学位論文要旨



No 114850
著者(漢字) 渡辺,貴斗
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,タカト
標題(和) タバコモザイクウイルスRNA複製酵素の精製とその構造ならびに活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 114850
報告番号 甲14850
学位授与日 2000.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2077号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 山下,修一
 東京大学 助教授 宇垣,正志
内容要旨

 ウイルスは、宿主細胞の機能に依存して初めて増殖することができる。このウイルス増殖の分子機構を解き明かすことは、ウイルス病の防除や治療のための新技術を開発する上で、きわめて重要な基礎的知見を提供することになる。そこで本研究では、タバコモザイクウイルス(TMV)のRNA複製機構を明らかにする目的で、そのTMV RNA複製酵素を感染葉より精製し、その構造を解析するとともに、そのRNA結合活性ならびにRNA合成活性を解析し、いくつかの重要な新知見を得た。

1.タバコモザイクウイルス(TMV)OM系統の183K-ORFの塩基配列の決定

 TMV-OM系統を材料として供試することとし、まず最初に以降の実験の基礎となる183K-ORFの塩基配列を決定した。このため、183K-ORFに特異的なプライマーを用いて、TMVゲノムRNAから逆転写反応によりfirst-strand cDNAを合成し、さらにPCRにより2本鎖cDNAを合成した後、これをpUC119プラスミドに挿入し、183K-ORFのcDNAクローンpUC183Kを作製した。このpUC183Kのディレーションクローンをシークエンシングして183K-ORFの全塩基配列を決定した。その結果、TMV-OM系統の183K-ORFは、TMV-vulgare系統と99.0%の相同性を示したが、51箇所の塩基置換、6箇所のアミノ酸置換が認められた。本研究により、すでに報告のある部分塩基配列と合わせて、TMV-OMの全塩基配列が初めて明らかとなった。

2.TMV RNA複製酵素の精製とその構造

 TMV感染細胞から、界面活性剤によりTMV RNA複製酵素を可溶化した後、RNA複製酵素のメチルトランスフェラーゼ(M)およびポリメラーゼ(P)各ドメインに対する抗体を利用したアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより、宿主由来の非特異的RNA合成活性を除去したTMV RNA複製酵素複合体を精製し、さらにこの構成成分の分子的実体を解析した。すなわち、まず、ヒスチジンタグをC’端側に付加したMおよびP各ドメインタンパク質を大腸菌で発現させ、ニッケルカラムで精製後、さらにSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で精製し、これを抗原としてポリクローナル抗体を作製した。これらの抗体をCNBr活性化セファロースビーズにカプリングさせ、抗体カラムを準備した。次いで、感染葉より得られた膜分画を、界面活性剤タウロデオキシコール酸(TDC)によって処理した後、10,0000×gで遠心して得られた上清(S100フラクション)を抗Mまたは抗P抗体カラムで処理したところ、いずれによっても126K/183Kタンパク質複合体が得られた。抗M抗体カラムからは、183Kタンパク質に対し約十倍量の126Kタンパク質が得られたが、一方、抗P抗体カラムからは183Kタンパク質と、それとほぼ等モル数の126Kタンパク質が得られた。また、両抗体カラムともに、約34kDaおよび220kDaの宿主タンパク質も同時に検出された。しかし、さらにカラムを洗浄すると上記宿主タンパク質は除かれ、126K/183Kタンパク質のみが検出された。

 抗P抗体カラムにより、183Kタンパク質だけでなく、本来抗P抗体には結合しない126Kタンパク質もほぼ等モル数回収されたことから、126K/183Kタンパク質はヘテロダイマーを形成している可能性が示唆された。そこで、TDC処理したS100をグリセロール密度勾配分画遠心により分析したところ、分子量マーカー240kDaと450kDaの間に、183Kタンパク質が単一のピークを示し、同一フラクション内に126Kタンパク質がほぼ等モルで検出された。このことから、126K/183Kタンパク質がヘテロダイマーを形成していることが確認された。また、183Kタンパク質は126Kタンパク質が存在するフラクションだけに検出されたことから、ほとんどの183Kタンパク質は126Kタンパク質とヘテロダイマーを形成していると推測される。一方、126Kタンパク質は126K/183Kヘテロダイマーのフラクションよりさらに密度の高い複数のフラクションに広く分布して検出されたことから、126Kタンパク質は感染細胞内でホモオリゴマーを形成するか、宿主タンパク質と結合して存在しているものと推測された。以上から、TMV RNAの合成は126K/183Kヘテロダイマーが司り、残りの大量の126Kタンパク質はその制御などに関与している可能性が推定された。

3.TMV 126K/183Kタンパク質のRNA結合活性

 次いで、126K/183Kタンパク質を構成するM、H(ヘリカーゼ)およびPの各ドメインについて、それらのRNA結合活性を解析した。

 まず、M、HおよびP各ドメインタンパク質に対応するcDNAをpMAL-c2に導入し、マルトース結合タンパク質(MBP)との融合タンパク質として大腸菌で発現させ、これらヘキサヒスチジンタグ付きの各融合タンパク質を、ニッケルカラムおよびアミロースカラムで精製した。次いで、TMV RNA複製酵素の認識配列が存在すると推定されるTMV-プラス鎖RNAの3’末端249塩基のRNA断片、およびマイナス鎖RNAの3’末端149塩基のRNA断片をin vitro転写時に32P標識し、これを放射性標識RNAプローブとして上記各融合タンパク質とのゲルシフトアッセイを行った。その結果、M、HおよびP各ドメインすべてがTMVプラス鎖3’末端RNAおよびマイナス鎖3’末端RNAへの結合活性を示した。一方、対照として用いたTMV RNA配列を持たないRNAには結合が認められなかった。さらに、非標識の同じ配列を持つ3’末端プラス鎖RNA断片、もしくはランダム配列をもつRNA断片(80塩基)を上述の標識プラス鎖3’末端RNAの反応液に加えて、Mドメインタンパク質とのコンペティションアッセイを行ったところ、非標識3’末端プラス鎖RNAのみが競合したことから、少なくともMドメインタンバク質は、TMV特異的RNA結合活性を有するものと推定された。

