近年、水素結合・イオン性結合・金属配位結合などの非共有結合を用いた分子組織体構築に関する研究が盛んになってきている。第1章では、相互作用を行う部分を適切な位置に持つ分子による高度な自己集積性組織体の構築について詳しく記述している。水素結合の活用により新しい液晶性分子集合体・超構造機能システム構築が盛んになってきている。本研究では、高分子・低分子間への水素結合の導入により、(1)液晶性分子組織体の構築および、(2)ロタキサン構造の形成とその動的性質の発現を試みた。 第2章ではポリアミドと安息香酸の水素結合を駆動力とする複合化による液晶性発現について検討している。具体的には高分子主鎖中に2,6-ジアミノピリジル基を導入したポリアミドと、3-置換-4-アルコキシ安息香酸誘導体を複合化させ、高分子と低分子の間に分子間二重水素結合を形成させることで新しいタイプの超分子液晶の構築である。 ポリアミドは2,6-ジアミノピリジンと,-アルキレンジカルボン酸(アルキレン鎖炭素数6,8,10)との重縮合によって合成した。ポリアミドの平均分子量をGPCで測定したところ3x103程度であった。複合化は各成分を粉砕混合しアルゴン雰囲気中で溶融することで行った。 ピリジル基含有ポリアミドと3位を塩素基で置換した4-アルコキシ安息香酸との複合体を作製した。DSCによる測定結果からは高分子および低分子単独の融解ピークは観察されず、新規な2つのピークが見られた。偏光顕微鏡でも相分離は観察されず液晶相が観察された。これは複合体が単一分子としての熱挙動を示していることを意味している。これらのことから、高分子骨格内のピリジル基と安息香酸誘導体が水素結合によりメソゲン基を形成し、それが層状の液晶構造を発現していることが分かった。ピリジル基間でスペーサーとなるアルキレン鎖の炭素数が最も短い6であるポリアミドと安息香酸からなる複合体の方がより高温で安定な液晶性を示した。全体的に、アルキレン鎖の短いポリアミドとの複合体の方がより高い温度で等方相-液晶相の相転移を示し、末端アルコキシ鎖の短い安息香酸との複合体が、より低い温度で固体状態-液晶相の相転移を示す傾向にあった。作製した中で最も液晶相が広いものはアルキレン鎖の炭素数が6のポリアミドと3-クロロ-4-オクチルオキシ安息香酸の複合体で、92℃から221℃において液晶相が観察された。 高分子/低分子複合体の液晶状態におけるX線回折スペクトルを測定した。アルキレン鎖の炭素数が10のポリアミドと3-クロロ-4-オクチルオキシ安息香酸とのスペクトルでは2が3.27°、すなわち27.0Åのところにシャープなピークが、また20°付近にブロードなハローが観察された。さらに、複合化させる安息香酸の末端アルキル鎖長に応じて小角部分のピークは3-クロロ-4-ヘキシルオキシ安息香酸で25.7Å、3-クロロ-4-オクチルオキシ安息香酸で26.6Å、3-クロロ-4-デシルオキシ安息香酸で28.6Åと変化した。 この超構造高分子においてメソゲン基が二環であるにもかかわらず熱的に安定な液晶性を示すのは、「高分子/低分子間の超分子化二重水素結合形成」および「アミド基間の連鎖的水素結合形成」の協調効果によるものと考えられる。 また、この系においては低分子側の置換基の有無が複合能や液晶性に大きく影響をおよぼすことがわかった。これは第2章の後半で詳しく述べている。具体的には、ポリアミドとの複合化でアルコキシ安息香酸のベンゼン環部分が無置換である場合はアルキル鎖の長さにかかわらず明確な相分離が観察されたが、たとえば3-クロロ-4-アルコキシ安息香酸ではポリアミドと相分離を起こさず、複合体は広い温度範囲で液晶性を示した。構造の違いは置換基だけである。本系における超構造形成プロセスにおける説明になると考え、以下の検討を行った。 安息香酸として3位無置換の4-アルコキシ安息香酸とニトロ基・塩素あるいはメトキシ基を3位に導入した安息香酸の4種類の誘導体を用いた。このそれぞれとピリジル基含有ポリアミドとの複合化を試みたところ、無置換のアルコキシ安息香酸を用いた場合は常に相分離が観察されたが、3位に置換基を有する安息香酸との複合体は高温まで安定なエナンチオトロピックな液晶性を示した。 高分子/低分子の複合挙動を理解するため、ビス(ペンタノイルアミノ)ピリジンを低分子モデル化合物として用いた安息香酸誘導体との会合定数の測定をNMRにより行った。会合定数は安息香酸の酸性度に対して大きく変化せず102のオーダーであった。このことから判断すると、安息香酸の酸性度は高分子複合体の液晶性に影響を与えないことになる。 