内容要旨 | | 河川の流出特性のうち,低水流出特性は気候条件の影響を受けない流域固有の性質である.低水流出特性を表す指標として逓減定数および渇水比流量がよく用いられるが,このいずれの指標も著しい地域差を示す.特に,流域内に第四紀火山岩が分布する流域において,逓減定数が小さく,渇水比流量が大きくなる,すなわち,いわゆる「保水力」が非常に高くなる傾向をもつことが知られている. ところが,第四紀火山岩の分布する流域ならば必ずこのような傾向が見られるのではなく,例外もまた数多く存在する.また,逓減定数・渇水比流量については第四紀火山岩流域の中でもばらつきが大きい.この事実は,第四紀火山岩流域の流出特性として他の地質の流域よりも保水力が大きいという大雑把な捉え方では不十分であることを示している. 火山岩流域で流域ごとに低水流出特性が異なるのは,火山体自体の水文特性が多種多様であるからだと考えられる.これまでに数多く行われ,多大な成果を挙げてきた火山体水文学的研究でも,この火山ごとの水理地質構造・地形などの条件の個別性・特殊性が強調されてきた. しかしながら,火山は地形学的に見ると数少ない発達史パターンに分類され,特に成層火山においてはその侵蝕解体過程まで一定の様式をとる.したがって,各火山の水文特性の違いを支配する地質地形条件の差異は,単に火山体ごとにまちまちなのではなく,この一定の地形変化シークエンスに従って統一的に理解できる可能性がある. このような観点から,一定のパターンを従って地形が変化してゆくと考えられる成層火山を対象に,その水文流出特性,とくに低水流出特性を複数のフィールドについて比較検討し,それらがどのような地形的条件に規定されているか明らかにすることを試みることが必要であると考えた. わが国の成層火山5座(利尻岳・後方羊蹄山・寒風山・富士山・南八ヶ岳)について,山体全体の面積降水量・蒸発散量を気候値メッシュデータから推定し,これにより水入力量I(降水量-蒸発散量)を計算した.また,最近公刊された湧泉データベースをもとに各山体について山体全体からの湧泉湧出量を計算した. 湧泉湧出量を山体の面積で除した値を湧泉湧出高qと定義すると,qは水入力量(降水量-蒸発散量)に近い値をとる火山とそれよりはるかに小さい値をとる火山があることが分かった.また,qの値は周辺河川の渇水比流量と高い相関がみられ,火山体が周辺河川の低水流出特性に大きな影響を与えていることが確かめられた. 湧泉湧出高qの値が水入力量Iの値に近い3火山では,qの値はIの値に規定されるので,qの値自体には気象の影響も無視できない.そこでこの影響を捨象するために湧水湧出率r=q/I(%,ただしqとIは時間スケールを統一した値)を導入した.この値も火山毎に大きく異なる値を示したが,これは気候の効果が含まれないことから,火山体自身の水文特性を強く反映している指標であると考えられる. 各火山について計算された湧水湧出率rの値と火山体の地形量との関係を検討した結果,rは火山体の開析度Ddに強く規定されることが分かった(図).また,rが100%に近い火山については,比高が大きい火山ほどrが大きくなる傾向が見られたが,これはDdの影響による差に比べるとわずかな効果しかもたなかった.その他,火山体の底面積・体積・傾斜の指数などとの間の関係も検討したが,Ddほどの影響をもつ要因は見つからなかった.傾斜の指数(平均比高と底面積の平方根との比に比例)との相関はA1型火山については見られなかったが,これはこの指数のレンジがA1型火山については他のタイプの火山にくらべて狭く,A1型火山が大局的には似たような断面形をしていることを示している. 図 成層火山における解析度と湧泉湧出率の関係.F:富士山,S:後方羊蹄山,K:寒風山,R:利尻岳,Y:南八ヶ岳 成層火山においては,開析比の大小は侵蝕ステージの進行程度を表す.火山体の低水流出特性の指標rが開析比と大きな関係を持つことは,この値が侵蝕ステージに伴って変化してゆくことを示唆している.この考察は,すべての火山において,八ヶ岳のように集中観測を行うことにより流動系を明らかに出来れば実証的に検討できるのだが,これは現段階では現実的ではない.そこで,湧泉のタイプをその湧出場所の特性で分類し,各火山についてそれぞれどのタイプの湧泉から多くの水が湧出するか比較検討することにより,侵蝕ステージの進行に伴う地下水流動系の変化を推測することを試みた. その結果,侵蝕ステージ最初期(富士山)・初期(後方羊蹄山)の火山では熔岩流や火砕流・ 泥流の末端から湧出するL1型湧泉が湧泉数・湧出量ともに卓越し,侵蝕ステージが進む(利尻岳・南八ヶ岳)と山麓扇状地の扇面あるいはその開析谷から湧出するF型湧泉が増加する.侵蝕ステージが進んだ火山の場合でも,八ヶ岳のように熔岩流から小規模な湧泉が多数湧出する場合は,湧泉数の上ではF型湧泉の卓越度はそれほど高くはない場合があるが,いずれにせよ湧出量の点では他のタイプの湧泉を圧している,ということが分かった. L1型湧泉が卓越する侵蝕ステージ初期の火山についてさらに詳しくみてみると,富士山のように特定の熔岩流の末端から大量の湧水が見られるという熔岩流制約型と,後方羊蹄山のように特定の熔岩流地形とは一見関係なく山体基部から湧出するパターンの2者がある.しかし後者の場合も熔岩の露頭から湧出する大規模湧泉が見られる. これより,侵蝕ステージの変化に伴う地下水流動系の変化を推測すると次のようになる.侵蝕の最初期は熔岩流・火砕流の中を大量の水が流動して末端で湧出するが,侵蝕がやや進むとそれらの側面からも湧出が始まる.侵蝕ステージがさらに進行して熔岩流などが山麓まで連続しないようになり,山麓に扇状地が広く発達しはじめると,山体に浸透した水が扇状地で湧出する深い流動系が卓越するようになる一方で,降雨が速やかに開析谷から流出するために湧泉湧出率が低下してゆく. 従来の火山体水文学では,火山ごとの地質地形条件の個別性・特殊性が強調されてきたため特定の火山についての詳細な議論に終始しがちであった.しかしこれでは火山ごと,ひいては第四紀火山岩を含む流域ごとの低水流出特性の地域性が何によって生じるかという重要なテーマに対して大きな寄与はできない.この目的のためにはそれぞれの火山についての知見を比較対照しながら本質に迫る地理学的考察が必要となると思われる.本研究はそのような流れの端緒となるべく,火山毎の流出特性を表す統一的な指標を考案してその有効性を確かめ,その値を用いて比較火山水文学を展開した.そして山体ごとの水文特性の差を規定する地質地形条件は一見火山ごとにランダムにばらついているように見えるが,この個別性もまた,火山の地形発達史という大きな枠組みの中で捉えれば統一的に理解しうることを示した. |