれ以上。

 光学的に薄く、温度や密度が高い場合。または、

 光学的に厚く、分子雲表層で温度勾配が生じている場合。

 PDR(光解離領域)周囲

これまでの観測

 東大60cm電波望遠鏡での分子雲の広域観測と、CO 2-1/1-0輝線強度比の解析は、従来、阪本成一によるOrion A&B分子雲(Sakamoto et al.1994)、林によるTaurus中心部の観測があった。大質量星形成領域であるOrion A&Bでは分子雲リッジが比が高く、密度が高いこと、分子雲周辺部で強度比が0.5程度になり低いこと、低質量星形成領域であるTaurusでは分子雲全体が強度比が低く0.6程度であることがわかっていた。しかし、他の領域でも分子雲外縁部(LRG)と分子雲リッジ(HRG)という分子雲の構造は普遍的かどうかについては判断できなかった。またOriAの大質量星の周り(M43)約1pcについては輝線強度比が1を超えていた(VHRG)が、これは星からの輻射の影響であり、密度の変化に対応しないこと、空間的に割合が小さいことから、PDRが分子雲全体の平均的強度比に寄与しないことがわかっていた。しかし励起星がより大質量星になった場合やそのクラスターになったばあいもVHRGが分子ガス全体の平均のCO 2-1/1-0強度比に寄与しないかどうかはわかっていなかった。

 進化段階や誕生している星の質量の異なる分子雲をCO2-1で観測し、分子ガスの分布、内部構造やガスの性質の違いと星形成との関係を解析した。これは銀河面サーベイや系外銀河でのCO 2-1/1-0輝線強度比を解釈する上での基本的資料にもなっている。

 このような多種の天体の大量のデータの取得には、私が主体的に取り組んだ望遠鏡の受信機の性能向上や、望遠鏡の無人観測、南米チリでの望遠鏡の立ち上げと観測により成し遂げられたものである。

個々の天体-大質量星形成領域Rosette Molecular Cloud

 O4,O5,O6の大質量星が誕生し、短期間にガスの解離が進んでいる領域である。HII領域は直径30pc程度に達し、その周りにシェル状に分子ガスが分布する。その境界10pcのCO 2-1/1-0輝線強度比は高く1前後の値を示す。銀河座標系で東側にガスは広がり、ここでのCO 2-1/1-0輝線強度比は0.7-0.5程度である。

 高分解能観測のデータとの比較により、クランプ(塊)を含むガスのCO 2-1/1-0強度比は0.7程度以上で、構造のはっきりしないdiffuseガスのCO 2-1/1-0強度比が0.6以下であるのと対照的であった。クランプについては、光学的に薄い13COの柱密度とサイズから見積もった体積平均密度と、12CO 2-1/1-0輝線強度比から見積もった表面密度の二通りの見積りをしたが、(1)正の相関があること、(2)見積もられた密度102.5cm-3-103.5cm-3程度の範囲で、filling factorが0.1程度であることがわかった。

Mon OB1領域

 O7,O8の星を誕生させているが、分子ガスがそれほど壊れていないので、大質量星形成の初期段階にあると思われる巨大分子雲。主として、二つの分子雲から構成され、質量は二つあわせて、1x105Mo程度である。NGC2264を含む分子雲の輝線強度比は0.72,Mon R1を含む北部の分子雲は輝線強度比CO 2-1/1-0は0.60であり、それぞれ、水素分子密度

 nH2-1200cm-3,nH2-640cm-3程度と見積もられた。NGC2264(励起星はO7),Mon R1(励起星はO8),IRAS 06382+0939等の大質量形成領域の周囲5pc程度ではCO 2-1/1-0輝線強度比が1を超えるPDR的な値を示した。

Cep OB3領域

 O6の星と多数のB型星を誕生させている大質量星形成領域。古い星団の分布は、大質量星形成がかつておこり、現在は第二世代以降の星形成を行っていることを示唆している。この分子雲はクランプ状の構造が多い。分子雲全体のCO 2-1/1-0強度比は0.76である。他の領域と同様、OB型星の周りでは強度比1前後のガスが見られる。

 また視線速度+15km/sにおいて、直径30pcの分子ガスのリングが観測された。この中心はCep OB3の現在最も星形成が進んでいるSh155が対応した。星形成との関係が予想されたが、因果関係はよくわからなかった。

Car OB association

 誕生している星の質量分布は、よりフラットであり、O3の星が複数誕生している点からみても、天の川銀河でも、ユニークな天体であると考えられている。このような特に活発な大質量星形成領域はstar burstを考える上でも観測意義が高い。

