学位論文要旨



No 114861
著者(漢字) 針間,博彦
著者(英字)
著者(カナ) ハリマ,ヒロヒコ
標題(和) 経過・転帰からみた初期分裂病の群別化
標題(洋)
報告番号 114861
報告番号 甲14861
学位授与日 2000.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1526号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 杉下,守弘
 東京大学 助教授 関根,義夫
内容要旨

 <目的> 初期分裂病(中安)の症例をその経過・転帰によって群別化し、あわせて各群の臨床的特徴を検討する。これらの群を従来概念と比較検討することにより、その分類の妥当性、ひいては初期分裂病概念の妥当性について検討する。

 <対象と方法> 対象は1992年10月から1998年5月までの期間に著者が直接診察を開始した入院あるいは外来患者で、初診時に《初期分裂病の特異的四主徴》の下位症状10種のうち少なくとも1つが存在し、また他の疾患を疑う根拠がないことから初期分裂病と診断し、以後1年以上の治療経過を詳細かつ継続的に観察した25例(男性15例、女性10例)である。診療の中での面接を通じて初期分裂病症状30種、極期分裂病症状、および他の分裂病近縁の状態で見られるとされる症状の有無および変化を観察し、経過と転帰を評価した。

<結果> 1.症例の群別化

 経過・転帰の特徴から、2つの基準によって症例の群別化が可能となった。第1の基準は初期分裂病症状の消長からみた転帰(顕在化、増悪、不変、軽快、寛解、治癒)である。顕在化とは顕在発症、すなわち幻声、妄想知覚、自我障害、緊張病症候群といった明らかな極期症状の出現を示す。増悪とは新たな初期症状が出現しているか、あるいは初期症状の出現頻度や持続期間が増強していることを指す。不変とは初診時以後治療によっても初期症状に変化が見られないこと、軽快とは残存している初期症状はあるものの、いくつかが消失しているか、あるいは消失はしていないが出現頻度や持続期間が減少していること、寛解とは服薬下で初期症状がすべて消失していること、治癒とは服薬により初期症状がすべて消失し、服薬終了後も初期症状の再発現を見ないことを指す。第2の基準は情意減弱の有無およびその進行である。ここで情意減弱とは感情鈍麻および意欲減退であり、それらは患者の表出症状、行動上の変化、社会機能の低下、ならびに自覚された場合は体験症状から判断された。これら2つの基準によって症例は以下の4群、下位群を数え入れれば6群に群別化された。第I群はのちに顕在発症した群である。第II群は初期分裂病症状が治療経過の中で持続している群であり、転帰の上では不変・軽快・増悪の例が含まれる。さらに経過の中で一部の例は情意減弱の緩徐な進行を示したことから、その有無によってII-1:持続(情意減弱がない)群とII-2:持続(情意減弱が緩徐に進行した)群に二分された。第III群は治癒ないし寛解した群である。一部の例では初期分裂病症状が消失したものの、軽度の情意減弱が残存したことから、その有無によってIII-1:治癒・寛解(情意減弱のない)群とIII-2:治癒・寛解(情意減弱が残存した)群に二分された。第IV群は情意減弱が急速に進行した群である。

2.各群の臨床的特徴(1)各群の臨床データ

 各群の割合はI群が2例(8.0%)、II-1群が4例(16.0%)、II-2群が5例(20.0%)、III-1群が7例(28.0%)、III-2群が3例(12.0%)、IV群は4例(16.0%)であった。平均発病年齢は17.6才(13-27才)、平均初診年齢は22.0才(15-36才)、平均観察期間は3.6年(1-7年)であり、最終調査時における平均罹病期間は7.8年(1-21年)であった。初期分裂病症状の平均有症状数は4主徴10症状のうち3.8個(1-6個)、初期分裂病症状30種のうち7.9個(2-14個)であった。

 (2)各群の臨床精神病理学的特徴

 A. I:顕在発症群 初期段階において2例ともに多彩な体験症状を呈し、特異的四主徴は4種にわたって存在した。2例ともに二重心による自己分離感が体感異常とともに認められ、また現実感喪失も共通していた。2例の主たる違いとして、症例1では聴覚性気付き亢進に関係被害念慮が伴う傾向があり、症例2では緊迫困惑気分に発する症状群が顕著であった。症例1は幻覚妄想状態、症例2は緊張病状態へと進展したが、顕在発症前は2例ともにII-2群に属していた。

 B. II-1の持続(情意減弱がない)群 特異的四主徴は3-6種を有し、それらは常態化していた。自生体験、気付き亢進、漠とした被注察感のいずれもしばしば認められ、緊迫困惑気分は1例のみに認められた。他の初期分裂病症状のなかでは離人症・現実感喪失の持続が2例、即時理解・判断の障害、即時記憶の障害が3例に認められた。薬物への反応は全体としてやや良好であったが、転帰は2例で軽快、2例では不変であり、諸症状は長期にわたって持続した。

 C. II-2:持続(情意減弱が緩徐に進行した)群 特異的四主徴の点ではII-1群とほぼ同様であった。離人症の持続や即時理解・判断の障害、即時記憶の障害もII-1群と共通であった。特徴として2例に学童期よりのAndersseinの自覚、また2例に自他境界の障害が認められた。薬物への反応は大半の例で特異的四主徴にはやや良好であったが、離人症などのその他の初期分裂病症状は必ずしも改善せず、主訴は4主徴から離人症や自他境界の障害といった他の症状へと次第にシフトした。いずれの例においても長期経過の中の情意減弱の進行とともに社会機能水準が漸次低下した。