4.精製TMV RNA複製酵素のRNA合成活性

 2で精製したTMV RNA複製酵素複合体を、抗体-セファロースに結合したままの状態で、RNA合成実験に供したところ、宿主由来の非特異的なRNA合成活性が除かれ,宿主タンパク質を含むTMV RNA複製酵素にのみRNA合成活性が認められ、これら宿主タンパク質が、TMV RNA合成に関与していることが示唆された。また、このRNA合成活性はTMVプラス鎖RNAを鋳型とした場合にのみ特異的に認められ、全長のTMVマイナス鎖RNAが合成された。CMV RNAなどその他のRNAを鋳型とした場合には、RNA合成は全く行われなかった。

 以上、本研究によって、感染葉からTMV特異的RNA合成活性を有するTMV RNA複製酵素が精製された。また、TMV RNA複製酵素のアポ酵素成分は、126K/183Kタンパク質のヘテロダイマーであることが初めて明らかとなり、さらにTMV特異的RNA合成に関与すると思われる宿主タンパク質の存在も示唆された。今後、植物ウイルス病に対する新たな防除法開発のための分子戦略を講ずる上でも、きわめて重要な知見が得られたものと考えられる。

審査要旨

 ウイルスは、宿主細胞の機能に依存して初めて増殖することができる。このウイルス増殖の分子機構を解き明かすことは、ウイルス病の防除や治療のための新技術を開発する上で、きわめて重要な基礎的知見を提供することになる。そこで本研究では、タバコモザイクウイルス(TMV)のRNA複製機構を明らかにする目的で、TMV RNA複製酵素を感染葉より精製し、その構造を解析するとともに、そのRNA結合活性ならびにRNA合成活性を解析し、いくつかの重要な新知見を得た。

1.タバコモザイクウイルス(TMV)OM系統の183K-ORFの塩基配列の決定

 TMV-OM系統を材料として供試することとし、最初に、以降の実験の基礎となる183K-ORFの塩基配列を決定した。その結果、TMV-OM系統の183K-ORFは、TMV-vulgare系統と99.0%の相同性を示したが、51箇所の塩基置換、6箇所のアミノ酸置換が認められた。以上により、すでに報告のある部分塩基配列と合わせて、TMV-OMの全塩基配列が初めて明らかとなった。

2.TMV RNA複製酵素の精製とその構造

 TMV感染細胞から、界面活性剤によりTMV RNA複製酵素を可溶化した後、RNA複製酵素のメチルトランスフェラーゼ(M)およびポリメラーゼ(P)各ドメインに対する抗体を利用したアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより、TMV RNA複製酵素複合体を精製した。抗M抗体カラムからは、183Kタンパク質に対し約10倍量の126Kタンパク質が得られたが、一方、抗P抗体カラムからは183Kタンパク質と、それとほぼ等モル数の126Kタンパク質が得られた。また、両抗体カラムともに、約34kDaおよび220kDaの宿主タンパク質も同時に検出された。しかし、さらにカラムを洗浄すると上記宿主タンパク質は除かれ、126K/l83Kタンパク質のみが検出された。抗P抗体カラムにより、183Kタンパク質だけでなく、本来抗P抗体には結合しない126Kタンパク質もほぼ等モル数回収されたことから、126K/183Kタンパク質はヘテロダイマーを形成している可能性が示されたが、このことはグリセロール密度勾配分画遠心による分析によって確認された。

3.TMV 126K/183Kタンパク質のRNA結合活性

 次いで、126K/183Kタンパク質を構成するM、H(ヘリカーゼ)およびPの各ドメインについて、それらのRNA結合活性をゲルシフトアッセイにより解析した。その結果、M、HおよびP各ドメインすべてがTMVプラス鎖3’末端RNAおよびマイナス鎖3’末端RNAへの結合活性を示した。さらに、コンペティションアッセイの結果から、少なくともMドメインタンパク質はTMV特異的RNA結合活性を有するものと推定された。

4.精製TMV RNA複製酵素のRNA合成活性

 2で精製したTMV RNA複製酵素複合体をRNA合成実験に供したところ、宿主タンパク質を含むTMV RNA複製酵素にのみRNA合成活性が認められ、これら宿主タンパク質がTMV RNA合成に関与していることが示唆された。また、このRNA合成活性はTMVプラス鎖RNAを鋳型とした場合にのみ特異的に認められ、全長のTMVマイナス鎖RNAが合成された。

 以上を要するに、本研究は、TMV感染葉から完全なTMV特異的RNA合成活性を有するTMV RNA複製酵素を精製し、その酵素のアポ酵素成分が126K/183Kタンパク質のヘテロダイマーであることを明らかにするとともに、TMV RNAの合成に関与すると思われる宿主タンパク質の存在を示した。本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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