本論文は9章からなり、第1章は真核生物転写調節機構における転写基本因子TFIIEの研究背景および研究戦略について、第2〜5章はTFIIEと相互作用因子CDC68に関する実験結果および考察について、第6、7章は本研究の結論および今後の研究方針について、第8、9章は実験材料と方法および引用文献について述べている。 第1章本研究の目的および意義 従来のTFIIE研究は裸のDNAを鋳型とした転写系を用いた解析が中心であった。報告者はTFIIEのクロマチンDNAからの転写調節反応における機能を理解するためにTFIIEに相互作用するクロマチン関連因子をtwo-hybrid法を用いて検索した。 第2章TFIIE相互作用因子の検索方法と取得因子の選択基準 ヒトcDNAライブラリーを用いたtwo-hybrid法によりTFIIE-の相互作用因子を検索した。48個のcDNAクローンからクロマチン構造変換に関わる出芽酵母CdC68pと55%の相同性を示し、進化上高度に保存されているCDC68を解析対象として選択した。出芽酵母CDC68遺伝子はヒストンの変異体の表現型と類似しているSPT16遺伝子としても単離されている。従ってTFIIEとCDC68の相互作用解析により新規のクロマチン転写調節様式を明らかにできると考えた。 第3章CDC68cDNA全長のクローニング 本報告はヒトCDC68の単離の最初の報告で、高い相同性を示すショウジョウバエホモログであるdre4のORFの約90%に対応する領域であった。核移行シグナルが863aa-869aaに存在することから、TFIIE-との相互作用が核内で行われ得ることを示峻している。またCDC68mRNAはヒト全組織において発現していることから、CDC68の機能が基本的なものであると考察した。 第4章CKIIによるTFIIE-CDC68相互作用調節およびCDC68とヒストンの相互作用 in vitro結合検出法によりCDC68がC末側領域を介してTFIIE-と直接相互作用し、さらにCKIIによるCDC68のC末側領域のリン酸化がこの相互作用を抑制することを示し、リン酸化によるTFIIE-CDC68間の相互作用調節と細胞周期調節遺伝子の発現に関与するモデルを提唱した。また、CDC68とヒストンH1、H2A、H2Bとの選択的結合をも生化学的に示し、クロマチンとの直接の間係を明らかにした。 第5章Cdc68pおよびTFIIE間の機能的相互作用 Cdc68pとTFIIEとの相互作用は出芽酵母においても保存されていた。TFIIE-の低温感受性変異体にCdc68pを過剰発現すると表現型を抑圧した。この低温感受性型蛋白質および野生型に対するCdC68pの結合能を検定した結果、低温感受性型TFIIE-はCdc68pとの結合能を失った。上記実験結果はTFIIE-とCdc68pの機能的相互作用を示している。 第6章今後の研究方針 今後、1)TFIIE-CDC68間相互作用がクロマチン構造を介した転写の活性化あるいは抑制化またはその両方に作用するのか、その調節機能がどのような分子機構により行われているのか、2)CKIIがTFIIE-CDC68間の相互作用をin vivoにおいても調節しているのか、を追求することによりクロマチン転写におけるTFIIE、CDC68、CKIIの3者の役割を明らかにできる。また3)CDC68が細胞周期因子でもあることから、CDC68を通したクロマチシ転写と細胞増殖、発生、分化の関係を追求できる。 第7章結論 TFIIE相互作用因子としてクロマチン因子CDC68を単離した。この因子が組織全般に発現していること、出芽酵母CDC68では生育に必須な遺伝子であること、および進化的高保存性を有することから、基本的な転写調節機能を担うと考察した。次にCDC68のC末側領域とTFIIE-の特異的・直接的な相互作用がCKIIによるCDC68のリン酸化により制御を受けることを示し、TFIIE-CDC68間の相互作用を介した細胞周期調節モデルを提唱した。CDC68のC末側領域のヒストンに対する結合を示した上でCdc68pとTFIIEが機能的に相互作用することを示した。本研究で得られた知見はクロマチン因子CDC68が転写基本因子TFIIEを介して転写調節する可能性を世界に先駆けて示す最初の報告である。 なお、本論文第5章の一部は、共同研究により行われたが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |