本研究の目的は、大きく分けて2つある。1つは、未だ体系化が十分ではない組織学習の既存研究の整理を行い、その中から組織学習論の現状と今後の方向性についての知見を得ることである。既存の組織学習論では、次々に新たな研究成果を発表するものの、組織学習論がどのような歴史をたどって発展してきたか、現在の組織学習論の位置付けは何か、などの基本的な問題を積み残してきていた。そこで、本研究では、それらの整理を行い、その過程で明らかになった既存研究の不足点や研究方法を少しでも改善するよう、実証研究を行っていくものとする。もう1つは、組織メンバーの主体性についての考慮が、今後の組織学習研究において必要であることを主張することである。先行研究は、1つのまとまりとしての組織にばかり着目し、各組織メンバーの役割にすら、ほとんど注目してこなかった。そこで、本研究では組織メンバーの主体性が大きく絡む「組織内地図」という新概念を用いて分析を行うことにした。 こうした目的のため、本研究は序章のほか、理論編と実証編、結論から成る3部7章構成をとることにした。理論編として第1章と第2章、実証編として第3章から第6章、そして結論の7章を用意している。(以上、序章部分) 組織学習論への関心は1980年代後半から飛躍的に高まった。だが、未だにその体系化は進んでいない。そのため、多くの基本的な問題が山積みになっている。その代表的なものが、組織学習論と経営組織論の関係や、組織学習論の発展の歴史などである。そこで、こうした問題意識に基づいて既存研究を整理した結果、現在の組織学習論は隆盛期を通り越して、むしろ「理論的停滞期」に突入している可能性を指摘することができた。この現状を改善するため、先行研究をその議論前提・問題関心の違いによって、大きく3系統に分類することを提案した。それぞれの研究の参考文献を探るうち、ある系統に属すると考えられるものは、主にその系統内の研究ばかり取り上げ、他系統の研究はほとんど引用しないことに気づいたためである。(以上、第1章) こうした第1章の結論を受けて、3系統のうち、Hedberg系とArgyris系の2系統の比較を行った。両者とも、組織学習は組織が発展する上で必要不可欠なプロセスと捉える点で一致していたが、組織観、目標とする組織学習の水準など、様々な点で根本的な違いが見られた。こうした比較を通じて初めて、現在の組織学習研究の問題点が明らかになった。それは、各系統とも研究手法や研究関心が限られてしまっている点、ほとんどの既存研究が組織メンバーの主体性を考慮していない点であった。こうした点を改善しなければ、今後の組織学習研究に本来期待できる発展可能性を狭めてしまうことになりかねない。そこで、以上の不足点を補いながら、第3章から始まる実証編に取り組むことにした。(以上、第2章) 実証編では、組織学習における組織文化の役割というテーマに着目することにした。そのテーマに関して既存研究を整理し、理論的フレームの作成を行うのである。現在までの組織学習論では、より良い条件を備えた組織文化と高次学習の成立との間には正の相関があるとのコンセンサスがあった。その真偽を実証しようというのである。先行研究を整理した結果、いわゆる組織文化の中には、各組織メンバーがそれを自分なりに咀嚼して解釈し直すプロセスまで含まれてしまっていることが判明した。だが、両者は全く異なるものである。そこで、「組織内地図」と命名し、組織文化から分離することにした。一方、高次学習も2種類に区別されることがわかった。1つは、企業全体の価値を学習対象とする「企業レベルの高次学習」、もう1つは、仕事に関わるより具体的な価値を学習対象とする「ビジネス・レベルの高次学習」である。その上で、高次学習と密接な関係にあるのは、実は、いわゆる組織文化ではなく、組織内地図であるとの仮説を持つに至った。(以上、第3章) 第4章では、第3章で作成した理論的フレームワークの妥当性を事例分析を通じて検証する。本章で用いる事例は、社内の意識改革運動に取り組んだA社とB社の2社である。両者は一見類似した運動を展開したが、その成果には違いがあった。成功したB社と失敗したA社である。この両者を対比すれば、高次学習の成立に必要な要素が組織内地図であるか否か、検証できる。また、このうちB社は、既存研究では十分に説明できない、組織学習論における理論上の矛盾を抱えるケースであった。「2種類の高次学習」という考えがこの矛盾の解決に役立てば、3章のフレームに妥当性はあったと考えることができる。分析の結果、A社とB社の違いには、組織内地図の形成度合の違いが深く関わっていることが明らかになった。また、B社の矛盾は「2種類の高次学習」という考え方を導入することによって、すっきりと整理することができた。さらに、この過程の中で、組織内地図と密接な関係があるのは、ビジネス・レベルの高次学習であることも確認できたのである。(以上、第4章) 第4章でその妥当性が確認された理論的フレームを用いて、組織内地図とビジネス・レベルの高次学習の関係を統計的に分析することにした。分析には、質問票調査「組織活性化のための従業員意識調査」から得られたデータを用いる。まず、半ば定説のようになっている組織文化とビジネス・レベルの高次学習との関係から検証を開始し、ついで組織内地図との関係も確かめた。具体的には、相関分析やパス解析を行った。その結果、組織文化は、組織内地図の形成という過程を経て初めて、ビジネス・レベルの高次学習を実現する可能性が高まることが見出せた。いわば、組織文化とビジネス・レベルの高次学習との関係は見せかけのものであり、組織内地図こそ、ビジネス・レベルの高次学習の必要条件の1つであったと考えられるのである。以上の結果は、調査対象起業8社を、地図形成度と学習活発度の2軸の上にプロットすることによっても確認された。(以上、第5章) 第6章では、5章の分析結果を活用し、企業が現実に直面している「バブル期社員の問題」の解明を試みた。バブル期に入社した社員は、それ以外の時期に入社した社員と比較して、著しく学習能力や人材が劣ると指摘されることが多い。その真偽を探るとともに、真実である場合、その現象を「組織内地図」の観点から説明できるか考察を行った。入社時期の違いにより、調査データをバブル期以前(3つ)、バブル期、バブル期以後の5つに分け、分析を行った。その結果、やはりバブル期入社組の学習活発度が最も低いことが明らかになった。同時に、彼らの組織内地図の形成度も最も低く、バブル期の学習程度の低さは彼らの地図形成度と深く関わる可能性が指摘された。ここでさらに、バブル期のみ問題となった原因を探るため、C社の事例を用いた。C社の事例は、バブル期が一時的に従業員育成の仕組みが崩壊した時期にあたることを示唆していた。そのため、バブル期の社員のみ、地図形成に支障が出たと考えられるのである。最後に、こうした問題の解決には、経営トップによるリーダーシップのあり方が重要になることにも言及した。(以上、第6章) 最後に、理論編、実証編それぞれの結論を述べるとともに、全体を通して本研究が組織学習研究に為し得たと考えられる貢献について考えた。また、今後の課題や展望についても2、3取り上げた。(以上、第7章) |