 全体で3x105Moになる分子ガスは直径15-40pc,質量(2-9)x104Mo程度の塊に分かれている。これらの塊は、HII領域といれこになって複雑な構造、運動を示した。塊の間は、CO輝線は弱く、コントラストはきわめて高い。CO 2-1/1-0輝線強度比はすべてのクランプで高く、特にエータカリーナ自身があるもっとも強い塊では、1.2程度、他の塊でも0.9-1.1程度になる。これは、分子雲が強い紫外線放射にさらされていることの反映と考えられる。

個々の天体-中質量星形成領域CrA分子雲

 Bのlate typeとA型のクラスターをもつ分子雲の全体の分布が初めて描き出された。やじりのような形をしており、領域全体のCO 2-1/1-0輝線強度比は高く0.77であるが、これは主として、全体の質量の約1/3の質量が集中している"やじり"の先端部を代表している。ここで星がクラスターになって誕生している。"やじり"の先端から離れた領域には、太さ2pc程度のフィラメント状の構造があり、この強度比は0.7程度である。さらに分子雲外縁部では強度比が0.4-0.5の低密度ガスが広がっている。ここではHIガスとも隣接し、分子雲の形成または崩壊と関連している。分子雲全体を見たときの密度分布の非対称性は、外的な作用を受けたことを示唆する。"やじり"の指し示す方向には、Sco OB associationがあり、local bubbleを形成している。これと中質量星形成との関連が示唆される。

個々の天体-小質量星形成領域・星形成をともなわないものTaurus-Auriga-Perseus領域

 距離が150-300pcにある小質量星形成領域。

 79000点(約530平方度)の大規模な観測を行った。

 (1)COではHead tail structureをもつものがあった。Head部分のR2-1/1-0は0.70であり、diffuseな成分は0.40であった。これは単に形態だけでなく、密度構造もHead-tail構造に対応しているものであることを示す。さらに、ここではCOガスの分布とHIガスの分布が-部対応しない。外的な作用がTaurus分子雲全体に及ぼされており、散逸過程であることを示唆する。この上流には組やradio continuumで見えるspur(arc状の構造)が存在した。

 (2)Taurus-Perseus HI-shellを発見した。HIでは穴になっており、その周囲にHIガスがshell状に分布する。COガスの多くはそのHI-shellの部分に存在する。形態としては多数のフィラメント状小分子雲となっていた。おもしろい点は全体としてランダムな運動ではなく、大局的速度構造を共有するグループを構成している点である。これはグループごとに共通の母体(HI cloud)から生成したことを示唆する。HI-Shellに付随した分子ガスはR2-1/1-0が0.4-0.6のLRGであり、HI/分子雲の過渡的な段階にあると考えられる。

Polaris Flare分子雲

 IRAS点源やT Tauri型星が報告されていない、北極星周囲の暗黒星雲である。平均のCO 2-1/1-0は0.44と大変低く、低密度ガスから構成されている。これが星形成の不活発さの原因と考えられる。HIガスも付随している。HIガスと隣接している周囲ではCO(J=1-0)輝線では受かっているのに、我々の感度ではCO(J=2-1)輝線は弱く、受からなかった点もある。

分子雲の比較ヒストグラムによる比較

 各分子雲についてCO 2-1/1-0輝線強度比の分布がどのように異なるのかをヒストグラムによって比較した。その結果以下のことがわかった。

 (1)大質量星が活発な分子雲ほど、比が1を超える割合が多い。(PDR;星形成の結果)

 (2)大質量星が活発な分子雲ほど、比のメジアンも高い(0.6-0.8)。これは高密度ガスの割合が高い分子ガスほど星形成が活発なことを意味する。逆に小質量星形成領域や、星形成の起こっていない分子雲では輝線強度比のメジアンは0.4-0.6と低い。

クランプの力学的安定性

 密度の変化は力学的状態にどのように反映され、星形成に発展していくのだろうか。

 各分子雲について塊状の構造(クランプ)を抽出し、ビリアル質量とLuminosity質量の比から力学状態を推定し、それとCO2-1/1-0強度比から見積もられるガスの平均密度の比較を行った。その結果以下のことがわかった。

 (1)CO 2-1/1-0が大きいものほど、Mvir/Mlumが小さく1に近づく。高密度ガスほど、力学的にboundした状態に近づき、collapseしやすくなっている。

 (2)星形成の活発な分子雲は、より重力的に束縛されたclumpが存在する。そのCO 2-1/1-0は大きく、clumpの密度は高い。逆に、星形成の不活発な分子雲は重力的に束縛されていないclumpであり、CO 2-1/1-0は小さく、clumpの密度は低い。

