学位論文要旨



No 114865
著者(漢字) 康,丞雨
著者(英字) KANG,SEUNG-WOO
著者(カナ) カン,スンウ
標題(和) TFIIE相互作用因子として単離した細胞周期因子CDC68の機能解析
標題(洋)
報告番号 114865
報告番号 甲14865
学位授与日 2000.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3688号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 助教授 渡邊,嘉典
内容要旨 序論

 転写反応、特に転写開始反応は遺伝情報の本体であるゲノムから必要な情報を選択してmRNAの合成を時間的かつ空間的に制御させる段階であり、遺伝子発現調節機構において中心的な役割を果たしていると考えられる。転写基本因子TFIIEは転写開始反応に必須な因子であり、TFIIHの転写開始複合体への分子集合またはTFIIHの酵素活性の調節機能を持つことが報告されている。一方、一本鎮DNAへの結合能、DNAヘリックスの安定性とTFIIEの要求性との関連から、TFIIEは転写開始段階のプロモーターオープニング過程に関わり、TFIIHとは独立して転写開始段階で機能する可能性が示噴されてきたが、その作用機構については明らかにされていない。報告者は転写開始機構における転写基本因子TFIIEの機能的役割を解明することを目的として酵母two-hybrid法を用いてTFIIEと相互作用する因子の検索を行い、単離した因子とTFIIEとの相互作用解析及びその相互作用の機能的役割の解祈を行った。

 TFIIE相互作用因子の検案の結果、出芽酵母の細胞周期因子Cdc68pのとトホモログが単離された。出芽酵母Cdc68pはG1/S移行段階で作用するCLN1,CLN2の転写活性化因子であるSWI4を始めとする数多くの遺伝子の発現に必要な細胞周期因子であることが報告されている。また、Cdc68はクロマチン構造変換を介した転写調節活性を持つことが遺伝学的研究によって示唆されているがその分子機作は判明していない。一方、DNAヘリックスの安定性は生体内のクロマチン構造変換により多大な影響を受けることから、TFIIE-Cdc68間の相互作用はクロマチン構造とTFIIEの機能が密着に関連していることを示唆している。

 本研究において報告者は、第一に出芽酵母Cdc68pのヒトホモログ遺伝子をTFIIEの相互作用因子として単離し、TFIIEがCdc68と相互作用することを示した。第二に、TFIIE-Cdc68間の相互作用が出芽酵母でも保存されていること、及びこの相互作用が細胞内において機能的であることを遺伝学的及び生化学的な方法を通して明らかにした。これによりクロマチン構成因子であるCdc68が転写基本因子TFIIEを介して転写調節を行うという今までにない新しい転写調節様式モデルを提示した。第三に、Protein kinase CKIIがCdc68のリン酸化を介してTFIIE-Cdc68相互作用を調節することをin vitro実験を通して示した。本知見により、G1/S移行でその活性が急激に変化することが知られているprotein kinase CKIIがCdc68のリン酸化を通してTFIIE-Cdc68間の相互作用を調節し、これによりCdc68の細胞周期制御活性が発揮されうるというモデルを提示した。

結果及び考察1.TFIIE-Cdc68間の相互作用の発見と解析

 出芽酵母two-hybrid法を用いてヒトTFIIE-に相互作用する因子をヒトB末梢リンパ球cDNAライブラリーから検索し、出芽酵母の細胞周期因子Cdc68pのヒトホモログ(以下、Cdc68)をコードするcDNAを単離した。単離したCdc68は進化上高保存されており、出芽酵母Cdc68pとの一次構造比較からC末端酸性領域以外の単離した領域に対して55%の同一性を示すことが判明した(図1a)。次に、TFIIE-とCdc68との相互作用が特異的かどうかを検討するために出芽酵母two-hybrid法によりTFIIE-以外の様々な転写因子との相互作用検定を行った。その結果、単離したCdc68はTFIIEとのみ相互作用することを見出した(図1b)。さらに、Cdc68どTFIIEの結合能をin vitro結合測定法により検討した結果、Cdc68はTFIIE-に直接的に結合することが判明した(図1c,lane2)。以上の結果から、転写反応におけるCdC68の機能はTFIIEとの直接的な相互作用を通して行われることが考えられた。また、Cdc68はヒト組織において普遍に的発現していることから、Cdc68は転写調節制御においてTFIIEと同様に基本的な反応を制御していることが予想された(図1d)。

図1 Cdc68のcDNA単離と性状解析a.ヒトCdc68と出芽酵母Cdc68p間の進化的保存性の検討。b.出芽酵母two-hybrid法によるTFIIE-とCdc68間の相互作用における特異性の検定。c.in vitro結合実験法によるTFIIEとCdc68間の相互作用検定。d.ヒト各組織におけるCdc68mRNAの発現様式の検討。
2.出芽酵母におけるTFIIE-Cdc68p間の機能的相互の解析