 D. III-1:治癒・寛解(情意減弱がない)群 思春期の比較的急性の発病が特徴的であった。病像は特異的四主徴が中心であり、とくに自生体験の活発化による発病例が多かった。また、7例中6例に緊迫困惑気分を認めた。このように横断的病像は特異的四主徴を前景に呈する典型的な初期分裂病の病像であった。4主微以外では即時理解・判断の障害、即時記憶の障害と面前他者に関する注察・被害念慮が多かった。薬物治療への反応が良好であり、症状消失後は社会機能も病前に回復した。

 E. III-2:治癒・寛解(情意減弱が残存した)群 III-1群と同様に思春期の比較的急性の発病であり、また初診時の病像もIII-1群と同様なものであったが、寛解後に軽度の情意減弱が出現、以後持続した。この情意減弱は患者に自覚され訴えられることもあれば、訴えられないが客観的に観察されたこともあった。

 F. IV:情意減弱急速進行群 病像は初期分裂病の典型例とは最も異なるものであった。初期分裂病としては寡症状性であり、なかでも緊迫困惑気分は認められなかった。発病初期よりアンヘドニアや妄想的不安を認めた。妄想的不安は自生体験を一次症状とする二次的なものであり、明確な妄想へと発展することはなかった。薬物療法がほぼ無効であり、情意減弱が比較的急速に進行し、一部の例では破瓜型に特徴的な表出症状が出現した。それに伴い初期分裂病症状も妄想的不安も自発的にさほど訴えられず治療標的ではなくなるという陳旧化ないし背景化が認められた。

考察1.群別化の妥当性

 ここで仮説された群別化の妥当性は、第1に各群には臨床的特徴の上でも結果に示した相違点があること、第2には従来診断との比較において、I群は妄想型、緊張病型の分裂病、II-1群、III群は分裂病型障害、II-2群は単純型分裂病、IV群は破瓜型分裂病にほぼ相当することから支持され、情意減弱が軽度である場合を除けば再現性を有するものと考えられる。

2.従来の疾患概念から見た初期分裂病概念(1)破瓜型分裂病の観点からみた初期分裂病

 中安が分裂病理解の主対象としているのは緊張型や妄想型であり、破瓜型については「先の分裂病理解が適用しうるか否かはまた別問題」と保留したが、発病初期に初期分裂病症状が認められ、以後破瓜型分裂病としての経過をたどった例が確認された(IV:情意減弱急速進行群)。すなわち初期分裂病症状の存在と破瓜型分裂病の主症状である感情の障害すなわち情意減弱の急速な進行は同じ症例の中に存在し得るのであり、当初中安が定めたように破瓜型分裂病を初期分裂病概念の対象から外しておく必要はなく、したがって初期分裂病概念は破瓜型分裂病の少なくとも一部の例の初期段階にも拡大適用することが可能であると考えられる。適用できないのは主に発病当初から病態を自覚しえない例であると推定される。

(2)単純型分裂病の観点からみた初期分裂病

 II-2群における情意減弱の緩徐な進行はそのまま単純型分裂病の経過上の特徴とされているものであり、その「陰性症状」の進行に着目すれば単純型分裂病と診断される。単純型分裂病では初期分裂病症状が認められることが指摘がされているが、これはII-2群が単純型分裂病に相当するという所見と裏表をなすものであり、したがって単純型分裂病が疑われる例では初期分裂病症状を確認することが分裂病診断の手がかりになると考えられる。

(3)分裂病型障害の観点からみた初期分裂病

 初期分裂病症状が長期持続する、あるいは顕在発症せずに治癒・寛解し、情意減弱を伴わない群は、ほぼ分裂病型障害ないし分裂病型人格障害に相当する。分裂病型障害の一部の症状は分裂病の前駆症状であるという見解や、認知的基底症状の一部が分裂病の顕在発症へと連なるというHuber,G.らの所見は、それらと広く重なり合う《特異的四主徴》が顕在発症の初期段階の症状であるという考えと通底する。長期の頓挫性経過をたどる不全型も分裂病型障害に含まれる。「II:持続群」と「III:治癒・寛解群」にまたがる分裂病型障害は明確な分裂病に移行する可能性があるため、分裂病の初期段階という視点から治療にあたる必要があると考えられる。

審査要旨

 本研究は初期分裂病(中安)の概念の妥当性を明らかにするため、初期分裂病と診断された症例をその経過・転帰によって群別化し、あわせて各群の臨床的特徴を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1. 対象症例25例は経過・転帰の点からI:顕在発症群、II-1:持続(情意減弱 がない)群、II-2:持続(情意減弱が緩徐に進行した)群、III-1:治癒・寛解(情意減弱がない)群、III-2:治癒・寛解(情意減弱が残存した)群、IV:情意減弱急速進行群、の4群(下位群を数え入れれば6群)に群別化された。

 2. 従来診断との比較において、I群は妄想型、緊張病型の分裂病、II-1群、III群は分裂病型障害、II-2群は単純型分裂病、IV群は破瓜型分裂病にほぼ相当した。破瓜型分裂病の視点からすれば、初期分裂病の一部は破瓜型分裂病の初期段階とも重なり合うこと、単純型分裂病の視点からすれば、単純型分裂病が臨床的に疑われる例においては初期分裂病症状の確認が診断の手がかりになりうること、分裂病型障害の視点からすれば、初期分裂病はとくに分裂病の前駆症ないし不全型としての位置付けがなされることが示された。

 以上、本論文は経過・転帰からみた初期分裂病の群別化、およびそれらの群と従来概念との関連を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった初期分裂病と分裂病の亜型および不全型との関連の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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