本論文は申請者が、東大60cmミリ波・サブミリ波電波望遠鏡を用いて、太陽近傍の7領域の分子雲をCO J=2-1輝線にて観測し、既存のCO J=1-0輝線データとの比較により、分子ガスの性質を求め、付随する星形成との関係を調べた結果について述べている。その結果、分子ガス雲によって星生成の様子(星の質量、数)が、雲の密度に応じて異なっていること定量的に示し、その理由について考察している。 第1章は序として,研究の背景と目的が記されている。すなわち、銀河系における星形成領域の観測、とくに分子雲ガスのミリ波による観測的研究についてレビューをおこない、本研究の動機と目的が述べられている。さらに、励起星質量の大小により、あるいは星形成領域がクラスターになった場合、CO 2-1/1-0強度比がどのように変化するのかを明らかにするために、進化段階や誕生している星の質量の異なる分子雲をCO2-1で観測し、分子ガスの分布、内部構造やガスの性質の違いと星形成との関係を解析することを目的として、多種の天体の大量のデータの取得を計画し実行したことの意味が述べられている。 第2章では,分子雲の物理状態に関するモデルについて考察し、求めようとするガスの密度などの物理量が、ミリ波CO輝線によって測定される異なる回転遷移CO 2-1/1-0輝線強度比とどう関連づけられるかを示している。この考察は、次章以後で記述される観測データの解析に不可欠である。 第3章では、野辺山および南米チリに設置した東大60cm望遠鏡と観測装置の概要と性能、および本申請者が担当した開発の内容についてのべている。 第4章では観測の実際、すなわち観測領域、天体、マッピングの諸パラメータ、そして解析の方法について述べている。 第5章から11章までは、各章ごとに個々の観測対象星形成領域について、観測結果をCO輝線輝線強度比の観点から詳述し、それぞれモデルとの比較および特性について論じている。分子雲の性質による星形成への影響を調べる目的から、多種多様な分子雲が観測されているが、大きく3種類の領域、すなわち大質量星形成領域、中質量星形成領域、および小質量星形成領域ないしは星形成領域をともなわない分子雲、についてそれぞれ数個を観測している。そのデータ量は膨大なものであり、星間物理学に重要な寄与をする価値のデータ群である。 大質量星形成領域としては、バラ星雲分子雲、一角獣座OB星形成領域、ケフェウス座OB星形成領域、および竜骨座OB星団; 中質量星形成領域としては、竜骨A分子雲;小質量星形成領域・星形成をともなわないものとしては,牡牛座領域と北極星周辺分子雲,である。 第12章では,これらの観測結果と考察にもとづいて得られた知見について述べ、分子雲の物理性質の違いによる星形成メカニズムの差異について、定量的に考察している。 まず、(1)各分子雲についてCO 2-1/1-0輝線強度比の分布がどのように異なるのかを比較し、大質量星形成が活発な分子雲ほど、比が1を超える割合が多く、その比のメジアンも高い(0.6-0.8)ことを見いだした。これは高密度ガスの割合が高い分子ガスほど星形成が活発なことを意味する。逆に小質量星形成領域や、星形成の起こっていない分子雲では輝線強度比のメジアンは0.4-0.6と低い。 (2)次に、クランプの力学的安定性がガスの密度変化によってどのような変わり、かつ星形成過程にどう影響するかについて考察している。すなわち、各分子雲について塊状の構造(クランプ)を抽出し、ビリアル質量と光度質量の比から力学状態を推定し、それとCO2-1/1-0強度比から見積もられるガスの平均密度の比較を行い、高密度ガスほど、力学的に束縛された状態に近づき、星に収縮しやすくなっていること、これと連動して星形成の活発な分子雲には、より重力的に束縛された雲が存在することを定量的にしめした。 以上要約するに、本論文は野辺山および南米チリに設置された東大60cmミリ波・サブミリ波望遠鏡による大規模な分子雲観測の成果をまとめたものである。観測データは膨大なものであり、銀河系における星間物質と星形成領域の研究、とくに星形成メカニズムと分子雲固有の物理的性質との関連を探る上で、きわめて重要なデータとして評価される。本論文のうち,初期に行われたバラ星雲分子雲の観測及び解析ソフトの構築は阪本成一,長谷川哲夫,半田利弘,及び岡朋治との共同研究であるが,論文提出者の寄与が大きいと認められる.さらにその後多数の天体の観測に加え、装置の立ち上げと開発,とくに受信機の性能向上や、望遠鏡の自動化、南米チリでの望遠鏡立ち上げに申請者は、主体的に取り組み、観測、データ処理,論文執筆にいたる各段階で主要な役割を担っている. したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める. |