 ヒトCdc68は出芽酵母Cdc68pと高い保存性を示す。そこで、TFIIE-Cdc68p間の相互作用が種を越えて保存されているかどうかを解析すること、またTFIIE-Cdc68p間の相互作用の生体内機能を調べるための第一段階として、出芽酵母においてTFIIEがCdc68pと機能的相互作用を行うかどうかを検討した。

 in vitro結合実験法において、Cdc68p全長タンパク質はTFIIE-サブユニット及びTFIIE(TFIIE-/ dimer)に対して結合能を示した(図2a,lanes1,2)。この結果から、TFIIE-Cdc68相互作用は種を越えて保存されていること、また、Cdc68p全長タンパク質はTFIIE-とも結合しうることが判明した。次に両者の相互作用が生体内においても機能的かどうかを遺伝学的な手法を用いて検討した。出芽酵母TFIIE-の低温感受性変異体及び高温感受性変異体にCDC68を過剰発現させたところ、CDC68の過剰発現はTFIIE-低温感受性変異体の表現型を抑圧することが観察された(図2b)。この結果は、TFIIEとCdc68間の相互作用が細胞内で機能的であることを示唆している。

 次に、Cdc68によるTFIIE-低温感受性変異の抑圧とTFIIE-Cdc68p間の相互作用との関連性を調べるために、TFIIE-の野生型タンパク質と低温感受性原因タンパク質に対するCdc68pとの結合能をin vitro結合実験法を用いて比較した。その結果、TFIIE-の低温感受性原因タンパク質は野生型タンパク質に比べてCdc68pに対する結合能が弱いことが判明した(図2c,lanes4,5)。また低温条件下(4℃)で同様の検討を行った結果、TFIIE-の低温感受性原因タンパク質は低温条件においてCdc68pとの結合能を失うことが判明した(図2c,lanes1,2)。この結果から、酵母TFIIE-低温感受性変異体の表現型(温度感受性)はTFIIE-のCdc68に対する結合能の消失に起因していることが考えられた。さらにTFIIE-の低温感受性原因タンパク質は全長482アミノ酸のN末端から189〜230アミノ酸だけで構成されていることから、TFIIE-のC一端側の領域がCdc68との相互作用に重要であることが予想された。

図2 出芽酵母におけるTFIIE-Cdc68p相互作用の解析a.in vitro結合実験法による出芽酵母TFIIEと出芽酵母Cdc68p間の相互作用の検定。b.CDC68過剰発現によるTFIIE-サブユニット低温感受性変異の抑圧。 c.出芽酵母TFIIE-Cdc68p間の相互作用とCDC68過剰発現によるTFIIE-低温感受性変異の抑圧との関達性の解析。
3.Protein kinase CKIIによるTFIIE-Cdc68間の相互作用調節

 TFIIE-Cdc68間の相互作用が細胞周期制御機構に関与調節するかどうかを検討するために。Cdc68の細胞周期因子としての機能に注目した。Cdc68pにはProtein kinase CKIIによるリン酸化部位がTFIIE-と相互作用するC末端領域に9カ所集中している。また、Protein kinase CKIIは細胞周期の調節に深く関わっており、特にG1/S移行でその活性が急激に変化することが知られている。そこで、TFIIE-Cdc68相互作用がProtein kinase CKIIによるリン酸化を介して調節される可能性を検討した。

 まず、Cdc68のC末端領域がProtein kinase CKIIによるin vitroリン酸化実験から、C末端領域はProteion kinase CKIIによってリン酸化されることが判明した(図3a)。次にProtein kinase CKIIによるCdc68のリン酸化がTFIIE-Cdc68間の相互作用に影響を与えるかどうかを検討したところ、Protein kinase CKIIによりリン酸化されたCdc68はTFIIEとの結合能を失うことが観察された(図3b,lane7)。この知見から、TFIIE-Cdc68間の相互作用は細胞周期において調節されていることが示唆された。上記の結果から、TFIIE-Cdc68間の相互作用が細胞周期制御遺伝子の発現に特異的に関与するモデルが考えられた。

図3 Protein kinase CKIIによるTFIIE-Cdc68間の相互作用活性の反応調節a.Protein kinase CKIIによるCdc68のin vitroリン酸化実験。b.Protein kinase CKIIによるTFIIE-Cdc68間の相互作用の調節。
結論