審査要旨

 本論文は申請者が、東大60cmミリ波・サブミリ波電波望遠鏡を用いて、太陽近傍の7領域の分子雲をCO J=2-1輝線にて観測し、既存のCO J=1-0輝線データとの比較により、分子ガスの性質を求め、付随する星形成との関係を調べた結果について述べている。その結果、分子ガス雲によって星生成の様子(星の質量、数)が、雲の密度に応じて異なっていること定量的に示し、その理由について考察している。

 第1章は序として,研究の背景と目的が記されている。すなわち、銀河系における星形成領域の観測、とくに分子雲ガスのミリ波による観測的研究についてレビューをおこない、本研究の動機と目的が述べられている。さらに、励起星質量の大小により、あるいは星形成領域がクラスターになった場合、CO 2-1/1-0強度比がどのように変化するのかを明らかにするために、進化段階や誕生している星の質量の異なる分子雲をCO2-1で観測し、分子ガスの分布、内部構造やガスの性質の違いと星形成との関係を解析することを目的として、多種の天体の大量のデータの取得を計画し実行したことの意味が述べられている。

 第2章では,分子雲の物理状態に関するモデルについて考察し、求めようとするガスの密度などの物理量が、ミリ波CO輝線によって測定される異なる回転遷移CO 2-1/1-0輝線強度比とどう関連づけられるかを示している。この考察は、次章以後で記述される観測データの解析に不可欠である。

 第3章では、野辺山および南米チリに設置した東大60cm望遠鏡と観測装置の概要と性能、および本申請者が担当した開発の内容についてのべている。

 第4章では観測の実際、すなわち観測領域、天体、マッピングの諸パラメータ、そして解析の方法について述べている。

 第5章から11章までは、各章ごとに個々の観測対象星形成領域について、観測結果をCO輝線輝線強度比の観点から詳述し、それぞれモデルとの比較および特性について論じている。分子雲の性質による星形成への影響を調べる目的から、多種多様な分子雲が観測されているが、大きく3種類の領域、すなわち大質量星形成領域、中質量星形成領域、および小質量星形成領域ないしは星形成領域をともなわない分子雲、についてそれぞれ数個を観測している。そのデータ量は膨大なものであり、星間物理学に重要な寄与をする価値のデータ群である。

 大質量星形成領域としては、バラ星雲分子雲、一角獣座OB星形成領域、ケフェウス座OB星形成領域、および竜骨座OB星団;

 中質量星形成領域としては、竜骨A分子雲;小質量星形成領域・星形成をともなわないものとしては,牡牛座領域と北極星周辺分子雲,である。

 第12章では,これらの観測結果と考察にもとづいて得られた知見について述べ、分子雲の物理性質の違いによる星形成メカニズムの差異について、定量的に考察している。

 まず、(1)各分子雲についてCO 2-1/1-0輝線強度比の分布がどのように異なるのかを比較し、大質量星形成が活発な分子雲ほど、比が1を超える割合が多く、その比のメジアンも高い(0.6-0.8)ことを見いだした。これは高密度ガスの割合が高い分子ガスほど星形成が活発なことを意味する。逆に小質量星形成領域や、星形成の起こっていない分子雲では輝線強度比のメジアンは0.4-0.6と低い。

 (2)次に、クランプの力学的安定性がガスの密度変化によってどのような変わり、かつ星形成過程にどう影響するかについて考察している。すなわち、各分子雲について塊状の構造(クランプ)を抽出し、ビリアル質量と光度質量の比から力学状態を推定し、それとCO2-1/1-0強度比から見積もられるガスの平均密度の比較を行い、高密度ガスほど、力学的に束縛された状態に近づき、星に収縮しやすくなっていること、これと連動して星形成の活発な分子雲には、より重力的に束縛された雲が存在することを定量的にしめした。

 以上要約するに、本論文は野辺山および南米チリに設置された東大60cmミリ波・サブミリ波望遠鏡による大規模な分子雲観測の成果をまとめたものである。観測データは膨大なものであり、銀河系における星間物質と星形成領域の研究、とくに星形成メカニズムと分子雲固有の物理的性質との関連を探る上で、きわめて重要なデータとして評価される。本論文のうち,初期に行われたバラ星雲分子雲の観測及び解析ソフトの構築は阪本成一,長谷川哲夫,半田利弘,及び岡朋治との共同研究であるが,論文提出者の寄与が大きいと認められる.さらにその後多数の天体の観測に加え、装置の立ち上げと開発,とくに受信機の性能向上や、望遠鏡の自動化、南米チリでの望遠鏡立ち上げに申請者は、主体的に取り組み、観測、データ処理,論文執筆にいたる各段階で主要な役割を担っている.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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