置換基の導入により安定な液晶性複合体が構築されたのは、双極子相互作用により液晶相が安定化されることや、安息香酸の置換基が結晶化を阻害する立体的な効果が影響しているためであると考えられる。 (2)環状分子とポリスチレン共重合体との複合化による水素結合性ロタキサン構造の形成 ロタキサンは環状分子の中を直鎖状分子が通り抜けるような構造を有しており、情報機能などが期待される。これらはその独特な幾何学的構造から合成がさまざまに検討されてきた。 第3,4章では高分子/低分子複合構造へ新たな水素結合相互作用を導入することを検討し、これによるロタキサンの高効率な合成法の開発と動的性質(外場の影響によるスイッチング挙動など)を発現させ動的機能材料とすることを目的とした。 第3章では主としてピリジン環を導入したクラウンエーテルの合成法について述べている。クラウンエーテルの合成は重合と競争反応にあることが多く、その合成には高度希釈法やテンプレート利用などのいくつかのテクニックが要求される。また、芳香環を導入する場合には対称性の高いクラウンエーテルは比較的簡単に合成できるが、ピリジン環を1つだけ持つようなクラウンエーテルは合成に困難なところがあり、高収率な合成法の報告は少ない。これらについて詳しく検討した。 ピリジル基を環内に2つ有するクラウンエーテルの合成は2,6-ビス(ブロモメチル)ピリジン2分子とジオールから生じるビスアニオン2分子とを環化させることによって行った。クラウンエーテル中に1つだけピリジル基を有する分子は2,6-ビス(ブロモメチル)ピリジンとジオールの一方の水酸基をイオン化したモノアニオンからピリジル基を有するジオールを合成した。さらに、この化合物と,’-ジブロモ-m-キシレンとを環化させることによって合成した。 第4章では前章で記述したクラウンエーテルと共重合体との複合化について報告している。具体的にはピリジン環を導入したクラウンエーテルと4-ビニル安息香酸とを重合に先だって複合化しておき、その後スチレンモノマーとラジカル開始剤を投入して重合を行った。 クラウンエーテルを系に添加して重合した場合、反応溶媒によって重合生成物中のクラウンエーテル構造含有量に明確な差が生じた。水素結合性溶媒であるDMFを用いた場合、生成物の1H-NMRスペクトルにおいて投入したクラウンエーテルの構造がほとんど認められなかった。しかし、THF中で重合した場合には生成物のクラウンエーテル含有量が共重合体の繰り返し単位に対して0.12分子、カルボキシル基で換算すると0.41分子まで増加した。また、この生成物のガラス転移温度は53℃であり、共重合体のみの値、174℃とは大きく異なっていた。一方、系内にクラウンエーテルが存在しない状態で共重合を行った場合は、原料のスチレンと4-ビニル安息香酸が1.0:0.30の比率でそれぞれの部分構造が1.0:0.41の比で存在する共重合体が得られることが1H-NMRの積分結果よりわかった。共重合体の平均分子量は8x104(GPC、溶媒:DMF)であった。 スチレンと4-ビニル安息香酸との共重合体のガラス転移温度が150℃以上になるのは主鎖構造中に存在するカルボキシル基の分子間相互作用によるものであるため、クラウンエーテル添加時にガラス転移温度が急激に低下するという現象は、生成物がクラウンエーテルのピリジル基によって分子間水素結合が阻害されている構造を持っているためと推測できる。 また、生成物中のクラウンエーテルの存在比は酸と塩基による洗浄後も減少せず、ガラス転移温度も変化しなかった。さらに共重合体とクラウンエーテルとを単純に混合したものを、還流撹拌した後に再沈殿を行った場合にはロタキサン構造は得られなかった。 さらに生成物の構造を検討するため複合体の紫外吸収スペクトルを測定してみたところ、クラウンエーテルと共重合体それぞれに比べて240nm付近のピークにおいて短波長シフトが見られた。これはクラウンエーテルと共重合体との芳香環がその振動モーメントと垂直な方向ヘスタックし、励起エネルギーが増加した結果と考えられ、ロタキサン構造を仮定した時に予想される結果と矛盾しない。 これらの結果から、クラウンエーテルを添加してラジカル重合する本系においては高効率に高分子鎖がクラウンエーテルを通り抜けている擬ロタキサン構造を有する複合体が得られたと考えられる。また極性の大きいDMF中で目的の構造が得られない理由としては、水素結合が阻害されて、4-ビニル安息香酸と複合化したまま重合する機会が減少することが挙げられる。一方THF中ではロタキサン複合体が安定に存在し、これが重合するために求める超構造が高効率に生成すると説明できる。 本研究によって得られた擬ロタキサンポリマーは新規動的機能性材料としての展開が期待でき、高分子材料科学の発展に寄与できると考えられる。 |