 本研究では、クロマチン構造変換を通して転写調節活性を持つことが遺伝学的に報告されているCdc68pと転写基本因子TFIIEが生化学的に相互作用すること、また遺伝学的的な解析から、両者の相互作用が生体内において機能的であることを初めて明らかにした。本知見を踏まえて報告者は、クロマチン構成因子Cdc68が転写基本因子TFIIEとの相互作用を通して転写開始段階に作用するモデルを提示した。本モデルはクロマチン構造変換に関わるクロマチン構成因子が転写基本因子TFIIEと直接的に相互作用することにより転写調節を行うという今までにない新しい転写調節様式を提示している。さらに、またCdc68がProtein kinase CKIIによりリン酸化を受け、TFIIEとの相互作用活性が調節されることをin vitro実験を通して示した。本知見はTFIIE-Cdc68間の相互作用が細胞周期において重要な役割を担うことを示唆するだけでなく、protein kinase CKIIによる細胞周期の制御様式を分子レベルで説明しうる点でも意義深いと言える。

審査要旨

 本論文は9章からなり、第1章は真核生物転写調節機構における転写基本因子TFIIEの研究背景および研究戦略について、第2〜5章はTFIIEと相互作用因子CDC68に関する実験結果および考察について、第6、7章は本研究の結論および今後の研究方針について、第8、9章は実験材料と方法および引用文献について述べている。

第1章本研究の目的および意義

 従来のTFIIE研究は裸のDNAを鋳型とした転写系を用いた解析が中心であった。報告者はTFIIEのクロマチンDNAからの転写調節反応における機能を理解するためにTFIIEに相互作用するクロマチン関連因子をtwo-hybrid法を用いて検索した。

第2章TFIIE相互作用因子の検索方法と取得因子の選択基準

 ヒトcDNAライブラリーを用いたtwo-hybrid法によりTFIIE-の相互作用因子を検索した。48個のcDNAクローンからクロマチン構造変換に関わる出芽酵母CdC68pと55%の相同性を示し、進化上高度に保存されているCDC68を解析対象として選択した。出芽酵母CDC68遺伝子はヒストンの変異体の表現型と類似しているSPT16遺伝子としても単離されている。従ってTFIIEとCDC68の相互作用解析により新規のクロマチン転写調節様式を明らかにできると考えた。

第3章CDC68cDNA全長のクローニング

 本報告はヒトCDC68の単離の最初の報告で、高い相同性を示すショウジョウバエホモログであるdre4のORFの約90%に対応する領域であった。核移行シグナルが863aa-869aaに存在することから、TFIIE-との相互作用が核内で行われ得ることを示峻している。またCDC68mRNAはヒト全組織において発現していることから、CDC68の機能が基本的なものであると考察した。

第4章CKIIによるTFIIE-CDC68相互作用調節およびCDC68とヒストンの相互作用

 in vitro結合検出法によりCDC68がC末側領域を介してTFIIE-と直接相互作用し、さらにCKIIによるCDC68のC末側領域のリン酸化がこの相互作用を抑制することを示し、リン酸化によるTFIIE-CDC68間の相互作用調節と細胞周期調節遺伝子の発現に関与するモデルを提唱した。また、CDC68とヒストンH1、H2A、H2Bとの選択的結合をも生化学的に示し、クロマチンとの直接の間係を明らかにした。

第5章Cdc68pおよびTFIIE間の機能的相互作用

 Cdc68pとTFIIEとの相互作用は出芽酵母においても保存されていた。TFIIE-の低温感受性変異体にCdc68pを過剰発現すると表現型を抑圧した。この低温感受性型蛋白質および野生型に対するCdC68pの結合能を検定した結果、低温感受性型TFIIE-はCdc68pとの結合能を失った。上記実験結果はTFIIE-とCdc68pの機能的相互作用を示している。

第6章今後の研究方針

 今後、1)TFIIE-CDC68間相互作用がクロマチン構造を介した転写の活性化あるいは抑制化またはその両方に作用するのか、その調節機能がどのような分子機構により行われているのか、2)CKIIがTFIIE-CDC68間の相互作用をin vivoにおいても調節しているのか、を追求することによりクロマチン転写におけるTFIIE、CDC68、CKIIの3者の役割を明らかにできる。また3)CDC68が細胞周期因子でもあることから、CDC68を通したクロマチシ転写と細胞増殖、発生、分化の関係を追求できる。

第7章結論

 TFIIE相互作用因子としてクロマチン因子CDC68を単離した。この因子が組織全般に発現していること、出芽酵母CDC68では生育に必須な遺伝子であること、および進化的高保存性を有することから、基本的な転写調節機能を担うと考察した。次にCDC68のC末側領域とTFIIE-の特異的・直接的な相互作用がCKIIによるCDC68のリン酸化により制御を受けることを示し、TFIIE-CDC68間の相互作用を介した細胞周期調節モデルを提唱した。CDC68のC末側領域のヒストンに対する結合を示した上でCdc68pとTFIIEが機能的に相互作用することを示した。本研究で得られた知見はクロマチン因子CDC68が転写基本因子TFIIEを介して転写調節する可能性を世界に先駆けて示す最初の報告である。

 なお、本論文第5章の一部は、共同研究により行われたが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク